元死霊術師の魔法少女 作:TS魔法少女
車に乗り込んだ幽理は耐えがたい不安と戸惑いを感じていた。周防がいないことはもちろんだが、それ以上に前後とはいえ、狭い密室の中に男と二人きりであることが大きかった。
「何で不安を感じているのだろう……」
知らない人間と相対していることによる不安だと思っていた幽理は、自分の手が無意識のうちに相手を異性として認識し、胸とスカートの前を押さえていることに信じられない気持ちを抱く。
前世の記憶から、幽理は自分が男性であるという意識を持っているつもりだった。しかし、こうして密室で二人きりになると、自分が女性であると否が応にも思い知らされる。
「あれ? この道、違いませんか?」
「今日は場所が違うからな」
昨日と違う道を走っていることに気付いて、幽理は焦りながら訊ねる。しかし、男はぶっきらぼうに答えるだけだった。車は見慣れない道を走り、工場の立ち並ぶエリアへと入っていく。
「んんっ?!」
見慣れない道を走っていることによる不安感からか、幽理の胸が激しく高鳴る。突然の変化に戸惑いつつも、奥にある違和感に思わず首を傾げる。
「この感覚は、不安というより……興奮している?」
例えるなら狩りで獲物を追い詰めていくような感覚だった。しかし、状況から考えれば自分はむしろ追い詰められている方だろう。現実の状況と自分の心がかみ合っていない感覚に幽理は翻弄されそうになる。
「私が女の子だからなのかな……?」
前世どころか、転生してから14年間生きていても、一度も感じたことのない感覚に戸惑いながら、ルームミラー越しに男の顔が見えた。
「えっ、何で……」
男の顔は愉悦に歪んでいて、幽理は自分の心を鏡で見ているかのような錯覚に陥る。不可解な現象に彼女はもう一つの可能性に思い至る。
「異能力……?」
最悪の可能性に思い至ったことで、男の気配をはっきりと感じ取ることができるようになった。昨日、有紗から感じ取った気配と同じもの──異能力者特有の気配だった。
「いったい、どうして……」
異変に気付いたことを悟られないように、動揺している振りをしながら幽理は男の異能力を分析していく。
──強制共感能力、しかも一方的に自分の感情を押し付ける力
幽理は男の能力を、そのように断定した。幸いな事に、男の方は幽理が異能力者であることは気付いていても、どのような異能力かは分かっていない。もし分かっているなら、真っ先に幽理の持ち物を奪っていたはず。あるいは自分の能力を過信している可能性があったとしても極めて低いだろう。
車は次第に人気のない方へと向かっていくが、流れてくる感情のせいで危機感よりも愉悦の方が強く感じられる。流し込まれる感情に逆らうことなく薄っすらと笑みを浮かべながら、ルームミラー越しに男の顔を見る。
「ふん、良い顔をするようになってきたじゃねぇか」
「ふふふ……」
頃合いと見た男が車を廃倉庫の前に停める。男は一足先に降りると、後部座席のドアを開けて、外へ出るように促す。
「さっさと降りて、倉庫の中へ入りな」
男の期待感と興奮が幽理の中へと流れ込んでくる。しかし、それは男性としての感情。少しだけ冷静さを取り戻している幽理には吐き気がするほど悍ましい感情に思えた。そんなところからも、自分は完全に女性なんだと実感する。
「ふふふ」
車から降りて、フラフラと倉庫の中へと入る。男の視線が倉庫の壁で遮られるところまで歩いて行って、そのまま男から距離を置くように走る。
「なっ!」
男は驚いて追いかけようとするが、回り込むために追いつけない。幽理は走りながらボールペンをロケットに変えて、振り向きざまに全て放り投げる。ロケットが軌道を変える前に、幽理の無意識の中に男を大事に思う感情が割り込んでくる。
「えっ、な、何で?!」
「フン。こんなもの、当たらなければどうということはない」
本来なら男に向かって真っすぐに飛んでいくはずのロケット。しかし、男を避けるように滅茶苦茶な場所に向かって飛んでいった。幽理本人すら気付かない一瞬の割り込み。それによって全弾外したことに驚きのあまり目を見開き、唇を震わせる。
「お前じゃあ、いくら撃っても当たらねぇよ」
一方、男は余裕の笑みを浮かべながら幽理を値踏みするようにニヤニヤと見つめている。
