青道の攻撃が目立ち、沢村の好投が光る試合と化した準決勝第1試合。
神宮出場がない横浦だが、ライバル青道の偵察に来ていたメンバーが数人いた。
「――――大塚と御幸をマークするべきだと思っていたが、油断のできない長距離砲が増えるとか、これに沖田が選抜には戻ってくるんだよなぁ」
引退組の坂田は、秋季大会から確変の最中である前園の実力が、フロックではないと考えていた。
タイミングの取り方も、今が一番合っているのだろう。むしろ、彼は間の取り方が不十分で秋季大会を戦っていた。
それが今、前園は自分の間の取り方を知ることで、自分の真の価値を世間に見せつけた。
「ああ。インコースにストライクは投げられないな。余程速いボールじゃないと。」
先代副主将の岡本は、前園の打者としての実力と、インコース打ちの技術は生半可なボールでは対処しきれないと悟る。
「黒坊が要求して、如何に俺のシュートで攻めきれるか、だな」
新エース楠は前園のホームランを見て苦笑いをしていた。
「なんにせよ、失点はお互いに避けられないだろう。大塚からうちも点を取らないと話にならんからな。」
後藤としては、大塚との対戦を熱望していた。だからこそ、自分が大塚のストレートを打ち砕くのだと。
――――150キロか。降谷に比べ、変化球が多彩だが奴は必ず
自分に対して中途半端な球は投げてこない。まずそれだけで、SFF、速いスライダー、ストレートと大雑把に絞ることができる。
準決勝の柿崎も無論強敵だが、一度粉砕した相手だ。リベンジに燃えているのは奴らだけではない。
「それにしても、栄治の人気ぶりは凄いな。俺たちは知っていたが、親父さんの人気なしでもこれくらい来てたと思うぞ」
セカンドのレギュラー高須和也は、大塚目当てにやってきたスカウトの群れを見て、苦笑いをする。あまりにも多すぎではないかと。
無論観客の数は言うまでもなく、無数のカメラのレンズが光っている。それほどのスター選手の誕生、二世選手の重み。
かつて、日本野球界でこれほど注目され、かつ実力を兼ね備えた親子はいないだろう。エイジはプロでの実績がないから否定するだろうが。
「ああ。だが、ヒーローを決めるのは、人気じゃねぇ」
ショートには、この秋からレギュラーとなった1年生の小坂守。沖田に対抗心を燃やしている男だ。
「結果だ! 勝者だ!!」
飛距離では雲泥の差だが、自分の絶対的な武器である守備範囲の広さだけは彼に負けないと鼻息が荒い。
「お、殊勲打を狙ってんのか?」
楠が闘志を燃やす後輩に軽口をたたく。
「それもありますが、何より守備力では絶対に負けたくないです。ショートに来たら、全部止めて見せる。二遊間と三遊間に来た打球を、一度もヒットにさせるつもりはありません!」
いつか誰かが言ったようなセリフ。小坂は無論知る由もない。
「ゴロかぁ。ライナーでもいいか?」
楠としては、小坂の守備範囲の広さは高校野球屈指と認めている。だが、青道との対戦は初。彼がその打球に対応できるか不安なのだ。
「当然っ!!」
しかし、勝ち気で負けん気の強い小坂はそれくらいの気概がなければ青道には勝てないと考えていた。
「小坂のおかげで守備を計算できるのは大きいよなぁ。やっぱセンターラインが固いと、リードもしやすいし。」
黒羽としても、広範囲をカバーしてくれる二遊間がいることは救いだった。これでセンターラインが固まる。
アウトを計算しやすくなる。
「黒坊は5番打者としての自覚を持ってほしいぞ。」
「そうだぞ。ドロップで見逃し三振。せめてライナーを飛ばそうぜ」
新主将多村、副主将後藤に夏のあれを言われる黒羽。
「ええ。やられっぱなしは嫌ですからね」
「ま、燃えるようなシチュエーションだよな。リベンジのチャンスは選抜。今日はたっぷり見させてもらおう!!」
楠は、夏の大会ではリハビリの最中だった。だからこそ、この因縁の試合に参加したい気持ちが強かった。
打倒光南、打倒青道。東の強豪の意地を見せる必要がある。
しかし、
「けど、楠は連投駄目だから厳しいぞ。今のままだと不安だ。また壊れたら、今度こそアウト。冬は覚悟しておけよ?」
「また壊れたら、スタミナのない二人を無理やり計算しないといけない。頼みますからリタイアは勘弁してください」
主将の多村と黒羽に思い出したくないことを言われる楠。
「えぇ、盛り上がってるこの時期に、嫌なこと思い出させないでくれよ!!」
楠、怪我明けなので、冬は体力づくりが待っている。ボールに触らせてもらえない徹底ぶりだ。
