ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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剥き出しの感情丸出し!

ついに明川戦決着です!


第35話 執念

その一球で、球場はどよめいた。

 

「何だ今の球!」

 

「今までと違うぞ?!」

 

「どうなっているんだ!?」

 

スタンドは明らかに色めき立っていた。偵察に訪れていた他校の生徒たちも、大塚の変貌に驚いていた。声が出ていた明川ベンチが唖然としていた。

 

そして、この本格派の投球を目の当たりにした彼らは知るのだ。

 

――――今までは本気ではなかったのかよ。

 

そう、大塚にはもう一段階どころではなく――――

 

本来の投球を選択した彼の前に、明川学園がつけ入る隙などない、と言い切るかのように、大塚は打者を制圧する。

 

 

ズバァァァンッ!!!!

 

続く144キロのストレートにも空振り。最後も―――

 

ズバァァァァンっ!!!

 

「くっそぉぉぉ!!!」

悔しそうにうめく明川のバッター。アウトハイのストライクコース。

 

圧倒的な力の差、才能の差が、努力の差が、この打者をオールストレートでねじ伏せたのだ。

 

 

144キロのストレートにかすりもせず、三球三振。大塚は、打線に期待するのではなく、自分の投球で、相手を瓦解させることにした。そのための、投球。

 

勝利への布石。

 

 

「…………とうとう姿を現したか、剛腕ルーキー」

楊も大塚が実力を隠していたという事は解っていた。だが、1年生でこれだけ速い投手はそうはいない。自分と比べて、圧倒的な総合力と力の差を見せつける大塚に、初めて彼は冷や汗を流す。

 

 

続く打者も、

 

フワッ、ククッ!!

 

「なっ!」ブゥゥゥンッ!!

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

今度はチェンジアップ。それも、打者の前で、急激に球速を落とす、チェンジアップの中でも最高位クラスといわれるパラシュートチェンジ。

 

「さらに緩急か………っ!!」

制球力は球威を上げても衰えない。むしろ、球威が増した分、手が付けられない。この終盤に来て、明川学園の打者が、大塚のボールに当てることすら難しくなってきた。

 

投手戦という試合展開が、自分たちの思惑通りだと考えてきた彼らにとってみれば、楊舜臣が抑えていなければ、ワンサイドゲームになっていたという事を思い知らされる。

 

「春の地区大会で見せていない決め球…………」

 

「何だ今の変化球…………」

 

次々と明るみに出る変化球。その精度の高さに、観客は唖然とする。そして大塚は、明川のムードを全力で消しに来ていた。

 

最後の打者も、

 

ズバァァッァンッ!!!

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

アウトコース一杯の145キロストレートで見逃し三振。バットすら出なかった。

 

 

そして6回裏、唯一のヒットを放っている大塚。彼も精通しているフォームチェンジ。理屈を解っているからこそ、どこで我慢が出来ないのかを解っていた。

 

――――調子づかせるわけにはいかない。この打者を打ち取る!

 

楊は、本腰を入れてきた大塚をねじ伏せるために、覚悟を決める。この回が次の分岐点。

 

――――俺が先頭で出れば、流れはうちに来るっ!! 何が何でも、出塁する!!

 

自分が流れを呼び寄せるのだと、強い決意で打席に入る大塚。

 

「ファウルっ!!」

初球ストレートに手を出した大塚。

 

――――だいぶ手元で伸びている。スピードガンは見ない方がいいかも。

 

スピードガンが当てにならない体感速度。それは縦の鋭い変化を強く意識しているためだ。

 

「ボールっ!!」

 

―――そしてここで外に外れるスライダー、か。

 

俗にいう縦のスライダー。低目に外れて1ボール1ストライク。横スラの他に、縦すら隠し持っていた楊舜臣。まさにそこがしれない。そして、彼は考えた。

 

――――このカウント、楊の自信のある球は――――

 

「ボールツー!!!」

 

ここでフォークを見切られた楊は、少し衝撃を覚える。

 

――――見切られた? いや、配球で読んできたのか?

 

楊はひたすらに愚直な投手だ。打者を打ち取る為に、最も効率のいい、最も打者をねじ伏せる選択を取る。

 

その愚直な性格が、この恐るべき制球力を彼に授けた。

 

「ファウルっ!!!」

 

――――ヒット狙いで攻略できる相手じゃない。何が何でも出塁する。

 

低めのスライダーに手が出てしまった大塚。ここで続けざまの変化球攻め。平行カウント。

 

「ファウルっ!!!」

 

続くボールは高めのストレート。ボール球にまた手を出してしまった大塚。

 

―――よしっ!! これでストレートを意識させられた。フォークで打ち取るぞ!!

