ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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ここ最近は調子が良いです。




神宮大会 飛翔編
第133話 神宮は待ってくれない


選抜が決まり、その前に開かれる神宮。沖田抜きで戦うことを強いられる。

 

 

だが、秋季大会で選手たちは成長した。投手陣の充実ばかりが騒がれる中、御幸を中心とした打線の形成。前園に確変の兆しが出始めたこと。

 

東条と小湊の安定感に加え、金丸も前園の好調につられ、振りの鋭さが増していた。

 

 

先日の祝勝会では、大塚の完全試合ではなく、決勝戦で打線が復調したことが大きく取り上げられていた。

 

大塚の好投は、部員にとっては想定内、完全試合には驚いたが、

 

「まあ、やると思ったよ」

 

「やれると思ったし、そこまでかな」

 

「詰めの甘さがなかったら、夏でもできていたし」

 

「むしろ、あの実力でここまで遅くて逆にだらしがないよな!!」

 

 

「あんまり実感のない僕が言うのもなんですが、酷くないですか!?」

大塚が突っ込みを入れるくらいだった。

 

 

「それよりも、前園先輩のホームランだよな!!」

 

「俺も思った!! 正直鳥肌立ったよ!!」

 

「ゾノの一撃で打線が動いた感じがあるよな!!」

 

むしろ、一番大きく取り上げられていたのは、前園のホームランだった。

 

「――――――祝勝会やなくて、マジでバットが振りたい!! あの感覚や!! あの感覚が!!」

 

その前園だが、天狗になるどころかあの感覚がという自分にしかわからない単語を連発し、バットを持って屋内練習場に向かおうとしたが、同級生たちに拉致られてしまった。

 

学年関係なく、青道はまるでお祭り騒ぎ。2大会連続の甲子園出場は、片岡監督の現役時代まで遡ることになる。

 

投打ともに強さを発揮した秋季大会。選抜の前の神宮でも、活躍と躍進が内外で期待される。

 

ここにはいない沖田道広からも、ビデオメールにてお祝いのコメントまで流され、選抜には戻ってくるので、というお墨付きまで。

 

『栄治の奴がここまでするのは想定外!! けど、前園先輩のホームランはもっと読めませんでした!!』

 

「言われてんぞ、ゾノ!!」

 

「そうやろ、そうやろ!! ワイも予想できひんかった―――って、自分で何言うとんやワイは!!!」

 

 

『俺は青道が優勝することしか考えていません!! 柿崎だろうが何だろうがコールド勝ちするぐらいの気概で完全優勝目指して頑張ってください!! リベンジもかねて、柿崎から5点ぐらい取れば楽勝ですよ!!』

 

「なんつうコメントだ…」

 

「めちゃくちゃやないか」

 

「沖田らしい、のかな」

 

『リハビリとか、体力とか、大塚の所のサラさんに頼み込んだぜ!! 選抜までにパワーアップして戻ってくるから、ショートのレギュラーは諦めてません!!』

 

『と、いうことヨ。エイジ、彼はアナタからもホームランを打ちたいと意気込んでいたわ。』

 

 

「マジで!? サラの野球知識はシャレにならないって!!」

 

沖田に対して今のところ優位な立ち位置だった大塚。しかし、大塚を鍛えた彼女の力量は彼自身がよく知っている。

 

――――練習のほうが怖いことになるかも。

 

あの怪童がパワーアップしたら、抑え方がわからなくなる。

 

「ハハハ!! 沖田の奴、どこまで行く気だよ!!」

 

「俺のほうはマジでシャレになってねぇぞ!! 高すぎんだろ、ショートの壁!!!」

 

 

『あと、広島の奴らが言うには、巨摩大は大化けするかもって話だ!! 当たったら気をつけろよ!!』

 

 

そんなこんなで、沖田の激励ビデオが終わり、宴会が再開。そこへ、

 

「片岡監督の続投が決まったぞ!!」

 

「しゃぁぁぁ!!! やっぱこの青道の指揮を手放すわけがないもんな!!」

 

「選抜に監督と一緒に殴り込みだぁぁ!!」

 

