ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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ついに鵜久森戦決着!!


第103話 熱闘の先へ

ベンチにある手すりを握り、沢村は感情が爆発しそうになるのを抑えていた。

 

 

「――――――――――――――――っ」

 

睨みつけるような、凝視する様な、何かに惹かれそうになるのを止めるような。

 

 

沢村は、大塚の覚醒を間近で見て、心が少しだけ折れそうになった。

 

 

―――――なんだよ、そりゃ、150キロ? あんな変化球がいくつもあって…

 

これぞエース、これぞ大塚栄治。投手としての知識を得たからこそ分かる、大塚の投手としての凄み。

 

 

コースを突くだけではない。降谷以上の伸びとキレを誇るストレートに加え、彼以上の制球力。

 

凶悪さを増した、自分とは比較にならない緩急地獄。およそ、30キロ以上の緩急は、脅威でないわけがない。

 

またひとつ前に進み、掌握した、変幻自在のスライダー。

 

縦、横、緩急。スライダーだけで投球もできそうなほどの幅広い投球パターン。

 

 

そして、その奥底にはまだ高速スライダーと切れ味の増した捕球困難なSFFが控える。

 

 

 

だが、沢村が驚いているのはそれだけではなかった。

 

 

覚醒した直後に大塚がつぶやいた言葉。

 

 

――――――縦のフォームを使わずに、150キロに届くなんて

 

 

 

 

愕然となった。彼の本気のフォームでもある縦のフォーム。夏の甲子園ではこのフォームで149キロをたたき出した彼が、通常のフォームでそれに並んだ時からそれは予期できたこと。

 

 

迷いが消えた天才の実力に、沢村は何も言えなかった。

 

 

―――――初めて、参ったって一瞬でも思っちまった。

 

 

だが今はもうよそう。沢村は決意する。

 

 

 

今は、大塚栄治を全力で応援しよう。

 

 

今は、チームの勝利を願って、声を振り絞ろう。

 

 

 

 

「大塚ぁぁぁ!!! これならもしかしたら完投出来るだろ!!!」

 

 

 

「いや、完投はないってさっき言ってたろ、沢村――――」

金丸の突っ込みがやけに心に突き刺さったが、気落ちせず声援を送る沢村。

 

 

 

 

「な、流れは来てるぞ、勝てるぞォォォ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8回裏、青道の攻撃は1番の倉持から。

 

 

――――今日はずっと緩急にやられてる。

 

今日は3打数無安打。切り込み隊長の仕事が出来ていない。

 

 

―――――細かなことはいい。来た球を打つ!!

 

 

 

 

そして、倉持の打ち気を嶋は冷静に読んでいた。

 

 

――――こいつ、打つ気満々だな。クサイところ投げときゃ打ち取れるな

 

 

初球パワーカーブ。左打席に座る倉持がまず反応し、

 

 

「ストライィィクッッ!!」

 

 

空振りを喫する。やはりストレートを意識して、この球にバットが空を切ってしまう。

 

 

――――考えるな、考えて打てたら俺は苦労してねェ

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

 

そして高めのボール球を打たされてしまった倉持。ボールに食らいつくことを考えていた彼は、あっさりと鵜久森の術中にはまっていた。

 

 

――――次は――――っ!?

 

 

ここで3球目にスローボール。ボールゾーンだが、この球を見てしまったら最後。

 

 

「!!」

 

 

「ボールっ!!」

 

 

外れて1ボール2ストライク。だが、倉持の目をなまらせてしまう。

 

 

そして、

 

 

 

「ストラィィィクッっ!! バッターアウトォォォ!!」

 

 

空振り三振。最後は高めの速球。この試合は全く良いところがなかった倉持。

 

 

続く白洲に対しても、

 

「くっ!!」

スローカーブを引っ張るも、

 

 

 

 

「ライトォォォォ!!」

 

 

鵜久森のライト、内海ががっちりと捕球し、これでツーアウト。当たりはよかった、引き付けてタイミングを図った良いスイングではあったが、バットの先であった。

 

 

 

ここで3打席目にヒットを放った沖田。

 

 

―――――どうする、ここでランナーが出て、俺は――――

 

 

沖田珍しく迷っていた。自分がいったいどんなバッティングをすればいいのか。監督からは塁に出ろということを言われている。

 

 

だが―――――

 

 

この投手から、連打はそう簡単に生まれない。先ほどのツーアウトからの連打では一点どまり。ヒットを打ったとはいえ、

 

 

――――ダメだ、こんな考えではだめだ!!

