キャスターと一緒 作:まめつぶ
「ほれ、そう遠慮することはない」
ライダーに柄杓を渡される。
「これお酒? 俺まだ未成年なんだけど」
「それがどうした? 酒の席に来たのだ。飲まない阿呆はいまいて。それに一度受け取ったのだ。男ならぐっと飲み干してみせい」
「……大丈夫かな?」
すんすんと匂いを嗅ぐ。
慣れないアルコール臭に鼻が強く拒否反応を起こす。
おそるおそる口をつける。少量を口に含み、舌で転がして味を確かめる。
美味しいかどうかなんてわからなかった。それよりも鼻を突き抜けるアルコールの匂いがどうにもダメだった。
口に含んだ分については無理やり飲み込んだ。
「きっつ」
鼻のみにで終わらず、喉も刺激を受けることになっていた。喉から焼かれるような熱さを感じ取る。こんなものをなぜ大人は飲むのかと疑問が尽きなかった。
「俺にはまだ早いみたい」
「なんだ貴様、屈強な肉体に似合わず舌は華奢だな」
柄杓を返す。ライダーは再び酒を汲み一気に飲み干した。
「ところで貴様、名は?」
「アクト」
「そうか、ならばアクトよ。今日は王がなんたるかをとくと知るがよい」
アクトはほぼ無理やり連れてこられていた。誰が聖杯を得るに相応しいかを見定めるとかなんとか言っていたが、あまり理解することはできなかった。
ただアクトを連れてきた理由はそれとは関係ない。目的は王としての格を見せつけ、改めて臣下となるかどうかを問うためであった。
参加者はセイバーとライダー、そしてアクト。
その後方にそれぞれマスターが控えていたが、キャスター組だけは逆となっていた。
これにて役者が出揃ったかと思っていたが、どうやらもう一人誘いを掛けられた者がいたらしい。
「王の宴と聞いていたのだがな。何故下賤な者が席を同じくしている」
アーチャーが姿を現す。鎧を身にまとい、その姿は黄金に輝いていた。
「民草と語らいあってこそ夢を同じくすることができる。背中を見せるばかりが王の役目ではあるまいて。それにこの者の意見も聞いてみたいではないか。現代を生きる民がいずれの王を選ぶのか」
「民が我を選ぶのではない。我が民を選別し、仕えるに値するか決定するのみだ」
「つまりなんだ? 王の器を示す度量を持ち合わせていないと?」
ただでさえ不機嫌なのにより剣幕が険しくなっていた。
「そうつんけんするでない。ほれ、貴様も一杯どうだ?」
柄杓を差し向ける。腰を下ろし、中身を飲み干した。
「何だこの安酒は?」
飲み干したはいいが、何やら不満を漏らし別の酒を用意し始める。それにライダーは気分を良くし、杯に注いで全員に行き渡らせた。
(え?)
アクトは自分の前に置かれた酒に冷や汗をかいていた。
そもそも回ってくるとは思っていなかった。差別的な発言をしていたため除外されるものだと勝手に思い込んでいた。
案外、王の器を問われて気にしているのかもしれないが、その胸の内を知る由はない。
(どうしよう……飲まなきゃダメかな)
黄金の杯に注がれた極上の酒とにらめっこをする。そんなアクトをよそに王による問答が始まっていた。
耳を傾けつつ、自らの酒と向き合う。
(一気に飲もう。そうすれば苦い思いするのも一瞬だ)
アクトは酒の飲み方を知らなかった。当然といえば当然だが、一気飲みは考えられる中で最も悪手であった。
グイッと酒をあおる。酒豪のような飲みっぷりを見せつけていた。それに気を良くしたのかライダーがおかわりを注ぐ。
(なにしてんねん!?)