「リベンジだ!!」

 

「雪辱果たすぞ!!」

 

 

特に、2年生たちの歓声が大きくなる。片岡監督の続投。ある意味一番のモチベーションだった目的が達成された一同。嬉しさも一塩だ。

 

「―――――本当に良かった、僕のせいもあったから――――」

嬉しさよりも、安堵を覚えたエースの姿もあった。

 

決勝を戦ったばかりというのに、この日は本当に部員全員に活気があった。

 

 

翌日、

 

 

「ああ……た、足りない――――」

悲しそうな顔をする春乃を見た大塚は、

 

「俺も出すよ。こういう切り抜き、どんどん埋めるのも楽しそうだし」

財布にちゃんとお金は入れていた春乃だったが、予想を超える複数の雑誌に目移りし、予定金額の超過で窮地に陥ったのだ。

 

無論、大塚が残りを出すことになった。

 

「あ、ありがとう。」

 

 

「兄ちゃんたち、青道かい? 昨日はよかったねぇ! 甲子園おめでとう!」

店長らしき人に激励をもらう二人。

 

「ありがとうございます。甲子園では、楽な試合はないでしょうが、一戦一戦全力で臨みたいと思います」

模範解答過ぎる大塚の受け答え。

 

その後、大塚栄治のサインがほしいという彼の望みに応え、我流のサインを店長が用意した色紙に描き、店を後にする。

 

 

「―――――なんだか、夏よりも甲子園を実感するな。」

甲子園を決めて、しばらく間があるからなのか、落ち着いて甲子園という場所を考えることができた大塚。夏の頃は怪我を隠しながらの出場。そこまで気を配ることができなかった。

 

「それだけ、長いようで短い、春の甲子園だもん。みんな待ちきれないんだよ」

しかし、春乃は今のエイジが好ましかった。心に余裕を持った彼といて楽しい。

 

 

学校に到着し、教室で二人を迎えていたのは、

 

「昨日の完全試合! すごかったよ!!」

 

「沢村君に続いて二人目だよね!! でも決勝で成し遂げるなんて!!

 

 

「完全試合って、なかなか難しいんだよね!? すごい!!」

 

黄色い声もあれば、

 

「大塚、おめでとう!!」

 

「俺たちも応援するからな!!」

 

「さすがすぎるぞ、大塚ぁ!!」

 

同性からも祝福の声が相次ぐ。

 

それがなんだか気恥ずかしいのか、大塚は首の後ろに手を当てて苦笑いする。

 

「まあ、昨日が出来過ぎなところもあったんだけどね。甲子園でも成し遂げて見せる」

しかし、力強い言葉でその再来を実現できるよう努力すると誓う大塚。

 

「お! 強気じゃねぇか!!」

 

「甲子園で完全試合、期待してるぞ!!」

 

クラスメートも、いつにも増して力がこもっている大塚の闘志を感じ、期待しかしない。

 

 

「お、俺も完全試合――――はぁ……勝てる気がしねぇよ……」

 

大塚の投球を知っている。こんなことを言うのもなんだが、自分と大塚では相手の打線が違う。

 

――――まだ遠いよな、お前の背中。

 

自分も数日前に完全試合を成し遂げたのだが、大塚にすべてを持っていかれ、力なく笑う。

 

「もちろん、期待してるぜ、青道の新エース!!」

 

「沢村の投球もすごかったぞ!! テンポもよかったし!」

 

「お、おう! 一応神宮大会はエースなんだ! エースの役目を果たしてやるぜ!!」

元気が少し出た沢村は、一応神宮大会のエースの称号をつかんだことで、本当の意味でライバルになったと実感した。

 

――――選抜まで、せめて選抜まで奪われたくねぇ

 

その危機感も相まって、沢村はこの冬でさらなる成長を誓う。

 

 

「二人はすごい人気だね、まさか同じ大会、同じチームに完全試合をする投手が二人も出てくるんだからね」

春市は、ホットな話題を提供している沢村と大塚を見て、それは道理だと考えていた。

 

