甲子園が開幕してから数日が経ち、順調にスケジュールを昇華する各校。
巨摩大が敗退すること以外は、全てが順当通りのトーナメント。
我らが青道、次に当たるのは――――
「高知の妙徳義塾。」
初戦は危なげなく勝利、2回戦は宮崎の日大学院を僅差で破っている。エースの新見隆弘は、左投げ左打ちの選手。本選での戦いを見るに、クイックが上手い投手だといえる。
そして打線の方は、一球に対する集中度が違うと彼は考えている。常にストライクゾーンの球とボールの球を見極め、一球で仕留めている印象があると彼は分析している。
日大のエースが崩れたのは、カウントを取りに行った球を痛打され、投げ急いだところを確実に捉えていた。日大学院との対戦では、終盤の甘い球を逃さずに強打し、逆転勝利を挙げている。いずれも、走塁からひずみが出始めているようにも感じられる。
「つまり、甘い球は容赦なく打ってくるぞ。」
「だが、その次はとうとうアイツらのチームか」
「ん?」
「どこが相手だろうと、やることをやるだけっすよ。」
倉持としても、伊佐敷が気にしているのは、トーナメントの巡りあわせ。
準々決勝は、神木鉄平との対決。彼には練習試合では勝利したが、相手もそれは重々わかっている。対策は当然立ててくるだろう。
何より、沖田の満塁弾以外は、まともに痛打できていない。
そこから準決勝は、横浦高校。今大会最大の山場。
79本塁打の左の大砲、岡本達郎、右の大砲といわれ、通算打率4割越え、68本塁打の坂田久遠。さらには東海大付属相手にコールド勝ちした大きな要因と言われている1年生捕手の黒羽金一。
「関東でもトップクラスの打線だ。今名前の上げられなかった選手も二桁に届いている選手もいる。」
丹波も、あの打線は怖いと感じていた。東海大が為す術もなく敗れ去ったのだ。それがどれだけ異常かを彼らは考えているのだ。
恐ろしいのはこの3人だけではないという事。当たれば長打が生まれる可能性を思わせるフルスイング。
まさに3回戦を過ぎたあたりからは、連続して強豪との戦いが続くことになる青道高校。
3回戦を突破した場合、準決勝はあの神木との対決の可能性が高い。あれほどの投手を打ち崩せるチームは限られ、今年の最多失点は選抜決勝の2失点。
だが、沖田に対しては苦手意識があるだろう。
「だが、どこが相手だろうと、俺達の野球をする。一戦一戦を大事に行くぞ。」
結城は、トーナメントをあまり今は気にするべきではないと考えた。どうせ勝ち進めば当たることは避けられない。そう言った情報面はクリスに任せている。
「うむ。とにかく、次を勝たないといけない」
増子もときどき3塁を沖田に譲ることがあるが、それでも調子を落とさないように、練習を怠らない。
詳しいミーティングで、
「この妙徳義塾は四国でもトップクラスの実力を誇る。特に投手陣はより丁寧に投げなければ、あっという間に打ち込まれるぞ」
クリスは、無難な勝ち上がりをしている青道を不安に思っていた。投手陣の調子がよく、先制されることも少ない。だからこそ、投手陣が崩れた時を恐れていた。
特に、エース新見はナックルボーラーにして、クイックも大会最速を誇る。オールナックルボーラーではないが、ストレートにも力があるのが厄介だ。
特に、クイックでタイミングを外すこともあるので、青道にとっては悪夢のような試合が思い出される。
最速140キロ。スライダー、チェンジアップ、ナックル。その他にも球種があるという。初見殺しも良いところだ。右ではなく、左の変則タイプであることも、青道の次戦に向けての取り組みが重要になってくる。
「やはり、先制点はやれません。全国では、強いと言われているチームが沈むことなんてよくある事です。チームのバランスが失われたら、どのチームも敗戦の憂き目を見るでしょう」
