キャスターと一緒 作:まめつぶ
「貴様、余の臣下にならんか?」
「いや、ならないけど」
開口一番、臣下へ誘われる。
「そうか? それは真に残念だ」
「名前も知らない人の臣下になるわけないだろ」
「それもそうか。では改めて」
わざとらしく咳ばらいをする。それから威風堂々と名乗りを上げた。
「我が名はイスカンダル。征服王である」
「征服王? もしかしてアレクサンドロス!?」
「うむ。それもまた世に知れ渡った名ではあるな」
目玉が飛び出しそうだった。
「ちょ、ちょっと待って!」
あわあわと慌てふためく。
「何か書くもの……キャスター、ペン持ってない?」
「いえ、持ち合わせてはおりません」
どうしようと周りをキョロキョロ見る。
その困った様子に親切心を働かせる者がいた。
「おい」
チャリオットから声が聞こえてくる。
下からだと見えづらかったが、そこにはライダー以外に乗車してる者がいた。
「これでいいのか?」
ウェイバーの手にはサインペンがあった。
「おお! 貸してくれるの?」
「ああ、別にいいけど、一体何に使うんだよ」
ペンを受け取り、そのままライダーに差し出す。
「ここにサインもらえませんか?」
ワイシャツの胸当たりを指さす。
「現代における所有物に名前を書くという習わしだな? よかろう。これをもってして貴様も余の配下というわけか」
「そういうわけじゃないけど……でも、うーん、臣下かぁ」
胸に大きくイスカンダルと書かれる。
それを見てアクトは満足気にしていた。
「ありがとうございます!」
「うむ。その気になったら来るがよい。いつでも歓迎してやる」
もはや聞いていなかった。
アクトはキャスターのところに行き自慢をしていた。
それからライダーはセイバーのところへと向かった。
ほどほどのやり取りを終え、ライダーが空へ飛び立っていく。
この場に残ったのはセイバー組とキャスター組のみとなった。
「では改めまして、お迎えに上がりました。ジャンヌ」
紳士よろしくお辞儀をする。
「……それは私のことか?」
「然り、貴方以外おりますまい」
「私はジャンヌという名前ではない」
「何を仰いますか! ……なるほど、真名をお隠しになられておるのですね。私です。ジル・ド・レェでございます」
「申し訳ないが、私は貴公の名を知らない」
「なんと、なんということか。生前のご自身をお忘れか!?」
「一体何を言っている。人違いではないのか」
「おお! 何たる仕打ち、何たる横暴! 神はどこまで残酷なのか!」
セイバーが困った様子を見せる。
加勢してもらった手前、無碍に扱うことは憚られた。できる限り礼儀は尽くそうとしていた。
しかしながら話が通じないのは如何ともしがたく、正直なところ苦痛を感じていた。
「あー、ちょっといい?」
アクトが割って入る。
このままではすれ違いが大きくなると感じていた。
「あなた、ジャンヌさんではないんですか?」
「私はジャンヌという名前ではない。我が名はアルトリア、ブリテンの王である。此度はセイバーのクラスを得て現界した」
キャスターは真名を告げた。
そのためセイバーも騎士として名乗り返す。
「ア、アーサー王!?」
通算三回目の驚きである。
救国の英雄に征服王、果てに騎士王ときた。
「サ、サイン……!」
ペンを探すが見当たらない。
「あ」
ペンはライダーに渡したままであった。
そのことに気づき、とてつもなく意気消沈する。
「聞いても良いだろうか」
うな垂れているアクトを無視してセイバーが質問をする。
アクトがどうぞと促す。
「なぜ我々に助力を?」
気を持ち直し、セイバーの質問に返答した。
「キャスターがあんたと知り合いって聞いてたから……まあ違ったみたいだけど」
「いいえ、見間違うはずもありません。貴方こそジャンヌに他なりませぬ!」
キャスターが自信満々に言い放つ。対してセイバーは辟易としていた。
このままだと軋轢を生みかねないし、溝は深まるばかりである。ただいずれ敵対する関係のため、いくらこじれようと問題はない。しかし万が一キャスターの大切な人である場合、非常によろしくないことになる。
事情がハッキリしない内は決定的な決裂は避けるべきである。
「うーん。俺にはセイバーが嘘を言っているようには思えない。けどキャスターも適当なことを言っているとは思えない」
この場において正しいこと。それを前提に思考を回していく。
キャスターとの付き合いは短い。だがもう大切な仲間である。
アクトの目的にも協力してくれている。理解を示してくれる。クラスメイト皆殺し計画も一緒に考えてくれている。
できることなら、キャスターの力になってあげたかった。
ただ、人の話を聞かないのは良くない。
全く聞いていないわけではないが、自分にとって都合の悪いことを流してしまっている節があった。
それは正しくないことである。何より結果的にキャスターにとって不幸な未来へ繋がってしまうのは間違いない。
「セイバー、キャスターと話をしてあげて欲しい。多分、誤解が生じてる」
「ですが」
難色を示す。
セイバーにとってこの手合いは苦手であり、そりが合わない相手である。
「ちゃんと耳を傾けるように言い聞かせる。お願いできないかな?」
助太刀の恩がある。軽くない借りがある。
そして誠意ある対応にて懇願される。
