轟の打順は変更しています。降谷の弱点が露見していないからです。
その後、沢村は自分が何をするべきかを考え、決め球の制球を意識していた。左打者にとっての左のスライダーは逃げる変化。自分があの打線をねじ伏せるのだと意気込んでいた。
「ふぅ…………!」
クリスもまた、沢村の気迫と集中力がいつも以上であることに気づいていた。
―――あの試合がいい刺激になったのか。コントロールもよくなっているし、いい状態で薬師戦を迎えそうだな。
課題の高速縦スライダーも、低めに決まり、コースも決まり始めている。これなら十分試合で使える。
降谷も、ストレートの制球力を磨き、コースコースにいけば打たれない自信があった。
大塚は、
「調整ですね。明川の時は少し疲れましたし」
軽めの調整で、ブルペンで20球。球の感触を確認するだけで終わった。
「…………」
沢村が冷静に闘志を燃やしている姿にめずらしいと感じていた上級生は、一球一球に集中し、声すら出さない彼の姿に驚く。
「アイツ………声を出してないぞ………」
「何か変な物でも食べたのか?」
「(言うべきなのかな…………)実は…………」
春市は、バスに遅れた時に偶然轟親子に出会い、沖田が宣戦布告、大塚が挨拶に出たことを伝えた。ちなみに、沢村はそれを聞いてからあの調子だということも。
「ふざけんなあ!!あの親子そんな舐めたことを言ってやがったのかぁ!!青道なんざ全く眼中にねえだと!?」
伊佐敷は予想通りのリアクション。血管が浮き出るほどに燃えていた。
「上等………ならその打撃で圧倒してやるしかねぇよなぁ!?」
「でさ! 春市はちゃんと殴った? 兄としてそこは聞きたいんだけど♪」
小湊の黒い笑みを見て、まだ自分はその域に到達していないことを痛感する春市。
「市大であれ、薬師であれ俺たちの目の前の敵は倒すべきもの―――答えはグラウンドの上で出してやればいい」
結城もこの前のノーヒットが相当きているのか、この発言に燃えていた。
「全打席ホームラン。それをすれば薬師を黙らせられるでしょう………」
黙々と結城張りのスイングをしている沖田。楊舜臣には完膚なきまでに抑えられたが、それでも、彼はあのチームには負けたくない気持ちが強かった。
その後、沢村は先発濃厚なので、自分を鍛えたいと言いだし、
「おいおい、俺達相手にシートバッティング? 本気か?」
伊佐敷は、沢村の申し出に戸惑っていたが、
「お願いします!! アレを見て思ったんです!! 俺たち投手は、どんな時も集中力を切らしちゃいけないんだって!! だから、その為の練習っす!!」
ヒットを浴びるものの、この青道相手にコースを突く丁寧な投球。特に、インコースの精度、アウトコースの球を磨いていた。
しかし、増子に唯一ムービングをフェンス越えされた。そのスイングを見た沢村、
ーーーー何か変えねぇと、ダメだ!
このままでは同じだと考える沢村。ふと、彼は大塚を見た。
ーーーー打者のタイミングを外す技術、あいつも…
沢村の投球の基本である両サイドをついた投球。ランナーを出したときのクイック投法。だが、それでは足りない。
薬師を抑えるには。
「ぐっ!?」
伊佐敷の胸元に、カットボールが来る。だが、伊佐敷が呻いた理由は、それではない。
――――クイックのタイミングを変えてきやがった!!
クイックは上手い方である沢村。だが、タイミングを変えてきたのは初だった。その反応を見た御幸は、そんな沢村の実践を意識した投球に感心する。
――――大塚のフォームチェンジ程じゃないが、これは絶対に必要になる技術。
ランナーを出さない投手はいない。ランナーを出した状況で本領を発揮できる、その為に手札を増やそうとする沢村の取り組みは間違っていない。
連打を浴びつつも、クイックとセットポジションの間を図り、フォームのスピードをもずらす。
――――丁度いい、この球を先輩に試してみるか。
ククッギュインッ!!
