ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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主人公だけではない!!


2017年 6月28日 

2011年史実をモデルにしているので、若干のプロ野球情報を変更します。



第92話 背中を押すモノ

背番号1を背負うエースの異変。何かが合えば、夏を超える力を見せつけ、何かが失われれば、技巧派に逆戻り。

 

 

大塚栄治の復調と安定という課題は、チームでも話題になっていた。

 

 

「中盤までは、両サイドに球が集まってたよな」

 

「ああ。打たせて取る。大まかに、両サイドに6通りの速球の配球パターン。」

 

 

両サイドのフォーシーム。

 

両サイドに切れ込む速球系。

 

両サイドに外から入ってくる速球系。

 

それらを見切った上で、2種類のスライダー、ドロップカーブ、パラシュートチェンジ。

 

これでも十分な球種の量に精度の高さだ。

 

 

だが、大塚が気にしているのはSFFが安定しないこと。

 

 

落ちるボールがパラシュートチェンジでも十分だが、やはりあの球をコントロールしたい。

 

 

とはいえ、8回表のSFFは御幸でさえとることが出来なかった。

 

 

しばらく、大塚はSFFを投げることが出来ないのが実情。

 

 

「とはいえ、8回の投球ができるようになったら稲実相手にもいい投球ができると思うぜ、何せつけ入るすきを与えなかったからな。」

 

 

大塚の調子が安定しない。安定しているように見えるのは、投手としての実力が高いからだ。

 

だからこそ、寸前で耐えている大塚が凄いと考えているのが上級生たち。

 

 

 

 

一方で、沢村たち投手陣は――――

 

「縦と横~~~!!! どうすりゃあいいんだ!!」

沢村が喚きながら考える。スライダーを会得した沢村だが、高速スライダーを取り戻せていない。正体不明の変化球もあるようだが、まだまだ満足していない。

 

 

「――――(縦と横、か)」

大塚は、そんな沢村のボヤキを聞いていた。スライダーにあまり球速を求めていなかったので、スロースライダーを会得していた彼は、早いスライダーに興味を持った。

 

スライダーは手のひらを横にし、リリースした瞬間に三塁方向に手の甲が向く。

 

 

恐らく沢村が考えているのは、前に押し出す力によって球速を上げ、横回転で変化量を増やしたいという事なのだろうと。

 

「――――――少ない動作で、それを可能にするには――――」

 

 

抜くような感覚、ではない。高速スライダーは通常、手の甲が三塁方向に向けば向くほど変化が大きくなる。ならば、その状態で早く押し出すには―――

 

 

――――リリース、か。リリースの瞬間に横回転を加えると同時に、押し出す動作。

 

 

「小野先輩、スライダー行きます。」

 

 

「お、おう!(スライダーを意識するようになったな、大塚。SFFが使えない以上、やはり決め球は必要か。)」

 

パラシュートチェンジでは心もとない。それは捕手側から見ても同じだった。

 

 

大塚栄治なら、もっと決め球が多くていいと。

 

 

――――スライダーに押し出すという動作は存在しない。そもそも横に切るのだから普通に押し出せば制球力を失い暴投する。

 

押し出す動作を入れるには一工夫が必要だ。

 

 

――――横にする中で、縦を意識する。ならば――――

 

 

人差し指に力を入れる大塚。すると――――

 

 

ククッ、ギィンッ!

