ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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横浜のシーズンが少しでも長く…



第139話 覚醒の先へ

その様子を見ていたものがいた。

 

 

「――――――っ」

ベンチ前の片岡監督は、大塚の熱い思いに目頭が熱くなっていた。

 

このファインプレーが飛び交うロースコアの死闘。常に厳しい状況で戦ってくれているナインを鼓舞する大塚栄治の姿。

 

これこそ、自分が求めていたエースの姿だった。

 

「――――――」

 

隣にいる今も騒いでいるサウスポーエースの姿に視線を移した。

 

 

この男も、今マウンドにいる男とエース争いを演じ、結果を出してきた。彼に食らいつく姿は、一人の指導者として、一人の野球人としても、

 

 

とても頼もしく、素晴らしいものだと考えていた。

 

 

沢村はエースの座を秋季大会の実績で奪い取った。彼はエースの姿を見せた。

 

 

だが、大塚はこの試合で、本当のエースになろうとしているのではないかと。

 

 

 

 

7回表、球が浮き始めている柿崎相手に大塚が粘る。

 

 

――――我慢だ、我慢をして、絶対に出塁する。

 

 

甘い球以外フェアゾーンに飛ばさない、その覚悟で臨む大塚。

 

 

「ファウルボールッ!!!」

 

しかし、柿崎もそう簡単に甘いコースに投げない。

 

 

『アウトコース153キロッ!!! この終盤7回で自己最速タイをマークします、マウンドのエース柿崎!! しかし食らいつきます、大塚栄治!!』

 

並行カウントから一進一退の攻防。強いストレートをファウルし、低めのフォークを見極める。チェンジアップを一塁線に切れるファウルで粘る。

 

そして12球目。インコースのストレートに詰まらされた大塚。

 

―――絶対に……!

 

ボテボテのゴロ。強引に引っ張った打球はサードに緩く転がっていく。

 

「サードっ!」

 

 

上杉も当然大塚の足の速さは知っている。だからこそ指示を出す際の声が鋭くなる。

 

 

だがそれでも、大塚は全力疾走をしないわけにはいかない。数少ない柿崎を倒すチャンスなのだ。ギアを緩める理由はカケラも存在しない。

 

 

『ああっと、溢した! しかしすぐにとって一塁送球どうかァァ!?』

 

サード清武が痛恨の捕球ミス。すぐにリカバリーし、一塁に殺到する大塚の息の根を止めようと試みる。

 

―――それでもッ!!

 

 

大塚は一塁に近づく送球が目に入っていた。だからこそ、ここで前に出る覚悟が必要だ―――

 

 

「大塚!?」

太田部長が悲鳴に近い声で叫ぶ。投手がやるプレーではない。

 

 

 

夏の悪夢を想起させる光景だった。

 

 

 

しかし彼は―――だからこそ彼は過去を乗り越えるための一歩を踏み出すのだ―――

 

 

土埃が舞い、一塁に倒れこんでいる大塚と、送球を捕球し、塁審に視線が釘付けになる権藤。そして―――

 

 

 

「セーフ!!セーフ!!」

 

 

 

 

一塁塁審は大塚を生かす判定。大きく手を広げた。そして、泥だらけになった彼に手を差し伸べる。

 

「………っ」

 

 

一塁ベースに倒れこんでいる大塚。執念が生んだ出塁。しかし、中々立ち上がれない。

 

 

――――痛っ……慣れないことをするべきではないかも…。

 

 

あの時を思い出し、痛みに似た感覚が蘇る。

 

―――けど、今がその時なんだ…

 

しかし、大塚はまだ健在だ。どこも怪我をしていない。怪我をしている場合ではない。

 

 

 

彼は、この瞬間を噛みしめるように、再び立ち上がる。

 

 

 

「ここからだッ!! この回獲るぞッ!!」 

 

 

大きく塁上で吠え、青道を駆り立てるべく彼は闘志を出し続ける。光南へのプレッシャー、青道への強烈な檄を飛ばしながら。

 

柿崎に、光南に押されていると感じ始めたみんなに、再び自信と強さを取り戻させる為に。

 

 

―――今年の最後を、みんな揃って、笑顔で終えるんだ…ッ!!

