キャスターと一緒   作:まめつぶ

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ジル・ド・レェ

 

 罰を求めた。

 

 魂の救済のため、そして悪が許されないことを証明するためである。

 

 神はいる。

 その信心に揺るぎはない。ゆえに神罰が下されることに疑いはなかった。

 

 されど幾度となく悪徳を積み重ねようと罰は下らなかった。

 最期に待ち受けていたのは神罰とかけ離れた誅殺であった。

 人の欲が混じった薄汚れた裁き。罪を理由に処刑したのではなく、罪を利用して裁きが行われていた。

 

 何もかもが狂っていた。

 ジル・ド・レェ自身も、ジャンヌを処刑した人々も。

 

 救いを求めた。

 ジャンヌが復活すれば救われる。実現すれば神が顕現したも同然である。

 神であれば正しく裁きを与えてくれる。心の安寧を取り戻すことができる。

 

 許しが得られる。

 

 ただ求め続けた。

 今でもそれは変わらない。しかし、求める先は変わっていた。

 それはアクトである。

 

 ジャンヌに対する忠誠と信仰は変わらぬままである。だがキャスターの心には二人の神がいた。

 ジャンヌとアクト、どちらも唯一無二に崇拝すべき対象であった。

 

 アクトを待つ。

 今まさに階段を上がって来ている。階段は長く、到達するまでまだほんの少し時間が掛かる。裁きが下るまでもう少しの辛抱だった。

 

 昨日の会話を思い出す。

 アクトは慈悲深く、愚劣なこの身に贖罪を提案してくれた。

 だがその提案を飲むことは出来なかった。聖杯について調べたがさらなる問題が浮上していた。

 

「アクト、やはり貴方の提案した贖罪は叶えられない」

 

 聖杯は汚染されていた。

 おそらく、願いは聞き届けられない。実現されるかもしれないが、それは想像とは真逆の方法で叶えられることになってしまう。

 

 それに子どもを生き返らせて幸せにしたとしても、キャスターは心から救われるとは思えなかった。過去の行いは到底許されることのない所業である。その悪徳が許されることはなく、どれだけ善行を積もうと手遅れだった。それはキャスター自身がよくわかっていた。二度と訪れることのない心の平穏。

 唯一自分が許されるとしたら、やはり神による裁きのみであった。

 

 そしてジャンヌの復活も叶えることはできない。残念ではあるが、今となってはさほど悲観はしていない。

 

 アクトに罰せられることにより救済を得られることができる。

 今、この場においてジャンヌの復活を叶える必要はなかった。

 

「アクト、我がマスターよ」

 

 ようやく救われる。

 これほど人を待ちわびたことはなかった。

 

「足をお運びいただき感謝申し上げます」

 

 正門にはアクトがいた。

 ここにはアーチャーとアサシンを除く全てのサーヴァントが揃っている。

 

 セイバーとライダー、それに加えてランサーとバーサーカー。

 いずれもキャスターの支配下に置かれていた。

 

 これだけの戦力があればアクトの力を十全に引き出すことが出来る。

 キャスターが人類の敵と判断されれば、また神の光を拝むことができる。

 

 心が震える。

 感動するにはまだ早いが、想像するだけで感極まってしまうほどだった。

 

「解せないな」

 

 震えるキャスターをよそにランサーが悪態をつく。

 すでに勝敗は決していた。騎士であれば負けは潔く受け入れる。だが生かし続けられることは侮辱以外の何ものでもなかった。

 今の状態は晒し首も同然である。今もなお、英雄としての誇りが穢され続けていた。

 

「なぜ自害を命じない?」

「口を閉じなさい。貴方の発言は許していない」

 

 令呪の効果が働く。

 さらに屈辱が積み重ねられていく。

 

「話すぐらいいいだろ」

「承知しました。ランサー、発言を許可しましょう」

 

 アクトの言うことをすぐに聞き入れる。

 対峙しているのか従順なのか、実に理解に苦しむ状況だった。

 

「なぜマスターとサーヴァントが対峙している?」

「お互いに譲れない部分があったからだな」

 

 マスターとサーヴァントの意見が食い違うことはままあることである。決して珍しいことではない。

 それでもそのすれ違いを無視する方法がある。マスターとサーヴァント、主人と従者の名の通りそこには決定的な優劣があった。

 