「ま、ちょっと待ってろ。こっちもすぐに準備ができるからよ!」
男はおもむろに服を脱ぎ始めた。幽理を苛む男の興奮した感情がもたらす異物感によって、吐きそうになる程の不快感を覚える。心の中から振り払うようにベルトポーチから取り出したボールペンをロケットにして次々と男に投げつける。
「無駄無駄無駄ァァァ! 無駄だって言ってるだろ!」
男の言葉通り、ロケットは一発も男に向かうことなく明後日の方へと飛んでいってしまう。ベルトポーチの中に手を入れ次のボールペンを探す。しかし、もうベルトポーチの中には500mlのペットボトルしか入っていなかった。
「あっ……」
「フン、弾切れのようだな。無駄だと分かったら、大人しくしていろ」
手立ての無くなった幽理は膝から崩れ落ちる。本来なら絶望に染まるべき幽理の表情は男の異能力によって歓喜の表情に染め上げられていた。彼女が追い詰められれば追い詰められるほど、男の感情が昂り、それが彼女の心を染めていく。
「どうして……」
「どうして、じゃねえだろ? そんな物欲しそうな顔しやがって。あと少しだ、楽しみに待っていろ」
全ての服を脱ぎ終えた男が、幽理の方へ向き直る。前世の記憶では見慣れている男の体だが、見ているだけで心臓が高鳴る。それが羞恥心なのか男から流れてきた興奮なのか、今の幽理には判断が付かない。
「はっはっは。そんなに食い入るように見つめるなんて、とんだ淫乱中学生だな」
「いや……いや……」
幽理の口から拒絶の言葉が漏れる。それに反して、幽理の視線は目の前の男の裸に釘付けになっていた。抵抗の意思をほぼ完全に摘み取ったと判断した男は無防備に近付いてくる。
「さてと。それじゃあ、たっぷり可愛がってやるぜ!」
幽理の服を脱がすために男が手を伸ばす。
──ドサリ。
重いものが地面に落ちた音によって、男の手が止まる。男の視線が音のした方へと向かう。そこには、幽理が異能力でペットボトルから作り出した小型のC4爆弾が落ちていた。リモコンは幽理の手の中にあり、いつでもボタンが押せる状態になっている。
「バカ野郎! やめろ、俺を殺す気か!」
男の言葉と同時に、彼に危害を加えてはいけないという感情が流れ込んでくる。しかし、今の幽理には意味がない。
「いいえ、私は自爆するだけよ」
幽理は躊躇うことなくリモコンのボタンを押した。
──ドゴォォォォン!
C4爆弾を起点に耳をつんざくような轟音と共に、炎熱と衝撃の嵐が倉庫の中に荒れ狂う。だが、轟音も炎熱も衝撃も幽理には傷一つ付けることは無い。それは結果論であって、自爆するという意思と矛盾するものではない。ゆえに男の異能力を受けながらでもボタンを推せたという訳だ。
「愚かな男……」
C4爆弾によってもたらされた暴威が収まった後には、バラバラになった男の体や肉片があちこちに飛び散っていた。自らの異能力を過信し、幽理を侮った結果としての敗北、そして死。
「同情はしない。私や過去の犠牲者の心を弄んだ当然の結果だ」
幽理なら、仕返しに男の肉片をゾンビとして蘇らせて辱めることもできるが、脱死霊術を標榜する以上、無駄に死霊術に頼るつもりはない。代わりに倉庫に置かれている木箱を片っ端からC4爆弾に変えていく。
「イメージの条件を付ければ、リモコンを1つに纏めることもできるのね」
30個ほどのC4爆弾を作り、それを1つのリモコンで起爆できるように設定した幽理は廃倉庫から出て工業地域の入口まで向かう。
「さて、これで終わりよ」
仕上げの証拠隠滅のためにC4爆弾のリモコンのボタンを押す。盛大な爆発が発生し、近くに停めていた車も、周囲の倉庫も跡形もなく消し去った。
爆発音を聞いた誰かが通報したのだろう、工業地域の入口を何台ものパトカー、消防車、救急車が通り過ぎていく。そのうちのパトカー1台だけ幽理の目の前で停まり、中から周防が降りてきた。
「天羽さん、何でここに?! 心配したんだからね!」
「ごめんなさい。変な男に攫われそうになって……やっちゃいました」
「やっちゃい……もしかして、あれは天羽さんが?」
周防の問いかけに、幽理はゆっくりと頷いた。周防は額に手を当てて、天を仰ぐ。
「はぁ……仕方ないわね。あっちの方は上手く誤魔化しておくから、何があったかきっちり報告をしてもらうわよ」
「はぁい」
