未定   作:正直な嘘吐き

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人生は劇的だとはよく言ったものだ。

 

のんべんだらりと極々普通に過ごしていてもちょっとしたことで、くだらない些細なことで

今までの生活がガラリと変わってしまうのだから。

 

動かず、なにもせず、不動を貫けば確かに何も変わることはない。

 

変わることはないが――それはつまり、少しでも何かをすれば変わってしまうということの

裏返しなのだ。

 

だからこそ人生は劇的なのだろう。

 

「おーい……あの、お兄さーん? いい加減起きてくださいよ。そんな死んだ振りだなんて、

趣味が悪いですよー? ご丁寧にこんなにたくさん血糊まで流しちゃって……」

 

ここに一人。目の前の現実を受け入れられてない少年がいた。

 

少年の目の前で完膚無きまでに、これ以上無いぐらいに顔をぐしゃぐしゃにした男が

横たわっている。

 

比喩表現でもなく、文字通り顔をぐしゃぐしゃにして。

 

その上顔は血に塗れているのだから、ちょっとしたホラーに見えなくもない。

 

この凄惨な空間を作りあげたのが少年ではなかったらの話だが。

 

少年はまだまだあどけない、幼さの抜けきっていない顔つきだった。

 

事実彼はまだ中学校に上がったばかりの、ピッチピチの中学生だ。

 

そんな彼が横たわっている男をただただ一方的に殴り殺したなんてこと、その光景を

実際に目にしない限り、誰も信じることは出来ないだろう。

 

「あわわわわ……やっぱり死んじゃってるよこれ。いやでも向こうから絡んで来たわけ

だし……あーもう! どうすればいいんだよ!」

 

なんてことはない。

 

少年が鼻歌混じりに能天気に散歩しているところをこの男に絡まれ、路地裏に連れ込まれた

のが発端だ。

 

男に胸ぐらを掴まれ、金品を要求されていたのだが話し合いでなんとかならないかと

思い、必死に静止を呼びかけていたものの――――

 

静止も虚しく、気付いたら少年は男を殴り殺していた。

 

前頭部と眼カ部が完璧に砕けており、眼球も一緒に潰されてしまっている。

 

顎も同様に砕け、辺りには男の歯が飛び散っていた。

 

「幸い俺達以外に誰もいなかったようだし――見られてない、よな。

返り血もびったり浴びちゃったし、早くここから離れなきゃ!」

 

少年は周りに人がいないことを確認すると、一目散にその場から走り去っていった。

 

天が少年に味方したのか、少年が自宅に辿り着くまでの間、誰にもその姿を見られることはなかった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

自宅に着いてから早数時間。

 

少年は今日のことを思い返していた。

 

思い返す内容は勿論路地裏での出来事。

 

絡まれてしまったのはしょうがない、運が悪かったのだろう。

 

だが絡まれただけで、喝上げされただけでそれが殺人に繋がるか?

 

繋がるかと問われれば答えは当然否である。

 

確かにガラの悪い人間に絡まれればイラついてしまうが、それだけで人を殺してしまうほど

自分は短気ではないと自負している。

 

短気は損気。

 

最近のすぐ切れる若者でもあるまいに。まったく、馬鹿馬鹿しい。

 

「あーあーあーあー! まさか自分が人殺しになってしまうだなんて……この平和な海鳴の地で、

あんなスプラッタな仏さんが発見されたら絶対大騒ぎだよな……」

 

海鳴どころか他所の地域でも大騒ぎだろう。

 

近い内に猟奇殺人事件として報道される筈だ。

 

「やっぱり警察に言って自首するべきかなぁ。でも成人男性を殴り殺しましたって言って、

信じてもらえるか……?」

 

暫し思案するが、はたと気付く。

 

あれだけ惨たらしく、悲惨に凄惨に殺したというのに、少年は全くと言っていいほど罪悪感

を感じていなかった。

 

それどころか、手頃な獲物がいれば次はどんな風に殺してやろうかとさえ考えていた。

 

――――? 人殺しはいかんよ。

――――? 人殺しのなにがいけないんだ?

 

――――いやいや、人殺しは普通の暮らしには必要無いだろ。

――――いやいや、どう考えても必要だろ。

 

――――だから、殺すのはおかしいだろう!

――――だから、殺さないのはおかしいだろう!

 

どうしても思考が危ない方向へと逸れてしまう。

 

だが心のどこかでこれが自然で、極々普通のことだと捉えてしまう自分がいた。

 

「うーーん……どうなっちゃったんだろう、俺。この前読んだ本に出てきた零崎一賊

じゃあるまいに――」

 

自分で口にしてティンと来た。

 

零崎一賊だって? それだ!

 

零崎一賊――

 

忌み嫌われる殺人鬼集団。

 

この世で最も敵に回すのを忌避される醜悪な軍隊。

 

この世で最も味方に回すのを忌避される最悪な群体。

 

邪悪と冒涜の宝庫。

 

理由なく殺す《殺人鬼》

 

――異常。ウィキペディアより抜粋。

 

「んなアホな……大体あれは二次元のお話だし――でもそう考えた方がシックリ来るし……。

いやいやいやいや、状況を二次元のお話と照らし合わせるだなんて。中二病じゃあるまいに」

 

だがそれ以外に説明がつかなかった。

 

ある日突然零崎として目覚めるというのは、決してないわけではないらしい。

 

それなら少年が零崎として目覚めたというのが妥当なのだろう。

 

「中一なのに中二病とはこれいかに。はあ、あんまりにも痛い発言だけど、零崎になっちゃった

ってことだよな……。あんまり海鳴を死体と血で汚したくはないんだけど、こればっかりは

しょうがないよね」

 

以外にもあっさりと、少年は自分が零崎になったことを受け入れていた。

 

そうして人を殺すことも。

 

海鳴を汚したくないのなら他所に行って零崎を行えばいいものの、それ以上に自分の

生まれ育った海鳴から離れたくないらしい。

 

「中学校。入学したばかりだったのになあ。多分、その内に海鳴からも出て行くことに

なるんだろうな」

 

一応、時が来たら離れねばならないというのは理解しているようだ。

 

同じ場所にずっと留まって零崎を続けていれば、必ず足がついてしまうだろう。

 

二次元ではなく三次元の。

 

空想ではなく現実の出来事なのだ。

 

危なくなったって家賊が助けてくれるなんてこともない。

 

少年はたった一人で生きていくしかなかった。

 

確かに人生は劇的だ。

 

少年がやってしまったことは決して些細なことではないが、それでも彼の人生が劇的

なものに変わってしまったのは間違いない。

 

普通の生活からは程遠い、血に塗れた暴力の世界へと。

 

否が応にも少年は堕ちていくこととなる。

 

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