 

 

泥だらけの主戦投手は、浮かれることなく次の塁を狙う。

 

「ナイスガッツ、大塚! 」

 

 

 

「終盤で先頭打者の出塁だあ!」

 

 

 

 

 

いいぞ、いいぞ、栄治!

 

 

 

 

 

いいぞ、いいぞ、栄治!

 

 

「大塚が気迫の出塁!!」

 

 

「この回だぞ!! チャンスが来たぞぉぉ!!」

 

ベンチ前で声が飛び交う。大塚の気迫が柿崎への恐れを希薄なものにする。そして、彼の気迫は応援席にも伝わっていくのだ。

 

 

 

 

――――めぐってきたチャンス、ここを無駄にしない為にも!!

 

大塚は大歓声を背に、青道の流れをさらに強固なものにしたいと考えた。

 

 

『気迫のヘッドスライディング!! 記録はサードのエラー! 不運な当たりでしたが、大塚の執念が生んだ出塁です!』

 

『ピッチャーの大塚君が、気迫を見せましたね。先頭打者の出塁は、ロースコアの試合では重要ですから』

 

 

『マウンドの柿崎!! 先頭打者を塁に出してしまいます!!』

 

 

続く6番御幸。相棒役の気迫に目頭が熱くなっていた。

 

なんとかしようとする意気込み。絶対に出塁する強い意志。

 

チームを盛り上げる為に、彼は気迫を見せている。

 

―――お前の気迫、見せてもらったぜ

 

そして今度は御幸がきっちりと仕事をした。

 

「ファースト!!」

上杉が指示を出し、柿崎は一塁へ送球する。

 

『送りバント成功!! この終盤7回に、スコアリングポジションにランナーを置きます、青道高校!!』

 

 

『勝負をかけてきましたよ、青道の片岡監督は。互いの出来を考えれば、一点で十分ですからね』

 

 

 

ここで、単打ならば大塚の足なら生還できる。光南は前進守備。彼の俊足を使い、プレッシャーをかける青道。

 

下位打線だが、失点が負けに直結する試合展開。油断は出来ない。

 

 

バットを持てば皆強打者。麻生も当てたら何かが起きると考えていた。しかし、彼には気がかりなことがあった。

 

 

――――俺に一ミリも期待してねぇだろ!!

 

応援が大塚よりも小さい。そのことを麻生は気にしていたのだ。

 

 

――――俺をォォォ

 

 

 

―――やべっ、少し甘くっ

 

疲労で手元が狂った柿崎。

 

 

「ぐえぇぇぇ!?」

スライダーが抜けて麻生のお尻に直撃。苦悶の表情を浮かべながら、

 

「や、やっぱりかよ~~~~!!」

 

悲しそうな叫び声をあげながら、一塁へと走るのだった。

 

 

 

『さぁ、これで一死一塁二塁!! 8番のサード金丸!!』

 

 

―――あいつが繋いだチャンスなんだ…

 

打席には金丸。リアルタイムで見ているであろう彼に。

 

 

一番戦いたかったであろう彼に勝利を―――

 

 

 

 

 

 

しかし――――

 

 

 

 

 

 

『フォークに泳がされて、6,4,3、ダブルプレー!! ここもしのいだ、ここもしのぐ、王者光南!! 7回表が終わって青道は無得点!! チャンスであと一本が出ません!!』

 

「ここでゲッツーかよ……」

 

「せっかく先頭が出たのに……」

 

「金丸には荷が重いよなあ、やっぱ」

 

ため息に包まれる応援席。失望が広がる。

 

 

しかし、そんな淀んだ空気を感じさせない青道の18番。

 

