キャスターと一緒 作:まめつぶ
「持って一か月ほどかと」
余命一か月。
医者からはそう告げられていた。
急変していく体調。
日々衰弱していく身体。
抜け落ちていく髪に、削げ落ちていく肉。
頬はくぼみ、ミイラ同然の姿となっていた。
診断書を手に取る。
そこに明確な原因は記されていなかった。どの医者でも原因を判明させることができなかった。
ザラッと音が鳴る。
乾いた皮膚と紙の擦れる音である。
「み、ず」
すぐ横にある水を飲もうとする。
その際、グラスに映った自分の顔が見えた。
瘦せこけた顔に、今にも飛び出してしまいそうな目。
唇はカサカサになり、皮が剥がれ落ちかけていた。
涙が一粒、枕を濡らす。
なぜ、という疑問は幾度も考えた。
行き着く答えはいつも同じであり、考えるだけ無駄という結論だった。医者がわからないなら自分がわかるわけがない。
生に関しては諦めていた。
ただ、今はひたすらに後悔を繰り返していた。
アクトにはユウトという友人がいた。
優等生のユウト、勉強も運動も出来る才能溢れた友人である。
正義感も強く、行動力があった。
同級生のイタズラや度が過ぎた行動に対し、アクトが言えないこともユウトは注意することができた。
その在り方が好きだった。
自慢の友達だった。
しかし、正義の行いに対しての答えは排除だった。
優秀すぎるがゆえ、正論で諭したがため、それゆえにイジメの対象となっていた。
味方はいなかった。
担任を含め、クラスメイト全員が敵だった。
一方アクトは見逃されていた。
何もせず、何も言わない限りイジメの対象にはならなかった。今に思えば、それもユウトへの嫌がらせの一環だったのだろう。
友達に見捨てられた。そうした精神的苦痛を味わせるためなのだと今になって気づく。
そうして誰にも助けてもらえず、ただ一人暴力と恥辱を受け続ける。
また、なんとなくだが、この頃から体調が悪化していった気がした。
たまに吐くようになり、眩暈や貧血を起こすことがあった。
当然のことかとも思っていた。友達がイジメに遭い、平穏な日常が崩れ去る。勝手にストレスによるものだと思い込んでいた。
だけど耐えた。弱音など吐けなかった。
自分よりもユウトの方が苦しい思いをしている。
きっと今もユウトは耐え続けている。正しい道を歩もうと頑張っている。
けど、いつか倒れてしまう。いつか自分の命を絶ってしまうかもしれない。高校生活が終わるまで二年近く残っているのだ。
友人に悲しい未来を迎えてほしくない。
そう思うと同時に、自分がそう願う資格はないと自嘲していた。
何も言わず、何も行動しなかったやつが願っていいことではない。
アクトは何も出来なかった。怖くて動けなかった。
だからこそ後悔していた。
声を上げていたら変わっていたのだろうか。
殴ってでも反抗していたら状況を変えられたのだろうか。
ただただ悔いる。
後悔の渦に飲み込まれていく。
「こんな、ことになるなら」
今ではもう立つこともままならない。
どうせこうなるのであれば、勇気を振り絞っていればよかった。
その勇気をもって、悪に立ち向かっていればよかった。
だけどそれは叶わない。
おそらく、ユウトよりも先にアクトがこの世を去ることになる。
「……ごめん」
謝ることしかできなかった。
してあげられることはもう何もなかった。
「だけど、もし」
もしもの話をしても意味はない。
けれど、もはやたらればの妄想をすることぐらいしかやることがなかった。
体が動くようになったら、声を自由に発せられるようになったのであれば。
(そのときこそ正しいことをしよう)
自分に嘘はつかず、心のままに生きる。
正しく生きて、お天道様を真っすぐ見上げられるようになる。
希望なき悲壮漂う現実を前に、アクトはそう誓っていた。
バーサーカーが吠える。
その名を体現するが如く狂ったように駆けていく。
ただ狂戦士のクラスとは裏腹に、洗練された剣技を披露していた。
「くっ!」
セイバーがどうにか打ち払う。
片手を存分に使うことができず苦戦を強いられていた。
間を開けることなき連撃。
対応が遅れ、側頭部への攻撃が迫り来る。
バーサーカーの攻撃が止まる。
バットが鉄柱を受け止めていた。
一夜にして何度も強い衝撃にさらされた金属バット。
ついにはヒビが入り、二つに折れてしまう。
もはや限界だった。
「やべ!」
上段から攻撃が来る。人間を粉砕するのには十分すぎるほどの過剰な一撃。
アクトはそれを素手で受け止めた。
「……は?」
誰の声だったか。
おそらくアイリスフィールかセイバーのどちらかである。
サーヴァントの攻撃を武装もなしに受け止める。何とも信じがたい光景だった。
「せーの!」
アクトが気合を入れる。
目一杯力を出し、両手で鉄柱をねじ切って見せた。
「ほう、何とも豪胆なやつ」
ライダーが面白そうにしていた。
気分上々といったところである。
武器が壊れようともバーサーカーは止まらない。
構わず、短くなった鉄柱で追撃をしてきていた。
鉄柱が突き出される。
ちょうどねじ切れた部分が槍のようになり、刺突武器として使えるようになっていた。
前に出て躱す。
それと同時に顔面へカウンターを放った。見事なタイミングで拳が叩き込まれる。
バーサーカーが転がっていく。
カウンターが効いており、地面で這いつくばっていた。
「あれは一体」
ケイネスが高所からアクトを見下ろす。
