キャスターと一緒 作:まめつぶ
教室の片隅。
そこにアクトの席があった。そのすぐ後ろでは日常的な行為が行われていた。
「おら!」
クラスメイトがユウトの腹を殴る。数人で囲み、逃げられないように羽交い絞めにしていた。
殴った男子生徒が楽しそうにする。まるで休み時間にトランプで遊ぶかのような雰囲気だった。
誰も罪悪感を感じている様子はない。誰一人として止めようとするものもいない。
いつもの光景、いつもの日常。
さして特筆すべきないような状況に、教室には退屈に似た空気が流れていた。
「あー、くそ!」
男子生徒が悔しそうにする。
思った結果にならなかったための悪態である。
「次、俺な」
「いいの入ったと思ったのになー」
順番待ちが回ってきた男子がユウトの前に出る。
「もう、やめてくれ」
当然のように無視する。聞こえていないわけではない。聞く必要がないと認識しており、それがごく当たり前の常識になっていた。
続けざまに腹を殴り上げる。
悶絶する。
もう限界だった。ユウトがその場で嘔吐してしまう。
「しゃー! 俺の勝ちぃ!」
最後に殴った男子が勝ち誇る。サッカーで点を決めた時のようにガッツポーズを取っていた。
集まった男子生徒はゲームをしていた。それは誰が先にユウトを吐かせることができるかというゲームだった。
ユウトはとても苦しそうにしていた。
また普段の生活では聞くことのない呼吸音を発していた。喉に物が詰まり、上手く息が吸えないような時に鳴るような音だ。
「おい」
一歩離れたところで見ていた生徒が近寄ってくる。
名を渡辺といい、グループのリーダー格でもあった。
「食え」
床の嘔吐物を指差す。
何を言っているのか。
一瞬、理解することを拒むほどの内容だった。
「食えって言ってんだろ」
渡辺は信じられないほどに短気だった。一つ前の発言から五秒も経っていない。続けて三度目の命令を出すが従うことはしない。いくらなんでも無理があった。
痺れを切らした渡辺がユウトの髪を掴む。そしてそのまま床に押し付けた。
「綺麗にするまで離さねえからな」
その言葉は実行されることとなってしまった。
ユウトは耐えていた。
いつか終わりが来る。正しく生きていれば報われる。そう信じて疑わなかった。
次の休み時間。
ユウトは裸にされていた。女子生徒が囲み、写真を撮り続けている。
「股開くんだよ。犬みたいにこっちに腹向けろ」
無理やりポーズを取らされる。悪趣味な所業である。
「超ウケるんだけど!」
「うわっ。引くわー。本当にやるとかバカみたい」
休み時間が終わり、担任が教室へ入ってくる。
この時間は担任が受け持つ授業だった。
「席に着けー。そこ、じゃれついてないで準備しなさい」
「はーい」
特に慌てる様子はない。ユウトを放っておき、女子生徒が席に着く。
「君、早く服を着なさい」
異常だった。
そしてこれが日常だった。
ユウトが服を着る。
よろけつつも自分の席へと座る。
授業が始まる。
学校生活において、この時間だけが平穏だった。
授業が終わり、再び悪夢の時間が訪れる。
まだまだ終わらなかった。苦行は続けられた。
おもちゃで遊ぶように、アクト以外のクラスメイトが代わりばんこにユウトを使っていた。
そうして時間を余すことなく、ユウトは一日中責め続けられていた。
正義とは一体何なのだろうか。
この場において、誰もが思いつく答えがある。
それはイジメをやめさせることである。イジメをした生徒には何が悪いのかを諭し、二度と同じ過ちをしないことを約束させる。
そして最後には仲直りをする。
これが最善であり、いわゆるハッピーエンドというやつである。
果たしてこれが正義なのだろうか。
その疑問を百人にぶつければ、きっと百人が頷く。それほどまでに非のない答えである。
もちろんアクトも首を縦に振る。
喉に引っ掛かるものを感じながらそうだと答えるだろう。
これが正義。これが正しい行い。確信めいた思いがあった。
しかし心が納得しない。頭では理解している。なのに心は違うと叫んでいた。
なぜ、ととぼけたような疑問を持つ。