「アクト、なぜ令呪を使わない」

 

 セイバーが疑問を呈す。

 意見が違うことはわかった。ならば令呪を使えばいいだけの話である。そうすれば形としては収拾を見込むことができる。

 

「無理だな。それは正しくない。俺の心はそう言ってる。令呪を使った瞬間俺の死が確定する」

 

 令呪は使わない。使った瞬間に勝敗が決まってしまう。よくて引き分けであるが、そのあとが続かない。結局は干からびて死ぬだけである。

 

 セイバーからしたら言っている意味がわからなかった。支離滅裂な内容だが、嘘を言っているようにも思えなかった。

 ただそういうものとして飲み込むしかなかった。

 

「そろそろ始めましょうか」

 

 キャスターにとって他のサーヴァントによる会話などどうでもよかった。

 アクトに配慮して静かにしていたが、正直もはや待ちきれなかった。

 

「我がマスターを殺しなさい。その後、街へ降りて人々を虐殺しなさい」

 

 アクトの力がさらに引き上がる。

 同時にキャスターが人類の敵と認定された瞬間だった。

 

「いかがですかアクト。私は正義とは反対の存在です。貴方の手で葬るべき悪ではありませんか?」

「そうかもしれないな」

 

 その言葉を待ちわびていた。キャスターの顔つきが喜びに満ちていく。

 

「けど何にしてもだ。まずは一発殴らせろ。話し合いはそれからだ」

「もはや話すことはありますまい」

「いやあるね。どう考えても会話が足りない。一人で突っ走りやがって。そんなんじゃジャンヌにも嫌われるぞ」

「……気に障ることを仰る。その軽口もまずは勝利してからにしてもらいましょう」

「なんだ? 勝つ気だったのか?」

「そのつもりはありません。ですが貴方が期待通りのお方でなければ残念な結果となってしまうでしょう」

 

 言い合いもそこそこに、戦闘の開始と相成る。

 

 一番槍が飛んでくる。

 槍兵の突きを掴み取る。そのままバーサーカーへ投げつける。

 

 目の前にチャリオットが現れる。

 神牛の角を掴み突進を受け止めた。

 

「実に業腹だな。余の失態とはいえ、このような事態になろうとは」

「操り人形は辛いだろ。すぐに解放してやるさ」

 

 巨体を持ち上げ、地面へ叩きつける。

 ライダーの体勢が崩れる。その隙にチャリオットへ飛び乗った。

 

 今度はアクトの番かと思いきやそうはいかなかった。

 

 丸太が横から迫る。バーサーカーによって宝具化された丸太である。

 腕をクロスにして顔を守る。

 吹き飛ばされ、地面を転がっていく。深刻なダメージはない。

 

 体勢を立て直すと同時にセイバーが距離を詰めてくる。

 背負っていた金属バットを取り出す。それで不可視の剣を受け止めた。

 

「ぐっ!」

 

 力で押し負ける。セイバーに対しては十分に力を発揮することができなかった。

 アクトにとってセイバーを倒すことは正義を否定するも同義である。

 しかしながら、キャスターを止めるために力は与えられる。相反する状況により、対セイバー戦においては力が半減することになっていた。

 

 アクトの足が止まる。その間にライダーが宝具の解放を行った。

 

「貴様とは聖杯を競って矛を交えたかったのだがな」

 

 願いのため、目的のため、そういった動機のもとでの闘争ではない。

 ただ倒すために必要だから使う。不本意にして屈辱。

 そうして固有結界は展開された。

 

「我らはどこまでいってもサーヴァントでしかないということか」

 

 覇気はない。

 この戦いに己の意思などなかった。

 

 砂漠が広がっていく。

 ここにイスカンダルの心象風景が顕現していた。

 

 ただ以前とは様子が違っていた。

 そこに立つのは先ほどと同じ人物だけだった。

 

 臣下は誰もいない。

 誰一人として招集に応じるものはいなかった。

 

 異例中の異例だった。

 だが必然とも言える状況でもあった。

 王はこの戦いを望んでいない。そしてそれをわからない臣下はいなかった。

 

 結界が崩れていく。

 

「他人様の命令じゃ来ないみたいだな」

「余の臣下は余の号令に応えるのみよ」

 