 

 

「ストライクっ!!」

 

初球スローカーブ。がアウトコースに決まる。沖田の苦手な球種でもあるカーブ。思い出すのは、前橋学園のエース神木鉄平にやられたスローカーブでの見送り三振。

 

 

そして、宝徳の投手にやられたスローカーブの三振。

 

 

 

 

横浦のサウスポーにやられたドロップの空振り三振。

 

 

 

 

 

―――――忘れろ! 今はっ!!

 

「ボールっ!!」

 

ストレートはずれて1ボール1ストライク。梅宮も前日の関東から中1日もないのだ。連投の疲れがここに来て現れ始めていた。

 

「ボールツーッ!!」

パワーカーブも僅かに外れてボールツー。いや、並の投手なら際どい場所なのだが、

 

 

――――ちっ、少しずれちまった!! 本当なら追い込むつもりだったのによ!!

 

 

 

――――大丈夫だ、仲間を信じろ!! 後続に繋ぐんだ!!

 

 

本当に打てるのか。この投手から連打は生まれるのか。

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

 

焦りが、沖田から精密な技術を奪っていく。中軸としての重荷。試合を決める一打、ここで本当に求められているのはチームバッティングなのか。

 

 

それとも一発のあるバッティングなのか。

 

 

「ファウルボールっ」

バットの振りが鈍る。だから、仕留められていたはずのストレートを打ちそこなう。

 

 

本来ならホームランに出来ていたかもしれないチャンスを逃してしまう。

 

 

―――――しまっ―――!!!!

 

 

悪循環に陥る。

 

 

「沖田―――――」

ベンチでは、迷いを見せる彼に心配の声がした。

 

 

 

――――いい感じに力んでくれているな、これならまだいける

 

 

嶋は外側に構えた。

 

――――アウトコース、コースはボール気味でいい。力押しで打ち取るぞ!!

 

 

そして、

 

 

 

甲高い金属音と共に打球は高々と打ち上げられる。打った瞬間に沖田は顔を上に向け、一塁へと走る。

 

「イッケェェェェェ!!!!!!」

全力で叫ぶスラッガー。その気持ちを乗せた打球、そのストレートを真正面から引っ張った打球に想いを乗せる。

 

 

「レフトォォォォぉ!!!!」

梅宮が叫ぶ。打球は鋭く、ライナー性の当たり。

 

嶋がキャッチャーマスクを外し、打球の行方を見守る。

 

 

 

 

青道ベンチも総立ちになった。

 

 

打球はぐんぐん伸びていく。レフト三嶋がフェンス際まで下がる。

 

 

 

 

――――こんなところで、ふりだしにするわけには!!

 

 

三嶋、渾身の力を振り絞り、フェンスをよじ登る。そして手を天へと差し出す。その打球を掴みとる為に、

 

 

青道の勝利を奪うために。

 

 

乾いた音が球場に鳴り響く。

 

 

 

三嶋が伸ばしたグローブの中に、白球がおさまる。

 

 

「っ!!!」

 

だが、体の姿勢は完全に崩れ、フェンスオーバーになりかけている。このままでは自分が打球事ホームランになってしまう。

 

 

「う、おぉおぉぉッ゛ぉぉッ゛ぉぉ゛!!!!!!!!」

 

 

三嶋は自分の体を顧みず、自分からフェンスの壁に向かって利き腕で押し出す。その瞬間に彼の体は宙に浮いた。

 

 

刹那の浮遊感。その直後に訪れるであろう恐怖感に襲われてもなお、三嶋はグローブからボールを離さない。

 

そしてもう片方の手で抱え込むようにして、

 

 

 

地上に衝突したのだ。その瞬間に強い衝撃が彼を襲い、立ち上がることが出来ない。

 

一気に空気が肺から押し出され、意識が飛びかける。だが、まだやるべき事が残っている。

 

 

だが―――――――

 

 

震える体を押して、三嶋はボールを収めているグローブを天に掲げる。

 

 

 

 

 

 

 

「スリーアウトォォォ!! チェンジっ!!」

 

 

その気合いに触発された審判から、その待ち望んだ判定が聞こえたのを確認した三嶋は、そのまま体の力を抜いた。

 

 

 

 

 

「うそ―――だろ――――そんな、嘘だ――――――」

絶望的だった。

 

 

二塁ベース上で唖然茫然の沖田。今起こったことを信じることが出来ず、それ以上の言葉をひねり出すことも出来ず。

 

 

―――――ホームランが―――――アウト?

