元死霊術師の魔法少女   作:TS魔法少女

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第6話 死者の書と湧き上がる疑念

「死者の書を見たいのですが……」

「あれは、すぐに美術館に返却してしまったぞ」

「そうですか……」

 

 幽理は奪還した死者の書の中身を見ようと周防に聞いてみたが、すでに手遅れだった。目に見えて落胆する幽理に周防は不思議そうに首を傾げる。

 

「あの石板……。チラッと見ただけだけど、何が書いてあるか読めなかったわよ」

「えっ?!」

「美術館の人にも確認したけど、内容は現時点でもほとんど解析されていないらしいわ。そんなものを見てどうするつもりなの?」

 

 幽理は想定外の話に、思わず舌打ちをしそうになる。何とか耐えて、かろうじて笑顔を取り繕う。

 

「見れば、私の力について何かわかるかも、と思ったのですが……」

 

 幽理はとっさにそれっぽい話をでっちあげる。幽理の死霊術は前世の記憶によるもので、その術理についても完璧に把握していて、これ以上は知ることなどなかった。

 

「そうなの? 一応、解読された最初の部分だけ聞いておいたわよ」

「ほ、本当ですか?!」

「ええ、『深淵に眠る漆黒が天上を覆いつくす。死の雨が降り注ぎ──』と、ここまでらしいわ」

「……えっ?!」

 

 解読されている部分を周防から聞いた幽理は、その文章に覚えがあって思わず声を上げてしまう。

 

「どうかしたのか?」

「い、いえ、何でもありません」

 

 首を傾げながら訪ねてくる周防に、幽理はブンブンと首を横に振って答えた。否定はしているものの、傍から見ればあからさまに死者の書の内容に興味を持っている雰囲気を出していた幽理に、周防は大きくため息を吐いた。

 

「そんなに気になるなら、美術館に行ってくればいいじゃない。ほら、ちゃんと見たいなら、この書類を出せば見せてくれるわよ」

 

 周防が差し出してきた書類は証拠品の再調査を要求するためのもの。持ち出すことはしない代わりに間近で見せてもらうためのものだった。幽理は書類を手にすると、さっそく美術館へと向かおうとするが──。

 

「あ、ありがとうございます。さっそく行ってきますね!」

「落ち着きなさい。私が車で送って行ってあげるわ」

「そんな、でも……」

「その書類を持っている時点で、これは公務になるの。私が付いていかない方が変に思われるわ」

 

 周防のさりげない優しさに、幽理の胸はいっぱいになる。潤んだ瞳で周防を見つめると、幽理は大きく頭を下げた。

 

「よろしくお願いします!」

「よろしい、それじゃあ。行くわよ」

 

 美術館に到着した幽理はさっそく車から降りようとして、周防が降りる気配がないことに気づく。

 

「えっと、周防さんは?」

「私はここで待っているわ。どうせ、見られたくないんでしょ?」

 

 周防は解読された文章を聞いた時、幽理の表情に驚きに混じって気まずさがあったことに気づいていた。それを配慮して、あえて車に残ると言っているように幽理には感じられた。

 

「言っておくけど、あまり時間をかけちゃダメだからね」

「はい、見たらすぐに戻ってきます!」

「ちょっと待って、これを持っていきなさい!」

 

 周防は幽理を呼び止めると、手袋を投げて寄越す。幽理は片手で受け取った手袋をしげしげと見つめて首を傾げる。

 

「これは……?」

「証拠品を見に行くんでしょ。それに美術品なんだから、触れる際には手袋をちゃんとはめること。いいわね!」

「わかりました!」

 

 周防に見送られて、幽理は美術館のスタッフルームへと向かう。あらかじめ連絡が行っていたらしく、スムーズに館長の元へと案内された。

 

「証拠品の再調査と聞いているが……」

「はい、こちらが書類になります」

「ふむ、内容に不備は無いようだね。それじゃあ、ついてきなさい」

 

 館長に先導されて幽理は展示品準備室へと案内される。準備室には作業のための机が二つ配置されていて、奥側の机の上に、死者の書が置かれていた。

 

「極秘の調査ということで、我々は席を外しておきます。ごゆっくり調査のほどを」

「わかりました」

 