 悲観はない。

 どちらかと言えばイスカンダルは誇らしげだった。

 

 状況を確認する。

 今のところ戦うことは出来ている。だが押し切れない。その原因はセイバーである。この場において一番の問題はセイバーだった。

 

(セイバーを最後に残すわけにはいかない)

 

 天敵と言っても良かった。そもそも敵として認識することができなかった。それでも倒さねばならない。そのためにはどうするべきか。

 

(他のサーヴァントが残っているうちにセイバーを倒す。もしくは一撃で全員を葬り去る。そのどちらかだな)

 

 まずは前者を試す。

 先手を打つため、セイバーへと向かう。

 

「女から手にかけるとは、男が廃るぞ」

「レディーファーストって言うだろうが」

 

 槍を弾く。

 二撃目のゲイ・ジャルグも打ち払う。

 その場に立ち止まり、槍とバットの打ち合いへともつれ込む。

 

 何度かゲイ・ジャルグがバットと切り結ぶ。

 なのだが一向にバットを断ち切ることができない。

 

 アクトの金属バットは頑丈だった。

 セイバーの聖剣を受け止めたこともあり、何かしらの魔術によって強化が施されているものだと推測していた。

 しかし破魔の槍では効果がない。断ち切ることができない。

 魔力以外の力なのかもしれない。もしくは破魔の効果を上回る何かなのか。

 ランサーの頭の中で疑問が飛び交っていく。ただそこに答えはなく、断ち切れないものと結論付けるしかなかった。

 

 バットが振るわれる。

 それをゲイ・ボウで受け止める。短槍にヒビ割れが走る。

 

(なんだと!)

 

 ランサーが飛び退く。

 簡単に壊れるような代物ではない。

 それでも破損するということは武器の格が違うということだった。

 

 神造兵装、金属バット。

 その特性は対処する脅威によって破壊力が上下するというものだった。

 出力値は対象のやや上の設定となる。じゃじゃ馬同然の性能ではあるが、基本的に相手より弱くなるということはなかった。

 

 そして対象は対峙しているランサーのみ、というわけではない。

 現在の脅威の対象はアクトが対処しなくてはならないこの状況である。

 この状況に対して、出力はやや上となっていた。

 

 故にランサーの槍が耐えられるはずもなく、破損するのは必然でもあった。

 ランサーに追撃をかける。

 だがまたもや横からバーサーカーの邪魔が入ることとなる。

 

(くそ!)

 

 毎度嫌なタイミングである。

 どこから拾ってきたのか、バーサーカーの手には卒塔婆が握られていた。

 

 横なぎに振るわれる。

 側頭部へ向けて一直線。ギリギリで顔を伏せて避ける。だがその先にはバーサーカーの膝が待ち受けていた。

 

 鼻っ面に膝蹴りが入る。

 思いもしない連撃。

 

 バーサーカーは武芸に明るかった。それもどのサーヴァントよりも優れており、技は極地の域に到達していた。

 いくらアクトの身体能力が高くても動かし方をわかっていなければ避けることは難しかった。

 

 鼻血が飛び散る。

 痛がったり、止血をしている暇などない。バーサーカーが追撃を仕掛けてくる。無理をしてでも反撃をするべきだと判断する。

 

 卒塔婆とバットの打ち合いになる。宝具化されているとはいえ、この打ち合いでは卒塔婆のほうが不利だった。

 やがて、三度の打ち合いを待たずして砕け散ることとなる。

 

 向かっては来ない。バーサーカーの名に反し、一度距離を取っていた。

 

(ここだ!)

 

 狂犬を倒す。

 今が最大のチャンスである。片づけるならここしかないと直感していた。

 

 バーサーカーが着地をする前に距離を詰める。

 そしてバットを全力にて振り下ろした。

 

 兜に直撃する。

 後頭部が地面に叩きつけられ、兜が砕け散る。

 

 アクトの体中に激痛が走る。

 無理を押して打って出たため、それなりの反動を受けることになっていた。

 

 手は止めない。

 さらにバットを振る。下からすくい上げるように、ゴルフのスイングの要領で頭を強打した。

 

 バーサーカーが吹き飛ぶ。

 木に衝突し、落下する。間髪入れず、追撃に出る。

 