サーヴァントではない。それは確かだった。
だが人間かと言われると疑問を持つところである。サーヴァントと渡り合うなど人の行いではない。
「ん? あれは」
手の甲を視認する。
そこには令呪があった。そこから聖杯戦争のマスターであることが判明する。
『ランサー』
ケイネスがランサーに指示を出す。
『バーサーカーを援護し、その男を殺せ』
「しかし、我が主よ」
『そいつはマスターだ。速やかに排除せよ』
その事実にランサーが驚く。
マスターであるケイネスがアクトをサーヴァントでないと言っている。とすれば、まごうことなき真実である。
マスターとサーヴァントが対等に戦っている。もしかしたらサーヴァントより勝っているかもしれない。
如何ともしがたい現実だった。
「であれば主よ。バーサーカーを倒せとお命じください。即座に仕留め、男も排除致しましょう。そののち、セイバーを討ち果たして見せます」
ランサーはバーサーカーとの共闘を避けたかった。
個人的な思いであり、効率や合理的な思考から来るものではなかった。
セイバーを救った男を二人がかりで倒す。
それは騎士としての誇りが許さなかった。
ただランサーの発言に全く合理的要素がないわけでもなかった。
サーヴァントを倒すのは至難であり、決して余裕をもって成しえる話ではない。
であればこそ、アクトと共闘してバーサーカーを討ち滅ぼすのもまた、合理的であると言えなくもなかった。
進言を加味し、ケイネスがランサーに決定を下した。
「令呪をもって命じる。その男を殺せ」
ケイネスは最も合理的な手段を取ることにした。
バーサーカーを倒すよりもマスターを倒す方が容易い。それが普通であり、誰もが思うことである。
そしてマスターを倒した後、バーサーカーと共闘してセイバーを倒す。バーサーカーはランサーよりもセイバーを倒したいと見受けられる。それならば共闘を望むことも可能だろう。
ケイネスはそのように算段を立てていた。
ランサーが駆け出す。
アクトに赤い長槍が迫っていた。
突き出された槍を避ける。
(見える)
槍の軌道が良く見えていた。
しかも先ほどより体が軽く、みるみると力が溢れ出してくる。
これであればバーサーカーとランサーを相手にしても問題はなさそうだった。
長槍の薙ぎ払いを腕で受け止める。
「なに!」
首を飛ばすはずだった。決して力を抜いた攻撃ではない。
令呪の効力が働いているため、遊びのない本気の一撃であることは確かだった。
バーサーカーの攻撃を止めているのを目撃はしている。ある程度の強者であることは想定していたが、こうも易々と防がれるとは思ってもいなかった。
アクトが槍を掴み取る。
思いっきり引っ張り、引き込んだランサーの腹を蹴とばす。
吹き飛び、コンテナに激突する。
ランサーは腹を押さえダメージを確認した。
(持っていかれたか)
あばら骨が数本折れていた。大の大人が殴ってもビクともしない体にケガを負わせていた。
「何をしているのだ、あやつは!」
ケイネスの額に青筋が走る。
「必勝すべき相手に苦戦するなど言語道断である!」
思い通りに行かず怒りをあらわにしていた。
また、その怒りを助長するように状況は悪化することとなる。
バーサーカーがアクトを無視してセイバーへと向かっていく。
ケイネスの思惑はまたもや外れることとなっていた。
「狂犬がっ! 状況を理解できぬというのか!?」
頭に血が上っていく。
ただ普段であればここまで冷静さを欠くことはなかった。
戦場の経験がないがゆえか、これまでの人生で挫折を知らぬがゆえか。
いずれにしても臨機応変に対応することが難しくなっていた。
バーサーカーが迫る。
セイバーが再び迎え撃つために構えを取った。
「我が愛しの乙女よ!」
海魔が現れ、バーサーカーへ飛び掛かっていく。
サーヴァントからすれば一匹一匹の脅威は高くない。しかし数で押されれば話は別となる。
次々と現れる海魔を脅威と判定し、バーサーカーは攻撃目標を変更した。
「また戦場を共にできる喜び。このジル・ド・レェ、感激の極みにございます」
セイバーの後方にはキャスターがいた。
臣下の礼を取り、セイバーに対して敬服を示す。
セイバーがアイリスフィールに近寄る。
助太刀をしてもらったとはいえ油断はできない。偏見と言われても仕方ないが、キャスター相手に警戒を解くことはできなかった。
「次から次へと……!」
ケイネスが歯ぎしりをする。
状況はさらなる変化を遂げていた。
敵か味方か不明なものが入り混じった混沌とした状況。
生き残るには非常に高度な判断能力が要求されていた。
ただ俯瞰して見ていたケイネスはいち早く状況を整理できていた。
今現在、数的不利である。
バーサーカーを数に入れてよいか疑問だが今のところ敵対はしていない。
また、それよりも頭が痛くなる原因があった。
それはキャスターの存在である。
敵の後方にキャスターが構えるなど最悪である。
一対一ならいざ知らず、前衛にセイバー、後衛にキャスターなど悪質と言っても過言ではなかった。
ここに至り、圧倒的に不利な状況となっていた。
「撤退しろ、ランサー」
ここにいる全員、今すぐにでも八つ裂きにしたいところである。
だが怒りを収め、引き下がる決断をした。
ランサーが消える。
気づけばバーサーカーもこの場から消えていた。
怒涛の剣戟から一変し、戦場には静寂が戻っていた。