「―――――うらやましい。もっと先発で投げたい、な」

降谷は、先発挑戦から日が浅い。これからの成長がカギになる。だからこそ、あの二人のように成長したいと考えていた。

 

「降谷君も、神宮で全く出番がないわけではないし、今は目の前のチャンスを活かそう。俺も、後ろから追いかけてくる人が多くて大変だ」

上級生たちの後ろに、兄の姿が見える。

 

しかし、自分の求めている選手像は、兄の姿ではない。

 

――――守備よし、走ってよし、打ってよし。今よりももっと――――

 

もっとスケールアップしたい。もっと長打を打ちたい。

 

置いて行かれないために。

 

 

「神宮の試合で、先発マスクだってありうるかもしれない。準備だけは、準備だけはぁ…」

そして狩場は日頃の準備を怠らないことを誓っていた。何かの間違いで試合に出してくれるかもしれないと信じて。

 

「狩場の頑張りは報われてほしいよな、同級生として」

 

「うんうん。大塚の縦を止められるの、狩場だけだし。絶対に出番はあるよ」

 

金丸と東条が、狩場の意気込みを温かく応援していた。

 

 

 

「―――――――――――」

 

そこかしこで、青道野球部の甲子園出場を祝う声があった。

 

 

 

野球部のベンチ外のメンバーだけではない。学校の期待を、ファンの期待を背負って、野球をしているということがわかる。

 

 

「―――――甲子園に行くのは、やっぱり重いな」

エースではなくても、ベンチ入りメンバーだからこそ、感じるプレッシャー。

 

今の自分には時間がある。時間があるからこそ、頭の中が整理できる。

 

―――――落ち着かない。早く来てほしい。

 

それが今の大塚の本音だった。

 

「―――――そういう栄治君を見るのは新鮮だね。でも、夏よりは大分いい顔だと思うよ」

 

「まあ、夏はね」

横に彼女がいてくれるだけで、これからの激闘も乗り越えられる、気がする。

 

 

「私ね、貴子先輩から日誌を引き継いだんだ」

 

「――――うん」

春乃の独白を黙って聞く大塚。

 

「――――それでね、最初は重いな、私に務まるのかな、って気が引けちゃったの」

 

彼女が語る、彼女が記した、3年生たちの軌跡。

 

日頃の練習から大会のことまで、詳しく、そして簡潔に書かれた日々の日誌。

 

それをめくるめくる読みふける大塚は、言いようのない感情に支配される。

 

――――ああ、本当に胸を打たれるような内容だ。

 

当たり前の日々、野球が出来る日々、それを強く連想させる記録。

 

「――――――」

思わず目をこすってしまう。まだ最初しか読むことができていないが、あの上級生にも自分たちと同じように1年生の時があった。

 

自分たちよりも苦労は多かった。道のりは険しかった。そして思い知る。

 

――――俺たちは、本当に恵まれていた。

 

それを指摘する先輩はいなかった。嫌みを言うような人はだれ一人いなかった。

 

監督の言う通りだ。監督の思いも、あの時、彼が深々とお辞儀をしたのも、当然なのだ。

 

どの位置にいたかは関係ない。最後まで、彼らは青道の誇りだった。

 

――――結城先輩の涙の理由が、今になって分かる。

 

嬉しかったんだ、本当に―――夏に甲子園に行けてよかったんだと。

 

「――――栄治君?」

狼狽えた声を出して大塚の名を呼ぶ春乃。

 

「いや、少し感傷的になってしまうね、これは」

日誌を返す際に、大塚は読んだ感想を述べた。

 

 

「けど、負けられない。憧ればかりを抱く時間は、とっくに過ぎている。」

 

 

しかし、今の大塚は憧れるばかりの男ではない。もう、そんな甘さは通用しなくなっている。

 

 

 

「――――うん」

それ以上の言葉はなく、簡素でありながらも、気持ちが伝わる肯定の言葉を返す春乃。

 

 

中心選手になるということ。好き勝手していた1年生の夏の時期とは違う。1年生の秋は、自分が主力であり、本当の意味での柱にならなければならない。

 

それを理解した彼に、大きな自覚が芽生えた大会だった秋季大会。

 

 