 

関口のサインに頷く楊。

 

――――愚直な性格が見て取れる。本当に彼は凄い努力家で、投手だ。

 

大塚は、予想ではなく、彼をそのように断定した。この配球で、彼が何を選んでくるのかが分かった。

 

「ボールっ!!!」

 

マウンドの楊は、またしてもフォークを見切られたことに驚いていた。

 

――――ならば、ストレート。あのコースならば―――

 

 

外寄りに構える関口。それは、この試合で小湊の打撃を狂わせたアウトコースのボール。

 

 

――――低目は捨てる。たぶん、ここで俺を歩かせても次を打ち取ればいい。そう思っているはず。となるとフォークの連投か?

 

 

そして勝負の7球目。

 

ズバァァァァンッッッ!!!!!

 

「!?(しまった……ッ!)」

思わず顔をしかめる大塚。そのコースは小湊先輩の打撃を狂わせたアウトコースのゾーン。そして審判は悉くストライクの判定を下していた。

 

――――これで―――!!

 

 

「ボール、フォア!」

 

しかし、彼らが思い描いていた現実は永遠に来なかった。

 

「!!!」

 

「!!!!」

 

やられたと考えていた大塚。やったと思っていた楊。ここで、審判はゾーンを変えたのだ。いや、今度はよく見たというべきか。

 

――――けど、これで出塁。次は―――

 

大塚は片岡監督の方を見る。

 

 

「タイム!! 代打!」

ここで片岡監督動く、代打に東条を起用。

 

「落ち着けよ、東条。」

 

――――東条にとって、初見なら絶対―――

 

 

 

―――まさかこんな大事な場面で代打!? 落ち着け、後続を打ち取ればいいだけだ。

 

「東条、お前なら打てるぞ!!」

一塁ベース上で、大塚が鼓舞する。

 

―――初球フォークでカウントを稼ぐ。手短に終わらせるぞ

 

だが、東条はベンチで彼の決め球を何度も意識していた。大塚が嫌な形で四球。手早く抑えるために、最も自信のある球で、翻弄しに来ると解っていた。

 

 

ククッ! 

 

カキィィンッ!!

 

「なっ! (片手一本だと!?)」

低目のボールゾーンの変化球に手が出た。それまでは理解できる。だが、それを片手一本で掬い上げたのだ。

 

ポテンっ、

 

「おっしゃぁぁ!!! ライトへのヒット!!」

 

「しゃあ!!」

塁上でガッツポーズの東条。沖田の打席を見ていた彼は、如何に試合展開を読み、配球を読むかを学んでいた。沖田も、楊舜臣の喉元まで迫っていた。

 

――――配球を読むのって、すごい楽しいな。

 

何はともあれ、これで無死一塁二塁。初めての連打、ではないが、続けての出塁。この回が勝負の山場であることは、両チーム解っていた。

 

「いいぞ、東条!!!!」

3番の悪球打ちを見抜いていたが、出番の少なかった東条の低めの掬い上げる技術までは、調べ上げることが出来なかった。

 

 

「東条と大塚が連続で出たぞ!!」

 

「東条!! ナイスバッチ!!!」

 

「この回で決めるぞ!!!」

 

大塚の出塁、東条のヒット。これで息を吹き返した青道スタンド。この試合初めてのチャンス。

 

 

無死一塁二塁。ここで9番白洲。

 

サインは言うまでもなく、

 

コンっ

 

 

「ファーストっ!!!」

捕手の声通りに、ファーストへと送球。これで一死二塁三塁。

 

「タイム!! 代打!!」

 

ここに来ての片岡監督の代打攻勢。倉持に代え、ここで小湊春市。

 

―――木製のバット………こいつ………警戒すべきだな………

 

楊は直感でこの打者が只者ではないことを悟る。そして、バットを短く持ち、インコースを打つにはもってこいのフォーム。

 

―――誘っているのか? それとも………これは…………

 

―――楊?