7回裏の大塚も光南上位打線を三者凡退に抑え込む。試合模様は動いているが、スコアに変動が見られない。

 

ベンチに憂鬱な気持ちで戻る金丸。彼の目の前には彼らがいた。近くにいるはずなのに、遠く感じるその姿。

 

 

 

彼の視線の先にいる、気迫を見せる両雄。その舞台にいることが情けなく思えてしまう。

 

「――――――」

彼は波に乗れない。チャンスを活かせない。

 

―――俺は、あいつらの足しか引っ張ってねぇ…

 

 

情けない男だ。どれだけチームに迷惑をかけた?

 

スタメンに自分はふさわしくないのか。様々な悪循環が金丸を襲う。

 

しかし―――

 

「まだロースコア。下を見るのは早過ぎだぞ、金丸」

 

チャンスで凡退した金丸に最初に駆け寄ったのは、大塚だった。

 

「僕の情けないチャンスメイクだから、かな。神様は劇的に勝つことを望んでいるみたいだ。」

まるであいつのようなことを言う彼の言葉は、折れかけた金丸の心を支え、受け止めて見せた。

 

「大塚……」

 

「ヒーローになるチャンスは、まだ残っているよ」

 

 

エースを目指す彼の闘争心は、チームを燃え上がらせる。

 

他のメンバーがこれを見て何も思わないわけがない。

 

 

 

8回表、ラストバッターの倉持が打席に向かう前、

 

「倉持」

ここで片岡監督からある指示が送られる。そのやり取りは当然光南も見ている。

 

 

 

――――何が何だか知らないが、簡単にはさせねぇ!!

 

 

――――セーフティ? ヒッティング? 

 

柿崎は無鉄砲に、上杉はどんな指示があったのかを思案する。

 

ゆえに、初球のストレートが浮いた。体力もこの試合で相当消耗されている。だが、まだまだスピードは落ちない。

 

 

 

柿崎は疲れで球が浮き始めていた。ボール先攻になれば必ずゾーンで速い球とスライダーでカウントを稼いでくる。

 

 

 

――――甘く入ってきたスライダーを、

 

 

『引っ張ったぁぁぁ!!! 一二塁間抜ける!!!』

 

 

――――迷わず引っ張れ

 

 

片岡監督は、厳しいコースは捨てろと倉持に指示をしたのだ。

 

下位打線から始まる攻撃。疲れが見える柿崎。無謀な試みではない。

 

 

―――後輩ばかりに、背負わせるばかりじゃねぇぞ!

 

先頭の俊足倉持が塁に出た。終盤での俊足のランナー。これほど貴重なものはない。

 

さらに、この大舞台でマルチヒット。

 

彼にも駆り立てるものが、

 

 

譲れない思いがある。

 

 

 

 

 

『送りバント成功!! 1番東条が送ってスコアリングポジションにランナーを置きました!』

 

続く小湊もしぶとく粘り、

 

『あっと、ストレート浮いた!! フォアボールッ!! これでさらにチャンスが拡大します!!』

 

 

―――大塚君の闘志が、みんなの後押しが! 僕らを駆り立てるんだ!

 

 

 

ここで、光南が守備のタイムを取った。内野に集まる光南の選手たち。

 

しかし、苦しいはずの柿崎は、まだまだ笑顔だった。上杉がポンポンと両手でたたき、何かを叫んだ瞬間に内野手たちが一斉に散った。

 

 

マウンドの柿崎は、ナインの笑顔に救われていた。

 

 

――――エースに、心行くまで楽しめとか、お前ら人間出来過ぎだぜ。

 

 

この勝負を託してくれた。自分が欲しい言葉を、行動を許してくれた。

 

 

――――応えてぇんだ、あいつらの応援に! あいつらの期待に!

 

 

柿崎は扉を開ける。さらなる先へ。大塚の一歩先を行く。

 

 

 

――――俺は、その為にここにいるんだ!!