答えは出ている。いつだってその答えは心の隅にあった。ただ考えないようにしてただけである。学校で習う道徳、人との交流によって獲得していく善悪の基準、そこから形成される社会の常識。それらによって思考と心は抑圧されていた。
死ぬ間際、アクトはその抑圧から解放されていた。
どうせ死ぬ。なら心のままに思考するぐらい許されたっていい。
後数分ともたず心臓の鼓動は止まる。今更何かを考えても意味はない。そんなことはわかってはいたが、考えることを止められなかった。
根拠はない。けど思考の先に人の希望を感じていた。そこにたどり着けば何かが変わる気がした。
イジメをやめさせるにはどうするべきか。それはイジメをする者を排除することである。
イジメをした人に対し、更生は必要か。そんなものは不要である。
仲直りが最も最善か。否、同じことが繰り返されないようにすることが最善である。つまりは存在の抹消である。
これこそが正義である。その答えにたどり着いたとき、心が完全な肯定を示していた。思考と心が完全に一致していくのがわかった。
この世に必要のない人間というのは確かに存在するのである。それらを排除することで、正しく生きている人がより安心安全に過ごすことができる。
極端でもあり、過激とも言える結論。
だが決してアクトが特別というわけではない。誰しもが心のうちに思うことである。ただそれを表に出せば社会で生きていくことができない。法がそれを許さない。故に心のうちへ仕舞い込むしかなかった。
そうして抑えつけられた思いはやがて無意識下の集合体として集束していき、統一された意識に組み込まれていった。
アクトは答えを得ていた。
故に、アクトは世界にとって必要な存在となっていた。
契約はしない。しなくともいずれ英霊の座に来ると確信があった。今はただ後押しをすればいい。そうすれば人類は破滅へと向かわない。
なぜならアクトは正義なのだから。
世界が求める正義。
アクトが信じる正義。
それが一致する限り、世界は惜しみなく力を分け与え続けることだろう。
認められない行いであれば、世界は容赦なくアクトを排除する。
また、アクトは自身の正義を信じなければならない。自身を疑うということは世界を疑うに等しい。それは人類の敵となるということだ。
そして、今まさにその答え合わせが行われようとしていた。
何が正義なのか。この行いによって、その答えが鮮明になることだろう。
教室に入る。
すでに生徒は席に着き、担任も教卓の前にいた。
現在、ホームルームの真っ最中である。
「なんだ、退院したのかアクト」
感情に乏しい担任が珍しく驚いた様子を見せていた。
「それならそうと連絡を寄こしなさい」
驚きもほんの一瞬であり、すぐに出席簿へ視線を落としていた。気だるそうなのは相変わらずだ。
席には着かず、アクトは教壇へと上がった。
「どうした? 早く席に着きなさい」
「先生、なぜイジメを見過ごすんですか?」
担任がピクリと反応する。
そのことについて何か言われるとは思ってなかったのだろう。
「何を言っている。私のクラスでそのようなことは起きていない。馬鹿なことを言ってないで席に着きなさい」
少し早口になる。
明らかにごまかそうとしていた。
「認めないんですね。まあ予想通りではありましたけど」
聞く必要はなかった。けれど一言くらい弁明の機会はあってもいいと思っていた。その義務を果たし、キャスターに連絡を取る。
『キャスター』
『滞りなく』
結界が張り終わる。
これで中の状況が外に漏れることはない。
早速行動に移す。
まずは近くの担任から天誅を下すことにした。
「今日は自分が教卓使いますんで、そこどいてくれませんかね?」
「いい加減にしなさい。これ以上邪魔するのであれば……」
言い終わる前に腕を切り落とす。
アクトの手にはコンバットナイフがあった。通常サイズに比べやや大き目である。重くて取り回しは難しいが、その分かなり頑丈にできていた。
また、アクトにとってはいくら重かろうが関係なかった。頑丈であればあるほどいい。それを重視して購入していた。
