木ノ葉上層部の話し合いが纏まりを見せたのと時を同じくして、くだんの大蛇丸は里の一画に設けられた献花台を訪れていた。
献花台は供された花々にうずもれ、ひと目では遺影がどこにあるかも分からない。丁度、また花束の数が増えるところだった。類稀な美貌を持つくノ一と、ガタイの良い白髪の忍が、それぞれ交互に花束をそっと手向けていた。
近づく大蛇丸の気配を察し、うつむき加減に佇んでいた二人がゆっくりと向き直った。言わずと知れた伝説の三忍、綱手と自来也。その表情には、暗い影が差していた。
何も言わず大蛇丸は二人が並ぶ隣で止まり、花に埋もれた遺影をじっと見下ろした。綱手も自来也も、ただ黙り込んでいる。やがて大蛇丸は静かにかがむと、片手に持っていた一輪の白い百合をそっと手向けた。
「……アンタじゃないだろうね大蛇丸」
凍てつくように低い綱手の声が、沈黙を破った。
「こうもあっさり
大蛇丸が目だけで見やれば、綱手は遺影を射抜くように睨みつけていた。
「絶妙なタイミングだ。岩隠れとの講和から一週間、火の国をあげた大戦の国葬から二日、そして、火影代替わりの裁可が大名府より下る三日前。里を覆う感知結界に侵入者の反応はなかった、つまり、内部犯の線が濃厚。にもかかわらず、下手人はいまだ不明で……暗部は、戦後処理の人員不足を理由に捜索を打ち切った。恐らく、次の火影は予定されていたミナトではなく、大蛇丸、アンタになる」
綱手は一呼吸置き、吐き捨てるように言った。
「バカでもわかる。出来すぎてる」
大蛇丸は、綱手のこめかみに青筋が浮き出るのを見た。綱手が次の言葉を発する直前、ひゅっと鋭く空気を吸う音が聞こえる。
「お前がどれだけ狡猾だろうと、私は騙されない! 他里や『根』が組織的に
張り上げられたドスの利いた声は献花台の辺り一帯を震撼させ、波のように沈黙を返した。息をつき呼吸を整える綱手の肩は震えていた。
「……そのへんにしとけ」
自来也は静かに言った。
綱手は唇を固く引き結ぶと、ゆっくりと俯き、やがて二人と献花台に背を向けた。その小さな後ろ姿が見えなくなる頃、乾いた風が吹き抜けていった。
「アイツは……多くのもんを喪いすぎた」
ぽつりと自来也が呟く。
大蛇丸は知っていた。あの戦場で、恋人の血に染まった己の手を見つめ、泣き叫んでいた綱手の姿を。世界最高の医療忍者が、己の無力さに崩れ落ちた瞬間を。彼女が血を恐れるようになった、その始まりを。
「そうね」
「ワシは、お前を信じとる」
自来也は、真っ直ぐに大蛇丸の瞳を見て言った。
「そう」
「綱手もな」
「……知ってるわ。何年アンタらと轡並べてると思っているの」
「……それもそうだのォ、ガハハハッ!」
自来也の豪快な笑い声が空しく響く。大蛇丸は揺れる花弁へ視線を流した。
「綱手さえいなければ、アンタが四代目だったわね、きっと」
自来也の笑い声が、ピタリと止まった。強張った顔に、いびつな笑みが貼り付く。
「三代目が最も推していたのは、自来也、アンタよ。アンタが固辞したから、ミナトに御鉢が回った」
官能小説の取材と執筆活動が忙しくてのォ。くだらない固辞の理由は大蛇丸の耳にも届いていた。里の狂気という二つ名に相応しいと考えればそれまでだが、忍として自来也が持つ二面性を、大蛇丸は他の誰よりも深く理解していた。
「綱手が、というのは不正確だったわね。縄樹とダンがいなけれ」
「柄じゃねェってだけだ」
大蛇丸の続けようとする言葉を自来也がぴしゃりと遮った。
縄樹は綱手の弟、ダンは恋人。二人とも火影を夢見て、戦争で死んだ。
「それとも、私がいなければ、かしら?」
遮った自来也を無視し、大蛇丸は言葉を続けた。
先ほどまで無理に笑っていたのが嘘のように、自来也の顔は能面のようになっていた。互いの視線が絡み合ったまま、永遠のような時間が流れる。
「フフ……冗談よ」
大蛇丸が相好を崩しても、張り詰めた空気は変わらない。やがて、自来也が心底嫌そうな表情を露わにして、重く長い溜め息を吐いた。
「大概にして欲しいもんだのォ……場所選べ、場所。あと内容」
自来也は顎で、遺影から二人を見つめる猿飛ヒルゼンを指した。
大蛇丸が返事をせずにいると、ピー、と甲高い鳥の鳴き声が響いた。茜色に染まる空を飛んできた一羽の鳥が、大蛇丸の頭上を通りざまに、一枚の紙片を落としていく。
ひらひらと舞い落ちてきたそれを手のひらで受け止め、大蛇丸はさっと目を走らせた。様子を窺う自来也へ、端的に告げる。
「沙汰が出たわ。今から大名府。まぁこの時勢だし、里長は早急に用立てする必要があるからね……」
「そうか……」
複雑な感情を表情に滲ませ、「……だが、まあ、おめでとうだのォ」と自来也は寂しげに笑った。