 

 

「おっ!! ナイスボール!!」

 

変化量はスライダーよりも落ちるが、一応高速スライダー。コースは定まっていないので、まだ使い物にはならないが。

 

――――だが、ウイニングショットにするには変化が少ない。使い道はゴロにするぐらいか。

 

 

無理に変化量を多くしようとして、肘を壊す投手も過去にはいた。五輪で有名だったあの投手も、圧倒的なスライダーを持ちながら、実動期間があまりにも短かった。

 

 

だが、人差し指の押し込みだけでは、この二つの課題を維持できないのは確か。

 

大塚は怪我をしたくないのだ。無茶をするつもりはない。

 

 

―――――この際、パっ、と押し出すには――――

 

 

スライダーの握りを見つめる大塚。

 

 

人差し指に力を入れてその握りを見る。これではだめだった。

 

 

大塚は考えを煮詰めてしまいそうになるので、いったんボールをびゅっ、と真上に押し出した。

 

何気なく動作をしてみたのだが、ボールが再び右手に落下してきたときに、閃いたのだ。

 

 

 

「――――――握りつぶしたほうが早いのかな」

 

 

「え!? どういうことだ、大塚!!!」

沢村は先ほどから大塚がスライダーを試しながら投げているのを注目していた。スロースライダー、高速スライダー、通常のスライダー。

 

それだけ色々な変化を見せてなお、納得していない様子を見せていた。故に、大塚の言う「握りつぶしたほうが早い」は、彼にとって聞き耳を立てないわけにはいかない。

 

「いや、押し出すにはどうしても人差し指だけでは足りない。だから、どうせなら全部の指で押しだすイメージの方がいいと思ったんだ。」

 

 

「!?」

 

 

「まあ、上手くいかなかったら3種類だけで断念するけどね。」

物は試しだ、といいながら準備する大塚。

 

「3種類も投げるお前が羨ましいんですけど!!」

 

 

 

人差し指だけではない。あくまで握りつぶすイメージ。

 

 

投球動作に入る大塚。

 

 

――――横にしながら、リリースの瞬間に

 

 

 

リリースの瞬間に全ての指に力が入る。

 

 

―――――握りつぶすイメージ!!!

 

 

ククッ、ギュワワンッッ!!!

 

 

コースは右打者のアウトコース真ん中高め。そこから―――――

 

 

「ぐわっ!!!」

小野先輩が呻き声を出しながら後逸する。寸前で急激に落ちながら曲がり、ボールは後ろへと転がっていく。変な回転も生まれていたのだろう。ボールが独りでに暴れていたのが見えた。

 

 

「!!!!!」

沢村は、その様子を見て目を見開く。

 

――――ストライクの甘いコースから、ボールゾーン!? なんだそりゃ!?

 

 

しかも、130キロ台中盤に届きそうな球速。大塚のストレートのMaxが149キロなら、135キロぐらいで曲げてきていることになる。

 

つまり、沢村のストレート並の球速である。

 

 

見たところ、腕の振りも早く、その違いも――――

 

「ストレートと腕の振りが同じだった――――――だと?」

狩場が、大塚の投げた一球だけではなく、その動きに注目していた。

 

 

癖や違いを見つけるのが上手い彼でさえ、初見では全く分からなかった。

 

「お、おっし!! 俺も握りつぶす感覚で!!!」

沢村が辛抱たまらず投げる。

 

 

すると―――――

 

 

「どわぁぁぁ!!!」

狩場も小野と同様に後逸。こちらはとんでもない暴投になった。

 

 

「わ、悪い!! ちょっとすっぽ抜けた――――けど、もう少し力を抜いてもいいのか――――」

 

何かを掴んだように、沢村がもう一度スライダーを投げると。

 

 

「!!!」

今度は構えた場所に投げ込んだおかげで狩場は後逸しなかったが、ボールがミットからこぼれた。

 

 

狩場の目線からは、沢村が理想とするストレートの速さで曲がりながら落ちるスライダーのイメージと、ほぼ合致していた。

 

「な、ナイスボール!! すんげぇぇキレだったぞ!!」

興奮気味に話す狩場。

 

「こ、こんなんでいいのかよ―――――」

沢村も2球目である程度モノになるとは思っていなかった。今までさんざん苦労していたのに、あっさりと克服し、宝刀が帰ってきた。

 

「え、今までの苦労はなんだったんだよ、ちくしょう――――」

 

 