 

 

だからこそ、リミッターを引き千切る。ここまでやってきた最大のライバルに全力を、そしてそれ以上のリスペクトを。

 

 

 

 

だからこそ彼は、彼の信念を、そのプライドを見せつける義務がある。

 

 

 

 

 

 

――――俺が、光南のエースだッ!!

 

 

 

譲れない。それは勝ち取るものだ。エースは熱い闘志を胸に秘め、力を振り絞る。

 

 

 

 

『さぁ、このピンチも凌げるか、マウンドの柿崎!! 注目の初球!!』

 

 

 

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!!

 

 

轟音が、白州の体を震わせる。

 

 

「ストライィィィィクッ!!」

 

 

 

柿崎の全力投球がこの終盤で炸裂。審判は身動きしない白洲をしり目に、コールを行った。

 

 

剛球を投げ込まれた白洲は、そのマウンドの柿崎から目を逸らすことが出来なかった。

 

 

 

そのストレートは、白州から熱を完全に奪い去り、高まりつつあった闘志を叩き潰すほどの一球。

 

 

彼が今まで見たことがないストレート。

 

 

 

――――この終盤で、まだこんな力が残っているのか!?

 

 

末恐ろしかった。

 

 

今この時でさえ進化を続ける琉球のエース。あの夏の悪夢を思い出させる元凶。忘れかけていた記憶を引っ張り出された彼は、今になって思い知る。

 

 

目の前のサウスポーは、やはり高校史上最強の左腕投手なのだと。

 

―――化け物め……ッ!

 

 

白州は忌々しい眼で、肩で息をし始めている柿崎を睨む。

 

 

そして、その白洲を圧倒したボールは、球場全体を驚かせることになる。

 

 

 

 

そう――――

 

 

彼の一球に、神宮が湧いたのだ。

 

 

 

『お! おおぉぉぉ!? お聞きいただけますでしょうか!! この歓声を!!』

 

 

 

154㎞

 

 

 

 

単純な数字が、人々を熱狂させる。

 

 

 

神宮球場の電光掲示板には、154キロと表示されていたのだ。

 

 

『旧高校最速154キロ!! ここで叩き出してきました!!! この試合終盤で、なんという……なんという男なんだ、柿崎則春!!』

 

 

 

『まだ上がるのか、この神宮大会で153を出したばかりなのに。ここでまだ上げてくるのか……』

 

 

『どよめきが収まりません!!! さぁ第2球、空振りぃぃ!! 154キロ!!』

 

白洲のバットがかすりもしない。これだ、これが夏で見せた柿崎則春の底力。

 

 

粘り強く、ピンチになればなるほどギアをあげてくる投球スタイル。

 

 

 

 

――――凄いな、あの人は

 

ベンチで座っていた大塚は、そう思わずにはいられない。

 

『ストレートォォォ!!! 三球三振~~~!!!! 白洲、バットに当てることができませんでした!! 最後も154キロ!!』

 

 

白州が悔しそうな顔で打席から締め出された。

 

 

 

そしてツーアウトで、前園を迎えるのだが、

 

『初球落としてきたぁぁ!! 空振りっ!! この局面で落としてきました!! 光南バッテリー!!』

 

 

初球フォークで振らせに来た柿崎。前園のバットが止まらなかった。

 

 

続く2球目

 

――――ここで、変化球なんか………

 

外角に決まったカーブを見て、前園は狙い球を全く読めなくなった。

 

 

 

『外角にカーブ!! ここは冷静に変化球で追い込んだ光南バッテリー!! ピンチでの集中力は、尋常ではありません!!』

 

さすがに、ここで真っすぐを投げてくるのではないか。

 

一つアウトコースに見せたストレート。これも150キロ。一球も甘い球は来ない。

 

前園も、2ストライクと変化球でカウントを奪われているので、フォークを警戒しないわけがなかった。

 

 

そして―――――

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!!

