キャスターと一緒 作:まめつぶ
正義。
それがアクトの起源である。
正義とは何か。
その定義は時代によって移り変わり、常識や価値観から作られていく。
ただどの時代でも共通している認識があった。
正義は人が生きていくために必要な要素であるという点である。
もっと大きな視点で言えば、人という種が存続していくためにはなくてはならないものであった。
人々は繁栄し、幸福を求める。
悪が繁栄することはなく、行き着く先は滅びのみである。
人は世界に正義を求め続けている。
アクトが正義を行う限り、世界はアクトを後押しし続ける。
しかし、正義に反する行いをすれば世界はアクトを排除しようとする。
疑いを持ってはいけない。
少しでもそこに正義はないと疑ってしまえば、世界はアクトを不要と判断してしまう。
心のままに。
己を信じて生きていくこと。
それこそがアクトの人生であり、世界に求められることでもあった。
「アクト、なぜこのようなことに」
キャスターが心配そうに見る。
それはもう心の底から心配していた。
昨日、寝る前まではなんともなかった。
それが朝目覚めたときにはミイラのように干からびていた。
息はある。生きてはいる。ただ死んでいないだけ。
そのように形容せざるを得ない状態だった。
「キャス、ター」
何か呟いていた。
聞き取れなかったため、口元に耳を近づける。
「水を」
キャスターが即座に行動に移す。
水をコップに入れ、アクトへ飲ませる。
喉が潤う。
そうしてようやく喋ることができるようになっていた。
「ありがとう」
「お気になさらず。他に必要な物はありますか?」
首を振る。
「キャスター、昨日はごめんな」
「何のことでしょうか?」
本当に何のことかわからなかった。
「俺、キャスターの意思を捻じ曲げた」
令呪を使用したことに対しての謝罪だった。
捻じ曲げられたと言われればその通りだが、キャスターに怒りの感情はない。どのような理由があるのかわからないため、話の続きに耳を傾ける。
「焦っちゃったんだ。多分、次はないと思った。もう次に話し合うことはないだろうって。でもそれは違った。良くないことだった。その場では良いことだと思ったけど、やっぱり強制的に言うことを聞かせるのは間違いだった」
懺悔をするように吐露していく。
理由を聞き、キャスターはアクトの苦悩を理解するに至っていた。
「本当にキャスターのことを思うなら、まず二人で話し合いをして、それからちゃんとセイバーに向き合うべきだった。キャスター自らの意思でセイバーと話をするべきだったんだ」
最後に、ごめんな、と消え入りそうな声で謝る。
「アクト」
全てを理解する。
包み隠さず話してもらえたおかげで、言うべきことが定まっていた。
「私は貴方に感謝しています」
これまた貴族然とした立ち振る舞いだった。
キャスターがマスターに対し、真なる敬意を示す。
「盲信に憑りつかれ、危うくジャンヌと再会を果たすことができなくなるところでした。正しい道へ導いていただけたこと、心から感謝しております」
深く頭を垂れる。
「アクト、貴方の行いは間違いではない。それはこの私が保証します。自身を責める必要はありません。元はと言えばこの未熟者が招いた事態。アクトの善意がなければ破滅への道は確定していたことでしょう。貴方の行いは正しい。どうかそのようにお納めください」
そこにはひとかけらの偽りもなかった。
ここまで言われて疑問を持つことなどできようはずもなかった。
「ありがとう、キャスター」
元気が湧いてくる。活力が戻り、生気を吹き返す。
アクトはベッドから立ち上がった。
「大丈夫なのですか?」
「うん。もう大丈夫」
虚勢はない。
その証拠に肌はツヤツヤしていた。先ほどのミイラのような姿は見る影もない。今となっては健康体そのものである。
何が起きているのかわからなかった。
前に一度、キャスターは怪力の正体について聞いたことがある。
人間の範疇を超えた腕力。
魔術も用いず、概念武装を使用している様子もない。一体どのようなカラクリなのか。