思わず絶句する沢村。制球力は未だに壊滅的だが。

 

 

だが、それまでを考えれば拍子抜けも良いところである。

 

 

「よ、良し――――あと3,4球スライダー投げるぞ!」

気を取り直して、狩場とともに練習を再開する沢村。

 

その後、沢村は問題なくスライダーをかろうじて両サイドに投げる確率が若干上がった。高さにはまだ怖さがあるが、それまで進歩がなかったスライダーの課題が一気に進んだ。

 

 

練習終了後、

 

 

「大塚のおかげだな!! ありがとな!! これでエースへの道が近づいたぜ!!」

笑顔でご機嫌がよろしい沢村。最終的に満足できる進捗状況なので、精神的に落ち着いたのだ。

 

「俺も自分のために興味を抱いただけだから。まさか、こんなことになるとは思ってもいなかったよ」

やや謙遜しつつ、大塚は笑顔で沢村の言葉に応える。

 

「早く試合で投げてぇ!! やっぱ空振りが奪える変化球がないとな!!」

 

 

「降谷もランニングで体力強化しているし、川上先輩は基礎トレでさらにコントロールに磨きをかけているし、俺も先日の試合で失点したし、油断できないね、冗談抜きで」

 

自責点0ながら、エラーの後の長打、ワイルドピッチという嫌な失点をしてしまった大塚。

 

何より、

 

――――心配かけちゃったしね。

 

丹波先輩に言われたことを思いだす。

 

――――SFFがダメなら、他に手が届く場所に手を伸ばそう。少しでも実力をつけよう。

 

 

大塚は、少しずつSFF離れを始めていた。

 

 

 

 

 

野手陣では、

 

「この間、向井を打ち崩したのはよかった」

沖田は神妙な顔で、1年生合同自主練習にてまず成果をあげる。

 

そして、主将の御幸も参加していたりする。

 

 

 

「だけど、エラーからの失点、あれで流れが悪くなったよね。雨の所為、とは言えない」

東条も大量リードがない展開で、アレは命取りだと考える。

 

「ああ。前に突っ込むべきだった。打球が死ぬのは予想できていたはず。」

沖田はやや軽率なプレーだったと考えていた。

 

「まあ、アイツがさっさとヒットを打たせなかったから、固くなるのも仕方ないけどさ。完全試合? まあ、それだけ抑えていたんだし」

東条は沖田が気落ちしているので慰める。守備に高い意識を持っていた彼にしてみれば、自分のせいで大塚のリズムが狂ったと思っているのだ。

 

「次の試合は七森学園。恐らくメンバーの入れ替えもある。先発は大塚と川上以外のどちらか、か」

 

 

沢村と降谷。どちらかが先発起用されるだろう。

 

「とにかく、8回の大塚の投球。あれは今まで見たことがなかったな。特に、SFFのキレは、夏の決め球以上だった。」

御幸は、大塚がラストボールに選択したあのウイニングショットに変化が起き始めていると証言する。

 

何しろ、夏までは普通に取れていたはずの変化球。それが、あの時はとれなかった。

 

 

「御幸先輩には、どう映ったんですか? 8回の大塚は?」

沖田が捕手目線で何が変わったのかを尋ねる。内外から見ても、大塚が突如変貌したと言っていい投球。

 

細かな癖や変化を御幸なら見極められると予想してのことだが

 

 

「―――――はっきりとは、解らねぇ。8回以前のアイツは、とにかく粘っていた印象だった。丁寧にコースを突いて、制球重視。春の時の投球で、無理やり高水準の投球を維持していたんだ。」

小さくまとまることを良しとした、春の技巧派モード。それでもあれから半年が過ぎようとしている今、球速は140キロ前半を計測している。成長していないわけではない。

 

「けど8回。大塚はようやくフォームがかみ合ったんだと思う。何より躍動感が違った。気持ちよさそうに、たぶん本人さえも訳が分からない状況だと思う。」

あの変貌に、大塚は終始戸惑いの表情を見せていた。調子が悪かったはずなのに、何がよくなったのかわからずに調子が上がった。

 

