準々決勝を終えた青道高校。準決勝の組み合わせも決まり、あとはいかに良いコンディションを維持するかなのだが。
「―――やはり飢えているな、出場機会に、アピールする場面に」
片岡監督は機運高まる部員たちの熱気を最前線で感じていた。木島のバックハンドトスもそうだ。
沢村栄純が完全試合を達成した際に見せた、小湊と沖田の連係プレー。日頃からそんなことをしていた二人だが、彼らがそろって練習する機会は当初、それほど多くはなかった。
だが、あの大舞台、記録のかかる場面でそれを成し遂げたことに、木島を含む内野手たちは刺激を受けたことがよくわかる。
そして、1年生から外野手として活躍を見せている東条秀明の存在に加え、センターを守る白洲の2名がレギュラーであり、降谷と大塚が外野手としてもプレーをしていることも刺激になっている。外野手の席は少ないどころか、この二人に競争で勝たなければないという危機感が、選手を奮い立たせている。
特に麻生はレフトを守る機会が激減。そのレフトには打撃でも高いレベルを見せつつある大塚栄治が座ることが多くなり、先発ではない日は彼が出場するのが当たり前になっていた。
麻生だけではない。2年生たちは1年生という下からの突き上げに危機感を覚えているのだ。
そしてその1年生の中でも、レギュラー組の1年生たちに続けという気運も高まっており、意識の高さが維持されている。
まだ1年生だから、ではない。1年生だからこそ、アピールしなければならないのだ。
そして、片岡監督は落合コーチにある提案をしたのだ。
「私がレギュラー組を、ですか?」
「ええ。私が控えを指揮しますので。ただ、大塚栄治は控えチームに回りたいといっているので、そちらの先発は沢村か降谷になるでしょうが」
「監督が控えチームを指揮するのも奇妙ですが、大塚栄治も物好き、いや、そうではないですね」
落合は、レギュラー組相手に投げたがっている大塚の真意を見抜く。
―――――何かを試そうとしているな、しかしレギュラー組でなければ意味がない、か
「では、レギュラー組の指揮は私が。そちらのほうは任せてもらってもいいですかな?」
「わかりました。ただ、大会中なので準決勝のオーダーに近い打順を維持してもらえれば。私自身、この打線を持て余している気もするので、あとで考えたいと」
片岡監督もわかっているのだ。この打順を固定できない現状を打破するための刺激がほしい。落合コーチにも助言を求めたのだ。
「それでしたら、なおさら大塚栄治が入る必要があると思うんですがね。彼は本来御幸の前と後ろに座れる打者ですよ。3番沖田が固定の今、彼の適正は5番です。まあ、控えチームだと4番でしょうがね」
その後紅白戦の実施と、片岡監督が控えの指揮に入ることで少しばかりどよめきもあったが、無事に事が進むことになる。
レギュラーチーム
1番 右 東条 背番号8 1年
2番 二 小湊 背番号4 1年
3番 遊 沖田 背番号6 1年
4番 捕 御幸 背番号2 2年
5番 中 白洲 背番号9 2年
6番 三 金丸 背番号15 1年
7番 一 前園 背番号3 2年
8番 投 降谷 背番号11 1年
9番 左 麻生 背番号7 2年
主な投手
沢村 背番号18 1年
川上 背番号10 2年
作戦
バントをあまり多用しない。総合的に高いレベルの東条を先頭に、巧打の小湊を2番に。3番に沖田、4番御幸は変わらず。そして堅実な白洲で主軸を構成。6番には調子のいい金丸。7番は一発のある前園。打撃での負担を考慮し、8番に降谷。9番は麻生。
「こんな感じでどうですかね」
「ええ。東条を1番における層の厚さならではですね」
「とにかく攻撃力に主眼を置いた打線ですね。小湊2番は沖田へのつなぎを意識してほしいですね。彼はスペシャルですから。4番に勝負強い御幸、併殺が少なく、堅実な打撃の白洲で繋ぎ、6番に名をあげている金丸。特に金丸はストレートに強く、変化球も掬えるので、成長が見られますね。下位打線は一発のある打者を並べました。」
落合から見ても、この打線は脅威に感じた。これに対して、大塚がどんなふうに立ち向かうのかがかなり気になるというのは、野球に携わる者として当然だろう。
控えチーム
1番 遊 倉持 背番号13 2年
2番 二 木島 背番号16 2年
3番 中 三村 背番号20 2年
4番 投 大塚 背番号1 1年
5番 一 山口 背番号14 2年
6番 三 日笠 背番号5 2年
7番 捕 狩場 背番号12 1年
8番 左 関 背番号13 2年
9番 右 金田 背番号17 1年
主な控えメンバー
小野捕手 背番号19 2年
川島外野手、中田内野手、高津内野手など