「まだまだ未熟なチームだけど、俺たちは先輩の世代を超える。精神的にも、技術的にも。」

 

 

大塚は心の中で、自分は変わったと感じていた。

 

 

決勝戦前日は、あれだけ弱音を吐いたというのに。あれだけ丹波への憧れを口にしていたというのに。

 

 

「もう憧れるばかりなのは、嫌なんだ」

 

 

 

 

 

 

今日のHR直前、大塚は沢村とともに片岡監督のもとを訪れていた。

 

 

そこで伝えられた、大塚の背番号18と沢村の背番号1。

 

 

―――――初めてだ。こんなに悔しかったのは

 

 

秋季大会での成績は、沢村の安定感、可能性が大塚の実力を上回った。それだけのこと。

 

しかし、背番号1でなくなるのは少し寂しかった。

 

「―――――俺、まだ大塚に勝てたとは思ってないです」

沢村はエースの座に上り詰めたにもかかわらず、戸惑っていた。

 

「沢村」

 

「は、はいっ!!」

いきなり名字で片岡監督に呼ばれ、戸惑いを見せる沢村。反論したことに対する小言なのだろうか、と少し不安になる沢村だったが、片岡監督の表情は厳しいものではなかった。

 

むしろ、想定内といった雰囲気だった。

 

 

「―――――まずピッチングについてだが、甲乙つけ難い、高い次元で争っているのは理解しているな?」

 

「――――うっす」

 

投球と結果。ボールの圧力では大塚だが、沢村はそれに劣らない結果を出している。秋季大会では一度も崩れることなく、一次予選からも沢村の力投は大きなものだった。

 

「そして、この1年間の、チームへの貢献度。一度も離脱せず、苦しい状況でマウンドに上がり続けたこと。俺は、この1年で最もチームに貢献出来た投手を、エースに指名したいと考えている」

 

つまり、チームへの貢献度、一度も離脱せず、1年間投げ続けた沢村の投手としての自覚を評価されたことを悟る沢村。

 

「―――――チームへの、貢献――――」

わかっている。こういう面でしか差を見つけることが出来ない。

 

 

わかっているのだ。沢村は、大塚についていくのに精いっぱいだという自覚が。

 

 

それでも、監督は神宮でのエースの称号を彼に指名した。沢村の可能性に賭けたのだ。

 

 

「――――立場が人を変える。今後の日常生活から何まで、お前の意識が重要になる。お前のなりたい投手になるために、地に足をつけて、エースとして大きく成長してほしい」

 

ここまで言われれば、彼に断る理由はない。

 

「はいっ!!! エースの座、承りました!! そして、青道に沢村ありと!! 世間様に思い知らせてみせます!!」

 

 

――――少し心配だ

 

 

―――……一瞬だが自分の判断を疑ってしまった

 

大塚と片岡は、その言動に一瞬だけ不安になったが、沢村ならなんとかその役目を果たせるだろうと考えた。

 

 

 

 

沢村が退出をした後に、片岡監督からある言葉をかけられた。

 

 

「――――――俺は外部の圧力で、選手を特別扱いする気はない。調子のいい選手を起用していく。結果を出した選手を重用していく」

 

選手として、攻守で貢献した大塚。しかし、守りの面、投手の側面で沢村が大塚の貢献度を超えただけの話。

 

大塚を軽視する起用ではない。むしろ、打撃面での貢献で、どんどんスタメンは増えていくだろう。

 

 

片岡監督の真意を理解している。

 

 

「―――はい」

脆さと成長を感じた秋季大会。異論はなかった。

 

 

「――――だが、昨日の決勝戦。見事な投球だった」

エースからある意味解放された大塚に対し、昨日と同じ言葉を投げかけた。

 

 

「昨日の投球を実現させたのは、お前の努力と、練習への執着心だ」

片岡監督は、大塚の努力を知らないわけではない。

 

センスも、資質も当然あった。だが、それを最大限に発揮できた理由は、大塚のやる気だ。

 

 

「――――ここまでお前は、日々の練習を工夫し、自由な発想で己の力を磨いてきた。しかし、一人の努力では限界がある。そしてここにきて、お前の後ろにいた沢村が横に並んだ」