 

「何かないのか? 大塚の変化の原因。日常生活でもなんでもいい。なんか変わったのか?」

金丸が周囲に尋ねる。

 

「―――――――」

周囲は何も言わない。心当たりのあることがない。

 

「マネージャーさんに聞いてみよう。プレーヤー視点よりも、外から見た方が解るかもしれない。」

東条は結論がまとまらない中、彼女らにも助力を乞うべきだと提案する。

 

「だな。煮詰めてもあまりいい結果が出るとも限らねぇ。次の七森学園戦に向けて、俺達の出来ることをしようぜ。」

主将御幸の言葉で、この話はお開きとなった。

 

 

 

 

 

そして、それはマネージャーの間でも、

 

 

「凄かったわねぇ~~大塚君。失点はしたけど8回からの投球」

幸子が練習後のドリンクを冷やしている夏川に声をかける。本人は次の七森学園戦の選手データを2年生の渡辺に渡したところだった。

 

「うんうん。夏以上に凄みがあったよね。それに、最近背が高くなったかも」

何気ない一言。夏川からしてみれば、何となく気づいたこと。

 

 

「へぇ~~~大塚君身長伸びたんだ。今どのくらいなの?」

 

 

「入部当初は177cmで十分大きかったけど、今はもう180は超えているんじゃないかな? だって、降谷君よりも背が大きいんだよ。夏の頃からだんだん伸びてはいたけど、大会が終わった後から急にまた伸び始めたよ。」

 

そうなのだ。

 

半年で8cm程背が伸びた。成長期という事を考えてもこれは凄い。体格の良さによって馬力も上がり、精密機械並の制球力を元々備える大塚。

 

 

いよいよ怪物への道を歩み始めたと言ってもいい。

 

「そういや、大塚君ってよく生徒会から備品の手伝いとかをさせられているよね。あれって―――」

夏川がふと疑問に思う。

 

10月にやるであろう体育祭の準備に彼が呼ばれることもある。それに、備品の修理も出来るので、日常生活でも渋い存在感を出している。

 

 

「なんでも、手先が物凄く器用で、覚えが早いそうよ。裁縫の授業でも一番早くに終わって、一番きれいに出来ているんだって」

クラスメートの女子が、噂の大塚について語る。

 

 

「それを言うなら美術の時間も、模写の授業でもきっちり精密に絵を描いたそうよ」

手先の器用さに関する話が湧いて出る彼の噂。それを目の当たりにした二人は、大塚のセンスは日常生活でもいかされているのだと知る。

 

「手先がほんと器用よね、彼。」

 

大塚も、体がずれていることを認識していたが、こんな悩みを誰かに言う事も出来ず、微調整を続けるしかなかった。

 

まさか、成長によってフォームがずれているなど誰が思うだろうか。そんなことで、不調に、あの大塚がなるのかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼をよく知る者は大塚の不調の原因をある程度掴み始めていた。

 

 

 

9月に入り、レギュラーシーズンもいよいよ大詰め。横浜ビースターズは投手陣の体力に限界が訪れ始め、失速。3位読売キャッツに引き離されてしまう。

 

 

 

 

漁夫の利的に首位についたのは、昨年5位のビヒダス。そのまま今年のセ・リーグを制したのだった。

 

今年のセ・リーグは1位東京ビヒダス、2位名古屋ドラゴンズ、3位読売キャッツがAクラスとなり、横浜は土壇場での勝負弱さが響き、Bクラスに。

 

なので、一足早い秋季キャンプが始まっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

なので、大塚和正は暇なのである。無論、体のケアを怠ることはしていないが。

 

 

 

「そういや、この前栄治君がついに失点したそうだぞ」

盟友の梅木祐樹が新聞に出ているエイジの報告を和正に見せる。

 

