元死霊術師の魔法少女 作:TS魔法少女
帰りの車の中では重苦しい沈黙が漂っていた。それはいずれか一方に原因があるわけではなく、理由は違えど双方に要因があった。
「着いたぞ」
「は、はい」
「あ、ちょっと……」
車から降りて魔法少女係へと向かおうとする幽理を周防が呼び止める。しかし、呼び止めたはいいものの、何と話をすればよいか考えあぐねているようで、視線が定まっていない。
「先ほどの件ですよね?」
「あ、ああ、そうだ。天羽には──いや、他の人間にも詳しく話したことはないのだが、ヤツの話を聞いて気になっているのだろう?」
「ええ、まあ……」
気まずそうに言葉を紡ぐ周防に対し、幽理の返事も歯切れが悪い。お互いの気持ちがすれ違っているのは何となく理解している二人であったが、どうすればいいのかは雲を掴むような話だった。
「とりあえず、奥の応接テーブルで待っていてくれ。私も落ち着いたら向かう」
「わかりました……」
周防には納得してもらうために話す内容を整理する時間が必要だった。しかし、疑心暗鬼に駆られている幽理には逆効果だった。でっち上げた話の整合性を取るための時間として受け取った彼女は、周防への不信感を一層深めていく。
「お待たせ。遅くなって悪いわね」
「いえ……」
幽理が応接テーブルで座って待っていると、2,3分ほどで周防がコーヒーを持ってやってきた。
「思っていたよりも早かったので……」
「私はあれこれ考えるのは得意じゃないからね」
幽理の前にコーヒーを置いて、向かい側に周防が腰かける。肘をついた両手を顔の前で組んで、幽理の顔をまっすぐ──射貫くような目で見つめる。
「この話は、基本的に『その時』が来るまで話さないことなんだが、今回は特例だと思ってほしい。ゆえに、口外は禁止だ」
「──それは、知られてしまうと裏切られる可能性があるからですか?」
「それは違う。そもそも裏切られるような酷い扱いではないしな」
「それじゃあ、何で──」
思わず声を荒げる幽理を見つめながら、周防が立てた人差し指を口元に持ってくる。
「あまり大きな声で話さないで欲しい」
「それじゃあ、何であの人は裏切ったのですか」
「その話より前に、魔法少女の『終わり方』について話をした方がいいだろう」
神妙な表情で核心となる話を切り出してきた周防に、幽理は反射的に身構えてしまう。
「アイツのような例外を除いて、魔法少女としての役目を終えるパターンには大きく分けて三つある。一つ目は殉職。魔法少女の扱う事件は危険性も高いからな殉職率した者も過去にはいる」
殉職という言葉を聞いて、幽理は生唾を飲み込む。先日までの戦いを振り返れば、死んでしまってもおかしくない状況は少なくなかった。
「とは言ったけど、こっちも全力で身の安全を確保するから気にする必要はない」
「でも、さっきは問答無用で撃ちましたよね」
身の安全を確保すると言っておきながら、わずかに照準がブレれば幽理に当たっていたかもしれない状況で銃を撃ってしまったことを挙げて周防を詰める。周防はすぐにテーブルに打ち付けそうな勢いで頭を下げた。
「さっきの件は、本当にすまなかった。先にアイツの姿を見てしまったことで冷静さを欠いていた。そのことについては後ほど詳しく話す。今は残りの二つ、殉職をせずに職務を全うした場合について先に説明しよう」
「わかりました」
「最後まで全うした場合の選択肢だが、私のように魔法少女の支援に回るか、あるいは、一般職に戻るか、となる」
「要するに、それは選択肢じゃなくて能力によって決まるってことですよね?」
タッチレスの言葉を鑑みて周防に尋ねるが、彼女は口を真一文字に引いて首を振った。
「もちろん、能力次第では異能力を捨てて一般職を勧める場合もある。だが、最終的に決めるのは本人の意思だ」
幽理はじっと周防の目を見る。その瞳にはありありと疑惑の色が浮かんでいて、彼女の真意を見定めるような緊張感が二人の間に漂っていた。
「結果から言えば、一般職を勧めた人間は全員が一般職に戻っている。何故だかわかるか?」
「いえ」
