四代目火影・大蛇丸   作:缶ジュース

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第八章:影踏み

 降りしきる雨は、音もなく世界から色彩を奪っていく。鉄錆の匂いが混じる湿った空気が肺を満たした。

「……ここまでだな。これ以上は感知結界の密度が違う」

 暗殺戦術特殊部隊、通称「暗部」。その狐面をつけた忍が、廃ビルの屋上で静かに告げた。声は雨音に溶けるほど低く、緊張を孕んでいた。

「同感です。この雨そのものが、一つの巨大な術になっている。まるで生き物のように、侵入者を拒んでいます」

 隣に膝をついたくノ一は、同じ面の奥の目を閉じたまま同意した。第三次忍界大戦の主戦場となり、大国の狭間で引き裂かれ続けた土地、雨隠れの里。感知タイプである彼女の専門領域から見ても、この先への潜入は自殺行為に等しかった。

 二人から少し離れた給水塔の上で、猫面で素顔を隠す最後の一人は、雨粒の一つ一つに宿った微細なチャクラの流れをその瞳で追った。常人にはただの自然現象にしか見えない雨が、彼には緻密に張り巡らされたチャクラの網として映っていた。

「引き上げるしかない、か」

 狐面のその呟きに、猫面は給水塔から音もなく舞い降りた。

「ですが、収穫がゼロというわけでもありません」

 猫面を見やり、くノ一も腰を上げた。

「ええ、そうね。……その収穫をここで失うわけにはいきません。撤収しましょう、隊長」

 狐面は無言で頷いた。三つの影は再び雨に溶け、訪れた時と同じように、痕跡一つ残さず消え失せた。

 

 月明かりが照らす阿吽の門。視界にそれを捉え、三人は同時に速度を緩めた。ようやく張り詰めていた糸をわずかに解く。警備の忍による身元確認を終え里に入ると、遠くに望む五つの顔が刻まれた火影岩が出迎えた。

 火影執務室の扉を叩くと、「入って」と穏やかながら疲れた声が聞こえた。

 室内には、微かに香る茶の匂いが満ちていた。堆く書類の積まれる机の奥で、波風ミナトは黙々と筆を走らせていた。戦場で黄色い閃光と恐れられた彼の顔に、歳月は深い疲労の色を刻みつけていた。輝くような金髪も以前より少しだけ色褪せたようだった。

「ただいま戻りました、五代目」

 代表して狐面が口火を切り、三人はその場に跪いた。ミナトは顔を上げ、柔らかい眼差しを向けた。

「ご苦労だったね、カカシ、夕顔、それと……シスイ」

 労いを掛けられ、三人は面を取る。銀色がかった髪を重力に逆らうように立て、左目を額当てで隠した男、はたけカカシ。紫の長髪が印象的な、凛としたくノ一、卯月夕顔。そして、癖のある黒髪と、どこか達観したような大きな瞳を持つ青年、うちはシスイ。三者三様の顔が露わになった。

 部隊長のカカシが一歩前に出る。

「Sランク任務、雨隠れの里への潜入調査。これより報告します。結論から申し上げますと、目標である『面の男』に繋がる直接的な情報は、今回も得られませんでした」

 淡々とした報告が続く。雨隠れの里は、類を見ないほど高度な結界に覆われていた。雨そのものがチャクラ感知の媒体と化しており、潜入は困難を極めた。接触した複数名から得られた、確度の高い情報はただ一つ。

「雨隠れの長として君臨していた『山椒魚の半蔵』は、既に死亡しているとのこと。表向きには病死とされていますが、殺害された模様です」

「あの半蔵が……?」

 ミナトが驚きの声を上げる。山椒魚の半蔵といえば、かつて木ノ葉の自来也、大蛇丸、綱手をまとめて相手取り、その実力を認め「三忍」の名を与えた老練家だ。その忍が、忍界に訃報が届くことすらないまま何者かに殺害された。にわかには信じがたい情報だった。

「そうか……。他には?」

「ありません。これ以上の潜入は、こちらの存在を悟られる危険性が高いと判断し、撤退しました」

 ミナトは「ん、分かった」と短く応じた。

「君たちも疲れているだろう。下がって休んでくれ。報告書の提出は後日でいい」

「はっ」

 カカシと夕顔が一礼し、静かに部屋を退出していく。夕顔が、その場を動かないシスイをちらりと見ながら扉を閉めた。気配が遠ざかり、室内の静寂は一層その密度を増した。

 「面の男」――時空間忍術を操る忍が九尾事件の裏にいたこと。それは、里の上層部と一部の精鋭のみが知る機密事項だった。犯人が残した物的証拠は、あの夜の閃光と共に全てが消滅。唯一の手がかりは、目撃者にして交戦者であったミナトの、断片的な証言のみ。それを頼りに、諸国から時空間忍術の使い手や、血継限界狩りの噂、不審な組織の動向など、あらゆる情報を里は集めてきた。だが、そのどれもが決定打に欠けていた。幽霊を追いかけるにも等しい捜査は、虚しく歳月だけが過ぎ去り、敵の尻尾すら掴めずにいた。

 人払いが済んだのを確認し、ミナトは机に両肘を付け指を組んだ。

「それで、シスイ。……あちらの首尾は?」

「残念ながら、雨隠れでは何の進展も。写輪眼を使う忍の痕跡、噂、その類の情報は一切ありませんでした」

 面の男が時空間忍術を操る「写輪眼の」忍であること。それは、ミナトが直々に選定した片手で数えられる数名しか知らない、木ノ葉隠れの里の最高機密だった。公に「うちはの忍が犯人だ」と宣言するのは内乱の引き金を引く自殺行為に他ならず、捜査は極秘に進められてきた。

「そうか……」

 ミナトの声には、落胆と共に、どうしようもない無力感が滲んでいた。彼の疲労の色は、火影としての激務だけが原因ではない。

「君の肩に、俺の不甲斐なさまで背負わせてしまっているようだ」

「そんなことはありません」シスイは静かに言った。「それより、火影様こそ。お顔の色が優れません」

 ミナトは力なく笑い、机の隅の写真立てに目をやった。

「少しね」

 そこに、満面の笑みを浮かべる子供の写真が飾られているのを、シスイは知っていた。うずまきナルト。里を救った五代目火影の息子であり、同時に、里を破壊した九尾をその身に宿す人柱力。ミナトが父親であるため、あからさまな迫害こそない。だが、大人たちの視線に混じる恐怖と憐憫、そして憎悪。同年代の子供たちからも距離を置かれ、写真とは裏腹な表情で過ごすナルトの姿を、シスイは知っていた。

 九尾事件より里に蔓延る行き場のない憎悪は、分かりやすく二つに分かたれた。多少なりとも理性的な者は、その矛先をうちは一族へ。感情的な者たちは、九尾の化身として、物心ついたばかりの幼子へと。

「俺一人では、できることがあまりに限られている。本当に、君がいてくれて良かった」

 シスイはそれに頭を下げた。視界の端、部屋の隅の暗がりが、まるで正体不明の敵の眼差しのように、こちらを静かに窺っている気がした。




出典
夕顔の感知タイプ:疾風伝第五百二十八話「三日月の夜」
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