 

だが、そんな大塚のすぐ後ろにいた沢村が、横に並んだ。そして、今すぐにも抜き去りそうな勢いだ。

 

 

 

「互いに意識し、高めあうライバル、仲間の存在。お前が俺の想像を超えて成長することを、一人の指導者として、一人の野球人として期待している」

 

 

 

「その座に返り咲くために、この悔しさを忘れるな。憧れの中に潜む卑屈さを乗り越えろ」

 

 

とっくの昔にばれている、自分のコンプレックス。まだまだその付き合いは長くなりそうだ。

 

 

「―――――はい」

エース争い。その輪の中に、初めて入ったような気がする。

 

 

 

 

 

朝の記憶を思い出した大塚は、春乃のほうへと向き直る。

 

 

 

「立場が人を強くも弱くもする。僕はこの1年でそれを痛感した。だから、その――――少しでも辛いと思ったら、声をかけてほしい。」

 

いつもお世話されていた自分に、果たしてそこまでの説得力があるかはわからない。

 

 

「その日誌を書く上での葛藤、辛さがあるなら――――その、春乃一人で抱えこまないでほしい」

片手を後ろ首に軽く添えつつ、大塚は恥ずかしながら答えた。

 

書きたくないことだってあったはずだ。

 

無力さを感じた1年生の夏。

 

投手を挫折した彼の葛藤。努力が実るも、届かない憧れの聖地への思い。

 

先輩たちの夏を終わらせてしまった悔しさ。

 

 

ずっとずっと、彼女は歯がゆい思いをしてきたはずなのだ。しかし、立派なマネージャーとしての姿を、最後まで見せてくれた。

 

もし、自分がマネージャーの立場だったら。

 

もし、自分が女性で、選手としてフィールドに立てなかったら。

 

 

 

想像できない。悔しい思いをする仲間を見続けるのは、我慢できないだろう。

 

 

選手として、今の3人にはそんな思いをさせないよう努力するつもりだ。しかし――――

 

 

 

 

いろいろと余計なことを考えている大塚。自分にはありえない虚像について考えるまで、彼女のことを心配していた。

 

そして当の彼女は―――――

 

 

 

 

「――――――――」

キョトンとしていた春乃。そして、大塚の言った言葉の意味を理解して、微笑んだ。

 

 

 

「私はみんなのマネージャー。この日誌にみんなのすべてを記したい。だからこの日誌を預かっているの。そのすべてが私の宝物で、みんなの思い出。」

手に持った日誌を抱きしめる力が自然と強くなっていた春乃。その思いが真であることが嫌というほどわかる。

 

 

自分の杞憂など不要で、むしろ自分の弱さを再確認する大塚だった。

 

――――春乃には、一生勝てない気がするよ

 

 

「辛くなんてないよ」

ここまでの笑顔をされたら、もう自分に出る幕はない。

 

 

「――――――勝てそうにないな、これからも」

 

誰かをやさしく包み込んでくれるような優しさ。その笑顔に自分は惚れた。惚れた弱みだ、どうしようもない。

 

 

これからも、彼女の芯の強さには敵わないだろう。

 

 

 

「だめだよっ! そんな弱気なんて! 大塚君どこか辛いの!? 何かあったの!?」

 

 

「ぼ、僕は子供か!!」

 

狼狽えるような口調で、慌てる大塚。本当に彼はこの先も彼女に勝てそうにない。

 

身長差はかなりあるのに、不覚にも、不本意にも、彼女に母性を感じてしまった。

 

 

ここは、ある意味父親と同じ側面だった。年下の妻に最近も甘えたりする、家庭内ではダメダメな大塚和正を想像してしまった大塚栄治。

 

 

――――お、俺はあんなんじゃない!! 俺は違うっ!! あんな恥ずかしい大人と一緒にするな!!

 

そして、母に甘える父を見ていた、妹の冷たい視線を知っている。

 

 

――――お、俺はぁ!! あんな情けない大人にはならない!!

