元死霊術師の魔法少女 作:TS魔法少女
魔法少女になることに同意した幽理は部屋の奥にある隠し部屋へと案内された。先ほどの部屋がごく普通のオフィスだとするなら、隠し部屋は怪しい儀式をするための部屋という雰囲気だった。
部屋には地下なので窓が無いのは当然ではあるが、四方、および天井には暗幕が張られており、扉を開けてわずかに光が入っているにも関わらず、部屋の中は暗く感じられた。床の中央には赤い巨大な六芒星が描かれ、その周囲には蝋燭を模した電飾が置かれて六芒星を照らしている。
六芒星の中央に縦長の台座が置かれ、その上には巨大な水晶球と思しき球体が乗っていた。
「な、何ですか。ここは……」
「気にしないで、雰囲気だけよ。中央の水晶以外はね」
幽理が中央の水晶に目を凝らすと、わずかに暗紫色に光っているように感じられた。
「あの水晶は聖樹霊晶。私たちはセフィラ、と呼んでいるわ」
「セフィラ……」
「理屈は分からないけど、あの水晶と契約することで根源にある異能力を開花させることができるの。素養がありそうな人を見つけて、協力を条件に異能力を開花させているのよ」
「なるほど……」
幽理の前世の記憶を総動員しても、この水晶の理屈は分からない。だが、一つだけ言えることがあるとすれば、異能力を手に入れれば死霊術に頼る必要がなくなるということ。
異能力を手に入れて魔法少女になれば、先ほどの動画のように大勢の人から羨望の眼差しで見られる。死霊術師だった時には求めて止まなかった憧れが現実のものとなることを想像して、思わず頬が緩みそうになる。
「どうする、やめる? 今なら、まだ引き返すことも可能だけど──」
「契約します!」
表情筋を引き締めながら、周防の問いかけに被せるように幽理は力強く答えた。
「それじゃあ、セフィラに手を置いて。あとは頭の中に聞こえる指示に従っていれば終わるわ」
「わかり、ました……」
決断はしたものの、全く不安が無いわけではない。生唾を呑み込んで、幽理はセフィラの前に立ち、ゆっくりと手を乗せる。セフィラから放たれる光が強くなり、彼女の体を包み込む。それと同時に彼女の意識は真っ白に塗りつぶされた。
『汝、力を求めるか?』
『……はい』
『大いなる力を得る覚悟はあるか?』
『……はい』
『力には代償が伴う理。差し出すことを受け入れるか?』
意識だけになった幽理がセフィラの問いに頷いていく。しかし、『代償』という言葉に言葉を詰まらせる。
『代償とは何?』
『大いなる力を振るう対価。それは汝の魂である』
『魂……死ぬということ?』
『死ぬことはない。しかし、大きすぎる代償は時に命すら脅かすだろう』
幽理の心にわずかな迷いが生まれる。しかし、前世の記憶を持つ彼女にとって、人々から嫌悪される死霊術のような力に依存した生に意味はない。
『私の魂を差し出しても、力を求めます』
『よろしい。では、汝に力を授けよう。汝の力は
その言葉と同時に幽理の意識は再び真っ白に塗りつぶされていく。
幽理の視界を覆っていた白が晴れていくにつれて意識が覚醒する。契約が終わったことに気付いた周防が歩み寄ってきて声をかけてきた。
「契約は上手くいったみたいね」
「はい」
「異能力の詳しい使い方は、頭の中に浮かんでくるから心配する必要は無いわ」
名前を聞いただけで、使い方も何も教えてもらっていないことに、幽理は若干の不安を感じていたが、それは杞憂だったようだ。
「とりあえず、登録だけしちゃうから異能力の名前を教えてもらえるかしら」
「えっと、機械神だそうです」
「ありがとう。それで登録しておくわね。具体的な能力については……後でもいいか」
周防は幽理に向かって右手を差し出して、微笑みを投げかける。
「それじゃあ、これからよろしくね。天羽さん」
「はい、よろしくお願いいたします」
幽理も右手を差し出し、握手を交わす。その後は、契約直後に襲われる可能性を考えて、幽理は家まで周防に送ってもらった。
「二週間ほど、こっちに通うことになるわ。迎えは寄越すから、慣れるまでは不要な外出は避けるようにね」
「分かりました……」
学校を休むことに、幽理は少しばかりの罪悪感を感じるが、周防の有無を言わさない強い意志の宿った眼差しに圧されて、渋々頷く。彼女の車が家から離れていくのと同時に、背後から足音が聞こえてくる。
振り返ると、幼馴染の倉橋怜が立っていた。
「ユウ、大丈夫だったか? 何か変なことはされていないか?」
