元死霊術師の魔法少女 作:TS魔法少女
「それは、物量で押せということか?」
「結論から言えば、そうなります」
この話をするかどうか、幽理は最後まで迷っていた。これを話せば死霊術を使う羽目になるだろう。そう考えただけで前世において仲間から死霊術師というだけで辛辣な言葉を浴びせられた記憶がフラッシュバックする。思わず悔しさに歯噛みしてしまう幽理だったが、過ぎたことを恐れて敗北を敗北のままにしておくことを許しておくことはできなかった。
「ふぅ、そうは言ってもな……。そこまで大勢の人間を動かせるわけでもない。どうしたものか……」
「人数を用意する必要はありません。私の──私の力があれば一人で十分です」
腕を組んで考え込む周防の言葉を、幽理は彼女の目をまっすぐに見て、大きく首を横に振って否定する。その言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった周防だが、信じられないと言いたげに大きく目を見開いて、幽理の方に身を乗り出してきた。
「死霊術──でも、あなたの力で支配権を奪っただけじゃないの?」
「それだけではありませんよ。ゾンビメイカーと同じように死霊術を使えば、アンデッドを作ることも可能です。このように──」
幽理は意識を集中して、可能な限り周囲にある人間の死体からゾンビを作り出そうと試みる。しかし、現代日本で死霊術に使えるような人間の死体などあるはずもなく。いくら意識を集中しても、魔力が消費される感覚はなかった。
「人間の死体は……ないか。この際、死体なら何でもいいか……」
条件を指定せず、幽理は再び意識を集中させる。魔力がごっそりと抜けていく感覚から、死霊術が成功したことを確信する。結果をこの目で確認すべく、作り出したゾンビたちに召集をかけた。
──カサカサ、カサカサ、カサカサカサカサカサ……。
「来ました──えっ?!」
「きゃあああああ!」
「うわぁぁぁ!」
通気口から大量の黒光りする楕円形の虫──Gゾンビがわらわらと百匹ほど部屋の中に入ってくる。それを見た有紗が盛大に悲鳴を上げ意識を失い、遅れて周防も悲鳴を上げながら椅子から勢いよく立ち上がって後ずさる。
「これじゃあダメですかね?」
「ダメじゃないが、何でよりによってコレなんだ?!」
「この建物に死体がたくさんあったからですが……」
「……こんど駆除業者の予算を請求しよう、絶対だ!」
死霊術の物量に圧倒された周防が魘されるように呟く。幽理の目をじっと見ながら、困ったように眉根を寄せて訪ねてきた。
「見た目は何とかならんのか?」
「このゾンビたちも、一応は私の支配下。ならば、異能力が効果を発揮するかもしれません」
「御託はどうでもいい。早く試してみろ」
「わかってますから、急かさないで!」
幽理は大量のGゾンビに異能力を使う。手に持っていなくても支配下にあると判断されたらしく、異能力が発動して、黒いメタリックな光沢を放つGゾンビに変化した。
「ほとんど変わらないじゃないか……」
「表面は金属になってるみたいですが、元が元ですからね」
──カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ。
「それに……、少しだけ効果音が変わってますよ」
「完全に誤差じゃないか──このメカGゾンビをタッチレスにぶつけるということか?」
「はい。警視庁の建物はこればっかでしたけど、場所によっては他の虫の死体も使えるかもしれません」
「どれだけ戦えるかわからんが……どうせ他に手があるわけでもない、か……」
周防も複雑な心境ではあるようだが、異存は無いようでなし崩し的に幽理の作戦を受け入れた。
その後、幽理はクモやムカデなどの他の虫たちでも試行を重ねていく。ネズミなどの虫以外も試してみるも、比較してみると意外にも虫をゾンビにする方が使い勝手が良いことに幽理は気づいた。
「ただゾンビにするだけなら虫じゃない方がいいんだけど……。ゾンビが私の支配下扱いになって異能力を使えるのが大きいな」
数的優位と移動速度だけでも異能力と相性がいい。それだけでなく、クモなら糸で相手を拘束できるし、トンボなら変則的な飛び方ができる。