 

関口が楊の迷いに戸惑う。これまではすぐに配球を考えていたが、ここにきて楊に迷いが生じていた。明らかに誘いを狙っているこの小柄な打者。日本らしい、弱点を突く小技の出来る選手。

 

―――― 一死、二塁三塁。スクイズもある場面。迂闊には投げられない。一球ウエストするぞ。

 

「ボールっ!!」

 

一球ウエストする楊、関口のバッテリー。

 

「(誘いには応じないか………でもこれで、次は入れてくるかも………)」

 

カっ!

 

「ファウルっ!」

木製独特の打球音。小湊は何とかストレートに当てるが、上級生と同様、タイミングを狂わされた。

 

―――これが楊投手のフォームチェンジ………一筋縄ではいかないね………

 

次はどこに来るかを思案した瞬間。

 

ククッ、

 

丹波のような、向かってくるカーブに思わず仰け反らされた小湊。

 

「ストライクツーっ!!」

 

――――くっ………追い込まれた…………これでもう兄貴と同様、クサイところはカットするしか………それにあのカーブを見せられたら………

 

「勇気を見せろッ、小湊っ!!!」

 

そこでスタンドからの狩場の声。小湊はハッとした。

 

―――負けたら終わりの高校野球に次はない。

 

監督の言葉が重くのしかかる。

 

「タイムお願いします!!」

慌てて間を取った小湊。その短い時間が、とても長く見えた。

 

―――あの時、狩場君は丹波先輩のカーブを恐れずに、気持ちでタイムリーを打った。当たるかもしれない恐怖に打ち勝って、決勝点を叩き出したんだ。

 

何が何でも打つという気迫。それが自分と上級生の違いだった。頭では分かっていたのに、それを肌で初めて感じ、体現できそうな気がした。

 

 

――――打つ……必ず………っ!!

 

小湊の目に力が宿る。

 

――――カーブを見せた、これで…………いや違う、まったく先程のカーブを恐れていない。死球が怖くないのか?

 

楊は目に力が宿っている小湊を見て、彼の心の変化を読み取った。あの目は怯えていない。

 

かっ!!

 

「ファウルっ!!」

 

そしてストレートに食らいつく春市。デットボールで出塁しても、次は自分の兄。

 

―――この流れは渡さない。兄貴と一緒に、甲子園に!!

 

 

―――アウトコースのフォーク。これで―――

 

 

楊が振り被り、小湊はバットを構える。

 

―――終わりだッ!!!

 

正確無比なコントロール。この局面でも制球力に微塵の狂いもない。だが、

 

―――フォーク!?

 

カッ!

 

「ファウルっ!!!」

 

―――まだ粘るか…………ッ!!

 

楊はこの異様なしぶとさに、あの四番よりも手強いと感じた。確かに一発はない。だが、ここまで粘られたのは、この試合では初めて。

 

「ハァ………ハァ…………」

高すぎる集中力を維持し続けるのは難しい。だが、それでもこの打席だけはと、春市は無理やり持続させる。

 

 

――――インハイのストレート。木製のバットごと、圧し折るッ!

 

 

―――来るなら来い!! 絶対に打ち返す!!

 

ゴゴゴゴゴゴゴッ!

 

この日最高のボールが、関口のミットへと進む。この時でさえ、まだまだ制球力は衰えない。

 

―――――!!

 

それはコンマの世界。春市は自分のバットが折れかかっている感覚を感じ取っていた。

 

―――それでもっ!!

 

カッ!!!

 

「なっ!!」

 

打球は右中間へ。浅く守っていた外野の壁を――――

 

パシッ!!

 

しかしここで、回り込んで捕ったライトのファインプレーで、ヒットにならない。しかしこれを見た大塚がタッチアップ。

 

「バックホームっ!!」

そして春市の打球もそれほど深くはない。このタッチアップは博打に近い。

 

―――なっ!

 

大塚が物凄い勢いでホームに突っ込んでいた。その表情からは鬼気迫る何かを感じ取っていた楊。バックホームのカバーにはいる際、彼の走っている姿を見ていた楊は

 

――――際どいタイミングだ。止めてくれ、関口っ!!

 

 

 

ストライク送球が関口のキャッチャーミットへと届き、後は大塚へとタッチをするだけ。

 

―――暴走…………アウトだッ!!