一方の光南。光陵との準決勝を控えている中、
「まじっすか。俺投げる予定は無しと?」
柿崎先発回避。本人も寝耳に水。こちらもエースを温存。
「いや、もうお前の連投はシャレにならん。先発は下手投げの木場で行く」
「そんなぁ~~」
新主将の権藤に先発白紙を伝えられ、落ち込む柿崎。
同級生のアンダースロー木場。希少種といわれる独特の投げ方を誇る彼が強力横浦打線に立ち向かう。
「柿崎だけだと、あんまりにも情けないしなぁ。」
木場も、柿崎だけを投げさせる現状に納得はしていない。予選も不調の柿崎に代わり、重要な試合を任された自負もある。
「まあ、きっくんの実力なら、今の光陵には天敵かもしれないしなぁ」
「きっくん言うなしっ!! お前は俺のライバル! そこまでなれ合うつもりはない!!」
赤面し、柿崎の妙なあだ名に噛み付く木場。秋季大会ではこれがもはや様式美となっていた。
「先輩ッ! 俺たちだっているんですよ!」
「二人だけに任せられないな!」
控えの二人の投手も、二人だけで盛り上がっていることに不満を持っていたようで、「そろそろ混ぜろよ!」といった感じである。
「お前らはもう少し自責点減らせ!!」
「後ろを任せるのはさすがの俺でも怖いなぁ」
「精進が足りんな、岩田、浜中。」
1年生、右のトルネード岩田。
2年生、左のサイドスロー、時々スリークォーターの浜中。
どちらも制球が怪しいが、長所を伸ばしに伸ばして予選を勝ち抜いてきたメンバーでもある。
「けど、あの沢村ってやつは夏に比べて成長速度半端ないな。夏に投げ合った時と比べると、さらにやるようになったみたいだし」
負けてられない、と柿崎は笑う。
「確かに大塚は凄いけど、今更感もあるし、沢村の好投は何か心に来るよな。球持ちの良さは、同じ左腕として凄い参考になる」
浜中としては、出所の見えにくさは参考になると彼のフォームをつぶさに観察していた。そして彼の球種を上回る豊富さ。
――――他校なら文句なしのエース、けど、ライバルがいたから、なんだろうな
絶対的なエースがいることが、好影響となっているのは言うまでもない。柿崎がいるからこそ、柿崎とともに勝ち進むために、鍛えてきた。
青道も、大塚という絶対的な存在が、投手陣にいい刺激を与えているのだろうと、容易に想像できた。
――――ある意味、同じだよな、うちと
「今は水を空けられているけど、俺だってやってやる! 強いやつが勝つとは限らねぇし。けど、会って色々話してみたいなぁ」
そして同年代の岩田は、一年生で甲子園を経験した沢村をライバル視しつつ、彼に多大な興味を隠せないでいた。
そうなのだ。
光南が注目しているのは大塚ではなく、沢村なのだ。
沢村栄純は夏の最後の相手先発であったということもあり、スライダーを克服した彼の力投は、彼らの刺激にもなった。
あの夏の甲子園から、嫌でも時間が過ぎていることを教えてくれる。自分たちだって成長できるんだという気概があふれてくるのだ。
控え投手であり、背番号18だった木場。夏の甲子園ではベンチ外だった浜中と岩田。
3人の控え投手陣は、青道と同じく個性豊かな粒ぞろいだ。
ライバル校が熱視線を送る場面に一旦戻り、青道対白龍。
6回表、沢村が一死から連打を浴びる。
「げっ!」
ラストバッター漆原に浮いたチェンジアップを痛打され、続く九条には横のスライダーを引っ張られ、一二塁間を破られたのだ。
『ほぼ完ぺきな投球を続けていた沢村!! ここで連打を浴びます!』
『まあ、先発投手にとって6回から7回は一つの関門みたいなものですからね』
『ボールも若干高くなりましたし、白龍にもチャンスが十分ありますね』
これで一死一塁三塁のピンチ。この試合初めてのピンチを迎え、打席には2番宮尾。
これまでの打席は、三振、左飛、三振と迎えた4打席目。いずれも外のスライダーに三振を奪われ、外野に飛んだ当たりは速球を運んだもの。
――――ボールから入るぞ、
まずはアウトコースにストレートから様子をうかがう。外のストレートには反応なし。
『この試合初めてのピンチを迎えた沢村、初球はボール!』
続く2球目。
「ストライクっ!!」
アウトコース低めにツーシームが決まり、カウントを奪う沢村。急造のボールだが、ツーシーム弐式に比べると欠点のない球種。ゆえにすぐに使えるボールだった。
――――ここで高速スライダー。
インコースに厳しく投げろとジェスチャーを送る。
外に沈むツーシームを見せた後のインコース付近を狙うスライダー。
――――インコースッ!?