 

 

しかし数年後、彼女の包容力に陥落する未来が待っている大塚栄治。

 

 

そんな未来など知らない大塚と、純粋な善意で彼を心配する春乃の作り出す、リア充空間が形成される。

 

 

 

無論、彼らの空間に圧倒される教室内の空気。

 

 

「本当に砂糖を吐きそうだ」

 

「叩ける壁がないぞ」

 

「パルパルパルパル……」

 

「若菜にメールしよっと」

羨ましくないぞ、と気を紛らわせるために沢村が携帯で連絡を取るのだが、独り言が出てしまう。

 

 

沢村栄純投手、痛恨のミス。

 

「表に出ようか、栄純君」

 

ここで出現する黒い巨人、小湊春市。その笑みは同期の野球部員に恐れられている。

 

「はるっちが黒い!!」

痛恨のミスを犯してしまった沢村が、逃げの一手に転じる。

 

 

ここから沢村と春市の逃走劇が始まった!

 

 

「口は禍の元だぞ、沢村」

 

「金丸~~~!!! 助けてくれ~~!!!」

 

「リア充め、末永く爆発しろ、沢村」

助けを求められた金丸だが、沢村をスルー。彼女いない歴=年齢の彼が彼を助けるわけがない。

 

「うわぁぁぁ!!!!! 俺の味方は誰もいないのかぁぁぁ!!」

 

「むしろ、沖田と大塚以外、いると思ったの?」

容赦のない追撃は、東条秀明の正論過ぎる回答。

 

沢村の断末魔が廊下で程なくして響いた。その後、大塚の惚けた姿を見た東条が

 

「すぐ大人しくなってしまったよ。大塚ってもしかしてバ――――」

 

「それ以上はいけない」

 

「東条、うかつなことを言うな、最悪大塚の心が折れる。あいつはまだ、現実を受け入れられないんだ」

 

「ねぇ、さっき言おうとした言葉は何?」

 

「ん、降谷? それはね、バb―――」

 

「やめろぉぉぉぉ!!! 降谷は穢しちゃいけないだろうが!!」

 

「どうせ降谷も至るだろうし、いいと思うんだ」

 

「???」

 

「あっち行こうな、降谷!! お前にはまだ早い!!」

 

 

 

 

 

それから月日がほんの少しだけ流れ、神宮がいよいよ近づいてくる。

 

 

 

 

 

青道野球部は秋季大会決勝の余韻に浸ることなく、前に進む。中でも、大会終了後にペーパープランに挑む男がいた。

 

 

「――――違う、こういう変化じゃないんだぁ!!」

 

握りを変え、縫い目を変える。試行錯誤を繰り返すのは、神宮大会の背番号1、沢村栄純。

 

 

「――――沢村はどういう変化を求めているんだよ」

受けている狩場は、落ち幅こそ物足りないが、ツーシームとしては破格の変化量であるにもかかわらず、不満げな彼に戸惑う。

 

「もっとこう、ギリギリの、ベース手前で落ちて、鋭い変化がほしいんだ!! 逃げる変化はスライダーと速いスライダーがあるし、純粋に落ちる球種がほしい!」

 

 

「それスプリットじゃん。大塚に教えてもらえばいいと思う」

東条がスプリットを教えてもらえばいいという。外野手の彼がなぜここにいるのか。

 

彼は沢村が自主的に行う練習に興味を持ち、手伝うことを手土産に、投手練習に混ざる算段なのだ。

 

「――――うーん、あんまりにもパクリだとなぁ。あとちょっとなんだ!! イメージと違う!!」

 

そして、ボールの縫い目に沿って人差し指と中指をかけ、後はツーシームの握りにしてみると

 

 

「うおっ!! なんだこの曲がりは!?」

 

 

狩場がボールをこぼしてしまう。想定を超える曲がりを見せたボールに驚いたのだ。

 

「――――これだ――――っ」

 

その瞬間、沢村の中のイメージと、現実が重なった。

 

「東条!! チェックゾーンで落ちているかどうか、打席に立ってみてくれよ!!」

 

「うん。それにしても、すごい変化だったね」

 

ツーシームの特徴もあるが、特筆すべきはその変化量とスピード。

 