嫌なことを乗り越えた直後にまた同じことをやらされる。こればかりは精神的にくるものがあった。
問答は加速していき、各々の王としての在り方が見えてきていた。
セイバーは平穏なる治世を、ライダーは夢見る乱世を、アーチャーはわからないが言動から何やら不穏な雰囲気があった。セイバーを笑いものにしているところを見る限り、平和を望むようには感じられなかった。少なくとも今の時点でアクトによる印象は良いものではない。
アクトが二度目の覚悟を決める。
どうやら酒は注ぎ終わったらしい。つまり今ある分を飲み干せば、もう注がれることはない。杯を掴み、またもや一気に胃へ流し込む。
「……ふぅ」
難を乗り越える。
何度飲もうが酒の味はわからなかった。当分は遠慮したいところである。
「熱い」
これまた初めての経験だった。
運動したわけではないのに、やけに体が火照っていた。また不思議と気分が良くなり、よい心持ちとなっていた。
気づけば砂漠の中にいた。
異常事態である。だがアクトの目の前にいるアーチャーは慌てた素振りを見せていない。
なら問題ないのかも、と楽観的な思考の下に居座り続けた。普段ならしないような思考回路である。
やがて元の場所へ戻ってくる。
一体何だったのか。真実を知るのは後日、キャスターに説明を聞いたときになるだろう。
「幕切れは興覚めだったな」
場は白けた様子となっていた。これでお開きかと思われたが、まだ最後の問答が残っていた。
「おっと、聞き忘れるところだった。アクトよ、今宵は王が語らう場であったが、最後に貴様の意見を聞きたい。現世に生きるものとして王に何を思った。そして余に仕える気にはなったか」
自信満々に問い掛けてくる。なぜそこまで自信があるのか。それを理解できないわけではない。今までの話を聞いていれば、多くの人がライダーに魅せられることだろう。
その背中に夢を見る。高らかに叫ぶ雄々しい姿は憧憬の念を抱かせる。
物語の征服王に劣らず、その在り方はロマンに溢れていた。
アクトの答えは決まっていた。迷いはなく、ただ思ったことを口にする。
「なる気はないかな。ただ」
一言で終わらせてもよかった。けどライダーは色々話を聞かせてくれた。別に頼んだわけではないが、それ相応の誠意は見せるべきだろう。
「ただ、なんだ?」
「もし、ここにいる王の誰かの臣下になれと言われれば、俺はセイバーの臣下になる」
ハッキリと言い放つ。
セイバーには迷いが生まれていた。聖杯に託す願いを否定され、笑いものにまでされる始末だった。戯言だと切り捨てることができればよかったのだが、今はそれができずにいた。
そんな中、セイバーは救いを求めるように、希望にすがるようにアクトを見ていた。自覚はしていない。アクトもその視線には気付いてはいない。
「如何なる理由がある」
帰ろうとしていたライダーがアクトに体を向ける。
「セイバーは人を救うことしかせず、民を導くことはしなかった」
ライダーはその通りだと言わんばかりの態度である。
「それを良くないことのように言うけど、俺からしたらそれで十分だし、それこそが正しい行いだと思う」
酒が入っているせいか、いつもより口数が多くなっていた。
「別に導いてもらう必要はない。進む道は自分で選ぶ。必要なのは選ぶことができる環境だ」
ライダーの言は人を惹きつける。憧れを抱かせる。胸の奥に情熱が宿る。
しかし、それはあくまで見る分としてである。物語としてであればそのまま思いを馳せ、空想にふけて没頭することができる。
だが現実に起こりえるとなれば話は別である。私も俺もとはならない。わざわざ乱世に突入するような王の元にいたくはない。
「人々を救い、平和をもたらす。それでいい。それだけあればいい。それこそが最も必要なものだ。導きはいらない」
「救済のみを求めると?」
アクトが強く頷く。
「それに暗君とは言うけども、俺からしたら暗いどころか明る過ぎるくらいだ。何を考えているかわからないなんてことはない。誰よりもわかりやすいと言ってもいい。セイバーは正義を行っている。ただそれに従っている」
口が回っていた。アルコールがガソリンとなり、エンジンがフルスロットルになっていた。
「アクト、仮に貴様がセイバーの臣下としてだ。その志を共にし、国のために身命を賭したとしよう。だがそこの小娘はその思いをなかったことにしようとしている。貴様の思いはどこに行く? 一体何のために戦ったのだと胸を張れる」