「むっ!!」
結城はこの沢村の制球されたスライダーに空振りを奪われたのだ。右打者に食い込む変化。
それでいて縦へと沈む魔球がついに完成した。
「なっ!? アレはスライダー!!」
倉持は沢村が投げたことに、沢村がスライダーをコントロールしたことに驚く。
「真中のスライダー並か、アレは……」
伊佐敷も、あの夏合宿からさらに磨かれた決め球の姿に、驚愕しっぱなしだった。
「ここに来ての秘密兵器か、御幸?」
空振り三振を奪われた結城が尋ねる。
「ええ。薬師もこの球の事は知らないでしょうし、これを勝負所で使えば必ず流れを一回は奪い取れます。」
恐らくは、第2打席での轟との対戦。その瞬間だろう。御幸は一打席で沢村は打たれないという自信があった。
――――どんな打者も、一度はこいつには驚く。
故に、決め球がないことが本当に惜しかった。チェンジアップ系も、決め球にするには心もとない。だからこそ、この時期にスライダーが完成したことはまさに沢村が上に行くための布石。
その後、スライダーを交えた沢村の投球は冴えわたり、ヒットすら許さなくなった。
「ここにきて、強力な決め球はヤバいな」
見事にスライダーで三振を奪われ、掠りもしなかった沖田は、沢村の投球に心強さを覚える。だが、無論選手としては悔しい気持ちが強まる。
「ああ、最後までヒットにする事すら出来なかった」
結城もこのスライダーを捉えきれず、ヒットを打つ事が出来なかった。
上級生相手に快投をつづけた沢村。いい雰囲気で薬師戦を迎え入れられそうだった。
「僕も参加したかった…………」
降谷は、まだ体力づくりと制球力のアップ。
「大丈夫だよ、たぶん降谷にも出番はあると思うし、その時に薬師を抑えればいいと思う。」
投手陣の緩衝材になっている大塚。色々と喋ることが多い投手たちの相談相手にもなっている。特に、川上とは話すことが多くなり―――
「スライダーなんだけど、やっぱり横変化で基本の球だと思うんですよね。」
「ああ。俺はシンカーを取り戻せたけど、やっぱりスライダーには特別な思いがあるんだよな」
川上が今取り組んでいるのは、シンカーの制球アップではあったが、スライダーの変化に進化を求めていた。
「スライダーへの想い?」
「スライダーはやっぱり左打者へと入るボールだから、どうしてもミートされる確率は高い。けど―――」
川上が求めているのは、スライダーの横変化だけではなく―――
「沢村の高速縦スライダーのこと?」
大塚は瞬時に思い立った。沢村は左投手だ。なのに、あの結城主将を、沖田を圧倒したのだ。それだけではない、青道メンバーが初見とはいえ、沢村のスライダーに当てる事すら出来なかったのだ。
縦変化をも兼ね備える沢村のスライダーは、その系統の変化球から外れてもいいほどの威力。故に川上は、スライダーの進化を求めていた。
「先輩のスライダーは、俗にいう大きく曲がるスライダーです。だからこそ、自分は川上先輩こそ、カットボールを習得するべきだと思います。」
サイドスローのカットボール。それは、川上の頭にはなかった発想。
「カットボール!?」
「サイドスローは横変化に強いフォームです。さらに、カットボールの変化が増すことも十分予想できます。左打者へと真横から向かう球筋上、カットボールはシンカーの威力をさらに上げるでしょう」
真横から襲い掛かる鎌のような一撃。威力を上げるには、球速が求められる。だが、ないよりはマシだ。
左打者への対応に、シンカーだけではなく、カッターを覚えることで、踏み込みをある程度防ぐ効果があるかもしれないのだ。
「やっぱり発想が違うな。俺は打者を何とか打ち取ろうと、当てられるのを恐れていたんだ。」
当てられることを恐れていた川上。だからこそ、逃げる変化ばかりが多い球種。右打者へのスライダー、左打者へのシンカー。だからこそ、カッターへの思考に繋がらなかった。
「芯を外し、さらに詰まらせれば、ゴロやフライで打ち取れると思います。」
速球系の変化球に求められる一番の資質は勇気。一つ間違えれば長打もあり得る球種。
「ありがとうな、大塚。夏の本選には間に合わないだろうけど、この球種を物にするさ」
「俺も、スロースライダー以外に何か一つスライダーが欲しいかなと思いますね。」
そして大塚もまた、もう一球種スライダー系を覚えたいと感じたのだった。
その後ミーティングでは、
「次に当たる薬師高校は超攻撃型のチームです。バントではなく、盗塁やエンドランで攻めるなど派手なイメージが強く、この上位打線も全員が一年生に交代するなど、それぞれの打撃陣の実力を掴めにくいチームです」
クリスメモに書かれていることを暗唱していくクリス。その記憶力の良さに驚く者はいない。それはいつもの日常だからだ。
「今回一番の課題は、市大三校の打線を相手に打ち勝つ打撃力です。はっきりいって、脅威でしょう。特に四番の轟雷市は要注意です。この試合1本のホームランを打っていますし、警戒は十分必要です。」