 

ドラフト候補は、数年前から唾をつけるものだ。無論ビースターズは大塚和正の息子で実力も申し分ない彼をスカウンティングしている。

 

それは恐らくどのチームもそうだろう。

 

 

 

「――――――8回に2失点。アイツなら体力的に見ても球が浮き始める場面ではないが―――」

顎に手を当てて考え込む和正。

 

「いやいや、普通は7回からしんどい。お前目線で語るな」

梅木が呆れる。

 

 

そして、そのスカウト陣の報告を読み上げる梅木だが、

 

「―――――甘い球を痛打され、SFFのワイルドピッチ。あっという間の失点だったらしい。」

 

「―――――アイツは昔から手先というか、体を使うのが上手いからなぁ。あの頃の俺と比べても、ちょっとレベルが違う。」

大塚の昔を語る和正。

 

「情報処理能力って奴か? 体の使い方が上手いっていう」

 

 

「いや、アイツのはそんな生易しいモノじゃない。“完璧に真似”るんだ、技術を。俺の編み出したフォームをずらす技術、もっと言えばSFFのリリースの瞬間、扱いやすい決め球のパラシュートチェンジ。あれを“最初からできる”ことが凄い事なんだ。」

 

俺でも、最初は普通のチェンジアップから初めて、試行錯誤を繰り返して今の決め球になったんだ、と彼は言う。

 

 

現象や技術を視覚で知覚し、記憶した場合、骨格的に模倣が可能ならばすぐに会得できる。

 

「真似が上手いって、それこそ綾子ちゃんのような見稽古レベルかよ。」

梅木は、エイジの模倣能力について母親の綾子の名を口に出す。彼女はアスリートではなかったが、ダンスや歌の才能は勿論、その覚えの早さから難易度の高いパフォーマンスを見せていた。

 

センスだけなら、女性アスリート顔負けなほどに。

 

 

そして、大塚家と梅木家で有名な事件であった和正引退直後の温泉旅行では、

 

 

 

――――うーんと。何となくできそうかなって、やってみたら出来ちゃった♪

 

 

引退後しばらく和正と卓球勝負をして、彼に“ゲームをとらせなかった”話はよく聞

かされている。

 

そして先ほどの言葉は、和正を3-0で打ち負かした際に出てきた笑顔とともに発せられたのである。

 

なお、決着がついたにもかかわらず、和正が3セット目を要求。結果は惨敗である。

 

 

さらに彼の自信を打ち砕くのはその娘である。なんと長女の美鈴にも2-1と追い込まれるなど、大塚家の女性はセンスの塊だった。

 

 

 

 

「うちの奥さんは筋力が足りないから目立たないが、センスは俺よりあるんじゃないか? 横で俺よりもうまくなっている姿を見ていると、なんかな――――」

 

それこそ、和正が「もし彼女が男だったなら、一生勝てなかったかもしれない」と言わしめるほど。

 

 

「ていうか、情けないぞカズ! 奥さんに負けたのは仕方ないにしても、なんて負け方だよ!! せめて1ゲームは取れよ!!」

梅木はその和正の野球以外でのさんざんな話に突っ込む。

 

「ならお前がやれ! 自信を木端微塵に砕いてくれるから!!」

 

「それと美鈴ちゃんはその時中1だろ!! 何お前フルセットになってんの!? バカなの!? 俺が別室で休んでいる時に何があった!!」

 

 

「言い訳もしない。愛娘に追い込まれるのは悪くないかな。ショックだけど」

苦笑いの和正。ただの子煩悩なだけである。

 

 

「まあ、エイジにボロッボロに負けたのにはカウントしないでおいてやる。ありゃ天才だ。プロの卓球選手がエイジに化けているのかと思ったほどだぜ」

 

だが、そんな和正をフルボッコにした綾子と接戦を繰り広げた美鈴を蹂躙したのは、

 