 

タイミング的にはアウトに近いようにも見えた。だが、向かってくるミットを目前に、大塚は全速力の状態で無理に体を捻り、体を地面にたたきつけながら回転させ、そのタッチを躱し、

 

 

フッ、

 

彼の右腕が、ホームベースを触ったのだ。

 

「なっ………(なんて奴だ………あんなスライディング。利き腕を差し出した………ッ)」

下手をすれば、怪我の可能性もある危険なプレイ。それを躊躇わずにやってのけた大塚。

 

「ハァ、ハァ…………これで、先制か………?」

息を乱しながらも、大塚はベンチへと帰る。一瞬目を伏せた大塚だが、それを気にするそぶりもない。そしてその背中を見るしかない楊。

 

その瞬間、スタンドが湧いた。

 

「先制っ!! ついに均衡が破れたぞ!!」

 

「投手なのに、なんて奴だ! あんなスライディング、プロでも見ないぞ………!」

 

「春市君がやってのけたわ!!」

 

「それに大塚君も凄いスライディングでした!!!」

 

「ここで一気にたたみかけるぞ!!!」

 

「ナイスバッティング、小湊!! ナイスラン、大塚!!!」

 

ようやく欲しかった欲しかった先制点。青道は苦しみながら、この6回裏のワンチャンスをものにした。

 

兄の激走に、興奮する裕作。

 

「やったァァァ!! 兄ちゃんがやった!! 凄いよ母さん!!」

自分の事のように喜んでいる裕作。そして、

 

「うん!! うん!! 帰ったら美味しいものを作ってあげないとね。けど、後で注意ね。あんな危ないことは見てられないわ」

満面の笑みで息子の得点を喜ぶ綾子。しかし、怪我に繋がるプレイなので、しっかり試合後に叱ってやろうと決意する模様。

 

「大丈夫なのかしら、確か大塚君、右手が利き腕よね?」

沖田の母親が心配そうに大塚の様子をうかがう。大塚が怪我をした事情を知るだけに、また怪我をしてほしくないのだ。

 

「そうね。後で病院に行かせるべきかしら?」

 

 

「(マジかよ、姉だと思ったら、母親なのかよ!? というか、大塚の母親って、どっかで見たことがある気がする。)」

金丸は東条が昔何か喚いていたような記憶があり、その時に彼女に似た女性を見たことがあることを思いだした。しかし思い出せない。

 

「(どっかで見たことがある気がするんだよなぁ、あの人)」

狩場も、腑に落ちないといった顔だった。なので二人は東条に後で問いただそうと決意する。

 

しかし、初得点、先制の喜びもつかの間。

 

ズバァァァァンっ!!!

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!!」

 

続く小湊亮介は三振。未だ闘志の衰えない楊は、この回を1失点に抑えた。

 

 

「…………8回までだ。行けるな、大塚?」

 

「…………何なら、9回まで行きますけど?」

 

 

「そうか…………」

 

7回表も止まらない大塚。技巧派の仮面をかなぐり捨てた彼の前に歯が立たない。

 

ズバァァァンッ!!!

 

「ストラックアウトっ!!!」

 

二球目のパラシュートチェンジを意識し過ぎた4番白鳥は続く高めの真直ぐに手が出てしまった。

 

「まだだ!!」

楊との対決。初打席こそ痛打を浴びたが、第2打席はきっちり内野ゴロに打ち取っている。この第3打席はどうか。

 

 

「ファウルっ!!!」

いきなり初球のストレートに合わせてきた楊。まさか初見で当てられるとは思っていなかった大塚は、笑みをこぼす。

 

―――凄いな………この人…………

 

続く第2球。

 

カキィィィンっ!!!!

 

「ファウルっ!!」

 

そして今の球速も146キロを計測した。だが楊も、振り負けていない。

 

ククッ、フワッ!

 

「ぐっ!?」

 

パラシュートチェンジにバットが止まる。ここまで来たらもはや意地である。

 

―――おいおい、打者としても怪物か? 

 

 

―――危なかった。頭に入れてなければ、もっと力を入れ、三振していた。

 

楊もパラシュートチェンジは頭に入っていた。だからこそ、バットを止めることが出来た。

 

 

その後もストレートに食らいつき、大塚に対して負けていない楊。

 

―――すごい勝負だ………

 

この回からショートの守備位置にいる楠木も、内野から彼らの勝負を見ていた。

 

カァァァンっ!!

 

「ファウルっ!!!」

 

その後も彼は大塚のボールに食らいつき、これでもう8球目。2ボール2ストライク。

 

――――なんて奴だ…………ここでもう一回パラシュートチェンジだ!

