戦争で負った傷も、目に見えるものは時が緩やかに癒してゆく。
夥しい数の屍の上に成り立った大国間の均衡は、危うさを孕みながらも、散発的な小競り合い程度で安定していた。
太平へ進む世情の中、木ノ葉隠れの里も、終戦直後に三代目火影が暗殺されるという大事件こそあったものの、新しく襲名した四代目火影・大蛇丸の冷徹かつ的確な手腕により、里は勢力を損なうことなく、むしろ戦前以上の秩序を回復しつつあった。
大蛇丸は天才だった。二度の大戦で里へ多大な貢献をした彼は、為政者としてもその類稀なる才覚を遺憾なく発揮した。傍から見れば、大蛇丸の治世は万事が恙なかった。
忍者、為政者、そして研究者の顔も持った大蛇丸は、普段から籠もり切っている地下深くの実験室でため息を吐いた。冷たい解剖台の上には、防腐処理を施された一体の検体が横たわっている。霧隠れの里に単独で挑み、滅びに至ったという愚かしい戦闘民族。その血統にのみ特別な能力を宿す血継限界「屍骨脈」を持つ、かぐや一族のなれの果てだった。
研究から得られた示唆は想像を遥かに超えていた。その特異な遺伝的形質は、忍の祖たる六道仙人の系譜に連なる可能性を示していた。そしてそれは、偶然にも大蛇丸が長年追い求める禁術の開発に、一条の光明を差すものだった。
ふと、大蛇丸は棚に飾られた標本をそっと手に取った。白蛇の抜け殻。幼い頃、両親の墓前でそれを見つけてから、三十年あまりの時が過ぎた。共に墓参りをした師・猿飛ヒルゼンは、白蛇は幸運と再生の象徴だと教えてくれた。
幸運と再生。
その言葉を反芻する大蛇丸の口元に、自嘲的な笑みが浮かぶ。
その時だった。前触れはなかった。
薄暗い照明が不規則に明滅し、天井から落ちた埃が淀んだ空気にゆるりと舞う。次の瞬間、大地そのものが呻くような、激しい縦揺れが地下室を襲った。大蛇丸は顔を上げ、分厚い岩盤の天井を睨みつける。視界には映らない。だが、彼の鋭敏な感覚は、天井を突き抜けた遥か地上で荒れ狂う、巨大で禍々しいチャクラの存在を明確に捉えていた。
「まさか」
蓋を開けてみなければ物事がどう転ぶかはわからない。おめでたい日、あるいは、厄日。目を剥いた大蛇丸は右手人差し指と中指をピッと立てて解の印を結んだ。火影執務室で目まぐるしく政務をこなしているはずの影分身が解け、蓄積された記憶が本人に共有される。
十月十日。今宵は、紛れもない厄日だった。
尾の一振りで山を砕き、その咆哮で森を焦土に変える、恐るべき厄災の化身。九尾の妖狐。
影分身がもたらしたのは、満月が煌々と照らす夜の里へ、それが襲来したという事実だった。
「大蛇丸様!」
部屋の入り口に、狐の面をつけた忍が跪く。大蛇丸はそれを手で制した。
「分かってる。出るわ」
火影執務室の椅子に座るのがダミーで、本人が地下で人体実験に耽っていると知るのは、暗部「根」を統括する相談役の、志村ダンゾウのみ。この地下室へ来られるのも、ダンゾウか、その配下の者に限られる。
大蛇丸は舌の先で唇を舐めると、手近な紙へ走り書きで何事かを認めた。
「アナタはこれを、うちはの者へ。ダンゾウを通す必要はないわ」
「はッ!」
書状を受け取った根の忍は、返事と共にその姿を闇へと溶かした。
一人残された大蛇丸は、再び唇を舌で舐めた。常人ではありえない長さまで伸びた舌が、べろり、と音を立てそうなほど妖艶に動く。
久方ぶりに、血が騒ぐ……どうも、ウズついてきちゃったわねェ……。