キャスターと一緒   作:まめつぶ

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善行

 

 間違ったことが嫌いだった。

 

「ちょ、マジふざけんなって!」

 

 同級生の顔面目掛けてバットをフルスイングする。

 

「あ、がっ!」

 

 歯が折れる。

 折れた箇所からは血が流れ出ていた。

 

「おまえ! こんなことしてタダで……!」

 

 言い終わる前に二発目を食らわせる。

 先ほどより強い力で振り抜いていた。

 

 片目の潰れる音が聞こえてくる。

 

「ま、待て、待ってくれ」

 

 同級生の態度が一変する。

 友人をイジメてたときの強気は見る影もない。

 

「悪かった。俺が、悪かった。だからもうこれ以上は」

 

 許す必要はない。

 許そうとも思っていない。

 なので足にバットを振り下ろした。

 

「ぎゃあああ!」

 

 足は折れ曲がり骨が飛び出していた。

 

 今、自分は正しいことをしている。

 そう思うと力が湧いてきていた。

 

 もう一本の足を折る。その次は右腕、そのまた次は左腕。

 鈍い音が路地裏で反響していく。男は完全に動けない体となっていた。

 

「やめて……もう、やめ」

 

 仕上げに掛かる。

 脳天に狙いを定め、容赦なく振り下ろした。

 

「お待ちなさい」

 

 止められる。

 その際、バットが折れ曲がってしまっていた。

 

「ふむ。英雄に違わぬ剛力ですな」

 

 受け止めた腕の骨が折れていた。

 それを瞬時に修復する。

 

「大丈夫ですか?」

 

 助けに入った男が優しく声を掛ける。

 

「た、助けてくれ。まだ、死にたくない」

「なるほど、承知しました」

 

 温かみのある笑顔で対応する。

 

「生きようとする意思は尊い。貴方にはまだ価値がある」

 

 胸元から本を取り出す。

 

「腕の見せ所ですね」

 

 それから聞いたことない言語で何かを唱えていた。

 

「後ろをご覧なさい」

 

 後方には怪物がいた。

 何本もの触手がうねり、奇怪な動きを繰り返している。

 

「ひっ!」

 

 現実とは思えない光景に再び恐怖に襲われる。

 

 海魔が片足を捕まえる。

 それからゆっくりと引きずり始めた。

 

「嫌だ! 助けて!」

 

 引き込まれないように何かを掴もうとする。ただ周りには何もなく虚しく空振りをするだけだった。

 どうにか引き込まれまいと爪を地面に立てる。

 爪が割れ、血が流れ落ちていく。必死の抵抗だった。

 折れていることも相まって激痛が走る。しかし痛みより恐怖から逃げたかった。

 

「何でもする! 何だって言うことを聞く! だから……!」

 

 ついには逆さ吊りにされてしまう。

 下では大きな口が開いていた。まるで見せびらかすようだった。

 無数の歯があり、どれもが尖っていた。

 

「何でも、ですか。では、神と会わせていただけますか?」

「カミ? カミって、神様のことか?」

「はい」

 

 状況をしっかりと確認させた後、ゆっくりと口に向かって降ろしていく。

 

「やめろ! やめてくれ!!」

 

 さらに近づいていく。

 いよいよ頭が口の中に入ってしまう。

 

「わかった! 会わせる! 俺が神様と会わせる!」

 

 嘘だって何だっていい。

 とにかく助かるなら何でも良かった。

 

「口を閉じろ。この痴れ者が!」

 

 触手が口に纏わりつき喋れなくする。

 

「信仰を持たぬものが神を語るなど笑止千万!」

 

 同級生が騒ぐ。

 だがその声が届くことはなかった。

 

 大きな口が閉じていく。

 そっと、じわじわと、狭まっていく。

 やがて歯が体に当たり、男の恐怖は頂点へと達した。

 

「失礼しました。これでは成果が確認できませんね」

 

 触手が口から離れる。

 

「いやだあぁぁ!!!」

 

 大音量の叫び声が鼓膜を刺激する。

 

 すぐに死んでしまわないよう海魔は味わうように咀嚼していた。

 

「恐怖には鮮度があります。希望から絶望に変わる瞬間にこそ新鮮な恐怖が生まれる。しかしながら熟成されていく恐怖もまた、味わい深いものとなるのです。ゆっくりと、そう、ゆっくりと絶望に飲まれていくときに人は恐怖を濃厚に仕立てあげるのです」

 

 未だに声は響き渡っていた。

 声帯を潰さないように丁寧に食事をしていく。

 

「いかがですか?」

 

 曇りなき笑顔で問いかけてくる。

 

「ちょっと難しいな」

「なにゆえでしょうか?」

「俺がキャスターの造詣を理解するには知識も経験も不足してる」

「左様ですか。少しばかり寂しくはありますが致し方ありませぬ。ですが、いずれ相互理解へ辿り着けたならばこの上ない喜びとなることでしょう」

「うん、でもまあ」

 

 断末魔が聞こえてくる。

 どうやら息絶えたらしい。

 