周防は幽理にパトカーに乗るように促し、Uターンして警視庁へと向かう。魔法少女係の応接スペースに幽理を座らせ、周防はコーヒーを二人分淹れてから向かい側に座った。
「変な男、は異能力者だよね。どんな能力だったかわかる?」
「合っているかどうかは分かりませんが、一方的に共感を強制する能力だと思いました」
「もしや
周防は腕を組んでウンウンと唸っている。まだ見習い期間中の魔法少女が周防たちを長い間翻弄してきた異能力者を撃退したことが信じられないようだった。
「たしかに、あの男は私のロケットを当たらないようにしてきました。でも、自爆だけは防ぎようが無かったようです」
「自爆ぅぅ?!」
「はい、昨日の実験で私自身は爆発の影響を受けないことが分かってましたので」
「……」
微笑みながら幽理が撃退した経緯を話すと、周防は押し黙って俯いてしまった。膝の上に置いた両手の拳や肩がプルプルと震えている。
「あ、そういうことなんで。あとはよろ──」
「ちょっと待て!」
嫌な予感がして、幽理はスッと立ち上がると自然な動作で部屋から出ようとする。しかし、最初の一歩を踏み出すより早く、周防の手が背後から幽理の肩をガシッと掴んだ。
「まさか昨日の今日で、そんな危険なマネをするとは思ってなかったぞ」
「えっと、あの時は他に方法がなくて……」
「分かってる。分かっているが、それで納得できると思っているのかぁぁぁ!」
こうして幽理は数時間にわたって周防のお説教を延々と聞かされる羽目になった。夕方になって解放された幽理は、周防に家へと送ってもらう。フラフラとした足取りで家に入ろうとすると背後から怜に声を掛けられた。
「おい、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。心配はいらない……んっ?!」
幽理は、素っ気なく返事をしながら振り返って怜の方を見た瞬間、背中に稲妻が奔ったような衝撃を受けた。心臓が高鳴り、少しだけ息が苦しくなる。これまで同性として見ていた怜が、自分が女性だと意識したことで異性として見るようになっていた。
「な、な、何でもないわ。今日は疲れたから、また後でね!」
「あ、おい。待てよっ!」
先日と同様に怜の制止を振り切って家の中に飛び込む。玄関のドアの後ろに寄りかかって、胸に手を当てると、まだドキドキしていた。それどころか、怜の姿を瞼の裏に思い浮かべるだけで、鼓動が早くなる。
「どうしちゃったのよ、私ぃぃ! わ、分かっているけど……」
頭を抱えながら、妄想が作り出した怜の姿を必死で振り払う。少しして落ち着いてきたところで、自分の部屋に戻り、ベッドに飛び込んだ。枕に顔を埋めて気持ちを落ち着けてから、彼への想いを整理する。
「レイは悪くはないんだけど……。今日みたいな危険な事に巻き込むのは良くないよね……。私が異能力を手に入れたせいではあるんだけど……。今はまだ、近づきすぎるのは良くないよね」
幽理の本心としては怜とお近づきになりたいという気持ちが強い。しかし、今日のような異能力者に襲われる危険があることを考えると、近づくのはリスクが大きすぎる。今日も自分一人だったから乗り越えられたものの、他の人間──特に怜のような一般人がいたら手詰まりになっていただろう。
色々考えて出した結論は、怜とは一定の距離を置く、ということ。
「明日もあるし、今日はもう寝よう……」
幽理は考えてもしかたないと、全部脇に退けて後回しにすることに決めた。
◇
翌朝、周防の迎えで魔法少女係にやってきた幽理は、彼女から驚きの言葉を告げられた。
「もう研修は終わりで良いと判断された。今日からは天羽も正式な魔法少女として活動してもらう」
「えっ? まだ一日しか……」
「思考誘導のヤツを撃退できたなら十分だろう」
撃退できたのは偶然だったが、それだけ使いこなせれば十分という風に理解されたらしい。幽理が大きくため息を吐くと、それを同意と受け取った周防は笑顔でキラキラした服を幽理の前に掲げた。
「それは何ですか?」
「魔法少女と言えば、コスチュームだろう」
キラキラしたラメの入った臙脂色のチャイナドレスとお団子用の橙色をした布と紐、左右の腕にはめる飾り気のない金色の腕輪、黒いカンフーシューズ。明らかに幽理が動画で見たような、キラキラ可愛い系の魔法少女の服ではなかった。