「問題ないよ、レイ。それじゃ」
作り笑いを浮かべながら答えて、幽理はそそくさと家の中へと向かう。すると怜が走り寄ってきて幽理の手を掴んできた。
「待てよ。明日から学校に来れないって、どういうことだよ!」
「話は聞いているでしょ。詳しくは話せないけど……。とりあえず、その手を離して!」
幽理の強い口調に怜は思わず掴んでいた手を離してしまう。その隙に走って玄関から中に入り鍵を掛ける。
「おい、待てよ。待てったら!」
大声を上げて呼び止める怜を無視して、幽理は家の中に入った。
「さて、明日の準備をしなくちゃ」
記憶が戻る前は馴染みの男の子として意識をしていた。しかし、記憶を取り戻してからは、同性のようにしか思えず、接し方が分からなくなって疎遠になっていた。
元々、幽理の方もそれとなく好意を示していただけに罪悪感を感じないわけじゃない。今の彼女には、そんなことを考えている余裕はなかった。一度だけため息を吐いて気持ちを入れ替えると、自分の部屋に向かった。
◇
翌朝、約束通り周防は家へと迎えに来た。彼女の車に乗って警視庁へと向かう。
「今日は異能力の確認もあるから、訓練場に向かうわ」
周防に聞いた話では、今日のために予め貸し切りにしてあるらしい。異能力、特に訓練時は細かいところまで調べることもあるため、部外者に見られないようにしているとのことだった。
「まずは異能力を持った人間──異能力者が近くにいると、どういうふうな感じになるかを体感してもらう。白崎入ってこい」
ブラウンの髪をツインテールにまとめた、幼い顔立ちの少女が部屋の中に入ってきた。彼女は幽理を見ると深々とお辞儀をする。
「白崎有紗です。異能力は
「能力の方は追い追い把握していくということで、まずは彼女が異能力者であることを感知できるようにしましょう。まずは──」
周防の指示に従って意識を集中していくと、有紗のいる方から奇妙な感覚を感じるようになった。
「これが……」
「この感覚を忘れないようにね。それじゃあ、次は天羽の能力を確認していこうか」
周防の提案に幽理がコクリと頷く。来る前に拾ってきた親指大の小石をベルトポーチから取り出すと、異能力を発動させる。変形してミニチュアサイズの手榴弾になった。
「私の異能力は、『支配下にある無生物を機械的な何かに変える力』と説明されてます。それじゃあ、いきます!」
──ヒュゥゥゥ、ボフン!
幽理の投げた手榴弾は大きく山なりに飛んで、小さく爆発した。
「──ショボい」
「──ショボいわね。もう少し大きい石を使えばいいんじゃないかしら?」
「それはダメです。これ以上大きいと、重すぎて投げられないんです」
「無生物ってことは石以外にも使えるってことよね?」
「はい」
今度はベルトポーチからボールペンを10本ほど取り出して異能力を使う。するとボールペンがロケットのような形に変わる。一斉に的に向かって幽理がロケットを投げると、後ろの部分から炎が噴き出し、的に向かって飛んでいく。
「10発中、2発までなら当たるようになりました……」
「──幽理、ノーコン」
「命中率は練習が必要そうね。威力も微妙か……他には何かないの?」
「うーん、無生物なら何でもいいわけじゃないんですよね。『支配下にある』というのがよく分からなくて、色々試したんですけど、小石とかボールペンくらいしか……」
幽理の言葉に、周防が難しい顔をして考え込む。左脚のつま先だけを上下させてコツコツと地面を叩く音が訓練場の中に響き渡る。少し待つように伝えて、周防がどこかに行ってしまった。
「これで一度試してみましょうか」
「ええっ……わ、わかりました」
幽理は周防が持ってきたハンドボールを受け取る。小さい手では片手で持つのが難しく、両手で持って胸の前に持ってくると、ハンドボールに対して異能力を使う。
すると、ハンドボールの表面が金属のような光沢を持ち、元々あった溝の部分がウイーン、ガシャガシャという機械音を伴って左右に開くと、中から小さいマジックハンドが出てきて、うにょうにょと動き始める。
「なんでしょうか、これ……」
「うーん、指向性を持たせることはできないかな。今度は爆発物とか爆弾をイメージしながら異能力を使ってみてくれる?」
再びハンドボールを受け取った幽理が、先ほどの手榴弾をイメージしながら異能力を使うと、小包のような物体と、ボタンのついたリモコンのようなものに変形した。
「うわっ、重い……」