作戦 とにかく堅実。小技、足技の倉持を先頭に、器用な木島を2番に置く。3番三村も元々力のある打者。4番には打者としての真価を示すために大塚を起用。
ホームラン1本を打った3回戦、この前の試合ではヒット1本に四球。大塚の野手起用にかかわる大事な見極めである。
5番には、前園のライバル山口。6番に日笠、7番には第2捕手の狩場。体ができてくれば主軸も打てる、かもしれない。
「大塚をいきなり4番抜擢ですか。責任を抱えた時の彼の打撃も興味がありましたからね」
「ええ。彼の打撃が本物なのか。それを見極めるのも今回の目的の一つです。」
野手大塚。彼の実力が本物なのかを何としても見極めたい。
「打てたら、ちなみに彼を準決勝どこで使う気なんですか?」
「スタメンではないな。彼には代打、終盤のリリーフの一人になってもらおうと考えている。川上が最後なのは当然だが、やはり彼にはここ一番の場面で出てもらう」
「まあ、降谷が先発ならいいかもしれませんね。沢村をロングリリーフさせるわけにもいきませんし。」
こうして、張り出されたスタメンを見て、闘志を燃やす一同。
そこに懐かしい顔が現れる。
「久しぶりだな、大塚」
先代主将の結城が主審を任されたのだ。挨拶に行く面々の中、最後に大塚が結城の前に現れた。
「お久しぶりです、結城先輩。何とか秋はここまで勝ち進んでこられました」
「投手としてだけではなく、野手でも頑張っているそうじゃないか。頼もしいし、これなら安心だ。ただ、ケガだけは気をつけろよ。主力のけがは、高校野球では致命的だからな」
「う、はい。肝に銘じています。」
やや言葉に詰まる大塚。
「怒っているわけじゃないさ。あの時は、お前しかいなかった。けど今は違う。もっと仲間を頼っていいんだ。肩の力を抜いて、この大会を笑顔で乗り切ってほしい」
大塚の顔がこわばるのを見て、結城は首を横に振り、そういう意図ではないよと答える。
「成長した姿を間近で見せてくれ。お前たちが頑張っている姿、お前たちがこの1年で手に入れた武器を。」
こんな言葉を言われ、震えないわけがなかった。
「はいっ」
―――――守備の練習にならないとか、レギュラー組の調子云々はもうどうでもいい
大塚としては、当初はガチンコで勝負がしたかったが、ほかの選手の経験にもならないので、打たせて取ろうと考えていた。
しかし、もう枷は外れた。結城の激励によって、大塚の今日の方針が決まった。
そして始まる紅白戦。青道高校の練習場にはギャラリーも詰め掛けてきた。
「おいおい紅白試合だぞ」
「大会期間中にやんのかよ」
その多くは、紅白戦を開催する青道に驚きを感じていた。さらに
「大塚栄治が控えの先発だぞ」
「何か意図があるんだろうけど、控えに自ら回るか、普通」
マウンドの大塚には明らかな変化があった。
「おいおい。ランナーいないのにセットポジション!?」
「フォームがよく変わるよなぁ、大塚の奴」
大塚が初めからセットポジション。ふつう、セットから投げると球威が落ちるという話がよく聞かれるが、彼の意図はそうではない。
―――――やはり、セットの分だけ動きがシンプルになるし、いろいろできる。
準々決勝では登板機会がなかった大塚。しかし、ここにきてある行動を切り捨て、ある行動を代わりに取り入れていた。
軸足をプレートに半分乗せることをやめたのだ。代わりに取り入れたのは――――
――――投球動作直前、前足に重心を乗せ、その後緩やかに軸足に重心を移動させる
前に動かした重心と位置エネルギーを軸足へと移動させることにより、全身の反動を使った体重移動に特化させること。
ブルペンで試した時には、これまで以上にストレートが伸びているような感覚がした。
そして、足の動かし方は同じようなプロ野球の長身投手のものを見よう見まねで試した。
ノーワインドアップを捨てたというわけではないが、ランナーを背負った状態でなければ試せないセットを試したいという思いが強かった。
紅白戦ならば、試行錯誤もある程度許される。
先攻はレギュラー組。先頭打者は東条秀明。
――――大塚。どうするんだ? まずはストレートからか?
狩場がサインを決めかねていると
――――ヒデには速球系で行く。変化球を拾われるのは嫌だしね
まずは内角ストレートでカウントを奪う大塚、狩場のバッテリー。
狩場は、このバッテリー結成に深い感慨を覚えていた。
――――そういや、大塚とバッテリー組んだの、春以来だな。
第2捕手という地位に甘んじているが、いずれは正捕手を獲る気でいる狩場は、このシチュエーションに燃えていたし、内角ストレートをいきなり要求した大塚の胆力にも尊敬の念を覚えていた。
―――――必ず応えて見せるさ!!