 

 

大塚家の長男坊である大塚栄治だ。

 

 

 

 

――――何となく、手加減は出来ないと見たし、さっきの試合を見てある程度解った

 

手始めに美鈴に1ポイントも与えず封殺し、彼女を大泣きさせた。

 

動揺している最中に1ゲーム目で5ポイント先取した綾子だったが、落ち着きを取り戻した栄治からは一点も取れずにストレート負け。

 

大塚家最高のセンスの持ち主は誰なのかを明確にさせた出来事である。

 

 

 

 

「だが、だからこそ陥ったのかもな」

和正の懸念はその利点の弊害。

 

 

 

「何にだ? 模倣とかの次元ではないコピー、それに狂いが出たっていうのかよ?」

 

 

 

「アイツは今、高校1年生だ」

当たり前のことを言う和正。あまりに真剣に言うので、梅木は困惑する。

 

 

「まあ、そうだな。だがそれがいったい何に―――――」

 

 

 

「アイツの体は“成長期”だ。いくら感覚が鋭敏だからといって、体の変化にまで対応が出来るかどうか。いや、“感覚が鋭すぎる”からこそ、体と処理能力にずれが生じ始めているんだろう。」

 

その和正の事実に梅木は絶句する。いくらなんでもそれはおかしい。アマチュアの選手がそこまでの感覚を持っていることもだが、人がそのズレによってそこまで影響を受けるのかと。

 

というより、そもそも人間としておかしい。機械か何か。

 

 

「突き抜けた才能は、見方を変えれば異常でもある。俺とアイツは違う。ああいうのを天才というんだろう。俺が長い年月をかけて作ってきた感覚、培った知識で得た技術をアイツは、“センスだけ”で会得した。」

身体の頑丈さだけが取り柄だったからな、と苦笑いする和正。

 

 

「!!!!」

和正が人知れず様々な努力をしたことは、チームメイトになって分かりきっている事。その彼がここまでいう。

 

そして、彼が血のにじむ努力をして手に入れたモノを、短期間、しかもセンスだけで会得している事実に、畏怖を感じずにはいられない。

 

 

栄治が、和正以上の逸材とは考えていた。光れば彼以上の投手になるかもしれないと。

 

 

だが、ここまでとは。

 

 

あのレジェンド大塚和正をして、自分を凡庸と言わしめるほどの才覚の持ち主。

 

父親も彼がどんな選手になるかわからないのだ。

 

 

「何か、その不調に効果のあるモノってなんだ? 成長期なんて言う当たり前の事象で潰れるなんて、勿体無いだろ!!」

 

「―――――試合ごとにフォームを臨機応変に変えるしかないという事だ。フォームに重きを置いているアイツには相当な決断になるだろうがな」

 

 

フォームという彼にとって一番重要なピース。それを毎試合、いや時間経過とともに変え続けなければならないという試練。

 

 

 

それに加え、コンディションの問題もある。筋力の変化もフォームに影響を与えるだろう。その時に発揮できる力は、様々要因でいくらでも変わる。

 

 

「―――――けど、その時期を耐えたら―――――」

 

 

「ああ。奴は本当に凄いプレーヤーになる―――――」

 

 

投手とは敢えて言わなかった和正。本当に投手だけでおさまるのかわからなかったから。

 

 

 

 

「――――――お疲れ様です! 大塚さん!!」

 

そこへ、東清国が現れた。話の良いところではあったが、後半戦から1軍に昇格したルーキーが意気揚々とやってきたのだ。

 

今シーズン後半戦から1軍に昇格したルーキーは、打率2割中盤、ホームラン11本とブレイクを果たす。持ち前のパワーでホームランを量産し、失速気味だったチームを救う活躍を見せた。

 

彼が昇格する前の横浜は、失速寸前の危機的状況だった。

 

 

相次ぐ主軸の不振。

 

 