 

 

アウトコースにエースの貫禄を感じさせる、最高のストレートがやってきたのだ。

 

全力全開。柿崎のフルスロットルに、前園は圧倒され、何も出来なかった。

 

「――――――」

天を仰ぐ前園。アウトコース低めに決まったストレートにバットが出なかった。

 

 

『アウトコース見逃し三振~~!!!!! 最後も154キロ!!』

 

 

「しゃぁあぁぁっぁあ!!!!!」

 

マウンドで大きく吠えた柿崎。最後はストレート。変化球を散らせて、ストレートを見せ球に。そして迷わずアウトコースのストレートでとどめを刺した。

 

 

エースに勝利を、光南に勝利を。

 

 

8回裏に光南のチャンスが巡ってくる。

 

打席には4番権藤豊。

 

その初球に魔物が青道に襲い掛かる。

 

『初球打ち!! ふらふらっと上がった打球!!』

 

打球はまだ押し負けているが、振り切った分外野に飛んでいた。

 

 

ライト方向に落ちてくるであろう打球に、東条がチャージをかける。

 

――――追いつける!!

 

 

しかし―――――

 

 

「あっ!」

 

『ああっと!! 捕れないぃぃ!!!! ボールを捕れなかった!! それを見た権藤は一気に二塁へ!!! 記録はヒット!!』

 

東条の無茶なチャージが裏目になり、シングルヒットの当たりが二塁打になってしまう。

 

 

目まぐるしく変わるこの試合の流れ。しかし、当然大塚もスイッチが入る場面だ。

 

 

『さぁ、打席には第2打席にチーム初ヒット放っている5番岡田!! 先に失点するわけにはいかない大塚! ここを乗り切れるのか?』

 

 

ここで青道も守備のタイムを取る。

 

「不運な当たりも多いですけど、まだ集中は切れていませんよ」

大塚はやや疲れているが、それでも追い込まれてる感じがしない。

 

投手交代は有り得ない。

 

 

 

「―――うん。シフトの確認だけ。内野、外野ともに前進守備。」

伝令には降谷。自ら志願したそうだ。

 

その他細かい確認を終えた後、

 

降谷が大塚に向き直る。

 

「―――――投げたかったけど、僕の実力では届かない。だから、一番すごい投手の君に、全部任せる。この試合の余韻も、完投も」

 

 

「――――――ああ。ベンチで見ていてくれ。勝つよ、必ず」

 

大塚は、思わぬ降谷の激励に驚きつつも、その言葉に奮い立った。

 

 

内野陣が戻り、降谷もベンチに下がった。残るは御幸と大塚だけ。

 

 

「――――――縦のフォーム。ここで試すか?」

唐突な御幸の言葉が、大塚の胸を熱くさせる。

 

 

「―――――腹をくくりましょう。自分の今出来るすべてを、僕は全力で出しますよ」

不敵に微笑む大塚。縦フォームの解禁。そして拳を突き出す大塚は、投げたくてうずうずしている。

 

自分の全力を出し切れる瞬間を待ちわびている。

 

 

「――――なら俺は、全力で受け止めてやるさ。なんたって、俺はキャッチャーだからな」

大塚の拳に、同じよう自分の拳を突き出す御幸。

 

 

二人の力を出し合い、二人の意見を出し合ってこそ、

 

 

その果ての答えを出すことに意味がある―――――

 

 

 

「この逆境を、変えてやろうぜ」

 

 

 

 

それこそが、彼らの目指すべき姿なのだから。

 

 

 

 

 

 

遠目から見ていた前園は、この窮地でも堂々としている二人の姿を見て、心強さを感じていた。

 

 

「敵わんなぁ、ホンマに」

窮地であそこまで笑うことのできる奴らは、そうはいない。

 

二人で支え合っているからこそ、簡単には崩れない。そして、自分たちを信じているからこそ、揺らがない。

 

 

――――見せつけてやれ、お前ら。

 

 

