四代目火影・大蛇丸   作:缶ジュース

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第九章:内憂外患

 火影の執務室を辞し、シスイは慣れ親しんだはずの己の居住区に帰り着いた。安らぎは、そこにもない。九尾事件後、警務部隊本部の建替と専用演習場の割当を名目に、うちは一族は里の最も隅に追いやられた。この居住区は、二十四時間体制で暗部が監視する、鉄格子なき牢獄だった。

 一族の集会所である南賀ノ神社。シスイは足を止め、深く息を吸った。飛び込むのは、戦場よりもなお、出口の見えない渦の中。

 畳の上には既に一族の主だった者たちが揃っていた。

「シスイか……。五代目への報告は済んだのか?」

 奥から声をかけたのは、フガク亡き後、新たに警務部隊長となったうちはヤシロだった。

「……さきほど、戻りました」

 微かな皮肉を問いかけに感じ取り、シスイはただそれだけを応える。

「そうか。で、我らが英雄の汚名をそそぐような情報は何かあったか?」

 周囲の者たちも一斉にシスイへと視線を向ける。そのどれもが、期待ではなく、詰問の色を帯びていた。シスイが継続的に「面の男」の捜索任務に就いていることは、一族では公然の秘密だった。そもそも、九尾事件が天災などではなく、「時空間忍術を操る」何者かの手によって引き起こされたという情報自体、シスイが一族へともたらしたものだった。

「ありませんでした」

 そう答えると、失望のため息が部屋に満ちた。燻っていた怒りへと、それはすぐに変わっていく。

 里がうちはを疑う理由は、一族の者たちも承知していた。尾獣さえもねじ伏せうる血継限界・写輪眼。絶対的なその力を持つが故に、疑いの目を真っ先に向けられるのは自明の理だ。しかし、その疑いがどれほど理不尽なものであるか、一族の者たちこそが最も、骨身に沁みて分かっていた。一族の長自らが、その身を挺して災厄に立ち向かった事実があるからだ。

 あの夜、フガクの瞳術を目撃した者はごく僅かだった。しかし、九尾を瞳術で相手取った紛れもないその事実が、皮肉にも「うちはにしかできない犯行」という疑念を根付かせ、事態を複雑にしていた。フガクが九尾を鎮め、殉職した事実は、「フガクが九尾を操り討たれた」という悪意ある噂にいつしかすり替わり、里を独り歩きした。英雄か、容疑者か。二重の評価に一族は雁字搦めにされた。

「五年だぞ! もう五年も我らは耐え忍んできた!」

 集まっていた一族の一人が、堪えきれずに叫んだ。ヤシロが苦々しく吐き捨てる。

「面の男とやらが見つからねば、我らは永遠に疑われたままだ。火影の犬として尻尾を振ったところで、里の奴らの目は冷たいままよ」

 ヤシロの言葉は、火影直属の暗部、さらには火影の側近として常にその傍らに侍るシスイを刺す棘であると同時に、一族の現状への自嘲だった。シスイは何も言わず、畳の一点を見つめた。別の男が、悔しさを滲ませた声で続けた。

「フガク隊長はやはり、奴らに使い捨てられたのだ……」

 里の噂が歪んでいったのと同じように、フガクの英雄的な死は、「里に見殺しにされた」として、一族の結束を強硬な方向へと導くプロパガンダにすり替わりつつあった。

「そうだ! 大蛇丸様との内約も、火影が代わった途端、戯言のもとに反故とされた! フガク隊長が里のために命を懸けられたにもかかわらず!!」

 声を荒げたのは、あの日、フガクと共に火影の屋敷にいた警務部隊の若手、うちはイナビだった。目尻には薄っすらと涙が滲んでいた。

 四代目火影・大蛇丸が提示した破格の内約。一族が掴みかけた希望は、閃光と共に木っ端微塵に消え去った。

 九尾事件後、大蛇丸は里を救った英雄とされながら、同時にその責任も追及された。火影執務室に影分身を置いていたことで初動対応が遅れた事実が発覚し、彼の政務における判断能力が疑問視されたのだ。そして、うちはとの内約は、その「疑義の残る判断」の一部であったという詭弁のもと、新体制によって一方的に白紙へ戻されたのだった。

 追い打ちをかけるように、その状況を覆せなくする事態も起きていた。うちはが里と対等な交渉のテーブルにつくための唯一の手札であった二巻の覚書が、混乱の中で跡形もなく失われていたのだ。契約を結んだ当事者達が死亡している今、それは「四代目火影と正式に交わした約束である」と主張できる唯一の物的証拠だった。里の上層部は、「そもそも内容が確認できない約束を認めるわけにはいかない」として、うちはの訴えを退ける揺るぎない口実を得たのだった。一族に残ったのは、交わした約束を反故にされた屈辱と、里への拭い難い不信感だけだった。

「ミナトめ……! 結局は我らを疑い、隔離し、力を削ぐことしか考えておらん!」

「所詮は軟派な日和見主義者だ。だから日向の一件でも雲隠れのような輩につけこまれた」

「待ってください! 五代目は、我々の名誉を守るために動いてくださっている。今は耐えるべきです!」

 シスイが割って入ると、集まっていた者たちの視線が一斉に刃となって突き刺さった。一人が、「今は?」と嘲るように鼻を鳴らす。

「では、我らはいつまで耐えればいい? もう五年か?」

「火影の言いなりになっている貴様には、我らの苦しみが分からんらしいな、シスイ」

「里のスパイめ……」

 誰かが小さく吐き捨てた。

 里と一族を繋ぎとめる楔になるはずだった立場は、今やシスイを裏切り者へと貶めていた。シスイの重用が里と一族双方に向けた「うちはを仲間だと信じている」という火影の声明であったとしても、もはや一族には欺瞞にしか映らない。異例の抜擢をしたミナトの覚悟も、融和への願いも、歴史の濁流とも言うべき憎悪と不信のうねりの前では、あまりに無力だった。

「シスイ、貴様は一体どちらの味方だ? 我々うちはか、それとも我らを罪人のように扱い、蔑ろにする里か!」

 イナビの詰問に、シスイは黙り込むほかなかった。

「族長の殉職を、無駄にすべきではありません」

 答えたのはシスイではない。全ての視線が声の主へ向かう。口を挟んだのは、隅で終始沈黙を守っていた少年、うちはイタチだった。

 フガクの長男であるイタチは、まだ十歳とは思えぬほどの落ち着きで、会合の熱狂を見つめていた。アカデミーを一年で駆け抜け今や中忍となった麒麟児の、全てを見透かすような瞳には、既に写輪眼が宿っている。

「イタチ……お前の気持ちは分かる。だがな、お前の父、フガク隊長の名誉を守るためにも、立ち上がらねばならんのだ」

 イナビが諭すように言うが、イタチは動じない。

「力で事を構えれば、新たな憎しみが生まれます。そうなれば、それこそ父が命懸けで守ろうとしたものを、踏みにじることになります」

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