そして例の怪物打者、轟の話になると青道投手陣の表情が引き締まる。
「………一番手っ取り早いのは、打ち勝つ事ですね。薬師の投手陣を叩けばいい。うちの投手陣がそれほど失点を重ねるとは思いません。最悪、轟は歩かせてもいい」
沖田は冷静にそう言い放った。無理に勝負をして痛い目を見る必要はないと。
「だけど、他のクリーンナップも侮れないよ。下手に相手に弱みを出して、つけ入るすきを与えたら………」
春市がそれに反論する。
「…………タイミングの取り方が、理想形ですね。彼のイメージ通りといっていいでしょう。試合経験が明らかに少ないと予想できるにもかかわらず、あの打撃力とセンス。どうもかみ合わない。選手として、まだ調べないと解りにくいです」
大塚は、轟についてこう分析する。あれほどのスイングとセンスがありながら、守備でのエラー。その後の態度など、公式戦の重みを解っているようには見えなかった。
「………けどそれは、自分のタイミングでしか打てないという事です。カメラで見る限り、彼のスイングは、この試合でも崩れていません。たとえ打ち取られても」
大塚はクリスからリモコンを借り、轟の全打席をみんなに説明する。膝のタイミング、初動の動きなど、まるでプロのスコアラーのような口ぶりで、轟の打撃フォームを解明していく。
そして―――
「…………つまり、沢村のフォームは有効だという事です。しかし、恐らくそれで打ち取れるのは精々一回。癖球に本能で対応してくるでしょう。スイングの力で持っていかれる可能性は高いです」
沢村はムービングを力で持っていかれると聞いて、昨日増子に撃たれたホームランを思い出した。
「マジかよ…………」
「さらに言えば、降谷の球威でも外野には確実に運ばれるでしょう。後は風の向き次第ですね。ストレート系に強く、変化球はコースに決まれば打てていません。今日の最後の打席、真中投手との対決でも、いずれもインローのスライダーをとらえきれていません。彼は恐らくインローの泣き所が弱点です。後は外へと逃げるボール。あまり求められていない場面とはいえ、第3打席では空振りを奪われています」
そして轟の打席で、彼が打ち取られた最初の打席。強烈なライナーだったが、その前の外へと逃げるボールに空振りを取られ、対応できていなかった。
「打撃そのものも確実性がなく、荒いところもあります。」
クリスとともにスコアラーとしての説明を続ける大塚。
「正直に言えば、左投手の逃げる変化球で空振りを奪えれば、抑えることは可能です」
「ちなみにお前ならどうなんだよ?先発じゃないだろうけどさ」
倉持が大塚に尋ねる。
「どうでしょうね。五分五分じゃないでしょうか………」
大塚も少し解らないと首をひねり、答えをはぐらかす。
「…………明日の先発は、大塚ではなく、沢村を持っていくことにする。第2先発は降谷、次に川上か大塚のどちらかを投入する。継投のタイミングがカギになると思う。」
「俺が先発…………」
あの強力打線。大阪桐生を思い出す。そして、横浦と前橋といった打線を思い出す。
横浦ほどではないにしろ、沢村は気を引き締める。
「沢村。ゼロに抑えようなんて思うなよ。投手はいつか打たれるモノ。だから、必要以上に自分を抑え込んじゃいけない。先輩たちを信じるんだ。」
大塚の言葉で沢村も落ち着くことが出来た。開き直って、腕を振れば、確実にいいコースに決まるタイプである沢村に、まだメンタルコントロールをそこまで要求するのは酷だ。だからこそ、同じ投手がフォローするべきなのだ。
「この試合、打たれた後の投球が重要になる」
―――相変わらず、投手陣を纏めるのが上手いな、大塚。予選限定とか言っているけど、マジで本選のエースもあるかもな
御幸もそんな投手内でのキャプテンシーを発揮する大塚を見て、頼もしく思う。
その夜、
「すまないな、俺がいない代わりに大変な役目を任せて………」
怪我の丹波が退院したのだ。そこで、大塚は彼にそんな労いの言葉をかけられた。
「いえ、予選だけですし。本選に先輩が来るのを信じていますから」
「…………試合は見た。まさか真中があそこまで打たれるとは思っていなかった。」
旧知の中だという彼のことを思う先輩。詳しくは知らないが、彼らとの戦いに熱いものを秘めていたはず。
悔しくないわけがない。
「…………丹波先輩。俺はこんなところで、先輩たちの夏を終わらせるつもりなんてないですよ。薬師も稲実も抑える。それが予選でこの番号を貰った俺の責任です」
「…………その試合を楽しみにしている。稲実相手に完封できたら、俺はお前をエースとして認めるさ。」
「いえ、本選のエースは丹波先輩です。これだけは譲れません」
断固として丹波のエース復帰しかありえないと言い張る大塚。