「うわああああ!!」
普段から低血圧でやる気のない担任が大声を上げる。左腕からは大量の血が流れ出ていた。続けて右腕を切り飛ばす。声を上げさせる暇もなく、両足を切り落とす。
一同、その光景を呆然と見ていた。
ようやく現実を認識できたのか、恐怖によって声が教室内で一斉にはじけ飛んだ。
窓ガラスが割れてしまうのではと思えるほどの悲鳴が響き渡る。
全員、逃げようとしてドアへ向かっていた。
「おい! 早く開けろ!」
「開かない!? 何で!」
必死になってドアを開けようとする。
しかしいくら引けども動くことはなかった。教室には結界が張ってあり、この場はすでに異界化されていた。
「静かにー、皆静かにしてー」
静かになる気配はない。
より一層悲鳴は大きくなるばかりだ。
「しょうがないな」
男子生徒を一人捕まえ、皆が見えるよう片手で持ち上げた。いわゆるアイアンクローである。
「ちゅうもーく! 静かにしないとこうなっちゃうよー」
アクトが握力を強める。激痛を感じた生徒が暴れだしていた。しかし手から逃れることができない。万力で固定されたみたいに抜け出すことができなかった。
さらに力が強まっていく。脱出かなわず、頭が潰れて血が飛び散っていた。
静かにはなっていた。また何人かは漏らしていた。
「はい。皆さんが静かになるまで一分掛かりました」
実際それほど時間は掛かっていない。ただ言ってみたかっただけである。
アクトが席に着くよう指示を出す。何が起きているのかわからないが今は逆らわないほうがいい。その共通認識の元に全員が着席をする。
「先に言っておくけど、騒いだり動いたりしたら殺すから」
そう前置きをし、ホームルームの連絡事項に移った。
「じゃあ皆、上を見て」
皆、一様に上を見る。
そこには海魔がいた。豪勢なことに一人ひとりに配備され、所狭しと天井に張り付いている。
「きゃあああ!」
女子生徒の一人がパニックになり席を立ち上がる。
その瞬間、海魔が触手を伸ばし女子生徒を捕まえた。
「イヤ! イヤアアア!!」
引き上げられていく。ガブリと一口。首から上がなくなる。
血が飛び散り、近くにいた生徒に降りかかっていく。ボトッと首のない胴体が後ろの席の机に落下する。女子生徒が目の前の死体を見る。逃げたくても逃げれない。そんな状況に過呼吸を起こしてしまっていた。
「こうなるから気を付けてね」
そちらを見ず、事務的に告げる。
「それじゃホームルーム再開するね」
出席簿でトントンと教卓を叩く。切り落とした担任の手から拝借したものだ。
「えーと、出席番号一番、蒼井さん」
「…………へ?」
呼ばれた本人は呆けていた。
「なんでユウトを裸にして写真を撮ったんだ?」
その一言により、全員があることに勘付いていた。
これはアクトによる代理の復讐である。返答を間違えればきっと恐ろしいことが待ち受けているに違いない。
「違う。私じゃない」
「嘘はダメだよ」
海魔が蒼井を捕まえる。
「待って! 違う! 違うの!」
「違わない。この目で見てたから」
「お願い! 止めて! 言われてやったの! 私がやりたくてやったわけじゃない!」
苦し紛れの言い訳をする。そこに追い打ちをかけるようにアクトは問うた。
「ネットにも流したよな?」
それに対し、蒼井は否定の言葉を続けた。
慈悲はない。そもそも嘘をついた時点で聞く耳はなかった。
蒼井が食べられる。その光景を間近で見ていた後ろの席の子が嘔吐してしまう。
「じゃあ、次は、渡辺君」
「え!?」
予想外だった。
てっきり出席番号順かと思っていた。何か助かる方法はないかと考えていた。それらが一気に消し飛び、頭の中が真っ白になってしまう。
「ユウトを執拗に殴った挙句、その際に吐いたゲロを食わせてたよな。なんでだ?」
「そ、それは」
嘘を言えば食われてしまう。かといって本当のことを言っても殺される可能性が高い。
生き残るための言い訳を必死に考えた。
嘘ではなく、許されるかもしれない答え。それをなんとか捻り出す。
「も、もったいない、から、です」