 

 

「ウソだ――――――そんな馬鹿な―――――」

 

 

天を恨むことしか出来なかった。

 

 

 

 

青道スタンドも二塁ベース上で呆然と立ちすくむ沖田の姿に胸を痛めていた。

 

 

応援席では、

 

 

「そんな、沖田君―――――」

吉川は、その結果よりも彼の唖然呆然として姿に心を痛めていた。天国から一気に地獄へ。ホームランボールをキャッチされるという超ファインプレーに阻まれ、同点を台無しにしてしまった焦燥で、沖田は崩れかけていた。

 

 

沖田の考えていることが分かる。

 

 

このままでは大塚を敗戦投手にしてしまう。もっとこのチームで、選抜にも。

 

 

 

「残り1イニング――――まだ、まだよ!! まだ最後の攻撃があるよ!!」

美鈴が叫ぶ。まだ試合は終わっていない。9回スリーアウトが宣告されるまで、試合に負けていない。

 

「そうです!! 最終回は御幸先輩からです!! まだ、まだわかりませんっ!!」

吉川も叫ぶ。

 

だが、二人に続く者がなかなか現れない。無理もないだろう。

 

 

青道きっての巧打者沖田があんな風に打ち取られては、意気消沈しても無理もない。

 

 

 

青道応援席とは反対側では、お祭り騒ぎになっている。ホームランを阻止し、同点を消した。

 

そして沖田を4打数1安打に抑えるという成績。甲子園で活躍した彼を抑えたことはかなりの自信になったはずだろう。

 

そしてこの秋季大会を取る事さえ夢ではないことを示すかのような筋書き。

 

 

「ど、ど、ど、ど、銅鑼ァァァァっぁ!!!!!!!」

流石の梅宮も気が動転していたようで、そして嬉しい雄叫びを上げる。

 

 

「悪運強いね、梅宮は」

 

 

 

「大丈夫か、三嶋!!」

倒れている三嶋の下に外野の近藤、内海が駆け寄る。

 

 

「へへっ、無茶し過ぎたぜ」

息を荒くしながら、サムズアップする三嶋を見て、内海が泣きそうな顔で吠える。

 

「くそっ!! 絶対勝つぞ、この野郎!!」

 

「ホント、無茶だよ、自分から支えを手放すなんて、梅ちゃんの癖がうつった?」

近藤が若干呆れながら三嶋の肩を支える。

 

「無謀に見えるけどよ、勝つためのベターな選択、だったぜ」

痛そうにしているが、三嶋は笑顔だった。

 

 

 

そしてその頃、青道の投球練習場では

 

「ノリっ!! ラスト5球!! 次の回行くぞ!!」

ブルペンで川上の球を受けていた小野が川上に指示を出す。

 

 

「――――――」

川上は先ほどの光景を見て、動かない。

 

「ノリっ?」

 

 

「すげぇぇな、あの気迫。」

羨ましそうな目で、そして、並々ならぬ強い意志を秘めていた。

 

「川上―――――」

 

 

「俺も抑える。俺も、あんな緊迫した試合に出たかったんだ――――ッ!!」

喜びに満ち溢れていた。そして、戦うモノとしての覚悟が出来ていた。

 

「ノリ――――変わったな、お前も」

 

 

 

「青道高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャーの大塚君がレフトへ。麻生君に代わりまして、川上君。ピッチャー、川上君」

 

 

ここでクローザーの川上を投入。いきなり5番犬伏との対決を迎えることになる。

 

 

「ここで変則投手かよ。しかも大塚はまだフィールドにいるのかよ」

犬伏が打席に立つ。

 

 

――――ノリっ、こいつは不調とは言え大塚からスクイズ、中軸を打っている相手だ。

 

外に構える御幸

 

 

―――――外のスライダーでまず先手を打つぞ

 

 

「ストラィィィクッッッ!!」

 

外のスライダーに空振りを奪われる犬伏。タイミングが合わない。

 

 

 

続く2球目も空振りを奪う。

 

「ストライクツーっ!!」

 

徹底して外角低めのスライダー。制球よく投げ込まれるスライダーに掠りもしない。

 

――――クッ、変化球攻めかよ。3球目も来るのか?

 

 

 

――――慣れさせる前に、仕留めるッ!!