後半戦再開直後、助っ人ブランが死球、ライト銀城がフェンス激突のファインプレーで離脱。

 

 

 

6年目の梶前が外野転向1年目で一気にブレイクし、2年目社卒の荒井をセンターに固定。荒井はGG賞を初受賞。

 

横浦高校OBの主将石河がセカンドを1年守り、打率2割9分8厘をマーク。

 

しかし、遊撃手、捕手を固定できていないことが課題で、今後の補強が望まれる。

 

 

投手陣は梅木、大塚のベテラン二人が引っ張る危機的状況。若い先発陣も負けが先行し、

 

 

 

 

そして東は彼らとともに、期待の若手の1人と目されていた。

 

 

しかし本人はプロの壁を痛感するシーズンだったようだ。

 

 

 

そのため、健康管理に関して大塚和正に弟子入りを決意していたのだ。

 

 

 

「そうだ。息子の先輩という事で、君もアイツの事を知っているだろう。東君から見て、栄治はどう映った?」

 

 

 

「―――――エイジはんですか? せやなぁ―――正直に言わしてもらうと、余裕がなさそうに見えます、十分凄い奴やのに、まだ満足せぇへんのか、と」

 

 

「――――――ホント、頑張っているよ、アイツは。俺よりも凄いのにな。」

穏やかな笑みで、清国の言葉を聞く和正。

 

 

「――――和正」

梅木は和正に目を向ける。何か言う必要があると。このままではドツボにはまりかねないと。

 

「そうだな。綾子と、“彼女”から連絡を入れておくさ。」

 

 

「お前が言わなくていいのか?」

 

 

「――――――アイツは苦しい時ほど、弱音を吐かない。あの時も、病室でチームメイト、俺を含めた家族―――――――全員がいなくなった後、アイツは―――――」

 

 

 

和正の脳裏から今も忘れられない光景がそこにあった。

 

 

―――――俺は、まだ父さんに届かない。

 

 

その時初めて、息子の抱く闇を知った。

 

―――――父さんにまた引き離された。ただでさえ、遠いのに―――――っ

 

 

栄治は相手の事を恨んでいたわけではない。ひたすらに、自分との距離が開くことを恐怖していた。

 

 

――――俺は、まだまだ上にいかなくちゃいけない。いけないのにっ!!!

 

 

だからこそ、けがをした自分に一番激情をぶつけていた。

 

 

―――――なのに、なんで――――――なんでっ!!! なんでだ―――ッ!!

 

 

息子の慟哭が異質で、痛ましくて、それは自分が原因であることを知って、

 

 

―――――ふざけんなよっ!!!  ふざけんな゛ッ゛ッッ゛ッ!! ふざけんなァッ゛ァ゛ァァ゛ッァ゛!!!!

 

 

 

初めて、息子を理解してしまったのだと。

 

 

「彼女って――――まさか、マッケローさんの?」

梅木が和正の言う女性に心当たりがあるらしく、思わず言葉が出た。

 

 

「―――――オーバーワークで潰れかけたアイツを救った、彼女なら――――」

 

 

息子の生きる指針でもある自分の背中を、せめて陰らせないように。

 

「いや―――――違うな」

言いかけた和正だが、それは違うと考えた。

 

勿論彼のネガティブな思考を幾分かマシにした彼女に期待をしているのは事実。

 

 

だが、その彼女ですらエイジの悪癖は治らなかった。

 

 

 

「――――アイツをただの大塚栄治として見てくれる人が、本当にアイツを救えるんだろうな」

 

 

だが、大塚栄治を大塚和正抜きに語れる人間がいったいどれだけいるのか。

 

 

そんな砂漠の中に眠る一粒の宝石に、息子は見つけられるのかと。

 

 

――――絶世の美女でなくていい。最も綺麗な宝石でなくてもいい。アイツの事をちゃんと見てくれる人が。

 

 




たぶん、元ネタはばれると思う。

有名すぎたし


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