 四肢がバラけそうだった。地面を蹴るごとに筋肉繊維が引きちぎれていた。

 

 止めの一撃を放つ。

 頭を狙った三度目の攻撃。

 防御をすることもできず、クリーンヒットする。

 骨の砕ける音が聞こえてくる。完全に首の骨が折れていた。

 

 もう動くことはなかった。

 

「流石でございます」

 

 バーサーカーが消えていく。

 そのことに対してキャスターが賞賛の拍手を送っていた。

 

「して、何故追撃に出ないのでしょうか?」

 

 三人の英雄は突っ立ったままだった。

 アクトを討つなら今が絶好の機会である。

 

「英雄としての意地ですか? 決死の覚悟を持って挑んだ者に横やりは入れられないと? 何とも涙ぐましいですね」

 

 心にもないことを口にする。

 キャスターの言に取り合うものはいない。

 

「ですがいつまで耐えられるでしょうか」

 

 反応がなくとも独り言は続いた。

 キャスターがさらに令呪の使用を実行する。

 

「全身全霊にてアクトを打ち倒しなさい」

 

 聖剣が輝き出す。

 対魔力が高くとも重ね掛けされれば抗うことはできなかった。

 

 真名が解放される。

 

 眼が眩むほどの光。

 聖なる光がアクトを包み込もうとしていた。

 

 バットで迎え撃つ。

 その光に心が奪われそうになる。その輝きはセイバーの心が解き放たれたかのようだった。

 アクトが最も好む類の光である。この輝きの中であれば飛び込んでしまってもいい。そう思えるほどだった。

 

 だが本当にそうするわけにもいかない。

 

 踏ん張る。

 どうにかエクスカリバーを防ぎ切る。

 

 当然のことではあるが、これで終わりではなかった。気づけば目の前にセイバーがいた。ゼロ距離によるエクスカリバーである。

 

 聖剣をバットで止める。

 受け止めると同時に再びエクスカリバーが放たれた。

 

 キャスターには無尽蔵の魔力が貯蔵されている。

 いくら撃とうと魔力が尽きることはなかった。ただでさえ力を発揮できないのに、何発も必殺宝具を撃たれてはたまったものではない。

 

(まずい)

 

 確実に削られていく。

 次々とダメージが蓄積されていく。

 

 打ち合いをするごとに宝具が襲い掛かってくる。

 しかもセイバー相手では力が入らず、まともに防御をすることもできなかった。

 

(勝つには、これしかないか)

 

 このままではジリ貧である。長くは持たない。

 この状況を打開するには今のままでは力が足りない。さらに引き上げる必要があった。

 そのために必要なこと。それは敵の脅威を上げることだった。

 

 三体のサーヴァントが向かってくる。

 セイバーとライダーの剣、それからランサーの長槍。

 それらを防御せずに受けた。

 

「効かないな」

 

 血を吐き出す。アクトは内臓を損傷していた。

 

「あんたらの攻撃じゃ俺は倒せない」

 

 精一杯の強がりだった。明らかに致命傷である。

 だとしてもやり通すしかなかった。

 

「それとも英雄なんてこんなものなのか? だったらがっかりだな」

 

 挑発する。

 

「本気を見せてみろよ。あんたらが本気にならなければ俺は抵抗しない」

 

 英雄の誇りへ訴えかける。

 これはアクトの賭けでもあった。

 

「それとも無抵抗の相手を倒しても何とも思わない口か?」

「安い挑発だな。気迫は認めるが貴様に何の得がある」

 

 ランサーが反応する。

 人一倍誇り高い騎士である。

 アクトはその誇りに訴えかけてみることにした。

 

「フィオナ騎士団筆頭騎士、主君に忠節を貫く話は読んでて感動したな。最後くらい、その誇り高い姿を見せてくれないのか」

 

 心臓に突き刺さった槍が引き抜かれる。

 

「心意気は認めよう。だがなぜそこまで我らの本気を望む?」

「英雄が好きなんだ」

 

 答えにはなっておらず、理由としても合理性に欠けていた。

 しかし、不合理ゆえにその気持ちに応えることにした。

 