 

 

内野から声が出る。大塚を後押しする声。だが、彼はしっかりと自分の足でマウンドに立っていた。

 

 

 

 

――――今はまだ、エースじゃない。

 

 

背番号18が、今の立場を教えてくれる。だが、その振る舞いを目指してもいいじゃないか。

 

 

ベンチで大塚とチームメイトの岡田の勝負を見守る柿崎の姿がある。

 

 

――――憧れてもいいじゃないか

 

 

その遠い背中を追い越したい。なりたい自分に、なるために。

 

 

――――今、僕は野球を楽しんでいる。

 

 

 

この試合で投げて、わくわくしている。この大舞台で、自分が追い越したい相手と、投げ合っている。

 

 

『さぁ、一死二塁で5番岡田との勝負、その第一球!!』

 

 

ここで、大塚の本当の奥の手がさく裂する。

 

 

岡田からは、それはストレートにしか見えなかった。

 

 

――――ボールが消えた!?

 

スイングした瞬間に虚空をきる感覚。真っすぐだったはず。しかし掠ることもできなかった。

 

「ストライクっ!!!」

 

 

『初球145キロ!! 今、ものすごい変化をしましたよ!? 今の球は何ですか!?』

 

 

『縦に鋭く落ちたので、SFFですか? うーん、なんだ今のは』

 

 

――――今のは変化球。だが、まだ1ストライク。

 

いったいどういう変化球なのかはわからない。終盤でこのタイミングで出してきた意図は分からない。データが少なすぎる。

 

 

続く2球目、

 

 

唸りを上げるストレートが高めに伸びてきた。

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!!

 

 

轟音。腹の底を震わせるような爆音が、球場に響いた。

 

「っ」

思わず苦悶の表情を浮かべる御幸。だが、ブレない。そのミットだけはブレない。

 

 

154㎞

 

 

高みへと登っていく柿崎に―――

 

 

 

『真っすぐ154キロォォォ!? 神宮球場の球速表示には、そのスピードが表示されています!! ここで柿崎に並んだ大塚!! とんでもないことが起きています!!』

 

 

 

待ったをかける大塚。主役の座は譲らない。

 

 

 

どよめく神宮球場。

 

 

打席の岡田は振ることができない。150キロから160キロのストレートがミットに到達する時間はおよそ、0,45秒から0,41秒台ぐらいだ。

 

 

しかし、球持ちの良い大塚の腕から放たれるストレートは、体感ではそれよりも速いだろう。

 

そして、柿崎にはない長身から投げ下ろすスタイルは、その効果を倍増させるだろう。

 

 

――――ぼ、ボールを、捉え切れない

 

目で追うことが難しい。岡田はここで初めて大塚栄治の力に怯えを見せた。

 

 

二塁ベースでその様子を眺めていた権藤は、

 

「―――――近づいたと思っていた」

今日は大塚に対し、3打数1安打、1三振。3打席目でフェアゾーンに落とせた。だからもし、4打席目が来たら打ち砕く自信があった。無論、SFFをコースに決められたら厳しいかもしれないが、決して届かない場所ではないと考えていたのだ。

 

 

 

ネクストバッターサークルの扇の要も、

 

「―――――俺たち、とんでもない化け物を目覚めさせてしまったかも」

上杉は、大塚の豹変に顔が引き攣っていた。

 

 

轟音とともに、ボールが到達する。低め一杯に決まった”変化球らしきボール”に手を出すことができなかった岡田。

 

――――高めから縦に落ちてきた? なんだよこれ、これ、予選の時に一球も投げてないだろ!?