セイバーの騎士としての器が試されていた。
個人的に応じても良いと思ってはいる。それでもすぐに返事はしない。主人を通さないで決めるのは顔を潰すことになってしまう。そのため一度確認をすることにした。
アイリスフィールに視線を送る。
首を縦に振るのが見える。
予想通り、了承を得ることに成功した。
「わかりました。誤解による助太刀とは言え助けていただいことは事実、借りを返すには不十分かもしれませんが応じさせていただきましょう」
「ありがとう。じゃあこれで貸し借り無しってことで」
アクトがキャスターと向き合う。
未だに何かブツブツと呟き、わなわなと震えていた。
「キャスター、落ち着いて話せそう?」
「アクト! 落ち着いてなどいられません! 我が聖処女が貶められたのです! 早急に目覚めさせなくては!」
「キャスター、俺はあんたの力になりたい。悲しんでは欲しくない。だから受け止めてくれ」
今のキャスターではまともな会話は成立しなかった。
この場は解散し後日改めて話し合い、というわけにもいかないだろう。
今はマスターもサーヴァントも己が悲願達成のために血で血を洗う戦争をしている。
そんなことにかまけていられないし、その約束を果たさなければならないほどセイバーに義理はない。
だからこそ今である。今しかチャンスはない。
ここを逃せば今後二度と話し合いの機会は得られない。
「令呪をもって命じる、でいいのか? ……えっと、冷静に、真摯に、事実を受け止め、ちゃんとセイバーと話し合いをしてくれ」
令呪が輝きを放つ。
命令という行為自体慣れていないし、具体的な文言を考えていなかったため単語を並べたようになってしまっていた。
とはいえ、たどたどしくもあったが、上手く機能はしているみたいだった。
セイバーとアイリスフィールが呼吸を忘れるほど驚愕していた。
ここで令呪を使うとは思わなかった。使うほどのことなのかとも思っていた。
しかし、何にせよセイバーとしても引くに引けなくなっていた。
ここまでされればそれ相応に応えねばならない。
「先ほどは取り乱し、無様な姿をお見せしてしまい申し訳ありませんでした。ここに謝罪致します」
片膝を着き、頭を深く下げる。
その所作は貴族そのものだった。
「謝罪を受け入れます。面を上げてください」
「寛大なるお心に深く感謝致します」
キャスターがさらに頭を下げる。
セイバーがもう一度頭を上げるように言う。二度目の固辞は無礼となる。キャスターはセイバーの厚意を受け入れた。
「まず、私から質問をさせて欲しい。貴公は今でも私のことをジャンヌと?」
「はい」
「なぜそのように?」
「そのご尊顔、寸分の狂いもなくジャンヌと相似しております。可憐でもあり凛然たる佇まい。清廉潔白であることを疑わせない聖なる輝きを放つその瞳。幾千幾万否定をされようとも私の魂は貴方をジャンヌと叫び続けております」
一切の虚偽がなく、心のままに告げられた言葉だった。
ジャンヌに対する敬意が感じ取れ、どれほどの人物だったか窺い知れる内容だった。
また、裏を返せばセイバーに対する称賛でもあった。
ここまで言われて気分が悪くなるわけがなかった。
ただ少しばかり、こそばゆくも感じていた。
「彼、見る目あるんじゃない?」
「茶化さないでください」
耳元で囁くアイリスフィールを優しく退ける。
「理由は理解しました。しかしながら私はジャンヌではない。改めて名乗らせてもらうが、私の名はアルトリアである。ウーサーペンドラゴンの嫡子たるブリテンの王だ」
「……わかりました。では最後に、失礼を承知でお願い申し上げます」
受け入れざるを得なかった。
元々は軍師であり、頭は人一倍きれる方である。心が盲目になっていただけであり、冷静になればジャンヌでないと気付くことは可能だった。
それを確信に変えるため、セイバーに儀を伝える。
「御身が象徴たる、かの伝説の聖剣──それを一目拝見させていただけないでしょうか」
すでに真名を明かした後である。
隠したところで意味はない。
セイバーが剣を取り出す。
それから不可視の原因である風を解いていった。
光り輝く剣、聖剣エクスカリバー。
その姿を惜しげもなくさらけ出す。
キャスターが一目見る。
それだけで十分だった。
セイバーがジャンヌでないという確信に至るには十分すぎるほどだった。
「感謝致します。騎士王」
キャスターはセイバーがジャンヌでないと受け入れていた。
令呪が働いているため再び取り乱したりはしないが、心底落ち込んでいるのは見て取れるほどだった。
悲願が叶ったと喜び勇んでからの振り戻しである。その落差は計り知れない。
「誤解が解けたのであれば何よりです。またいずれ相まみえる時がありましょう。その時は正々堂々と矛を交えられることを願っています」
騎士然たる振る舞いで踵を返す。
キャスターは立ち上がらず、そのまま背中を丸めていた。
セイバーとアイリスフィールが立ち去る。
ついにはキャスターとアクトだけが残されることとなった。
「キャスター」
どう声を掛けたものか。
そう思っていたところ、地面を濡らす粒が落ちていることに気が付いた。
泣いていた。
声を上げず、ただひたすらに涙だけを流していた。
そっと肩に手を置く。
今してあげられることは、傍にいることくらいだった。