しかし、宮尾がのけ反る刹那、沢村が投げ込んだボールは彼から逃げるように変化し、外目のコースに決まったのだ。
「ストライクツーッ!!」
『腰が引けたか、ツーナッシングっ! あのスライダーは反応できませんか?』
『外のツーシームの軌道を見せられた後ですからね。』
そして追い込まれた宮尾は痛恨の一球に手を出してしまう。
『あっと釣り球!! 手が出た! 三振っ!!』
ここで高めの速球。ボールゾーンに制球された球に手を出してしまった宮尾が凡退。追い込まれた打者の打ち気を誘った、御幸の巧妙なリード。
続く白龍の要、美馬に対しては――――
――――くっ、スライダーッ
最後は力押し。青道バッテリーは、チェンジアップを除くほぼすべての球種を駆使し、空振り三振に打ち取り、このピンチを脱出するのだった。
『空振り三振〜!! スライダーにバット当たりませんでした! スリーアウト!! 二者残塁!! 白龍高校初めてのチャンスでしたが、活かすことができませんでした』
裏の青道の攻撃では、倉持から始まる打順だったが三者凡退。白龍エース王野が意地を見せる。
しかし、沢村は続く7回をピシャリと抑え、白龍にチャンスを作らせない。球数も100球に届かず、許したヒットは3本。与えた四死球なし、10奪三振を奪う力投を見せる。
「7回までいい投球だ。8回からは降谷に準備をさせる。」
「うっす。」
片岡監督にねぎらいの言葉をかけられ、お役御免となる沢村。全国有数の機動力野球を誇る白龍相手に、自慢の機動力を使わせない展開を作った。
それはとても良いことだ。だが、足で揺さぶってくる局面を作らせなかった打線にも感謝していた。
――――ロースコアだったら、ガンガン走ってきたよな
色々なことを瞑想する沢村。だが、考えるのは後だ。
7回裏、青道の攻撃は白洲から。
ネクストバッターサークルに向かう大塚に声をかける沢村。
「決めちまってもいいんだぞ!」
「!! 決められたら最善かな。頑張るよ」
白洲がスライダーを引っ張り、ライト前に運んだ局面。打席に向かう大塚に、今度は前園が声をかける。
「栄治! ワイに全部任せてもええんやで!!」
「ヒーローは譲りません。」
しかし、試合を決める一撃は譲らないと宣言する大塚。そうでなくても、今日の勝因は紛れもなく沢村の好投に尽きる。
――――これ以上負けられないからね。
「おっ、言うたな、大塚!」
しかし、後輩の生意気な言葉に笑顔がはじける前園。どうやら彼が期待していたやり取りだったようだ。
「ふふ、生意気言ってすいません、ゾノ先輩」
ニコッと笑い、大塚は打席に立つ。
そして―――――
『レフトへ~~~!!! 高々と舞い上がった打球は!! アーチを描いてスタンドに飛び込んだぁ~~~!!!!! サヨナラ~~~~!!!』
今日2本目となるサヨナラツーランホームランで試合を決める一撃をお見舞いした大塚。甘く入ったスライダーを今度は引っ張り、レフトスタンドに。
東京代表、青道高校の実力は他校に改めて轟く。
「おいおい、投手だろ、大塚は。なんて打球だよ」
「かくいう沢村も、白龍をほぼ完ぺきに封じてたじゃないか。神宮でも悪くない戦いをしていた白龍相手に、7回無失点だぞ。」
「ああ。大塚と沢村のダブルエース。ここまでタイプが違う実力者がいると、選手起用も楽しそうだよなぁ」
「笑い事じゃないぞ。この投手とこの打線を攻略しないといけないんだからな」
「エース王野だって実力がないわけじゃない。上位打線がこれでもかというほど出塁していたし、主軸の大塚と前園がきっちり返すし、穴が見当たらないぞ」
神宮ですでに敗退したチーム、そして神宮の視察に訪れていたライバルは、青道のチーム状態が確実に上向いていることを思い知らされる。
まるで、エース松若を擁した横浦高校が、春夏連覇を成し遂げた時に匹敵する強さ。投打に隙の無い実力。
東都の王者青道。その言葉に偽りなし。
神宮初制覇まで、あと一勝に迫る。
一方、いまだに練習禁止の沖田道広は暇を持て余していた。
「―――――暇だなぁ」
何の障害もない。何の症状も出ていない。しかし、沖田は3週間の完全な練習禁止を言い渡されていた。練習開始は早くても12月初めからとなるだろう。
完治は11月2日から3週間後の11月23日辺り。医師の診断曰く、「ヘルメットの破損がなければこんなものではない」とくぎを刺されていた。
そして、
「やっぱ傷になるよなぁ」
鏡の前で右目側の額付近の傷が目についた。将来的にあまり目立たなくなるらしいが、それでも少し残念だった。
「まあいいや。練習のせいで勉強の時間も最低限しかできなかったし、今のうちに復習と予習しとこう」
沖田は他にやることもないので勉学に励むことにした。
来るべき解禁日に向けて、沖田は今自分にできることをしておこうと短期的な目標を掲げるのだった。
沖田君は、12月ぐらいに合流します。
大塚、前園は3戦4発。2人はまだ研究されていませんからね…