「本当に、お前は面白い奴だな。エースになりたいくせに、義理堅いし、責任感が無駄にある。」
そんな後輩を丹波は頼もしく思っていた。本当に、言い方は悪いが、彼に連れて行ってもらえる気がしてならない。
――――こいつなら何とかしてくれる。そんなオーラがある。それが俺には遠かった。
いつか見た、エースの理想の姿。
――――監督がもし、彼をエースに据えても………こいつなら、俺達の3年間を、任せられる……………
―――――――もし夏が続くなら、俺も出来るだろうか? いや、
―――――やるんだ。
大塚がこの場を後にした後、丹波は貴子に遭遇した。
「心配をかけた、すまん」
どうやら、丹波の退院の知らせを結城から聞いたらしい。
「ううん。それでもよかったわ。うん……」
本選に彼の名はない。だが、彼らが勝ち進み、本選に届いたとき、丹波の出番は必ずある。
「―――――俺は信じることにした。アイツが俺達を甲子園に導いてくれることを」
今日腹を割って話した。だからこそ、大塚のことを理解できた。彼は本当にチームのことを考えていることが。
――――その心の強さが羨ましい。だが、頼もしい。
「うん。きっとできる。だから、あの子を信じて、丹波君は――――」
「解ってる。あいつの覚悟を前に、寝ている暇はない。」
来るべき時の為、彼は出来る事をするのだった。
そして薬師戦当日。オーダーは全試合と少しオーダーを切り替えている。
()はクリスメモ
1番 山内(右) ライト (積極性がある)
2番 福田(左) セカンド (小技の出来る)
3番 秋葉(左) レフト (ミート力のある強打者)
4番 轟 (左) サード (強打者)
5番 三島(右) ファースト (穴はあるがパワーはある)
6番 三野(右) ピッチャー (スライダーを持っている投手)
7番 渡辺(右) キャッチャー(リードは脅威ではない)
8番 小林(右) ショート (守備は上手く、スイングもいい)
9番 大田(右) センター (足が速い)
1番 小湊亮介 (右) セカンド
2番 白洲健次郎 (右) ライト
3番 沖田道広 (右) ショート
4番 結城哲也 (右) ファースト
5番 増子 透 (右) サード
6番 伊佐敷純 (右) センター
7番 御幸一也 (左) キャッチャー
8番 坂井一郎 (右) レフト
9番 沢村栄純 (左) ピッチャー
そして観客は、大塚が先発しなかったことに驚き、代わりに技巧派左腕が出てきたことにややざわついていた。
「おいおい。エースを最初に出さないとか、青道は何を考えているんだ」
「あの投手、可哀相に。火だるまにされるな」
「そもそも打撃戦で勝負を仕掛けるつもりなのか!?」
観客から漏れる言葉に、沢村の肩がピクリと反応する。沢村は確かに馬鹿だが、自分が薬師を抑えることが出来ないと、はなっから言われているのは相当に頭に来ることだ。
「――――――――」
沢村が珍しく無言だ。だが、その瞳はまさに観客を射殺すような目で、いつもの掛け声すらなかった。
――――日頃騒がしいアイツが、ここまで静かになるなんてな。
御幸は、ブルペンでも安定した投球をしていた沢村をさほど心配はしていない。
「少し打たれても、僕が代わりにねじ伏せる。」
降谷も、沢村にそう声をかけるが、沢村はずっと薬師ベンチを睨みつけたままだ。
「まあ、最初からあのエースを出さないなら、あの投手を打ち崩すまでだな。」
轟監督も、あの投手の事を知らないわけではない。春の関東大会で、横浦を抑え込んだ投手。パームボールと、両サイドをつく技巧派。さらにはチェンジアップ系を持つので、タイミングに苦労はするが、その球質自体は大したことがないのだ。
「初回からどんどんバットを回して行け!! 初回から点を取りに行くぞ!!」
―――うちの打線でまず初回、タイミングが取りづらいだけの投手なら打ち崩せる。
だが、それだけではないとしたら、と彼は考える。
―――何はともあれ、ストライクゾーン以外にはてをだすなとしか言えんな。
そしてまずは青道の守備。この日の集中力が違う沢村。闘志を剥き出しにして、マウンドに立つ。
――――先頭打者を打ち取れ。轟の前にランナーを出すな。
初球はカットボール。食い込ませるボールで内に切れ込んだ。
ズバァァァァンッッッ!!
「ストライクっ!」
「!!!!」
懐に容赦なく食い込んできた速球に、思わずのけぞり反応することすらできなかった薬師の先頭打者。
この夏までに、実力を磨き続けた左腕。今こそ本領を発揮できるか。
進化した沢村は、どこまで通用するのか。
アニメで、雷市と真中の最後の対決。ストレートを打たれましたが、その前の変化球への対応とコースを見る限り、あそこはやや苦手だろうと推察。
あの体格を考えれば、アウトコースの変化球には当てる事はできるが、仕留めるには至らないと判断しました。
あくまで、彼の私見です。どうなるかはわかりません。