大塚も、完全試合で浮かれるつもりなどない。自分がするべき事は、青道を決勝に導くこと。いい投球をして流れを呼び込むことだ。
「楽に勝ち上がるのはいいです。苦しい勝ち形ばかりをしたいわけではありません。勝ちに慣れていると、劣勢の時が心配なところです。」
一発勝負で常勝チームが如何に儚いかを彼らは知っている。世間でいうAクラスのチームも、何十敗もしているのだから。
そこへ、沢村がやってきた。
「沢村?」
「なんか、予選のあの時以来、苦しい時がないから、逆に不安っていうか。」
沢村が考えていたことは、二人に近しいものだった。あの胃がよじれるような状況で、果たして自分はマウンドに上がれるか、その考えは消えなかった。
「……だが、楽に勝てるならそれに越したことはない。どんな状況でも、自分の投球をすればいい。」
「……俺も思う。有名になればなるほどマークは厳しくなる。全中の時も散々スコアラーの真似事をした奴らが俺の打席を見ていたからな。」
やや苦い表情の沖田。スコアラーの手により、完全に抑えられた時は幸いなかったが、嫌いなコースを多投されて冷静さを失いかけたことはあった。
「全国の舞台は、中学と高校とで違うかもしれない。けど、やっぱり全国は全然甘くない。」
「ああ。そうだな。このまま何も起こらなければいいが。その時にどうするか、お前らにかかる負担は大きくなるかもしれない。だが頼むぞ」
全国経験のある大塚、クリス、沖田は今の青道の状況にやや違和感を覚えつつも、自分に出来ることをしようと心に決めた。
そして、別室にて
「どうしたの、東条君?」
東条は、何か心の中にあるしこりがあった。春市が東条の口数が少ないことを気づいたのだ。
「悪い。けど、全国は甘くないって、そう思ってきたからさ。だから慣れない。」
「……うん。今まで出来過ぎなくらい、順調だから。」
東条の言葉に、春市も納得していた。一度うまくいかないことが起こった時、チームが危ないかもしれない、そんな気がしてならないのだ。
「俺はずっと全国で苦汁を飲んできたから、よくわかる。一戦一戦、気なんて抜けないんだ」
渋い表情の東条。春市には漠然としか解らない。全国大会出場経験のあるモノにしかわからない、全国の重み。
そして一方、
そして一方の妙徳義塾。大会前はどれだけ暴れるのだろうと期待されていた佐野修造をねじ伏せた怪物を擁する青道高校。
「凄か投手いよるけど、勝負の目ちゅうのはのるかそるかよ」
――――どもこもならん。どーしょーかなー
心の中でそうつぶやくも、大森監督は勝負の目は27個のアウトを取られるまでわからないと考えている。
「監督!! あの投手凄か!! しんから凄か(本当に凄い)!!」
そこへ、主将の浦部が地元出身の監督である大森監督に大塚のことを話す。
「スプリットしんからしんきい(本当に面倒)!! おいにうてっかな?」
「相変わらず、方言解らんちゅーねん!!」
妙徳意義塾の投手、2年生中田は相変わらず訛りの酷い浦部に突っ込む。
「悪かった。悪かった。つい興奮すると、方言が出ちまうよ。けど、こんな投手がどんどん出てくるとはなぁ」
東京には、てっきり成宮が出てくると思っていた。あの暴投で敗退したとはいえ、才能を感じる投手だったのは間違いない。
「舘から聞いとる。あの投手はタイミングを外してきよるらしい。」
舘とは知り合いであり、元中学のチームメイト。1学年下の中田は、彼の背中を見ていたというのはなく、自分を野球で追い込める環境が欲しかった。
だからこそ、大阪ではなく、敢えて愛媛を選び、越境入学をしたのだ。
「タイミング!? チェンジアップ?」
「ちゃうねん。フォームで微妙に変えてくるらしいねん。」
出来る限りのデータは全部そろえる。少しでも勝率を上げるために。
「ほえ~~~~それに勝ったら俺らはとんでもなくねェか?」