速球系のスピードで、急激にブレーキを掛けられ、鋭く落ちる変化球。ツーシームにフォークの要素を付け加える沢村の目論見通りの軌道だった。

 

 

なお、このボールはさすがに

 

 

「――――――選抜まで封印な。」

御幸にダメ出しを食らってしまった。

 

「まだ腕の振りに違和感があるぞ。落とそうとしているのがまるわかりだ。付け焼刃で痛い目をしたのは夏で懲りたろ?」

 

「うっす」

 

残念なことに、神宮には間に合わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

月日は少しだけ進み、青道の初陣。

 

『東京代表として、初陣を任されたのは背番号1、青道の左のエース、沢村栄純!! 6回まで1安打投球を継続し、東北代表郁栄高校を相手にほぼ完璧な内容!! 計8つの三振を奪い、与えた四死球は1!』

 

 

神宮のマウンドには、大塚から背番号1をもぎ取った、青道のサウスポー、沢村。夏を、そして秋を経て成長した彼は、春とは比べ物にならないほど冷静な表情を浮かべ、両隅にボールを投げ込んでいた。

 

 

『そして打線は、初回の3番大塚のツーランに加え、4番御幸のソロホームラン! 3回には前園のレフトへのスリーランホームラン!! 点差を6点とします』

 

新しい主軸が、力を見せ始めていた。

 

 

『6回には、小湊のタイムリーヒット、5番前園の2本目となるスリーランホームランで4点を追加し、郁栄高校との点差をさらに広げました』

 

7回表からは、降谷がマウンドに上がり、3者凡退に抑えるリリーフを見せ、初戦をコールド勝ち。

 

 

『試合終了!! 東京代表青道高校!! 初戦は打線が爆発し、大勝! 投げてはエース沢村、降谷のリレーで完封!』

 

 

 

終始危なげない試合運びで初戦に勝利すると―――――

 

 

『背番号18、大塚栄治の無安打投球継続!! 6回まで三振は5つと本調子ではありませんが、内野ゴロの山を築きます!!』

 

動く玉を主体とした穴熊戦法。堅い内野守備をバックに、大塚栄治はわずか63球で四国代表の照美高校を料理する。

 

マウンドには、

 

『今日の大塚君は球速があまり出ていませんね。144キロでしたっけ』

 

『ええ。低めにボールは決まっていますが、ストレート主体ですね。変化球もドロップカーブとチェンジアップだけです』

 

きょうの大塚は、落ちるボールとスライダーを投げていなかった。

 

 

打線も大塚、前園の2試合連続ホームランなど、長打攻勢で照美高校を圧倒し、2試合連続7回コールドゲームを達成。なお、この試合で狩場が念願の初先発。3打数1安打、一つの四球を選ぶ上々の成績だった。

 

『コールドゲームながら、青道高校の大塚!! 完全試合達成!! 秋季大会に続き、全国の強豪相手にも、その力を見せつけました!!』

 

 

 

 

難なく2回戦も突破。準決勝に進む。

 

 

試合終了後、準決勝の相手が群馬代表、白龍高校に決まった。

 

秋季大会、前橋学園に競り勝った高校だ。

 

なお、関東大会では、横浦高校は選抜出場を確定させると、調整試合となり楠を温存する形となった。この冬で連投に耐えられる体つくりをするそうだ。

 

 

話は戻り、前橋学園と白龍高校はもともと浅くない因縁があった。

 

夏の甲子園群馬予選、準決勝。この両校は対戦経験があったのだ。その試合は神木鉄平の無四球完封、1安打投球の前に完敗したが、エース神木のいない前橋にロースコアを演じ、辛くも勝利した高校でもある白龍高校。

 

渡辺のデータでは、

 

「3番の美馬選手は走攻守3拍子揃った選手。そのバットコントロールもだけど、塁に出ると相当厄介な選手です。全体的に俊足バッターが多く、小技で揺さぶってきます」

 

「クイック、御幸の肩にかかっているわけだな」

 

「沢村と大塚、どっちを先発させるか」

 

