四代目火影・大蛇丸   作:缶ジュース

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第四章:万華鏡

 フガクの赤い瞳に浮かぶ複雑な幾何学模様。紛れもなく、うちはの伝説の瞳術だった。

「この眼ならば、あるいは九尾を、抑えられるかもしれない」

 写輪眼を持つうちは一族の者ですら視線を逸らすその瞳に、大蛇丸は一転して釘付けとなった。

「……用意しておくわ、アナタのための席を。(まつりごと)に、ぜひ関わってほしいと思ってたのよ。先代の愚かさにはほとほと呆れてたんだから……ホントよ?」

 愛想よく猫なで声を出しはじめた大蛇丸に、ダンゾウが突如激高した。

「ふざけるな! 何を貴様ッ……、専横が過ぎるぞ大蛇丸!」

 間髪入れず、他の相談役二人もちくちくと援護射撃を言い募る。

「うちはには警邏を専属で任せておる」

「火影といえど、一存でなんでもかんでも通ると思わんことだ!」

「うるさいですねェ……」

 大蛇丸は心底うんざりしたように言った。

「決定権は私にあるんですから黙っててくれます? 大切な里の仲間であるうちはの方々に、当然の地位に就いて……いえ、戻ってもらい、危急存亡の今、九尾迎撃に用立てる。この妙策に文句だなんて……耄碌とはなんと恐ろしい」

 付け足された純粋な暴言に、相談役は咄嗟の言葉が出ない。

 フガクは不愉快そうに目の前のやり取りを眺めた。

 うちは一族と里との禍根は、初代火影・千手柱間と対をなした木ノ葉隠れの創始者、うちはマダラの造反に端を発していた。尾獣をも巻き込み、忍の域を超えて行われた二人の死闘は地形を変え、後に終末の谷と呼ばれる傷跡を大地に残した。里の歴史に深く刻まれたその神の如き戦いの記憶は、後世のうちは一族に暗い影を落とした。マダラという亡霊への恐怖は、二代目火影・千手扉間の治世において、うちは一族に自治権と里の治安維持の任務を与え、それを名目に内政の場から締め出すという形で固定化された。

 時代は移ろい、火影は四代目となった。しかし、里とうちはの関係は変わらない。

 かつてマダラこそ過ちを犯しはしたものの、もはや時代が違う。血継限界に裏付けられた実力と同じだけ高いプライドも手伝い、里の政治に関与できない不当を叫ぶ声は、この時代において、一族単位での里抜けや武装蜂起に発展しかねない危うさを孕みつつあった。

 フガクの言う「矜持を傷つける真似」とは、木ノ葉隠れの里という枠組みに歴史的に根付いたうちは一族への差別に対する、一族感情の表明であった。

 大蛇丸が「当然の地位に戻ってもらい」と言い直したのも、そうした歴史認識に基づくものだ。相談役たち、特にホムラとコハルが猛反対するのも、その変化が黎明期から続いた体制への挑戦であり、一種の革命に他ならないからだった。

「魂胆は知れておる! お前は、ただ見たいだけだ!」

 大蛇丸の正体が醜悪な知識欲に憑かれた化け物だと理解する、同類の邪悪な策謀家であるダンゾウは、唾を飛ばして怒鳴った。

 大蛇丸は白々しくせせら笑った。

「ククク……何を言って。私は木ノ葉の未来を憂いているというのに」

 遠方で咆哮が轟き、風が吹き荒れ、既に部屋中に入っていた亀裂が軋みを上げて深くなる。

「ほら、時間はないのよ」

「……ワシに弓をひくか大蛇丸」

「勘違いしないでほしいんだけど、アンタは火影じゃあないのよダンゾウ。いただいた就任祝いは、なかなか魅力的だったけれども、ねェ?」

 ダンゾウからの「就任祝い」とは、かぐや一族の検体だった。それを受け取って以降、大蛇丸は大人しく研究に没頭していた。政の執行が影分身の片手間仕事で回っていたのは、猿飛ヒルゼンの変死で影響力を強めたダンゾウが、暗黙の了解により院政を敷いていたためだった。

「……ヒルゼンを殺めた者は未だ見つかっておらん。それだけ、其奴の能力が高いということだ」

 大蛇丸とダンゾウの視線が交錯した。

 ダンゾウが覗き込んだ大蛇丸の瞳には、闇の底で燃え盛る飽くなき欲望と狂気が満ちていた。里の未来など、その何処にもない。

「ワシはお前を買っておる。が、此度の件だけは看過できん。九尾を抑えるのに使えるということは、手懐けるのにも使えるということ。その力をもってすれば木ノ葉の掌握も不可能ではない」

「貴様も、どこまでも!」

 写輪眼を視界に入れないよううちは一族の三人の足元を見据え、あくまでもダンゾウは静かに語る。

「かつて友誼を結んだカガミのようなうちはもいたが、うちはの本質は闇。貴様らがワシを決して信用できぬのと同じことだ。知っておるぞ。貴様らの開眼条件。それは仲間の死だ。失意、悲しみ、憎しみ、それに触れるほどうちはは強くなる。そのような者どもを、よりにもよってこの局面でなぜ信用などできる。忍界を覆った先の戦火はまさしくそこで過ちを冒した結果よ。甘さこそが招くのだ、破滅をな。だからこそ、ヒルゼンは死んだのだ」