せっかく手に入れた異能力を手放してまで一般職に戻る人の気持ちは、魔法少女として人々の尊敬を集めたい幽理には理解できなかった。
「危険だからだよ。人間っていうのは守るものができると、途端に命が惜しくなるのさ。一般職を勧めない人間でも、より安全な一般職に戻っている」
「それじゃあ、タッチレスは何で……」
「アイツの能力は生き残ることを考えれば非常に優秀だ。だが、実際に戦って分かったように完璧じゃない」
「なまじ優秀なだけに油断するから危険だと判断した、ということですか?」
幽理が推理した理由を口にすると、周防はため息を吐いて深く頷いた。テーブルの上で組んだ両手にも力が入って、彼女の判断が本意ではなかったと察せられる。
「そうだな。異能力には完璧なんてない。天羽さんの異能力も単体ではアイツに手も足も出なかっただろう?」
幽理は敗北の苦い記憶が蘇り、思わず下唇を噛む。しかし、事実は事実と割り切って、ゆっくりと頷いた。
「アイツは危険だったんだよ。油断して、いつ命を落としてもおかしくなかった。だから上司に彼女に一般職を勧めるように訴えたんだ。上司もアイツの危うさは把握していて、私の訴えなど関係なく一般職を勧めるつもりだったらしい。だが、そのやり取りを──」
「聞かれてしまった、ということね……」
周防は頷きながら、僅かに俯いて肩を震わせる。だが、すぐに顔を上げると幽理の顔をじっと見つめた。
「アイツにとっては魔法少女や異能力が全てだった。その点は天羽さんも同じようなものだからね。だからこそ、アイツも取り込みやすいと思っているに違いない」
「私は別に魔法少女や異能力が全てではありませんけど」
幽理からしてみれば、その評価は的外れもいいところだった。彼女にとって、魔法少女は自分の評価を上げるための肩書に過ぎない。周防はきょとんとした表情で幽理を見つめるが、すぐに目元に手を当てて大声を上げて笑い出した。
「あははは、そういやそうだな。天羽さんには別の力があるんだったな。失念していたよ。でも、アイツは自身の全てであった異能力が奪われると勘違いして寝返ってしまったのさ」
「その点については理解しました。ですが、魔法少女を使い捨てにしているというのは?」
幽理としては経緯が気にならない訳ではなかったが、それよりも使い捨てにするという話の真偽の方が重要だった。そのことを尋ねられて、再び周防は大きく頭を下げた。
「本当に、それについては申し訳なかった。私もアイツとの因縁が長いせいか、どうしても冷静さを失ってしまうんだ。もちろん、天羽さんに危険がないと判断したうえで発砲したし、今後も危険が無いようにサポートしていくつもりだ」
周防の答えは、幽理の問いに対して模範的ともいえるものだった。しかし、一方で彼女の望んだ答えでもなかった。
「私が聞きたいのは、使い捨てでない──続けるという選択肢がないのかということです」
「無いわけじゃない。だけど、ずっと前線にいた事例はないかな」
「そんな……」
「もちろん希望には沿うつもりだ。だが、会社でもそうだが、ずっと平社員というわけにはいかんだろう?」
幽理は返す言葉もなく押し黙る。内心では押し切られてはなるまいと反論の糸口を探っていく。
「そ、それじゃあ。まだ周防さんは魔法少女だって言うんですか?」
「異能力を使えるということであれば、まだ魔法少女だな。天羽さんがC4爆弾を爆発させたときに自分で防いだだろう?」
あの時、魔法少女である有紗はともかく、一般人だった周防が爆弾を防いだのは装備品のおかげだと幽理は考えていたが、それは間違いだったらしい。
「疑うなら、実際に戦ってみるか?」
「お、お願いします!」
いまだ半信半疑である幽理を納得させるため、周防が模擬戦を提案する。すんなりと幽理が乗っかったのは、彼女が元魔法少女ということで、自分より格下だと考えていたことが大きい。半ば無意識ではあったが、少なからず油断があった。
「それじゃあ、始めるぞ。お前も遠慮せず全力で来い」
「わかりました」
訓練場に移動した幽理と周防は互いに向き合う。二人とも武器は何も持っていないが、素手で戦うわけではないことは理解している。周防は身構えてこそいるが動く気配はない。幽理に先手を譲るつもりであることがうかがえる。