轟音とともに狩場のミットが鳴る。思わずのけぞる東条。
「うっ!?」
東条としては真剣勝負ということを言われていたが、大塚がいきなり内角をとりに来たのはさすがに予想外だった。
この反応を見た大塚、狩場のバッテリーは
―――――勝ったな
同時に感じた。
続く2球目はインコース高め。ボール球にスイングを奪われた東条。夏から課題に挙げていた高めの速球。140キロクラスには対応できるが、大塚のように
「おいおい、手元のスピードガンで計ったら、151キロだぞ…」
「いきなり2球とも150キロオーバーで内角攻めかよ。打者はたまらないだろうな」
―――――狩場、このストレートは、今までとは違う。本気で構えろよ
不敵に笑う大塚。狩場も目でうなずく。
追い込まれた東条は、こんな風に大塚と対戦したこと自体が初めてなので、彼のSFFを警戒していた。
―――――ここまで2球ともストレートで内角。3球目は内角? 変化球が来るのか?
変化球を意識してしまう場面だ。大塚ほどの多彩な変化球を持っているならば。
しかし――――――
轟音とともに、東条のひざ元にストレートが伸びてきたのだ。気づいた時にはすでに、
「!!!!」
3球勝負。オールストレート。東条全く手が出ずに見逃し三振。
「うおぉぉ!!! 大塚すべてストレート!!
「東条もいい打者なのに、手も足も出なかったぞ」
「チームメートにも容赦なさすぎ!!」
その光景をレギュラーベンチで見ていた沢村は、
――――ストレートで追い込んで、変化球が来ると思わせての内角攻め。
その攻め方、リードについて考える。
―――変化球を意識するよな。俺なら変化球を投げるし。
それに両サイドに目を置くと、外角のボールのことも考えなければいけない。
ここで打者の思惑をくじく内角ストレート勝負。沢村にできない芸当だ。
150キロ近いスピードボールを持ち、変化球が多彩であるからこそ、できるリード。
続く小湊は金属バットに変えたのだが、
「スイング!! ストライクツーっ!!」
結城の宣告。ハーフスイングをとられる。
「くっ!!」
初級ストレートをファウルにした後、2球目のチェンジアップに空振りを奪われる。この緩急差も沢村で再現しきれない。
――――はるっちがあそこまで手が出ないなんて。
3球目はきわどい高めのアウトハイのストレート。これを見極めた小湊。続く4球目について
――――今日はインコース主体なのかな? 初球外角ストレート、内角チェンジアップ、外高め。次は何?
そして4球目は小湊の目でもわかる、外角のボールコース。
―――――粘られるのが嫌なはず、ならここは見極めて―――――
ククッ
しかし手前で変化したボールは外から曲げてきたシンキングファスト。
「!!!」
慌ててあてに行ってしまった小湊。力のない打球が一塁に転がり、ゴロアウトに打ち取られる。
―――――今日の大塚君はほぼ全部の球種を使うつもりだ。狙い球が絞れないよ…
しかし3番沖田との対戦はやはり楽しみな沢村。
――――味方なら心強い沖田だけど、大塚相手だとどこまでできるんだ?
その沖田だが、内心冗談ではないと考えていた。
――――今なら対戦相手の気持ちがわかる。こりゃチートだ。
しかしだからこそ、勝った時の達成感はひとしおだろう。
―――――悪いが、食らいつかせてもらうぞ
初級ストレートが外角わずかに外れる。
「ボールっ!!」
―――――外角に外してきた。やはり慎重になるか?
続く2球目、
今度はゾーンの中。変化球が一瞬頭をよぎる。
ドゴォォォォンッッッ!!!!
外角の出し入れ。ストレートでカウントをとってきたバッテリー。
―――――いつもならゾーンから落としてきたのに、こりゃいつもと違うことをするのか?
3球目
ククッ、ギュイィィィンッッ!!!!
「!!」
3球目は沖田の視界から消える高速縦スライダー。ついに実践で投げ込んできたスライダー系統最強の切り札。
これには思わず御幸も立ち上がる。
――――完成していたのか!? それに――――!!
何と狩場がそのボールを完全捕球したのだ。空振りを奪われる沖田はそこへ目がいかず、
―――――外角の出し入れに、外角の投げ分け。ははっ、やっべぇわ。
最後は高めの釣り球に手を出してしまい、
「くっそ――――!!!」
悔し声をあげながら一塁へかける沖田。ピッチャーフライに打ち取る大塚。
――――驚いた。あてられるつもりはなかったけど、前に飛ばしてきたよ
大塚はやや驚いていた。
レギュラー組を完全に制圧しての投球。多彩な変化球をちらつかせ、剛球で打者を圧倒する姿。
荒々しく、そして大きな可能性を感じさせる投手への変容。
大塚栄治の投手像が鮮明になってきた。
――――なんかワイルドだな。この投球。
本人もかなりの手ごたえを感じていた。
そんなエースの制圧力に対し、相対する頼もしいはずのレギュラー組の上位打線の二人、東条と沖田が手も足も出ずにやられる姿に御幸は
―――――心底、心底同じチームでよかったぜ…
紅白戦の幕開けは、大塚の完全な独り舞台となった。
変化球マニアだけど、ストレートに拘りがあり、スプリットではなく、スライダー方面に多様性が広がる大塚。
沖田君は右投手の豪速球に弱いです。東条も同じです。
故に、本郷には基本相性が悪いです。