 

 

御幸は高め見せ球のストレートを要求。

 

 

高めの釣り球に手を出してしまう犬伏。ファウルで逃げる。

 

 

そして、大塚とは違う軌道に戸惑いを隠せないまま、勝負球。

 

 

 

「スイングっ!!」

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトォォォ!!」

 

外のスライダーに手を出してしまった犬伏。空振り三振である。

 

「ちっ、名門チームには力のある奴がたくさんいやがるな」

悔しそうな顔でベンチへと戻る。

 

 

 

犬伏も強打者ではあるが、変化球に対しては脆い。大塚のストレートを確実に転がした第3打席とは違い、川上は根っからの変化球投手。相性は悪いのだ。

 

 

そして続く嶋にはインコースストレートが決まり、見逃し三振。

 

 

最後の二宮に対しては――――――

 

 

「っ!?(スライドして!?)」

 

右打席に入った二宮。思わず仰け反ってしまったボールコースのストレートがスライドしてストライクゾーンに抉り込んできたのだ。

 

 

不敵に笑みを浮かべる川上。これが秋の成果。これが一年間の成長の証。

 

 

強打者に対し、インコースを突くだけではなく、そのさらにもう一工夫を行える技術とメンタル。

 

 

全国での挫折をばねに、シンカーに続く新たな切り札。

 

 

川上が会得した第3の変化球。

 

 

 

川上にしか会得できない、川上に許された死神の小鎌、カットボール。

 

 

 

真横から襲い来るサイドハンドから繰り出された鎌の前に、身動き一つできなかった二宮。

 

 

―――――当たるかもと思ったボールが、ストライク!? これは本当に、

 

 

本当にカットボールなのかと。

 

 

 

 

 

「ストライィィィクッ、バッターアウトォォォ!!」

 

ここで渾身のフロントドアがさく裂。1イニングを三者三振に抑える好投を見せた川上。

 

「気にすんな! この回抑えたら関係ねェ!!」

 

打ち取られた面々に、梅宮が声をかける。

 

「ああ、もう一度対戦しても、アレはなかなか難しいな。大塚を打ち取る前に出てきたらヤバかったな」

 

 

 

 

 

 

鵜久森リードのまま、9回の裏に入る。当然青道側とは反対側の応援席では、稲実に続く大物食いを期待する声が大きくなる。

 

そんな圧倒的なアウェーの状況を作り出されて尚、息を吹き返した青道にとっては、

 

「俺はサヨナラのイメージが出来たんだけど、お前はどう?」

 

 

「そうですね。まあランナー出たら現実になると思います」

 

 

「――――借りを返したいんで、意地でも出ますよ。」

 

4番から始まる青道最後の攻撃。打席に向かうであろう3人は強気な姿勢と態度を崩していなかった。

 

だが、苦境の原因でもある大塚は顔が若干こわばっていた。

 

 

マウンドの梅宮は、

 

「後一イニング!! 気合入れて守るぞ、お前らァァ!!」

 

 

 

「梅ちゃん!! あと1イニング!!」

 

「後アウト3つっ!!!」

 

 

 

内野陣からの声を受ける梅宮は笑みを浮かべる。

 

 

まだまだ鵜久森の挑戦は終わらないのだと。

 

 

そして迎えるは4番の御幸。今日は2安打を打たれている厄介な打者。1打席目はストレート、先程は変化球を捉えてのヒット。

 

 

――――さて、後輩がああいう風に強がっているんだ。

 

先程は焦って走塁死。細かなところでミスが出た。

 

 

初球はあの超スローボール。ここまで来たら、鵜久森も形振り構わない。

 

 

ボール先行でも最後に打ち取れば問題ないのだと。

 

 

「ファウルボール!!!」

 

続くストレートに振り遅れる御幸。この推定で40キロ以上ある緩急についていくのは至難の業である。

 

 

――――体感以上に速く感じるこの高めのストレート。球速は140キロ前後ながら伸びがある

 

 

そして、2球続けてストレート。今度はアウトコース低めの際どい場所に投げ込まれた。

 

 

―――――迷ったら負けだ。

 

 

 

カキィィィンッッ!!!

