四代目火影・大蛇丸   作:缶ジュース

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第十章:水面下

 一人、南賀ノ川のほとりに立つ。

 川面に映る月が、静かに揺れている。

 会合は、まだ見た目だけは幼いイタチの落ち着いた言葉によって熱を失い、不満の燻りを残したまま幕を閉じた。

 里も、一族も、互いに猜疑の目を向け合い、破滅という名の奈落へ、ゆっくりと、しかし確実に落ちようとしている。

「……また、やるしかないのか」

 誰に言うともなく呟いた声は、冷たい川のせせらぎに掻き消された。

 皆の声は的を射ている。

 そうだ。ミナトは軟派だ。そうでなければうちはは族滅を免れていない。

 里のスパイ。その罵声は、図らずもシスイの偽らざる立場を言い当てていた。

 九尾事件の黒幕の狙いが木ノ葉とうちはの瓦解にあると看破したミナトにより、現在に至るまで捜査は大別して二つの軸で進められてきた。一つは、暗部精鋭による広域外部調査。そしてもう一つが、うちはシスイによる一族内からの内偵調査。これこそが、惨劇の夜から半年後よりシスイに極秘裏に課せられてきた、本来のSランク任務だった。

 過激派の動向を監視し、過去の文献や禁術の記録を漁り、一族の歴史から抹消されたうちはマダラに関する情報と、彼の思想に共鳴する者の影を洗う。基本は里に常駐せざるを得ない立場は、その内偵任務の隠れ蓑に過ぎない。一族からは「火影の犬」と蔑まれながらも、その立場を利用して里の機密情報を一族に漏洩させる二重スパイを演じ、シスイはたった一人で綱渡りを続けてきた。

 惨劇を引き起こした「面の男」が、あるいはその協力者が、現在も一族の中に潜んでいるかもしれない。犯人がうちはであり、今いる一族の誰かであることがまず疑われる以上、いつその人物に殺されるかも分からない。犯人は、ミナトと直接戦っている。うちはである己の存在をミナトが把握していると、犯人側も認識しているということだ。そんな中で火影の側近に抜擢されたシスイは、犯人からすれば喉元に突きつけられたクナイそのもの。下手に動いてボロを出せば、即刻、飛雷神の術でミナトが飛んでくる。

 当然シスイを排除したいはずだが、居住区内でその寝首をかけば、それこそ一族内に犯人がいるという何よりのシグナルをミナトに送ることになる。必然的に、シスイを殺すなら、死んでも不自然でない状況――任務中の交戦や事故に見せかけての犯行となる。

 四年半。神経を尖らせ、徹底的に一族を洗い上げた。しかし、「面の男」に繋がる証拠は一片も見つからなかった。ただ、同胞を欺き続ける罪悪感と、いつ砕けてもおかしくない薄氷の上で疑心暗鬼に蝕まれていく一族、そしてその渦中にいる自分自身を前にした無力感だけが、澱のようにシスイの心に積もっていく。

 今回の雨隠れへの任務も、出口のない日々に射した束の間の光だった。ミナトが時折、捜索の名目でシスイを里の外へ出すのには、幾重もの意味が織り込まれていた。敵の正体が同じ瞳術使いである以上、写輪眼の使い手であるシスイが、会敵の蓋然性が高いと判断される場合の外部調査に加わるのは必然でもあり、常にミナトの側にいるだけでは内偵という密命を帯びるに露骨すぎる立場を、「面の男の捜索」というより広範な真実で覆い隠す狙いもあった。そして、それは撒き餌でもあった。犯人にとって目の上のたんこぶであろう自身を囮にし、一族に潜むその者をおびき寄せるための。しかしながら、何より、この孤独な任務からシスイを一時だけでも解き放ち、信頼できる仲間のもとで息をつかせるための、ミナトの配慮であることを、シスイは理解していた。

 背後から、静かな足音がした。振り返るまでもない。

「……見ていたか、イタチ」

「ああ」

 隣に並んだ親友、うちはイタチは、落ち着き払った声で答えた。任務を明かせずとも、彼はこの孤独な戦いにおける、かけがえのない同志だった。

「父さんの死後、一族は変わってしまった」

「……」

「先日、ダンゾウという男に会った」

 イタチの唐突な告白に、シスイは目を見張った。志村ダンゾウ。三代目火影の盟友にして、暗部養成部門「根」の創設者。九尾事件を好機とばかりに、一貫してうちはへの強硬策を主張するタカ派の筆頭だ。

「暗部に誘われた。シスイのように、火影様と直接繋がるのではなく、ダンゾウ直属の部隊に入れと」

 ミナトも、シスイも知らない動き。水面下で、ダンゾウが独自の思惑でうちは一族の天才に手を伸ばしている。背筋に冷たい汗が流れた。

 先々代からの重鎮である相談役のホムラとコハルも、旧体制の維持を望むが故にダンゾウの意見に傾きがちであり、ミナトは火影という立場にありながら政治的に孤立していた。その隙を突くようなダンゾウの行動は、単なる政治的駆け引きでは済まされない危うさを感じさせた。

「……なんて答えたんだ?」

「まだ、何も」

 二人の間に、川のせせらぎだけが流れる時間が訪れた。

「イタチ。お前は、どう思う?」シスイは尋ねた。「一族か、里か。もし、どちらかを選ばなければならないとしたら」

 イタチは答えなかった。ただ、その黒い瞳で真っ直ぐにシスイの瞳を見つめ返す。シスイは、イタチから視線を外し、揺れる月を見つめながら本心を吐露した。

「俺は……五代目を尊敬している」

 それは、一族の前では決して口にできない言葉だった。

「俺のような者を傍に置き、うちはを含めた里全体の未来のため、孤独な戦いを五年前のあの日からずっと続けている。師を喪い、子どもは人柱力にせざるを得ず、最愛の人は今も眠ったまま……。それだけのものを奪われてもなお、あの人はうちはを憎んでいない」

 イタチの目が僅かに見開かれた。シスイの言葉は、九尾事件の黒幕がうちはである前提に立っている。多くの機密情報を持ち、常に中立的な視点から物事を深く思考するシスイが口にした以上、それはもはや単なる仮定ではなかった。しかしイタチはその核心には触れず、ただ黙って言葉を受け止めた。

「ダンゾウの件、火影様には俺から伝えておく」

 シスイが言うと、イタチは静かに頷いた。だが、続いた言葉は、シスイの予想を完全に裏切るものだった。

「シスイ。……ダンゾウからの誘い、俺は受けるつもりだ」

「なにっ!?」

「俺も、お前と同じものを見ている。一族と、里を」

 イタチは、川面に映る揺らめく月を見つめたまま、静かに言った。

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