「思いは騎士王と共に、誇りは正義のために」
酒が入っているせいもあるが、王同士の会話を聞いていたため口調がそれっぽくなってしまっていた。
それに気付き少し正気に戻る。恥ずかしさを紛らわすように咳ばらいを行い、最初の結論へと帰結させた。
「何より王道に正義は不要って言ってたよな。それなら俺とあんたは決して相容れることはない。あんたが王道を歩む限り、俺はあんたを受け入れられない。だからあんたの申し出は断る」
ライダーが黙る。打てば響くような性格だ。その様子にウェイバーは珍しいものを見るような視線を向けていた。
ライダーは考えていた。この時代に生きる人間は皆このように考えているのだろうかと。知る必要があった。自らの思いに共感し、夢を共にする者がいるのかを。
一人で征服は成しえない。王は孤高であってはならない。夢に突き進むのであれば、この時代に沿った価値観を学ぶべきと考えるようになっていた。
アクトがライダーとの話は終わったと認識し、次に問うべき相手に視線を向けた。
「それと、あんたに聞きたいことがある」
「誰に向かって申し立てをしている。身の程を弁えるがいい」
アーチャーが酒に口をつける。通常であれば即座に首を落としていたところだ。だが今は機嫌がいい。掘り出し物を二つも見つけたため、多少の失言は流すことができた。
「セイバーの願いを嘲笑ったよな。なぜ笑う? なぜ卑下にする? 俺はあんたから正義を感じることができない」
アーチャーの全てを知ったわけではない。だが人を尊重するような性格には見えず、不遜な態度ばかり取るアーチャーに怪訝な思いが積もっていた。
「あんたの願いはなんだ?」
「口を閉じろ。雑種。下賤な者と交わす口は持ち合わせていない」
「まあそう憤ることもなかろうて。王の前で怖気づくこともなく意見しているのだ。その意気を汲んでやるのも王たる務めじゃないか?」
「貴様に王の何たるかを言われる道理はない。がしかし、その胆力は認めてやる。力の差もわからぬただの愚物かもしれんがな」
嘲笑し、わかりやすく見下していた。
「一度だけだ。貴様の質問に答えてやる」
高圧的に許可を与える。二度目はない。二度目は死を意味する。言外にそう表現していた。
「元々聖杯はあんたの所有物で、それを回収することだと聞いた。でももし、聖杯がその手に戻ったら何を願う。本当に回収するだけで何も願うことはしないのか」
「我が欲する物はない……いや、今に至ってはそうとも言い切れんか」
セイバーの体に目を這わす。蛇のように纏わりつく淫びな視線。ただ聖杯を使用してまで手に入れるような事柄ではない。それにまだ見定めている最中である。
「聖杯を用いて手に入れる物はない。が、今の世は醜悪すぎる。どこもかしこも貴様のように分別を持たない愚物が蔓延っている。実に気持ちが悪い。王としての慈悲だ。不要な愚物を掃除するために使うのも悪くなかろう」
町を見て回り、アクトとの会話を通じてその結論に至っていた。
確固たる信念に基づく発言ではない。それゆえに決して許容できる願いではなかった。
「間引きでもするつもりか?」
「一度のみと言ったはずだ雑種。次はない」
慈悲が与えられた。アーチャーが杯に残った酒を飲み干す。罰を与えるよりも酒を優先した結果だった。
「その行いのどこに正義がある?」
一本の剣が射出される。
アクトの顔目掛けて一直線だった。
それを難なく掴み取る。
「悪人だけを排除するならわかる。けど、あんたのそれは正しく生きる人も含まれている。違うか?」
「図に乗るなよ。雑種如きが」
初めて二人の視線が重なる。
アーチャーはアクトを見ているようで見ていなかった。見る価値もない雑種の中の愚物。しかし今となっては処罰の対象として認識していた。
「一度ならず二度も我が至宝に触れる輩が現れるとはな。その不敬、万死に値するぞ」
「あんたはいちゃいけない。聖杯も渡さない」
互いに言いたいことを口にする。
もう会話をする必要はなかった。
アクトが立ち上がり、アーチャーを見下ろす。
「立て、俺があんたを排除する。それが正しい行いだ」
掴み取った剣を突き付ける。
アーチャーの怒りは留まるところを知らなかった。
「吠えるなよ雑種。その大言壮語、命を持って償うがいい!」
王の財宝が開かれる。
もはや白けた空気などどこにもなかった。空気は張りつめ、緊張が走り抜けていく。
今ここに、最強のサーヴァントと最強のマスターによる決闘が行われようとしていた。