「いきます!」
幽理の声で二人の間に緊張感が走る。幽理の初手はボールペンロケットとメカGゾンビによる時間差爆撃。切れ目なく周防に襲い掛かる爆発。
「その程度で私を倒せると思ったか?」
爆炎の中から周防が無傷で飛び出してくる。彼女の両手には一枚ずつハンカチが握られていた。だが、ただのハンカチではない。彼女の異能力である
「くっ……!」
とっさにボールペンを取り出し、今度はロケットではなくスタンロッドに変形させてハンカチを受け止める。軽量な武器とはいえ身体能力の差は大きく、受け止めたスタンロッドはあっさりと弾き飛ばされてしまった。
そのままハンカチを振り切る周防から距離を取りつつ、バックステップで体勢を立て直す。そのまま追撃をしてくるかと身構えるも、周防は余裕そうに微笑みながら立っていた。
「なかなかやるじゃないの」
「その余裕そうな表情、腹が立つんですけど……」
「実際、余裕だしね」
普段であれば、この程度の煽りに反応しないであろう幽理だが、この日は彼女自身、色々なことがあって精神的にも不安定になっていた。周防が見せる僅かな余裕にも、幽理は苛立ってしまう。
「これならどうだ!」
先ほどのメカGゾンビを大量に投入し、周防を取り囲んで一斉に爆発させる。四方八方から迫りくる爆炎には、さすがの彼女も対処できないだろうと高を括っていた幽理は、いまだ燃え盛る爆炎の中から聞こえてくる周防の声に、得体のしれない寒気を感じた。
「なかなかやるじゃない。でも、これじゃダメね」
「そんなッッ!」
爆炎が収まり、視界が開けてくる。その中央には周防が平然と立っていた。彼女の着ていたスーツがまるで鎧のように硬質化していたことに気づいて、幽理は驚きのあまり目を見開いて仰け反ってしまう。
「まったく……サイクロンのヤツにも同じ手を使って対処されちゃったでしょ。強力な技であっても、常に対処される可能性を考えないとダメよ」
周防がカシャカシャという硬質な音を立てて迫ってくる。幽理は奥の手とばかりに、彼女が目の前に来た瞬間、C4爆弾を爆発させた。轟音と共に爆炎がうねる。爆炎が直撃したはずだったが、彼女の異能力で硬質化した鎧に阻まれてしまう。
「初見で不意打ちだったにも関わらず防げた攻撃が、今さら効くわけないでしょう」
「ぐっ、げほぉぉっ!」
周防は距離を一気に詰めると、右の拳を幽理の腹にめり込ませる。あまりにも重い拳に腹の底から熱いものがこみあげてくる。何とか堪えて最悪の事態は回避したものの、足から力が抜け、その場で崩れ落ちてしまった。
「勝負あり、ね」
お腹を押さえながら地面にのたうち回る幽理を見下ろしながら、周防は勝利を宣言する。屈辱のあまり、幽理は立ち上がって殴りかかりたい気持ちに駆られるも、先ほどの一撃のせいで、立ち上がることすらままならない。
「くっ……」
「これで分かっただろう? 別に引退したからと言って弱いわけじゃない。むしろ、異能力の扱い方が洗練されて強くなるくらいだ」
「こんなに強いのに、なぜサポートに……」
「簡単なこと。そんなことをしたら、私がいなくなったら終わるからだ。後進の育成も重要な仕事だよ」
あまりにも単純明快な答えに、幽理は反論する言葉が見つからない。朦朧とする意識の中、必死で思考を巡らせるも、彼女の意識は深い闇の中へと引きずり込まれていった。
◇
幽理が目を覚ましたのは医務室のベッドの上だった。
「私は……負けて……」
ベッドの上で上半身を起こし、手のひらをじっと見つめる。握ったり開いたり具合を確かめ、問題がないことを確認してベッドから降りる。
「お、目を覚ましたか。早速だが、死者の書がまたしても奴らに奪われた。今回はタッチレスだけでなくサイクロンも一緒らしい。前回よりも厳しい戦いになるだろう」
「望む──ところです!」
幽理の闘志に満ちた眼差しを見て、周防は満足そうに頷く。身を翻して部屋から出ていこうとして、幽理の方へ振り返った。
「それじゃあ行くぞ」
「はいっ!」
駆け出した周防の背中を追って、幽理も走り出した。