 三人が距離を取る。

 決闘の距離である。

 全てを認めたわけではない。相手は一つの武功もないただの青年。

 敬意を払うに値はしない。

 それでも、死を前にして泣き叫ぶことなく、立ち続ける男児に対し、この距離で対峙することこそが今のアクトに払える最低限の敬意だった。

 

 アクトがバットを構える。

 それを合図に、決闘が開始された。

 

 煌めく剣さばき。

 大地を踏み砕く神牛の覇走。

 疾風の槍撃。

 

 英雄本来の力が発揮されていた。

 それに呼応してアクトの力が膨れ上がっていく。

 

 再び砂漠の大地へと変わる。

 

 雄叫びが上がる。

 勇ましく、力強い声が高らかに響き渡る。

 

 王に付き従い、夢を共にした英雄たち。

 先ほどとは異なり、今度は王の号令の下に招集に応じていた。

 

 バットが輝く。

 今一度、神話時代の光が蘇っていた。

 

 アクトの存在が削られていく。

 すでに寿命は風前の灯となっていた。この戦いに勝ったとしても生きていられる時間はほんのわずかだった。

 

 サーヴァントは宝具を解放することにより真価を発揮する。

 それらは絶大な力を誇り、多くが必殺の領域に位置している。

 

 アクトはサーヴァントではない。しかし、もしサーヴァントであるとしたならば、これこそが宝具の解放となることだろう。

 

 武器に名前はない。

 技の名もない。

 

 ただ、この技に名を与えるとするならば神の一撃を冠することになるだろう。

 

 真なる神の代行者としての一撃。

 正義を疑わない者のみが放つことが出来る純白の光。

 どこまでも白く、その光は無を連想させるほどだった。

 

 神撃が放たれる。

 

 キャスターが望んでやまなかった光。

 しかし不幸にもこの場にキャスターはいなかった。

 

 キャスターは決闘の場に招かれていなかった。ライダーの選定により、英雄の戦いから排除されていた。

 

 招集に応じた英雄たち、それと三体のサーヴァントが光に飲み込まれていく。

 

 心象風景が消え去り元の風景となる。

 ここにはアクトとキャスターのみとなっていた。

 

 キャスターは状況を察する。

 己が浄化される機会を逃してしまった。そのことに気づき、酷く落胆した様子となる。

 

 戦いが終わる。

 同時に聖杯戦争の終わりも意味していた。

 

 あとはキャスターが聖杯に取り込まれれば完成する。

 そのはずだった。

 

「あれは」

 

 異変を感じたキャスターが見上げる。

 その視線の先をアクトが追う。

 

 そこには完成された聖杯があった。

 器から泥があふれ出ていく。

 

 そして、何かが生まれ落ちようとしていた。

 

 アクトに力が与えられる。

 アーチャーを相手にしたとき以上の力だった。

 

 世界の意思がアクトに流れ込んでいく。

 

 

 

 ──アレを誕生させてはならない。

 ──アレは人類の敵である。

 ──命を賭してでも、何に代えても排除せよ。

 ──逆らうことは許されない。

 

 

 

 アクト自身、この意思に逆らおうとは思っていない。

 アレは悪である。

 ならば正義として行うべきことは一つである。

 

 迷いはない。

 行動にためらいはなかった。

 

 再度神撃を放つ。

 聖杯は砕け、辺りに泥が飛び散っていった。

 

 もはや避けることは叶わなかった。

 

 消滅しきれなかった泥がキャスターとアクトに降り注ぐ。

 ただ、不幸中の幸いとして被害はこの広間だけで留まっていた。

 

「アクト!」

 

 吐血する。

 体は勢いよく干からびていった。

 

「キャスター」

 

 体が急速に滅んでいく。

 アクトは悪に染まっていた。存在が悪となっていた。

 起源と相反する性質。世界から嫌悪される対象と成り果てていた。

 

 今、アクトの心に正義はない。

 しかし、それでも残ったものがあった。

 

「生きろ」

 

 願う。

 自分のためではなく、友のために。

 

「全てを償うことはできないかもしれない。けど、一人でも多くの人に手を差し伸べることはできるはずだ」

 

 話すたび、口から血が漏れていく。

 

「精一杯、悪いことしないで生きてみろ。そんで最後に少しでも笑うことができたなら」

 

 もう目は見えない。

 それでもアクトの目はまっすぐとキャスターを見つめていた。

 