 大蛇丸はつまらなそうに鼻を鳴らした。

「……でェ? そのズレきった薫陶を、私はどう受け止めればいいのかしら? 三代目みたいな半端者とも、アナタ方のような臆病者とも、私は違う心づもりなんだけれど。畏敬すべきうちはの瞳術も、外で暴れてる九尾も、先人のくだらぬ決定……あたかも所与であるかのような嘆かわしい既成概念も、風向き一つで再び幕を開ける惨禍も、なぜ、私が臆さねばならないの? あと、フフ……これが一番分からないんですけれど、まるで私が三代目を殺したように聞こえて。もしそういう認識なら、何の意味合いでアナタは、私に物申しているのかと……。言ってないで、仇討ちでも何でもやってみればいいじゃないですか。矢面に立つこともできず、その歳まで死に損なってきた、三代目よりも弱いアナタに、できるならだけど」

 ダンゾウは眉一つ、動かさなかった。が、両者が完全に袂を分かったのは火を見るより明らかだった。ダンゾウは重たげに杖をつくと、大蛇丸に背を向けた。

「木ノ葉の被害がこのまま拡大してゆけば、必ず機に乗じて他里が攻め入ってくる。講和条約など所詮は口約束、舌の根の乾かぬ内に手のひら返しをするのが忍というものだ。数多の犠牲のもと漕ぎつけた先の終戦から一年と経たずして時計の針を戻すことを、ワシは望まぬ。根の最も得意とするところを、大蛇丸、お前は知っているな」

「クク、助かるわ」

「ゆくぞ」

 ホムラとコハルも、致し方ないという態度で席を立つ。すれ違いざまにコハルが大蛇丸に耳打ちをし、二人はダンゾウに続いて部屋を出ていった。

 あの眼の前では一切が無力。精々、舐めてかからんことだ。

「フン……ご忠告どうも……。さて」

 天井裏に潜んでいた火影直属の暗部が大蛇丸とフガク達の間に降り立つ。小さな巻物を二巻、暗部の忍は床に広げた。

「内約はこれでいかがかしら」

 気配を察していたため暗部には動じなかったフガク達だったが、広げられた巻物の中身には動揺せざるを得なかった。うちは一族の合議への参画、警務部隊の所属要件の緩和、居住区の里中心部への移転。一族の不満や要望を把握しきったような取り決めが過不足なくまとめられ、四代目火影大蛇丸の名で血判が既に押されていた。

「どうなりたいか、細部は、アナタたち自身で詰めなさい」

 一対一なら必ず逃げろとまで言われる写輪眼を恍惚と見つめ、ねっとりと喋る大蛇丸は、フガクがかつて対峙したどの敵よりも得体が知れなかった。呼びつけた時点でこうなると予期していた、などという次元の話ではない。いったい何時からこの構想を練っていたというのか。機略と洞察力は薄ら寒く、この男は絶対に信頼できないというフガクの推定を確信に変えた。末尾にしれっと火影直属の暗部としてうちは一族の者を登用すると書かれていることも、フガクの眉間のシワを峡谷のように深くさせた。

「少しばかし、力を貸してくれてもいいでしょう? 私も、殺されれば死ぬからねェ」

 大蛇丸はいけしゃあしゃあと言うと、巻物に羅列されたうちはの手練れの名を指した。

「先の大戦で勇名を馳せた者たちね。それから……磨けば光る原石。例えばこの子なんて特に、素晴らしいものを見せてくれそうだわ……」

 うちはとして大蛇丸に与する気は、フガクには毛頭ない。しかし、示された内約は破格であり、ダンゾウとの決裂を見た今、協力関係を築くことは理に適う。一族の未来を思えば、肉を切らせて骨を断つ覚悟も吝かではない。何より癪なことに、この提案を吟味する時間も与えられていない。

「……いいだろう」

 床に片手を付くフガクに、暗部の忍が筆を手渡した。同じ内容の巻物二巻に改めてさっと目を走らせて、フガクは名前を記し、親指でぐっと血判を押した。

「今後とも、よろしく頼むわ……」

 大蛇丸の袖口から大蛇が鎌首をもたげて這い出てくる。大蛇は広げられている巻物の一巻に取り付き、器用に口で丸めていく。

「嘘が嫌いなのも考えものよね……。三代目が亡くなってから、どうも私、調子がでなくてね。無意味な感傷に浸っていたわ……。まったく、焼きが回るにもほどがある。動きのあるものこそが、やはり、面白いのよ」

 丸め終えた巻物を大蛇は丸呑みにすると、出てきた袖口にゆっくりと引っ込んでいった。

「義務は果たすわ。もっとも、それも今日を乗り切れたらの話」

「……こちらから言うことはない」

「結構。早速だけど、本日ただいまより記載の者を火影直属の暗部とするから。……アナタ達、説明してきて頂戴」

「はッ!」

「イナビ、ヤシロ、お前たちも共に行け」

「ですが……いえ、分かりました」

「こちらが心配なら、うちはの忍を率いてきなさい。とはいえ、ククッ……駆けつける頃には終わってしまっているかもね。では、散!」

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