 

「ボール!!」

 

しかしバットが出ない。御幸には、今何を投げても食らいつかれるような錯覚を起こしていた。

 

―――あれを投げましょう。もうあれをするしかない

 

大塚のサインに、思わず御幸は監督の方を見た。

 

―――構わん。ここで出塁を許せば、流れが変わる。

 

 

―――勝負球…………ッ!

 

楊もそのバッテリーを様子から、決め球が来ると察した。だからこそ、その目の鋭さも一段と強くなる。

 

そしてノーワインドアップからの10球目。

 

―――ストレート!! これでっ………!?

 

捉えたと思った瞬間、視界からボールが消えたのだ。

 

ストンッ!!

 

「ストライィィィクッ!!! バッターアウトっ!!!!」

 

――――最後はSFF………俺のあこがれた投手の息子は、親に似るのか…………

 

楊にとっては思い入れのあるSFF。だが、彼は和正のように、スピードと落差を両立できなかった。打たせて取る、その為の球種にしかならなかった。

 

しかし大塚の最後の球。それは自分が憧れていたSFFと同じような軌道だった。

 

 

――――これが、大塚栄治か…………

 

勝負に負けたというのに、楊の心中は酷く晴れやかだった。

 

 

そして7回の裏、二死。打者は沖田。

 

――――最初は驚いたが、彼には大塚程の球威もない。当たれば飛ぶ。

 

カキィィィンッッ!!

 

「ファウル!!」

鋭い打球が切れてファウル。沖田は表情を崩さず、打席に入り直す。

 

「――――こいつ」

楊舜臣も、この打者だけは格が違うと感じていた。自分に対して、追い込まれた感情すら抱いていない。

 

――――ここはスライダー。一球外に

 

「ボール!!」

 

ストライクゾーンすら見切られているが、今のは外したボール。通常の投手ならばいいコースにいった場面。それでも沖田は動かなかった。

 

―――――歩かせるか、それとも―――

 

沖田は、楊舜臣の意志がこの次の球で分かると考えていた。この局面、明らかに自分は有利だ。一点差を守り、最後のイニングに望みをつなげるなら―――

 

 

「ボール、フォア!!」

 

ノーヒットだが、最後は負けたような感覚を覚える楊。

 

――――この打者が早い段階で出ていれば、危なかった。

 

伊佐敷と結城を抑え込んだ楊ではあったが、最後に沖田との勝負を避けた。しかし後続を打ち取り、残りのイニングに望みを託す。

 

 

 

 

そして―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

9回二死ランナーなし。

 

「ボールをよく見ていけ!!!」

 

「まだまだ諦めんなぁ!!」

 

「試合は9回二死から!!!!」

一点ビハインド。差はわずかに一点。だが、それがどうしようもなく遠かった。

 

「よく見ていけぇぇ!! 高田ァァア!!!」

 

 

ドゴォォォンッ!!!

 

「ストライィクッ!!」

 

だが微塵の衰えも見せない、大塚のストレート。140キロを超えてきている。依然として衰えを知らない大塚の投球に、一本が出ない。

 

「遠い…………うっくっ…………」

ベンチで応援している選手の一人が、涙を滲ませていた。

 

差はわずかに一点。連打があればチャンスは生まれる。だが、

 

 

 

目の前には伝説の後継、大塚栄治が立ち塞がる。

 

 

 

「泣くなッ! まだ試合は終わってねえ!!」

 

「まだだ!! まだっ!!!」

 

 

ドゴォォォンッ!!!

 

そしてここにきて、最速147キロに到達する。

 

――――ここで、俺が出て………――――

 

ククッ、ストンッ!!

 

「ストライィィクッ!! バッターアウトッ!! ゲーム、セット!!」

 

最後はSFF。その切れ味鋭い変化球を前に、最後の打者は空振りを喫するのだった。その瞬間試合が終わり、青道は犠牲フライの一点を最後まで守りきり、1-0の投手戦を制した。

 

大塚は9回を投げ、被安打3、11奪三振。後半の三振のペースが上がり、二桁に到達した。

 

対する楊舜臣。8回を投げ、被安打2、四死球2、1失点。15奪三振。強豪相手に最後まで強気の投球を崩さなかった。

 

その試合を見た観客の1人は語る。

 

ーーーー二人がプロに入る予感が確信に変わった。

 

海を渡ったエースは、確かに足跡を残したのだ。

 




最後に弟君が成し遂げました。

予選4回戦がこれだと、万が一甲子園の舞台では……

自責点1で、大会を去る楊……
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