 

 

アウトローの速球を逆らわずに打ち返した御幸。この先頭の場面で迷わず軽打を選択。

 

「うおっ!!」

三塁手二宮のグラブをかすめる当たりがレフト線に入る。

 

 

 

軽打とは言っても、打球は鋭く長打コース。先ほどの回で、沖田が最後の最後に迷った選択を、御幸はぶれずにやり遂げた。

 

勝利する為に、何が必要かが分かるのだ。

 

追い込まれた事が逆に彼の実力を高めた。

 

 

 

 

 

青道先頭打者の出塁、しかも長打。主将がやり遂げる。

 

ムードが、雰囲気が変わる。

 

 

 

 

「うお!! ここで先頭出塁!! 御幸の奴、ケースバッティングも上手くなってねェか!!」

 

 

二塁ベース上でまず小さくガッツポーズをする御幸。声援に応えるように右手を掲げる。

 

 

 

「きっちりつなぐよ、エイジ」

 

ネクストバッターサークルへと向かう大塚に、東条が声をかける。

 

「東条―――――」

 

 

「大丈夫、最高の形にするからさ」

 

 

――――俺もいいところ見せたいんだ

 

 

大塚が見た東条の後姿は、とても頼もしく感じられた。

 

 

「つづけェェ!! 東条!!」

 

 

「決めてもいいんだぞ!!」

 

 

沢村が声を張り上げ、横では出番のなかった金丸が声を送り続ける。

 

どちらも秋になって出番が少なく、不完全燃焼が続いている。それでも、友人、仲間の活躍を期待することをやめない。

 

 

―――――二人はたぶん、否定するかもしれないけど。

 

 

打席では、東条がひときわ目立っている二人の存在を確認し微笑する。

 

 

――――二人は、どのチームにも必要な存在だと思うんだ。

 

 

こういう選手が、チームを強くしてくれる。

 

 

 

青道以外のチームを想像していないからこそ、そんなもしもを2人が否定するのは目に見えていた。

 

 

だから、そう言えるのだ。

 

 

 

「ボールっ!!」

 

 

初球スローカーブを悠然と見送る東条。稲実が苦労したこの変化球だが、青道にとってはもはや梅宮の球種の一つ程度という評価にまで下がっていた。

 

 

 

――――全然ボールコース振らねぇ! 低目は好きなんじゃねェのか!!

 

プレースタイルにそぐわない。研究した通りの動きをしないことに戸惑う梅宮。

 

 

――――集中力が夏の本選以上だ。セミファイナルあたりから集中している打席は低めだろうが高めだろうが関係ないぞ、こいつは!!

 

 

嶋は、打席から感じる適度に緊張している東条の闘志を一番感じ取っていた。

 

 

―――――自分のヒットゾーンで打つ、 打てない球に手をださない。

 

 

そのシーンが東条に時間が緩く感じられた。

 

 

―――――当てに行こうとするな、

 

 

2球目は変化球。パワーカーブ。外角低目に外れるボール気味のコース。

 

恐らく鵜久森バッテリーは手を出して凡打、見送ってもストレートで打ち取る算段だったのだろう。事実、東条の体は少しだけ体勢が崩れる。

 

だが、鵜久森の目算が外れていたのは、

 

東条が体勢を崩しながら低めの変化球を救う技術に、

 

 

想像以上に長けていることだった。

 

 

 

―――――自分の打てるゾーンを、振り抜けッ!!

 

 

外角低めのパワーカーブを振り抜いた当たりは、ライト前に転がる。

 

 

「打ったァァァ!!!!」

 

その瞬間、絶叫する沢村。横にいる金丸とともに廻れ廻れと叫ぶ。

 

 

東条の一打で大声援が起こる大田球場。もはや鵜久森のホーム感も関係ない。

 

 

先程までの鵜久森有利な雰囲気も、青道のアウェー感もなかった。

 

 

ただ純粋に、強者が挑戦者に対して力を示していると言うだけ。

 

 

その相手を圧倒する力を示してこそ、王者。

 

 

逆境の中で力を発揮して勝ち上がってきた青道。

 

 

唯一、はねのけることが出来なかった甲子園決勝。

 

 

しかしその悔しさをばねに、当時の主力メンバーだった御幸が、そして東条が自分の仕事を果たす。

 

 

 

 

甲子園決勝を想起させるビハインドの展開で、彼らは成長を見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「鋭すぎて廻れねェェェ!!」

悔しそうにする金丸。

 

 

当たりが鋭すぎたのだ。だからライトから間髪入れずに好返球が帰り、二塁ランナー御幸がホームに生還できない。

 

 

「ああぁぁぁ!!!!!」

 

 

「くっそぉぉぉ!! いい当たりだったからかよ!!」

 