 館長たちを見送り、幽理が死者の書を見る。解読が進んでいないという話であったが、彼女には解読など不要。そもそも何が書いてあるか普通に読むことができた。

 

「何で、この文字がこの世界にあるんだろう……」

 

 死者の書に書かれた文字、それは幽理の前世で使われていた文字だった。異世界のはずの前世の世界のものがあることに違和感を感じつつも、慎重に読みこんでいく。

 

「……こ、これは?!」

 

 幽理は死者の書に書かれた文字を読んで驚きの声を上げる。しかし、それは最初だけで読み進めれば読み進めるほど、その内容に呆気に取られて言葉を失っていく。

 

「ふぅ……。誰だ、こんなものをわざわざ石板に書き起こしたヤツは……」

 

 石板に書かれていた文章。それは何となくカッコいいからと、前世で死霊術を使う時に適当に唱えていた呪文だった。その時のセリフを一言一句漏らさず記憶していた誰かが石板に書いて、死者の書と銘打った。幽理は自分の黒歴史ノートを見せられているような気分になって、思わず破壊してしまい衝動に駆られるが必死で耐える。

 

「だが……、これなら仮に奪われても問題ないな」

 

 死霊術に関してマイナスイメージを持たれるような術式について書かれているのかと思いきや、幽理の前世の妄想を書き記したものだった。仮に奪われたとしても、これなら何も起こらないはず。

 

 危機的状況を脱したことにホッと胸を撫で下ろす幽理の背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「いくら魔法少女として頑張っても、最後には捨てられるのに、おめでたいことだな」

「──タッチレスッッ!」

 

 幽理は振り返って侵入してきたタッチレスをにらみつける。しかし、彼女は戦うつもりはないとばかりに両手を上げて首を振る。

 

「今日は戦うつもりはないから安心していい。もちろん、それを盗むつもりもない」

「どうでもいいけど、私の目の前で盗むつもりなら容赦はしない」

「あれだけ必死だった割には随分と素っ気ないじゃないか。まあ、それは置いておいて、今日は貴様と話をしようと思っただけだ」

 

 タッチレスは勝利を確信したように微笑みながら幽理を見つめる。幽理には状況的に勝算があるとは思えなかったが、出方を見極めようと彼女の目をにらみつけていた。

 

「あなたと話をするつもりはないんだけど」

「いや、貴様は話を聞くべきだよ。ありがたい魔法少女の先輩の話をね」

「先輩……?」

 

 不思議そうに首を傾げる幽理を見ながら、挑発的な笑みを浮かべて、タッチレスは幽理の顔を覗き込んだ。

 

「そ、先輩。私の瞬間移動の異能力は、あなたと同じでセフィラから貰ったもの」

「それじゃあ、何で寝返ったんですか」

「じゃあ聞くけど、魔法少女は最後はどうなるか分かってる?」

 

 彼女の言葉に幽理は言葉を詰まらせる。周防からも魔法少女になればどうなるかは聞いていたが、最後にどうなるかは聞いていないからだ。それでも幽理は想像力を働かせて答えをひねり出す。

 

「もしかして、あなたのように悪堕ちするんですか?」

 

 魔法少女は最後に魔女という悪い存在になるという設定があったのを思い出しながら幽理が答えると、タッチレスは馬鹿にしたように鼻で笑う。

 

「はんっ、何も知らないのね。魔法少女は使い捨て。使い物にならなくなった魔法少女は、辞めさせられて全てを失うのよ。それが嫌で、私はあいつらから離反したの」

「全て……、それってどこからどこまでですか?」

「ホントに全てよ。異能力はもちろん、過去の実績や評価まで全てを失うことになるわ」

「うーん……。それって私が生まれてから、という話でいいのですよね?」

 

 眉を寄せながら腕を組んで尋ねると、タッチレスは目を大きく見開いて、まるで幽理が狂ったいるかのような目で見ていた。

 

「な、な、何を言うかと思えば。当然でしょ。こうして離反していなければ、今頃は何もない、ただの疲れた人間になっていたわ」

 

 幽理は、彼女の言葉を聞いて残念そうにうなだれる。幽理としては、前世の実績や評価も捨てたいと思っているのだが、一度付いた悪評を覆すのは難しいようだ。一方で、魔法少女としての華々しい──予定の評価が無くなるのは致命的だった。

 