少しずつゾンビのストックを増やしつつ準備を整えていると、ついにタッチレスが動き出した。
「天羽さん。ヤツが動いたわ。場所は如月美術館。すぐに急行して!」
「わかりました」
幽理はタクシーを拾って現場へと急行した。
「お待たせしました!」
「天羽か、すでに白崎を始め、何人かはヤツを追跡している。すぐに私たちも向かうぞ!」
現場に着いて早々、今度は周防の車に乗り換えてタッチレスを追跡する。追跡している間も、送られてくる情報を元にゾンビたちの移動を指示しようとするも、周防の運転が荒く、およその支持を出すだけで精一杯になっていた。
「相変わらず余裕ぶってるわね」
前回の反省を活かして、盗品を細かく転移させながら徒歩で移動しているらしい。それが周防としては煽っているように見えるらしかった。
「そ、それより。今のうちに盗品について教えてください!」
幽理は、聞きそびれていた事件の内容について尋ねる。その目的の半分は、周防の気を逸らして宥めるためだった。
「死者の書、という石板よ。生と死を自在に操れるという伝承があるらしいんだけど、いったい何に使うつもりかしらね」
「生と死を自在に操れる……?」
幽理は、周防の言った言葉の一部に眉を顰める。死霊術の目指す先と同じ言葉。世界が違うはずだが、死霊術について書かれている可能性がある。もし、それが悪人の手に渡ってしまえば、死霊術は前世と同様におぞましい術として広まってしまうだろう。
「それだけは、それだけは、何としても阻止せねば!」
幽理は死者の書奪還に向けて、これまでになく闘志を燃やす。自然とゾンビたちに送る指示にも熱が入る。直後、慌てた声で通信が入ってきた。
『なにやら異変が発生したようです!』
『異変? どういうこと?』
『はい、黒い巨大な影がタッチレスの目の前に立ちふさがって──あっ!』
不穏な言葉を残して通信が切れる。
「急ぎましょう!」
「はい!」
異常の発生によりメンバーを心配する周防と、死者の書を奪われないか心配する幽理は最後の通信地点へと急行した。
◇
「な、な、なんなのよ! これはぁぁぁ!」
到着した幽理の耳にタッチレスの叫び声が聞こえてきた。車を降りて彼女の方を見ると、確かに死者の書があると思しきあたりに黒い巨大な何かが聳え立っていた。目を凝らした幽理が、その正体を知って思わず声を漏らす。
「あっ、あれは!」
「お前ら……。さては、あれはお前のせいかッッ!」
「いや、し、知らないけど……」
声に気づいて振り返ったタッチレスの顔は怒りに歪んでいた。怒鳴り散らすように詰める彼女に、幽理は無意識に目を逸らして答えた。何しろ、その黒い巨大な何か、というのは機械化した大量の黒い虫が集まってできたもの。
「いくら転移させてもキリないじゃない!」
「えっ、あれに触ったの?」
幽理ですら触りたくないと思っているアレに進んで触る人がいる。いくら目的のためとはいえ、予想を超えるタッチレスの根性に、幽理は目を丸くして驚いていた。その反応が癇に障ったらしく、彼女はこめかみに青筋を浮かべながら幽理をにらみつける。
「ふざけてないで、あれを何とかしなさいよ!」
「あなたたちに死者の書を渡すわけにはいかないから無理よ」
うず高く積まれたメカGゾンビは、幽理の『死者の書を総力を挙げて死守』という意思に忖度したため。結果としてタッチレスの動きを止めることに成功したのは怪我の功名と言えた。
「ふ、ふざけるんじゃねぇぇぇぇ!」
怒り狂ったタッチレスが幽理に殴りかかってくる。しかしメカGゾンビが10匹、彼女の前に立ち塞がった。
「邪魔だ! 踏みつぶしてやる! うわぁぁっ!」
彼女が踏みつぶそうと足を上げた瞬間、立ち塞がった黒い十連星が激しい爆音と閃光を放って爆発した。一つ一つの爆発は、規模こそ大きくはなかったものの、10個集まれば彼女を吹き飛ばすのに十分な威力。
「なっ、爆発した、だと?!」
驚愕に目を見開いて、タッチレスは爆発した地面を呆然としながら見つめる。
「予想通り、爆発は防げないみたいね」
「き、貴様が……」
「前回、あなたが爆弾を飛ばしたから、回避できないものがあるんじゃないかと思っていたけど、どうやら当たりみたいだね」
「……貴様!」
自分の弱点をたった一回のミスで見破られたことに、タッチレスは奥歯をギリッと噛んだ。