 

「でも続いたぞ、東条が!!」

 

 

「青道の安打製造機!!」

 

 

「青道のヒットマン!!!」

 

 

そして青道応援席では東条を称賛する声が続く。

 

 

「なおも無死一塁三塁!! 打席には今日マルチヒットの大塚!!!」

 

 

「ここはお前のバットで決めろォォォォ!!!」

 

 

大声援に背中を押され、大塚が打席に向かう。

 

――――最高の形、か

 

「―――――(自分のバッティングをしろよ、エイジ)」

 

「思い切っていこう!!」

 

塁上には自分に熱視線を送る二人の姿。

 

 

「三振でも構わへん!! あとはわいが決めたる!!!」

そして、次の打者である前園が大塚に、プレッシャーを感じずに打席にむかえと叫ぶ。

 

 

――――プレッシャーとかじゃないですよ、先輩

 

 

「―――――――――――――」

その言葉を聞いた大塚は、前園に一瞬だけ笑顔を見せ、その後打席に向かう。

 

 

「大塚?」

 

 

「力みなんてないです」

澄み切った笑顔を浮かべていた下級生は、何でもなさそうに言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に約束通りの形。ヒーローになってきます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

打席に立った大塚。動作も力みもなく、緊張もなく、表情筋すら張ってはいなかった。

 

 

 

 

そんな大塚の様子に、安心したような、そして少し悔しそうな顔をする美鈴。

 

 

「兄さん―――――」

 

そうだ、これが大塚栄治なのだ。自分がいつも見てきたのはそんな顔だ。

 

 

いつも自分の先を行き、いつも自分を待っていた。

 

 

意識しなくても、人目を集め、実力を発揮し続けてきた誇らしく、嫉妬すらした兄の姿だ。

 

 

そして、そんな彼を立ち直らせたのは、

 

 

「大塚和正なんて、関係ない、ね。それをここまで綺麗に言えた人は貴方が初めて」

サラが、吉川にその事実を告げる。

 

今は大丈夫かもしれない。だがきっとその影は彼に付きまとう。今度のように立ち直れるかもわからない。

 

 

だが立ち直るだろう、そう信じることもできる。そして彼は現役でいる限り、それと戦い続けることを選ぶのだ。

 

 

 

「でも、だってどうしようもないと思います。父親の道が、子供の道になるとは決まってないです。エイジ君は、どれだけ頑張っても、栄治君にしかなれません」

 

当たり前のようで、当たり前に出来ないことを、事も無げになく言い放つ吉川。それはそのプレッシャーを知らないからなのか、それとも知って尚彼を応援する決意を固めたからなのか。

 

「今後彼は、その当たり前ではない言葉を、何度も何度も言われ続けるわ。また、彼が挫けるかもしれない。もっと情けない姿をさらすかもしれないわ」

 

吉川は無言で首を振る。サラの言う未来は訪れない、彼女の胸中は固まっていた。

 

 

 

―――――私は、それでも大塚君を応援するんだ

 

 

 

 

 

「でも、栄治君にはしっていてほしいんです。ここにはたくさん、栄治君の事を見てくれている人がいるって。そんな人がいて良いんだって」

 

 

あんなに楽しそうな表情をする彼を見て、それをうれしく思う自分がいた。

 

 

 

「エイジには、野球を嫌いになってほしくないんです。」

だからこそ、彼女も決意を、覚悟を決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

そんな吉川の独白に、サラは思う。

 

―――――まっすぐで、素直で、人を実績関係なく見られる人はとても貴重

 

そんな人と巡り合えた大塚栄治は紛れもなく運がよかった。女性関係にあまりにも無頓着で、探す力も割かなかった彼が、こんな素直な子に出会えたことは、恐らく彼にとって人生最大の幸運だったと言える。

 

 

この先野球を続け、どんなに偉大な記録を作っても、どんなに長く野球を続けても、

 

 

――――この子が、この子である限り、彼はもう歪んだりしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッ(こんな選手が、高校野球にいて良いのかよ!!)」

 

 

カウントは2ボール1ストライク。変化球クサイところに手は出さず、スローカーブをまた見送られた。初球ストレートファウルの時には獰猛な笑みまで浮かべたぐらいだ。

 

 

 

梅宮は、自分よりも圧倒的な実力を持っていると感じていた。その才能に胡坐をかかず、ひたすらに努力し続けた男。

 

 

それは、もしかしたら自分もそうだったかもしれないという、偶像でもあった。

 

 

中学時代を棒に振ったような野球人生。高校野球でこんな舞台で戦えるとは思っていなかった。

 

ここまで来たことが、嬉しかったし、まだまだ満足できない。

 

 

そんな大舞台を夢見る自分たちの最大の壁、それが大塚栄治。

 

 

―――――こえてやるよ、俺の全てを使って!!!