「それは非常に困るな」

「そうよ、だから全てを奪われる前に、こっちに付いた方がいいわ」

「でも、あなたの言うことなんて信じられないんだけど」

「今はそうかもしれない。でも、そのうち気づくわ。私の言葉の方が正しかったってね。ま、せいぜい後悔する前に寝返ることね」

 

 幽理が僅かに戸惑いを見せたことに、満足げに微笑む。今のところは半信半疑ではあるが、幽理は彼女の言葉を完全に否定することができなかった。彼女にとってみれば疑惑の種を植えることに成功しただけでも成果だったのだろう。無防備に背中を見せて立ち去ろうとする。

 

 ──バタン!

 

 準備室の扉が勢いよく開き、拳銃を構えた周防が部屋の中に入ってくる。

 

「あんなヤツの言葉に耳を傾ける必要はないわ!」

 

 ──パン、パァン!

 

 周防の手にした拳銃が火を噴く。放たれた銃弾は狙い通りタッチレスの体を完全に捉えていた。しかし、銃弾は彼女に触れるとスッと掻き消えて、同時に反対側の壁に銃弾がめり込んでいた。

 

「ふん、そんな玩具。私に効くはずないってわかってるよね!」

「試してみなきゃわからない!」

 

 幽理を置き去りにして、一方的な銃撃戦が繰り広げられる。

 

「一体どういうこと? もしかして……」

 

 今の幽理には目の前の銃撃戦よりも、気になっていることがあった。それは周防が入ってきた時、拳銃の射線からわずかに逸れた所に幽理がいたにも関わらず、迷うことなく引き金を引いたこと。

 

「魔法少女は使い捨て。辞めさせられて全てを失う……?」

 

 先ほどタッチレスから聞いた言葉が口をつく。それは幽理の中に周防たちへの疑惑の目が少しずつ育ってきている証拠でもあった。

 

「無駄だって言ってるでしょ!」

「くっ……」

 

 銃弾を瞬間移動で無力化しながら、タッチレスは周防に距離を詰める。構えられた銃に触れた瞬間、彼女の手から拳銃が消え、カランという音とともに部屋の隅に拳銃が落ちた。

 

「いつもいつも、私の邪魔ばかりして……」

「そんなことは……」

「御託はいらない。アンタの顔を見ていると吐き気がするのよッッ!」

 

 タッチレスが放った回し蹴りを、周防はポケットから取り出したハンカチで受け止める。わずかに勢いを殺せたものの、拳銃と同じように部屋の隅へと転移させられてしまう。蹴りが入る直前、周防はわずかに後ろに飛びのいたものの、彼女の蹴りを受けて吹き飛ばされてしまった。

 

「まったく忌々しい。何でアンタだけ……」

「ち、違う!」

「違わないわ。私はちゃんと、この耳で真実を聞いたんだからね」

「そんなはずは……」

 

 タッチレスの言葉を否定するように周防は首を何度も横に振った。しかし、戦意はいまだ衰えず、睨みつけてくる周防に、タッチレスは大きくため息を吐いてクルリと背中を向けた。

 

「はあ……。用事は済んだし帰るわ。アンタが本気を出したら勝てないからね」

「ま、待てッッ! 話だけでも……」

「ふん、アンタの話なんて聞くつもりないわ。いつもいつも耳障りのいいことばかり言って、うまく操っていたつもりなんでしょ? じゃあね、そこの新人さん。私はいつでも大歓迎よ」

「黙れッッ!」

 

 幽理に手を振って、タッチレスは颯爽と部屋から出て行った。彼女の捨て台詞をむきになって否定しようとする周防の態度に幽理は不信感を募らせる。周防に向ける視線にも少しだけ警戒感や不信感といった感情が混じり始めていたが、それに彼女が気づく素振りはなかった。

 

「もう用事は済んだよね?」

「は、はい」

 

 問いかけという形を取っているものの、周防からは有無を言わせない圧力が感じられて、幽理は反射的に首を縦に振る。周防は眉一つ動かさずに、幽理の脇を通り過ぎると、背中を向けたまま幽理に話しかけてきた。

 

「それなら戻るぞ」

「は、はいッッ!」

 

 返事を待たずに車へ向かう周防に、置いて行かれないように幽理は慌てて彼女の背中を追った。

 

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