「悪いことした奴に罰を与えるのは良いことをしてる気分になるな」

 

 アクトは晴れやかな気分だった。

 

「それは何よりです。我がマスターよ」

 

 海魔が地面に垂れた血を舐め取る。

 痕跡を残さないように、綺麗に後片付けを済ませる。

 

「てかさ」

「何でしょうか?」

「なんかめちゃくちゃなこと言ってなかった?」

 

 アクトが路地裏をあとにする。

 そのあとをキャスターが追随する。

 

「神様に会わせろって言ってたじゃん?」

「はい」

「会わせるって言ってきたことに対して、神を語るな! とか言ってたけど……もうなんか理不尽の極みって感じだったぞ?」

「理不尽、ですか。それこそ神が私に示した啓示なのかもしれません」

「うーん。俺にもわかるように言ってくれる?」

 

 夜の道を歩いていく。

 二人は日常会話をしつつ、次の目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「満たせ、満たせ」

 

 魔法陣を描き、召喚の儀式を行う。

 龍之介は魔術師ではなかった。

 本来であれば成功することのない儀式である。しかし聖杯の選択により、サーヴァントの召喚に成功していた。

 

「問おう。我を呼び……」

 

 瞬間、龍之介の頭が陥没する。

 前のめりに倒れ、キャスターにもたれ掛かった。

 

「行き掛けの駄賃だな」

 

 瞬殺だった。

 ティッシュでバットに付着した血を拭き取る。

 

「それで、あんたは誰だ?」

 

 キャスターが龍之介を一瞥する。

 興味がないのかすぐに横へ投げ捨てた。

 

「私、青髭と申します。貴方の名前をお聞かせ願えますか?」

「青髭? ……まあいいか。俺はアクトだ」

 

 自己紹介をしつつ、部屋の片隅に行く。

 そこには小さな子どもがいた。

 

「ごめんな、もうちょっと早く来ることができてれば」

 

 周りには子どもの家族がいた。

 すでに息はなく、殺された後だった。

 

 拘束を解き、自由にしてあげる。

 

「して、貴方はどのようなご用向きでここへ?」

「子どもの泣き声が聞こえてきてな。それに血の匂いもした。現場を確認したらこの惨状だった。そんでそいつからも血の匂いがした」

「それゆえ殺したと?」

「ああ。けどあんたからは匂いがしない。だから俺からも質問だ。あんたは何の用があってここにいるんだ?」

 

 アクトと名乗った男は異常である。

 子どもの口は塞がっていた。そのため外に声は漏れていないはずである。また、血の匂いが外までするはずもない。

 アクトの言っていることが本当であるならば、人間の五感を超越していることになる。

 

 キャスターがそれらを考慮し手を下すことを保留する。

 

 それに予感があった。

 たった今マスターと思わしき人物は死んだ。

 その代わりが必要となる。すでに龍之介から令呪は消えていた。聖杯によって回収が完了している証拠である。となれば新たなマスターの選出が始まるはずだ。

 

「聖杯を手にするべくこの地へと召喚されました。ですが残念なことにその召喚主が死んでしまいましてね」

 

 龍之介に視線をくれる。

 壁際で変なポーズを取らされたデッサン人形みたいになっていた。

 

「聖杯を勝ち取る道が途絶え、途方に暮れていたところです」

 

 悲しそうな様子を見せる。

 なにやらわざとらしく、情に訴えかけるような仕草だった。

 

「そうか、それはご愁傷様」

 

 話を流す。

 聞いといてなんだが、ほとんど理解ができなかった。

 今のところ殺しには関わってなさそうなので放っておくことにする。

 

「行こうか」

 

 アクトが子どもの手を引く。

 

「お待ちください」

 

 構わず玄関へ向かう。

 

「貴方、願いはありませんか?」

 

 予想もしていなかった質問だった。

 気になって振り向いてしまう。

 

「なんだよ急に」

「最後の問答と思いお付き合いください。お答えいただければこれ以上は引き止めますまい」

 

 そこまで言うならと少しだけ付き合うことにする。

 

「お金持ちになりたいとか? そういうやつ?」

「いえ、貴方の心の奥底にある願い、悲願とも言うべきものです」

 

 今一度思考する。

 アクトには小さい頃から抱いていた夢があった。

 

「願い、というか夢ではあるんだけど」

 

 少しばかり恥ずかしそうにする。

 けれど自信を持ってその夢を口にした。

 

「ヒーローになりたいかな」

 

 次の瞬間、アクトの右手の甲に令呪が現れていた。

 

「その願い、必ずや成就することでしょう」

 

 狙い通り。

 その思惑がキャスターの表情に出ていた。

 

「そのためには聖杯を勝ち得る必要があります」

 

 聖杯が何かはわからない。

 だが男の言葉からは虚偽やハッタリが感じられなかった。

 

 聖杯を手にすれば、願いを叶えることができる。

 

「いかがでしょうアクト、私と契約をしませんか?」

 

 何とも爽やかな、営業マン顔負けの笑顔だった。

 

 

 

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