 

高めのボールゾーンから、低めに決まる大きな変化球。カーブというには、回転量が桁外れに多く、スピードもある。

 

 

これもスライダーなのだろうか、と岡田は操られたかのように打席から退散する。

 

 

『三球三振、見逃し三振!!! 光南をこの終盤で圧倒しています、マウンドの大塚!!』

 

 

マウンドに威風堂々と立つ背番号18が、全てを掴もうと進撃する。

 

そのすべてに対して、彼は歩みを止めない。

 

 

続く上杉も、1ボール2ストライクからの4球目

 

 

『空振り三振!!! ストレートにボールが当たりません!!  最後も152キロ!! さらにギアチェンジした大塚のボールに、まだ光南のバッターは当てることができていません!!』

 

 

「―――――掠ることすら許さないとか、何の冗談だよ」

乾いた笑みしか出てこない上杉。

 

 

『これでツーアウト!! 連続三振でツーアウト!! 打席には6番中丸!!』

 

 

ここまで追い込んでからはすべてストレート。

 

ストレート3球で追い込んだ大塚。まだ掠らない。まだ当てることができない。

 

 

――――ここでアレ、お願いします。

 

 

――――本当に痺れるねぇ

 

 

 

『ああっと御幸捕れない!! ボールを見失っている!! 』

 

 

しかし、そのボールの変化に衝撃を受けていた権藤は、ここで棒立ち。進塁できるかは怪しかったが、二塁にくぎ付け。

 

振り逃げを狙った中丸は、一塁に到達。

 

『振り逃げで出塁した中丸!! これでツーアウトながら一塁二塁のチャンス!!』

 

 

『しかし、あのボールを前に弾き返すのは難しいでしょうね。ちょっと高校野球の常識からはみ出していますよ』

 

『はみ出しているどころではないと思います』

 

ここで痛恨の振り逃げ。三振したランナーを塁に出してしまうことは致命的なはずなのに、青道に纏わりつく不安がかき消されていた。

 

 

俺たちのエースは負けないと。

 

 

マウンドに駆け寄る御幸だが、

 

「もう真っすぐ一本でいいですか?」

 

「カーブも投げたいだろ?」

 

「振り逃げですよ、振り逃げ……」

 

「くっそぉ、言ってろ! 冬が明けたら完全捕球してやるからな!!」

 

圧迫するような空気はもうなかった。

 

 

 

 

7番金子が打席に立つのだが、

 

――――どうやって打つんだよこの化け物

 

最後まで不安を抱えたまま、

 

『落ちる球、空振り三振~~~!!! ピンチでしたが、ギアチェンジの大塚!! 1イニング4つの三振を奪って見せました!!』

 

『3つだけでよかったんですけどね。大塚君は本当に欲張りですねぇ』

 

 

 

マウンドから降りる大塚。青道応援席からは大歓声。

 

「てめぇ! 4つ三振奪うとか、おかしいだろ!!」

 

「すごいよ!! これが巷でいうギアチェンジ!? うん、そういう感じ!? マジですごいよ、大塚!!」

 

「鳥肌が立っちゃった。」

 

「俺たちのエースは負けない!!」

 

「けど得点がないから勝てないぞ!!」

 

「だったらこの回死んでも取れ!! 大塚を援護しろ!!」

 

 

おォォォォォ

 

 

両雄譲らず。

 

ついにロースコアのまま、最終回を迎えることになる。

 

 

 

 

そしてその時、大塚にかつてない変化が舞い降りていた事に、誰も気がつかない。

 

 

今まで感じたことがない感覚。まるで中学生の時を思い出したかのようだ。

 

――――体が、こんなに疲れているのに…

 

 

どこまでも集中が高まる感覚。良いイメージしか湧かない不可思議な状態が続き、身体が嘘のように軽い。

 

 

――――今まで出来なかった事が、出来るかもしれない

 

先頭打者として、打席に向かう大塚。

 

 

――――どんなモノも、見通せる気がする。

 

 

目で見えるもの全てが、鮮明に見えてきた。

 

 

誰よりも高く、誰よりも深く、彼はその先を進む。

 

 

 

その先の景色は、彼の瞳に何を映すか。

 

 




何か出てはいけないモノが…頭から出ていそうな大塚。
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