「俺が許す。キャスターの罪を、俺が許してやる」

「アクト」

 

 かすかにだが心に光が宿っていた。

 小さい光ではあるが、とても温かい光だった。

 

「じゃあな、キャスター。もう悪いことするなよ」

「お待ちください!」

 

 心に反せず生きることができた。それゆえにアクトに後悔はない。

 

「今までありがとう。結構、楽しかったかな」

 

 ミイラ同然となり、果てにはボロボロと崩れてしまった。

 

「また、一人になってしまいました」

 

 残ったのは金属バットと衣服だけ。

 それらを拾い、大事そうに抱え込む。

 

「私は──」

 

 途方に暮れる。

 というわけでもなかった。

 

 道は示されている。

 やるべきことは決まっている。

 

 後は覚悟を決めるだけである。

 

 どれだけ善行を重ねようと、百人中百人がキャスターを許すことはない。

 だがそれでもよかった。

 ただ一人、友の赦しがあれば十分だった。

 

 立ち上がる。

 

 とても苦しくて寂しい。

 

 今にも倒れてしまいそうである。

 

 それでも歩いていく。

 

 もう絶望だけの未来はない。

 

 未来には希望がある。

 

 だからこそ、一歩ずつでも進むことができた。

 

「必ずや成し遂げて見せましょう。そのときこそ──」

 

 その言葉は風に乗り、遺灰と共に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝。

 テーブルには朝食が並んでいた。

 

「ちょっと! それわたしの!」

「トロいのが悪いんだよ!」

 

 男の子がおかずを奪う。

 それに対して女の子はご立腹であった。

 

「喧嘩してはいけませんよ」

 

 キャスターが注意する。

 

「おまえのせいで怒られちゃったじゃんか」

「あんたが盗んだのが悪いんでしょ!」

 

 パシッと頭をはたく音が鳴る。

 

 それを見ていた他の子どもたちは笑っていた。

 テーブルには十人以上の子どもがいた。年齢は様々で小学生から高校生までいた。

 

 彼らは身寄りのない孤児だった。

 キャスターは彼らを一身に背負い、愛と責任をもって育てていた。

 

「行ってきます!」

 

 元気な声で出かけていく。

 騒がしかった家は一気に静かになっていた。

 

「さて」

 

 いつもであればこれから洗濯物に取り掛かるところである。

 

 しかし今日は違う。

 自らが作成した地下へと移動する。

 子どもたちは一切入らせたことはない。そもそも結界が張ってあるため、間違って入ってしまうということもなかった。

 

 魔法陣を描く。

 生贄は使わない。

 

 自らの血液のみを使用する。目的のサーヴァントを召喚するための成功率を上げるためだ。

 

 遺物を置く。

 大切に保管していたためか傷一つ見当たらず、汚れも一切なかった。

 

「ついにこのときが来ました」

 

 跪き、頭を垂れる。

 目を閉じ、祈りを捧げた。

 

「我がマスターよ」

 

 もうマスターではない。

 それに、それよりも相応しい関係があった。

 

「いえ、我が友よ」

 

 強く祈る。

 組んだ手が震えていた。

 感動によるものか、はたまた不安によるものか。

 

 準備が整い、儀式を開始する。

 完璧な魔力運用、正確無比な詠唱。

 この儀式に限っては少しでも成功確率を下げたくなかった。そのため幾度となくイメージトレーニングをしていた。

 そもそも練習なしでもミスなく行うことはできる。

 だとしても練習は欠かさなかった。ほんのわずかな失敗ですら起きることがないようにと、抜かりなく準備をしていた。

 

 魔法陣が輝きだす。

 その中央には懐かしい人影があった。

 

 青年の表情は優しさに満ちていた。

 ただ、その表情は子どものイタズラを許すときのような、仕方ないなといった雰囲気だった。

 

 涙が服を濡らしていく。

 嗚咽はない。

 ひたすらに涙が流れていく。

 

 聖杯に託す願いはない。

 ただ、もう一度会いたかった。会って話をしたかった。

 

 声を聴きたかった。

 

 ただ、それだけである。

 

 そして、今一度、二人の物語が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「問おう──

 

 ──あんたが俺のマスターか」

 

 

 

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