四代目火影・大蛇丸   作:缶ジュース

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第十一章:疾駆

 風が肌を撫でる感覚すら、とうに置き去りにしていた。

 猫面で素顔を隠し、夜陰に紛れて森を疾駆する一つの影。枝から枝へ、まるで空間そのものを蹴りつけているかのように、残像だけが軌跡を朧げに示していた。その速さゆえに「瞬身のシスイ」と五大国に轟く異名は、彼がどれだけの死線を潜り抜けてきたかの証左でもあった。

 シスイの元に一羽の伝令鷹が舞い降りたのは、約二十四時間前のこと。足に結ばれていたのは、火影直属の暗部のみが解読できるように記された極秘指令だった。忍識札と原理を同じくし、情報をチャクラで暗号化するそれは、復号化のキーを知る者が指先にチャクラを込めて触れることで、初めて文字として浮かび上がる。記されていた座標は、火の国の北の国境沿い、第三次忍界大戦の激戦地であったかつての神無毘橋にもほど近い、草隠れの緩衝地帯に位置する渓谷を指していた。指令には「単独にて急行されたし」とあるのみ。任務内容も目的も一切不明。その異常なまでの情報の少なさが、逆に事態の尋常ならざることを物語っていた。

 兵糧丸を口に放り込み栄養を補給しながら、瞬身の術を駆使し、常人ならば三日は要する道のりを寝ずの一日で駆け抜ける。

 鬱蒼と茂る木々を抜け、苔むした岩肌を辿った先に、月の光すら吸い込むように洞窟はぽっかりと口を開けていた。指定された座標だった。周囲に気配のないことを確かめ、次いで入り口の痕跡を調べる。岩の苔に、微かだが踏まれた跡が残っている。真新しいものではない。少なくとも数日は経過している。

 背中の短刀ではなく、より取り回しに優れるクナイを無音で抜き放ち、一切の気配を殺してシスイは内部へと侵入した。天然の鍾乳洞らしく、ひんやりとした空気が肌を撫で、染み出た水滴が不規則に闇へと落ちる。暗部で培った隠形術に徹し、音もなく慎重に奥へと進むと、闇に慣れた写輪眼が、壁面の不自然な削り跡を捉えた。風化の進み具合が周囲の岩肌と明らかに異なる。シスイは壁に近寄り、その表面を写輪眼で凝視した。研いだように滑らかな表面には、肉眼では到底捉えきれないほど微細な、無数の直線状の傷が、同じ方向に寸分の狂いなく走っていた。風遁系の術が用いられた痕跡だった。巧妙に偽装されているが、この洞窟には人の手が加わっている。

 やがて道は岩壁に突き当たり、途絶えた。だが、シスイの写輪眼は、その岩壁に強力な封印結界が施されていることを見抜いていた。何人も通さぬという強い意志を感じさせるその術式の構成に、シスイは眉をひそめる。見覚えがあった。その術式の組み方は、南賀ノ神社の地下にある、うちは一族の秘密集会場のそれに酷似していた。

 シスイはチャクラを練り込み結界に触れ、指令にあった合言葉を小さく唱えた。

「木ノ葉舞うところに火は燃ゆる。火の影は里を照らし、また木ノ葉は芽吹く」

 すると、強固だった結界が水面に広がる波紋のように揺らぎ、岩壁が幻のように霧散して、地下へと続く人工の石階段が現れた。仄かな照明が闇を照らしている。シスイは階段の先に小石を投げ込んだ。

 カラン、コン、コン……コツ……。

 小石が立てる乾いた反響音は、不規則に跳ねながら闇の底へ吸い込まれるように長く尾を引いた。音の性質と減衰具合から、階段は螺旋状に相当な深度まで続いていると窺えた。人の気配を示す反響の乱れはない。

 慎重に足を踏み入れ、息を殺して階段を降りていく。終わりが見えない螺旋をどれほど下っただろうか。ようやく終着点につき、開けた場所に出たシスイは、内心でその規模に舌を巻いた。

 目の前に広がったのは、およそ自然の洞窟とは思えない広大な地下空間だった。剥き出しのパイプが壁や天井を縦横に走り、仄暗い照明を鈍く反射しながらどこまでも続いていた。脇には天井まで届くほどの巨大な書架が並び、膨大な書籍や巻物がぎっしりと詰め込まれていた。消毒液と薬品が混じり合った鼻を刺すような異臭が、その異様さを更に際立たせる。まるで研究施設だった。施術台らしき台座が奥に並んでおり、その周囲には無数の巻物が山と積まれ、怪しげな液体に満たされたガラス器具が仄かな光を放っている。そして、そのおぞましい光景に、シスイは視線を釘付けにされた。

 ガラス張りの巨大な槽の中に、裸の人間が何人も吊るされている。管が身体中に接続され、緑色の液体の中で微動だにしない。生きているのか死んでいるのか、その様子からは窺えない。クナイを構え直すと、足音を立てぬように、最も手前の槽へと近づいた。こちらを向く一人の目は虚ろに大きく見開かれ、生気は感じられない。だが、その口元から、ぽつり、と小さな気泡が漏れ出ていた。生きている。こちらに背を向ける別の一人の背中には、草隠れの里のマークと何らかの文字が焼印のように刻まれている。液体の中で揺蕩い、光が屈折して読みづらい文字を、シスイの写輪眼がその絶対的な動体視力で正確に捉えた。

【検体番号: 244 / 推定年齢: 33 / 体重: 70.8kg / 性別: 男 / チャクラ性質: 土, 水 / 特異体質: なし】

 槽内の他の人影と、他の槽に目を走らせ、所属里のマークを追う。草隠れ、草隠れ、草隠れ、岩隠れ、……木ノ葉隠れ。

 全身の神経を極限まで研ぎ澄ませた、その瞬間だった。

 背後から、不気味な声がした。

 気配は、なかった。まるで闇そのものが囁いたかのように、それはシスイの鼓膜を震わせた。

「いらっしゃい……。この場所に来た客人は、アナタが初めてよ、うちはシスイくん」

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