エースの新見が、中田にそんなことを言った。やるからには勝つという決意が滲み出ていた。
「大塚はええ投手。おどれらはおもっさま楽しみゃあええんや。甲子園やけん。おもっしょい夢は、ええもんやけんね。」
大森監督は、新見の大物食い発言に、笑みを浮かべ、肯定する。自分たちはその大塚の挑戦者として、対戦者として、堂々とするべきだと朗らかに言う。
「己らも、そう思わん? 世間の目、かやらせようや(ひっくり返そう)!!」
でっかい夢。甲子園で少しでも長く思い出を作る時間を延ばす。ここに来たことが、本当に凄い事なのだと。
「やるけん!! 大塚打つねん!!!」
「おもっさま打つんや!!」
「まとめて青道打ち崩すねん!!」
大塚という高校級を相手に、浮足立っていた妙徳義塾はすぐに落ち着いた。
「方言がわけわからんちゅー話をさっきしとったんやけど!! しとったんやけど!!!」
中田は突っ込むが、これはいつもの恒例なのでみんな気にしない。標準語やら関西弁やらの混成なのだ。
「新見先輩には秘策があるん?」
中田は、新見に尋ねる。青道の投手ばかり目立っているが、打撃陣も相当だ。その打撃陣を封じる手立てはあるのかと。
「青道の弱点、苦手な投手っつうのは、もう明らかやん。」
新見の不敵に笑う。
「見てみ。青道の予選の戦いや」
新見が注目したのは、明川学園との試合。
「これホンマなん!? 青道が1点しか取れへんかったん!?」
この試合に限って言えば、ヒットは僅かに2本。代打の一振りでけりがついたらしい。そしてその選手は―――
「小湊春市ちゅー1年や。せやかて他の打者は、この投手を打てておらんかったんや。」
新見が指摘する、楊舜臣との青道の相性の悪さ。
「台湾でこの投手は有名になっとるらしいからな。台湾の動画サイトいったら、見つけたんで。」
楊舜臣。青道の打者をまるで手玉に取っていた。次々とタイミングを外され、コントロールよくコースに決まり、スイングをまともにさせていない。
「春から俺が取り組んどることに近いんや。」
「それが、あのセットポジションからのタイミングの変化?」
打者はフォームに幻惑され、スイングに迷いがあった。事実あの結城がまともにスイングできずに、3三振を食らっていた。
さらに言えば、あの怪童沖田がヒットを最後まで打てなかった投手であるという事実。
「これで騙し騙しやろうな。タイミングが合えば、即スタンドインや。せや、中田」
新見は、自分がこの技を使い、ある程度青道を抑えるつもりだった。だが、それでは足りないことを、彼は理解していた。
「先輩?」
「己のアレは、完成したん?」
「コントロールはちょい不安やけど、一応形には」
「ホンマ、俺の決め球教えてほしい言うた時はバリ驚いたわ。けんど、2カ月でマスターとは恐れ入ったで」
中田が会得した新見直伝の変化球。だが、その変化球は彼の変化球系というだけで、その変化は別のモノになっていた。
「タコ焼きばっか食っとる先輩の、数少ない長所やし」
「たこ焼きは美味いんやで。大阪から材料を取り寄せて作るんは、骨が入るでまったく。」
青道が強い? だからどうした。
倒してやるよ。
大塚が凄い? 凄い奴を打ち崩したら、自分たちは凄いじゃないか。
失うものは何もない。大方予想通りの結末が高確率で来るだけ。
だが、未来永劫、何回やっても、青道の勝利は絶対?
妙徳義塾はいい意味で集中していた。
誰かが言った言葉だ。
甲子園の魔物。
その言葉が消えないのはなぜなのか。それはなぜ起こるのか。プロではないから? 雰囲気にのまれてしまうから?
解らない。だからこそ魔物なのかもしれない。
不退転の覚悟で臨む、四国の強豪が牙をむく。
正直、曲者色物な相手エース新見君。
横浜の久保投手を左にしたうえに、ナックルを習得。球速は高校生で速い部類。
今大会でいちばんの初見殺しの名にふさわしい投手だと思います。