思考の末に出した結論がこれだった。
「なるほど」
無理もない。
恐怖により正常な思考などできようはずもない。けれどアクトは尊重した。本当にそう思っているなら、今から言うことを拒否するはずがない。
「じゃあ、これ食べなよ」
先ほど吐かれた物体を指差す。渡辺は露骨に拒否感を示していた。
「大丈夫、こっち来なよ。今は襲ってきたりしないからさ」
海魔から唾液が垂れ、渡辺の肩を濡らす。
逆らうことはできなかった。意を決し、アクトの命令に従った。
「十秒以内ね」
時間制限を課す。一応理由はあった。タイムリミットは一限目が終わるまでである。今日の一時限目は担任の授業だ。そのためこのままでも問題はない。ただ二時限目を迎えると違う教室に行かなければならない。
授業に先生が現れないと不審に思われてしまう。そのため、一人あたりに掛けられる時間はせいぜい一分から二分程度だった。
渡辺が必死に嘔吐物の処理をする。だが気持ち悪さを感じ、吐いてしまっていた。
時間内に終わることはなく、敢え無く海魔の餌となった。
「じゃあ次はっと」
出席簿を確認する。
次に指名したのは渡辺のグループの一人だった。
アクトがキャスターを教室へ招き入れる。
新たな登場人物に視線が集まるが、特に紹介等はしない。
「これからゲームをします」
同級生に対してではない。キャスターに対しての説明だった。
「どのような内容でしょうか」
「今からこいつの腹を交互に殴ります。そんで吐かせたら勝ち」
「ふむ。委細承知しました」
同級生を教壇に立たせる。
それから逃げられないように海魔で拘束をした。
「では私から」
「待って! 待ってくれ!」
声は届かない。しかもなぜかキャスターはやる気満々だった。
キャスターが殴る。とんでもない量を吐血していた。加えて腹には風穴ができていた。
死んでいた。
キャスターの反則負けである。
「はい、キャスターの負けー」
「お待ちください」
「どうした?」
「この者は吐いております。私の勝ちではありませぬか?」
床を見る。そこには血と混ざるように朝ごはんと思わしきものがあった。
「いや、これだと口から出たのか腹から出たのかわかんないし」
「なんと、それならそうと仰ってください」
「聞かなかったキャスターが悪いんですぅー」
二人は仲の良い友人のようだった。
アクトが次のマトを用意する。さっきと同じようにゲームを行った。
今度はアクトが殺してしまっていた。そのことを悔しがり、キャスターが勝ち誇る。
命をなんとも思わない。虫を踏み潰すように、安物のおもちゃで遊ぶように雑に扱い、遊戯に興じるような振る舞いをした。
別に楽しいとは思っていない。
こうすることで少しでもユウトの無念が晴れると信じての行動だった。
ただ為すべきことを達成し、そこから得られる充実感や喜びはあった。
体は朽ちない。むしろ力が溢れてくる。しからば世界が求めている正義に他ならなかった。
正義が続く。
ある生徒は発狂していた。触発されるように自殺を図ろうとしているものもいた。
喋ってはいけない。動いてはいけない。ルール違反をしたものは次々と海魔に捕食されていた。
やがて最後の一人となり、その者の処罰を終えた。
「……終わった」
目的が果たされる。
今、アクトは達成感で満たされていた。
「お疲れでしょう。少しばかりお休みください。後は私が片づけをしておきます」
「うん。ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」
自分の席に移動し腰を落ち着ける。そこから教室を見渡す。天井、壁、床、どこもかしこも真っ赤に染め上げられていた。
感慨深かった。山の頂上から絶景を見た時のように、心が澄み渡っていくのを感じる。
「終わりました」
キャスターから作業終了の報告を受ける。教室は綺麗な状態へと戻っていた。
ゆっくりと息を吸い込む。
空気がとてもおいしかった。この前までの淀んだ空気はもうない。鬱屈とした日々とはこの日をもって決別していた。
明鏡止水、五体満足。
これにて正義は完了を迎えていた。