それは本人もわからないとのことだった。
真面目に考えるつもりもないのか、特段気にしている様子も感じられない。
「スーパーヒーローに覚醒したのかも。マントでも着けてみようかな」
「流石我がマスター。素晴らしいお考えです」
キャスターは拍手しておいた。
結局のところ原因はわからずじまいだった。
ただ起きたことを受け入れることしかできなかった。またそれで十分とも考えていた。力があって困ることはない。原因など捨て置いても問題はない。
そう思っていたが、事情が変わっていた。
先ほどみたいにミイラとなってしまっては大問題である。
早急に原因を探るべきだし、また原因はわからずとも元の状態に戻る術を見つける必要があった。
何かしら元に戻る手段はある。それは今しがた事実として確認されたことだ。
会話、行動、それらを忘れないように記憶しておく。
またミイラとなってしまったとき、マスターを助けることができるように。
重要な事案ではあるがすぐに結論は出ない。こちらに関しては後でじっくり考えるとして、一旦違う話題へと移ることにした。
「アクト、聖杯を手に入れましょう」
改めて誓いを立てる。
ジャンヌが復活した。聖杯は自分を選んだ。だから必要ない。
昨夜そんなことを言っていたが、方針を元通りにした。
「そこで一つ相談があるのですが」
「どうした?」
「今後、他の陣営と雌雄を決するときが来ましょう。その時に備え、魔力を補給しておきたいと考えております」
拒否する理由はない。
そのためアクトが話の続きを促す。
「つきましては補給も兼ねて計画を実行に移したい所存なのですがいかがでしょうか」
計画とは、クラスメイト皆殺し計画のことである。
「キャスターがオッケーならいつでも」
「かしこまりました。では支度が終わりましたら向かいましょう。あと半刻ほどでホームルームが始まる頃合いです」
ニコリと人の良さそうな笑顔を浮かべた。
何とも不思議なもので、キャスターの微笑みは聖者のようだった。いつもの金魚みたいな顔も愛嬌はあるがやはり笑っているほうがいい。
そう、アクトは考えていた。
学校に到着する。
生徒は見当たらず、すでに教室へ入ったあとである。
誰もおらず、人の気配はない。そう思った瞬間だった。
アクトの視界にある人物が映りこむ。
今まさにその身を投げうち、地面へ向かって落下をしていたところだった。
「ユウト!!」
友達が屋上から飛び降りていた。
いつか起こるかもしれないと懸念していたことだ。それが今この瞬間に起きていた。
駆け出す。
だが間に合わない。
魔法でもない限り助けることは困難だった。
「ご命じなさい」
言葉の意味を理解するよりも前に行動した。
理解は必要なく、ただキャスターの言葉を信じていた。
「頼む! キャスター!」
令呪が発動する。
キャスターがユウトの元に一瞬で転移する。
海魔がクッションとなり、ユウトを優しく受け止めていた。
生きていた。
意識はないが、息はある。
後一歩でも遅かったら死んでいた。
キャスターがいなかったらどうにもならなかった。
最悪にして最大の危機を間一髪で逃れる。
安堵もそこそこに、申し訳なさと悔しさで涙が零れていく。
「ごめん、ごめんな……!」
泣く資格はなかった。イジメに加担していないとはいえ、今まで見て見ぬフリをしてきたのである。
涙が友人の服に落ちる。
その服の下からは生傷が見え隠れしていた。火傷と見られる部分もあり、おそらくタバコを押し当てられたものだった。
「キャスター、俺、悔しいよ……!」
キャスターが寄り添う。
昨日とは立場が変わり、今度はキャスターが肩に手を置いた。
「私にお任せください。我がマスターよ。貴方の雪辱、ご友人の無念、必ずやこのジル・ド・レェが晴らしてみせましょう」
輝く太陽を背に、手を差し出す。
「さあ」
まるで聖職者のような邪気のない微笑みだった。
敬虔なる信徒と言われても疑う余地のない出で立ち。
アクトは救いを求めるように手を取り、決意と共に立ち上がった。