急に両腕にズシリと重力がかかり、思わず両手からずり落ちてしまう。中学生女子の身体能力では少し重すぎるように感じられた。
「これは、C4爆弾……?」
そう言いながら、周防が手に取ろうとすると爆弾は元のハンドボールに戻ってしまった。当然ながらリモコンの方も最初からなかったように消えてしまう。
「うーん、他の人が手に取った時点で『支配下』から外れてしまうのかも。使うにしても奪い取られないようにしないと難しいということか。とりあえずもう一度作って今度は起爆までしてみましょうか」
「はい」
幽理はハンドボールを手に持ち、異能力を使う。今度は先ほどの爆弾をイメージしながら作ったが、大きな違いは感じられなかった。先ほどの重量が感覚として残っていたため、爆弾に変形したあとも、何とか両手で支えることができた。
「んっ、イメージは大体でいいみたいです」
「対象の物体に機械的な特性を与えるような能力みたいね」
「そ、それじゃあ。起爆しますね」
「あっ、ちょっと──」
爆弾を置いて、少し離れてからスイッチを押す。周防が制止しようとしてきたが僅かに遅く、爆弾は激しい音を立てて盛大に爆発した。
「──法令。C4爆弾による熱と衝撃の無効」
爆発音と爆風が猛威を振るう中、有紗の声がわずかに幽理の耳に入ってくる。
爆風が収まり幽理の視界が開ける。三人とも爆風に巻き込まれたように見えたが、幽理だけでなく、周防も有紗も無事だった。周防は上着を広げて身を隠していたようだ。
「まったく、危ないじゃないの!」
「ここまで凄い爆発だと思わなかったので……」
最初に使ったミニチュア手榴弾の範囲がせいぜい半径1mといったところだったために、幽理は爆発の範囲を侮っていた。幽理が少し落ち込んで小さくなっていると、周防が彼女の頭に優しく手を乗せてくる。
「全員無事だったし、良しとしましょう。次は気を付けるようにね」
「はい……」
「そんなに落ち込まなくてもいいわ。さっきの爆発のお陰で、天羽さんの異能力は自分自身を傷つけることは無いってわかったからね」
「あっ……」
爆弾の一番近くにいたはずの幽理は、着ていた服も含めて傷一つ負っていない。
「これって有紗の異能力じゃないんですか?」
「白崎さんの異能力は自分を対象にしたものにしか効果がない。事象を改変する力は協力ではあるんだが、詳しく定義しないといけないから万能という訳でもない」
「そうですね。先ほどはC4爆弾だと聞いていたので無効化できましたけど……」
予想していたよりも使い勝手の悪い有紗の異能力に、幽理は少し焦りを感じていた。もし、周防があらかじめC4爆弾であることを伝えていなければ、有紗は無事なかったかもしれない。
そんな幽理の不安を感じ取ったのか、周防が穏やかな笑顔で幽理に目線を合わせてくる。
「大丈夫よ。私は白崎さんの能力を把握した上で、天羽さんに紹介したのだから」
「そうですか……」
周防の言葉で少しだけ幽理の気分は軽くなった。しかし、スッキリしたかと言われると、心の整理には時間がかかりそうだった。
「ま、今日はこの辺にしましょうか。二人ともだいぶ疲れたでしょう」
「「はい」」
その後は、遅めの昼食を取りながら雑談に花を咲かせて解散となった。周防の車で有紗を送った後、幽理の家の前で車を停める。
「異能力は分かっていない部分も多いから、私たちも手探りになっちゃうの。失敗しても、それは私たちの責任でもあるから、気にしないようにね。それじゃあ、明日もよろしく」
「はい……」
幽理は車を降りると、すぐに家の中に入る。今日のことで少し疲れているというのもあるが、怜に会いたくないという気持ちの方が大きかった。家の中に入って、のぞき窓から外の様子をうかがう。
「今日は来ていないみたい……」
安心のためか、大きく息を吐いて自分の部屋へと戻る。気分を紛らわすために、少しだけ勉強してからベッドに潜り込んだ。
◇
翌朝、迎えに来たのは周防ではなかった。
「あれ? 周防さんじゃないんですか?」
「周防さんは用事があって遅れるそうなので、俺が代わりに迎えに来ました」
「そうですか……」
幽理が車に乗り込むと、すぐに走り始める。まだ状況にも慣れていない中、慣れていない人と共に車に乗るという不安感から、幽理は思わず俯いて下を向いてしまう。
「ふふふ、上玉だな……」
幽理に聞こえないくらいの声で男が呟きを漏らす。そんな彼の歪んだ笑顔を、俯いて下を見ていた幽理が気付くことはなかった。