 

 

 

――――スローカーブの後の速球。ストレートを低めに、ゴロで打ち取る。

 

中間守備、打球によっては本塁封殺、もしくはゲッツー。

 

 

そしてこの土壇場で大塚によく痛打されていたパワーカーブではない。今までの緩急を貫いてきた。

 

 

 

 

 

 

―――――ああ、ここぞという場面で“選ぶこと”が出来るからこそ、貴方達は強かった。

 

 

そして、大塚はその配球を読んでいた。

 

 

――――何かを選ぶのは、何かを捨てること、

 

 

大塚和正の幻影を追うことをやめた結果、自分の先にある未来が解らなくなった。

 

自分はああいう投手になるんだろうというビジョンが崩れた。だから当然、自分はどういう選手になって、活躍できるのだろうという不安も生まれた。

 

 

――――けど、違ったんだ

 

 

振り抜いた感覚は、野球人生で一番の手ごたえだった。

 

 

―――――先が見えない恐怖なんて最初はなかった。

 

 

打球を見る大塚の目は未来への期待と、希望に満ちていた。

 

 

 

 

――――未来は、決めつけちゃいけなかったんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――」

思わず振り向く梅宮、打球がセンター方向へと上がっていく。

 

 

「行けェェェ!! 大塚ァァァァ!!!」

三塁ランナー御幸はタッチアップの構えを見せる。大飛球の好捕ならたまらない。この瞬間彼は冷静だった。

 

 

「風に乗れェェェェ!!!」

そして闘志をむき出しにする東条。風はほぼ無風。我を忘れ、自分の事のように打球を目で追う。

 

 

 

センターの近藤は見上げるだけだった。

 

 

――――そ、そんな。この打球は―――――

 

 

はるか上空で、尚も勢いが衰えない打球の強さ。そして――――

 

 

 

 

 

 

鵜久森ナインの視線ははるか上空に集まる。誰一人として動こうとしない。

 

 

 

 

なぜならば、どうあがいても彼らの手の届く場所にボールは一時も飛ばなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

打球は、スコアボードに直撃し、センターのフェンスを越えていった。

 

 

 

 

何が起きたのかが解らない観客は、どよめく。何が起きたのかを本当に理解することもなく、雑音に満ちた球場を作り上げる。

 

 

 

 

 

 

 

そんな地鳴りのようなステージで、ようやく一塁ベースを回った大塚栄治は、青道応援席に拳をささげる。

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――――――――――――――――――っ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

獣のような声を張り上げ、絶叫する大塚。闘志をむき出しにした表現は投手の時だけだった。それでも、ここまで

自分を曝け出したような行動はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「大塚――――――」

憑き物が取れたような顔をして、勝利に貪欲になる。それが正常だったはずなのに。

 

 

―――――帰ったら反省会だな、主にオマエのな

 

御幸は、ホームベース付近で大興奮の大塚と彼に抱き着く東条を尻目に、ゆっくりとベンチの元へ帰る。

 

 

 

青道応援席では言葉にならない声で入り乱れていた。

 

 

お互いに隣が勝利の雄たけびをあげ、時には抱き合っている部員もいた。ガッツポーズをする者もいた。

 

 

ダイヤモンドを回った大塚が、応援席の中で涙ぐんでいた美鈴の姿を見つけた。

 

 

「やったぞぉぉぉぉぉ!!!!!!」

しっかりと美鈴の姿を見て、彼女の為に叫ぶ。

 

小言を言う面倒くさい妹の事を嫌いにならない、自分には過ぎた兄の行動に

 

「――――――もう、かなわないなぁ、兄さんには」

今までの負の感情までもが消えていった。そして分かってしまった。

 

 

裕作や自分が背負うはずだった責任を全部一人で抱えていたことも。それを彼は肯定していたし、今更どうしろという事はない。

 

 

「兄さん――――」

 

 

「黒羽君がいた時も、あんな笑顔はなかった。本当にいい子で、うちの息子にはもったいないぐらいの親友。沖田君でも引き出せなかった」

綾子は、ホームベースで仲間にむちゃくちゃにされている息子の姿を見て、うれし涙を見せていた。

 