「クイックなら沢村だろう。左打者が多いし、ここは沢村なんじゃないか」

 

「総合力なら大塚だろう。何より流れを変えられる選手は必要じゃないか」

 

 

というように、エース沢村、18番の大塚のどちらかで意見が分かれていた。チームの分裂の危機、というわけではないが、

 

「ようやく、ここまできた。」

沢村は、自分と大塚で先発の議論が出るところまで来たことを実感していた。

 

「――――まあ、疲労やローテを考えると、沢村のほうが無難かもしれないな。川上先輩も一応先発はできるけど、ロングリリーフが手薄になるのはまずいし」

 

 

結局、白龍高校との試合では、沢村が先発。光陵と光南の勝者と戦う決勝を大塚に託すことになった。

 

 

一方トーナメント表の反対側。

 

 

沖田が注目していた北海道地区代表の巨摩大藤巻は、夏の王者光南と対戦。投げては先発本郷が6回まで5安打を打たれながらも2点に抑えていたが、7回に集中打を食らい、さらに3失点。対照的に柿崎は打たせて取る投球で巨摩大打線を封じ、9回を3安打完封とエースの貫録を見せつけた。

 

 

中国地方代表の光陵高校は、東海地区代表の西邦高校と対戦。エース成瀬を温存し、7対4と少し不安の残る結果だった。

 

2回戦での先発が期待された成瀬だったが、ここでも先発を回避。

 

光陵高校は、準決勝を意識したのか、日本庄野高校を相手に先発は11番の久保が投げることに。その久保が終始危なげない投球で日本庄野打線を抑え、7回1失点の好投。8回からは成瀬がリリーフ登板し、パーフェクトリリーフを披露。

 

 

しかし、打線がこの試合は振るわなかった。日本庄野のエース波賀が8回まで2失点と好投。9回には左の高宮が三者凡退に抑えるなど、夏の甲子園メンバーが残る光陵打線が抑え込まれ、準決勝の光南戦に弾みをつけたいはずが、苦戦を強いられた結果となった。

 

 

4強が出そろう準決勝。夏の覇者光南(九州)、夏の準優勝の青道(東京)、夏ベスト4の光陵(中国)、群馬の白龍高校(関東)という組み合わせとなった。

 

 

 

 

「そんなに気を使わなくても大丈夫だって。嘔吐やめまいもなかったし。」

 

11月12日、1週間の絶対安静を終え、経過観察中の沖田。セカンドインパクト症候群の危険性もあるので、当然冬の合宿も微妙だ。

 

最短でも、脳震盪発生が11月2日に発生し、3週間の運動禁止。医者のゴーサインがなければ、沖田はトレーニングをすることができない。

 

 

「――――お前がよくても、こっちは気が気ではないんだがな」

 

「ああ。そこまで急いで登校する必要はなかったんだぞ」

 

白洲と倉持が様子を見るなど、数人単位で沖田の変調に対応する役目を買うあたり、野球部全体が沖田を気にかけていた。

 

登校した夜、

 

――――ツイッターを始めました!!

 

爆弾発言の沖田。ツイッターをする暇などあったのか、という突込みはさておき。

 

 

 

――――無事退院できました!! 12月ぐらいには完全復活!! ぶいっ!!

 

―――――プレー中の事故なので、大事にはしないでほしいです

 

――――俺が言うんですから、この話はおしまい。俺以外に文句は言わせません

 

―――絶対に戻ってきます!!

 

 

 

ネットにて、沖田のツイッターとコメントを見た一同は、声を上げて笑ったという。

 

 

 

そして11月14日。大会4日目。群馬代表、白龍高校との試合が始まる。

 

完全試合コンビの片割れ、沢村栄純に多くのスカウトが集まることになるこの試合。

 

彼らは知ることになるだろう。

 

もはやアマチュア球界の分析の手が行き届かない領域へと踏み入れ始めた、彼の実力を。

 

 

 




宝明高校は、光南が出てくる関係で、出場自体がなかったことになりました。

このままではACT2にぶつかりますが、いけるところまで行こうと思います。

早く巨摩大フルメンバーの詳細が出ないかなぁ・・・・
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