「許せない、貴様は殺してやる!」
殴りかかってくる彼女に再びメカGゾンビが立ちふさがる。そのまま彼女は押し切ろうとする──フリをして何匹かに触れる。幽理が慌てて爆発させるも、彼女は素早くバックステップで距離をとり、ダメージを軽減させる。
「かわされた! だが──」
「甘いよ!」
彼女の背後で爆発が起こる。指定した転移先は回避した彼女の真後ろ。爆発の衝撃を推進力に変えて幽理に肉薄し、拳を振りぬいた。
「うぐっ──そんな……」
ただのボディブローではない。爆発の推進力の乗った彼女の拳は、幽理の想像以上に重く、体をくの字に折り曲げながら吹き飛ばされた。
「どれだけ修羅場を潜っていると思っているんだ。貴様程度の脅威なんて、こっちは何度も乗り越えて来てるんだよ!」
「ぐはっ、あがっ──」
タッチレスの追撃に集中力を乱されたままの幽理は手も足も出なかった。何とか何匹かを呼び寄せ、爆発によって威嚇しようとするも、彼女は幽理の体を盾にしてやり過ごす。爆発自体は幽理自身に影響しないが、透過するわけではない。
「異能力に対する理解が、まだまだ甘いわね」
「──法令、タッチレスの手足による打撃および衝撃の無効」
彼女の猛攻に、幽理は防戦一方となる。そんな二人の攻防に割り込んできたのが有紗だった。異能力を使って攻撃を受け止める。
「だから、甘いって言ってんのよ!」
「キャッ!」
「うわっ!」
タッチレスの頭突きが有紗の顔面を直撃する。痛みに悶える有紗の体をショルダータックルで幽理を巻き込みながら吹き飛ばした。
「あ、有紗……くそっ!」
「これでトドメよ!」
幽理は有紗の体を抱き上げる。タッチレスは酷薄な微笑みを浮かべると近くにあった岩に触れる。嫌な予感に幽理は有紗の体を抱えながら駆け出すと、先ほどまでいた場所にタッチレスの触れた岩が轟音と共に落ちてくる。
「なっ!」
「まだまだ行くぞ!」
「くっ、させない!」
次の岩に触れようと走るタッチレスを止めるべく、支配していたメカGゾンビを全て彼女へと差し向ける。幽理としては死者の書を彼女たちの手に渡したくない。しかし、幽理と有紗の命には代えられなかった。
「くっ、邪魔をするな!」
数千匹の黒い虫に這い寄られて、タッチレスの動きが止まる。包囲網を狭めながら、爆発によって彼女の体力を削っていく。
「くそっ、忌々しい虫けらどもめ!」
追い詰められた彼女が苛立ちながら毒吐く。転移をさせて包囲網を突破しようとするも、数千匹の転移は容易ではない。過度な異能力の使用によって、精神的にも消耗が見え始めたタッチレスに幽理は勝利を確信する。
「これで、終わらせる!」
「ち、ち、ちくしょぉぉぉぉ!」
公園を通り抜ける風が幽理の髪をなびかせる。強くなる風に目を細めながら、一斉に爆発するように指示を出した瞬間、ゴオオッという音とともにタッチレスの周りを竜巻が吹き荒れた。
「……!」
「……まさか!」
竜巻はメカGゾンビを飲み込み、数千匹を瞬く間に一掃してしまった。あまりにも突然の出来事に幽理は絶句する。一方、原因に心当たりのあるタッチレスは大きく目を見開いて幽理の方を──正しくは彼女の背後を見つめていた。
上空に吹き上げられたメカGゾンビは幽理の指示により一斉に爆発し、大空に盛大な花を咲かせる。
「ここで貴女を失うわけにはいかないんですよ」
「
「なぜって、貴女の帰りが遅いので心配して来たんですよ。とりあえず、今日のところは帰りましょう」
「だが、死者の書がまだ……貴様ッッ!」
サイクロンの言葉を聞いて、タッチレスが死者の書の置かれた方向を見る。周防が死者の書をちょうど回収している光景に、彼女は表情を怒りに歪ませた。
「ね? 奪うのは不可能です。早く離脱しますよ!」
「周防! やはりお前にとって魔法少女はただの捨て石なんだろう?!」
サイクロンがタッチレスを肩で支えながら、ふわりと浮かび上がる。タッチレスが周防を責めるような言葉を吐くと、目を逸らしながら無言で俯く。幽理は状況に頭が追い付かず、彼女の言葉の意味を理解することなど到底できる状況ではない。
「それじゃあ、皆様。ごきげんよう」
サイクロンは二人のやり取りを強引に切り上げさせ、西の空へと飛び去ってしまった。