 

「そんな、そんな当たり前のことを求めていたのに」

 

 

「アヤコ、自分を責めないで。むしろやせ我慢し過ぎなのよ、エイジは。でも―――」

 

サラが吉川に向き直る。

 

「エイジのホンモノを見つけてくれて、取り戻してくれて、ありがとう」

 

 

「え、あの―――でも私、そんな――――エイジ君が自分で、私は思ったことを言っただけで――――」

 

 

 

 

「お―――い!! 吉川さんッ!!!!」

 

 

「は、はいっ!? ちょっ!? えぇぇぇイジ君!!?」

いきなり自分の名前を叫ばれ気が動転する吉川。

 

 

「情けない俺に喝を入れてくれてありがとう!! 後、やりやがったね、予想できてなかったよ!!」

 

 

「―――――――――――――あ」

弾けた笑顔を見せる大塚を前に固まってしまう吉川。あんなに魅力的な彼は、

 

 

―――――卑怯だよ、大塚君―――――

 

 

 

 

 

 

「君がいたから!!! 俺は、その―――――」

 

 

どもる大塚。言葉が続かない。

 

 

 

 

しかし半ばヤケクソに、大塚栄治は言葉を続ける。

 

 

 

「俺は、大塚栄治でいられるんだ!!!!!」

 

 

そして、心が、頭が混乱したまま、大塚は大胆なセリフを吐きまくる。

 

 

 

 

 

―――――え、え、えぇぇぇ!? えぇぇぇぇぇ!!?!!?!?!

 

 

 

もうだめだった吉川。言葉を失い、心の言葉も失った。

 

 

 

 

 

 

「―――――――――――――――――」

思考がショートし、顔が茹で上がってしまっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、吉川さん!? 吉川さん!? 大丈夫なの、あれ!!」

 

 

「てめぇぇのせいだよ、バカ野郎!!!」

御幸がヘッドロックを仕掛ける。

 

 

「おらぁぁぁ!! サヨナラの御礼はまだ済んでへんぞ!!!」

 

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

「やはり天才か、大塚栄治」

渋い表情で生暖かい目で見守るシラス。

 

 

 

「気絶しかかっているぞ、アレ!!」

金丸がスタンドにいる部員と目配せをして、吉川を救助しようとする。

 

 

 

 

「このリア充がァァァ!!!」

 

 

「倉持先輩、ちょっと待って!! まだ待って! 気の迷いじゃないんだ!!」

 

 

「何を言っているんだお前は!!! 訳が分からないぞ!!!」

 

 

「エイジ!!!お前って奴は、お前って奴は!!! すきだァァァ!!!」

 

 

「やめろ、抱きつくな!!! 気持ち悪い!!! 俺はノーマルだ沖田ァァァ!!!」

 

 

「けど、凄いことを言ったよね、一字一句繰り返してみてよ、栄治君」

 

 

「春市!? あ、ちょっと待って!! 本当に待ってっ!!! 俺、やばい事を云ったかもしれない!!!」

 

 

 

「十分手遅れだろ!! 黒歴史確定だな!!! 馬鹿め!!」

沢村が高笑いする。

 

 

 

 

 

 

終わりよければすべてよし、最後の最後に一悶着あったが、青道は無事3回戦に勝利し、準々決勝にコマを進めるのであった。

 

大塚栄治が人生初のホームランを打ち、そしてそれが逆転サヨナラスリーランホームランという、

 

 

 

東京秋季大会の主役は俺だ、と言わんばかりの活躍。

 

 

 

 

 

 

そして球場では、

 

 

「ふうん、青道が勝ったか。私学のゴリラどもめ」

 

「大塚って奴は、どうも文武両道だが」

 

「いいんだよ、私学選んでいる時点で変わらねェ」

 

 

「けどまあ、アイツらの弱点が解っただけで収穫だな。」

 

 

「沖田はカーブ系、大塚は中盤までストレートの球威が戻らない。鵜久森の快挙を見逃す手はないな」

 

 

準々決勝の相手は、青道に対し、先手を打とうとしていたのだった。

 

 




大塚の本日の成績。


8回3失点。4打数3安打4打点。1ホーマー。

自援護してこそエース?


なお、本当に人生初のホームランの模様。初ホームランがこれとか、


誰かさんじゃないけどもっていますね。


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