ワタシは夢を見る。
大きな木に寄りかかりながら瞳を閉じて。ただ、ただ静かに夢を見続ける。
眠り続けてこのまま時が過ぎて朽ちてしまうとしても、きっと変わらないだろう。
心地よい木漏れ日に包まれながら、穏やかに時を感じないこの場所で。
永遠に近い時間をただ夢を見る事で過ごす。
それだけが今のワタシの望み。いつか全ての人の願いが、祈りが叶うまで。
ワタシは〝夢の世界〟を求め続ける人の為に眠り続けよう。今のワタシにはそれしか出来ないのだから。
偽りだと分かっていても。それで少しでも救われるのならば。ワタシは願う。
いつか全ての人が幸せになれますように、と。
ワタシに近づいてくる足音を聞きながらワタシは心の中で静かに祈りを捧げた。
<春>
誰かに名前を呼ばれている。
暖かい春の木漏れ日に包まれながらその声を覚醒していない意識で聞けば、いつも聞きなれた人の声にそっくりだ。
「ユイ姉さん。こんなところで寝てたら風邪引いちゃうよ」
「おー。カイ……か」
私は上半身を預けていた木から体を離し、頭を揺らしながら目を開けようと頑張る。
しかし、さっきまで深い眠りについていた体は立ち上がる事や瞳を開けることを強く拒絶する。無理だなー。
「ユイ姉さん。諦めないでよ。ほら頑張って起きて!」
「うーん。私の事は諦めてくれー。私が眠る事で沢山の人を救うんだー」
私は起き上がる事を諦めてまた木に寄り掛かる。
今度は完全に横になり、ちょうどいい高さにある木の根を枕にして眠る事にした。
「何ワケの分からない事言って寝ようとしてるのさ。アイちゃんに怒られるよ」
アイに怒られる。カイの言葉を殆ど寝ている頭でゆっくりと噛み砕き、理解すると私は体を横にしたまま目を開いた。
ちょうど木の根を枕にしながら空を仰ぎ見ているその状態で、カイの顔が視界に入る。
桜の花がはらはらと空から舞っている。その花びらを髪の毛に付けながら秋の稲穂の様に輝く金色の髪をしたカイが心配そうにこちらを見ていた。
女の子みたいな顔をした男の子だ。翡翠というよりは深い森の色をした瞳が困ったように揺れている。
カイのこんな顔を見るといつも困らせてしまいたくなるのだけれど。
しかしアイに怒られる、か。それはマズイ。非常にマズイ。
どのくらいマズイかというと……。そうだな。そう。あの、えっと。
まぁ凄く困った事になるのだ。とにかく。それだけは回避しなくてはいけない。
「今日私は何をする係りだった?」
「もう忘れちゃったの? 今日のユイ姉さんは魚を釣ってくるんでしょ」
魚釣り。そうだ。そうだった。
朝から釣竿を持って意気揚々と川に行ったが、全然釣れず飽きて散歩を始めたんだ。
そして道の途中にあった桜の木の下で一休みしていたら、そのまま眠ってしまったのか。
なるほど! それはしょうがないな。春だし。眠くもなるさ。
「よし。寝よう」
「なんでそんな結論になったのさ!」
「春だからな。カイも一緒に寝よう」
私は逃げようとするカイの体をしっかりと捕まえるとそのまま瞳を閉じる。
腕の中で逃げようとカイが動いているが、私の方がカイよりも力は上だ。逃げられないだろう。
この後アイに怒られるとしても私1人よりもカイと一緒の方が良い。絶対に。
いつもよりも長い時間暴れていたカイだったが、逃げられない事を悟ったのか動きを止めた。
私は腕の中にカイの温もりを感じながら春の陽気の中に身を任せる。
また眠るまでにそんなに時間は掛からないだろう。
気がつけば腕の中でカイはもう小さく寝息をたて始めていた。
私も心地よい空気を感じながらゆっくりと目を閉じて、意識を夢の世界へと旅立たせた。
目覚めは決して悪くは無かった。日が落ちるよりも早く目を覚ます事が出来たから寒くなる前に家に帰る事が出来た。
それに1日の殆どを寝てすごしたのだ。気分が悪くなる理由は無い。
ただ、そう。コレは決して言い訳ではないが、私は忘れていたワケでは無いのだ。
「おはようございます。お姉ちゃん、カイ君?」
夕日を背負いながら家のドアを空けてみればそこには笑顔のアイが居た。
愛すべき妹アイの輝かしい笑顔を見て、私とカイは獲物を見つけた犬よりも早く地面に正座すると頭を床につける。
何度か謝罪を繰り返しながら頭を下げるが、アイは何も喋らない。
その沈黙が怒りゆえか、それとも既に怒りは過ぎ去っていて、ただ拗ねているだけなのか。それによって変わる。私たちの処遇が……!
「お姉ちゃん。カイ君。頭を上げてください」
アイは優しい声で私とカイの肩を叩くと、満面の笑みでそう告げた。
私とカイは救われたと思い、強張っていた顔をゆっくりと緩めていく。が、しかし。
「もう、無駄ですから」
アイは笑顔から一転夜叉の様な怒りの表情になると床を力強く踏みつけた。
もう既に怒りが限界突破していたアイの機嫌を直す為に私とカイは朝日が上がるまで正座のまま頭を下げ続けた。
<夏>
「あつい」
「そう思うならあんまりくっつかないでよ」
私はカイの背中に抱きつきながら、空気の暑さに文句を言う。
毎年、毎年思うのだが。この暑さはなんなのか? どこか燃えているんじゃないだろうか?
家の中に居るから暑いのではないだろうか。と考え私は家の外を見る。
外ではジリジリと焼けた地面が見える。朝撒いたハズの水はどこかへ消えたようだ。
見るからに熱そうな外を見て、まだ家の中はマシなのか。と理解する。そして理解すると同時に気分はさらに悪くなった。
「カイは頭良いだろー? 冬にして!」
「また無茶言ってるんだから。ボクだって冬になったら嬉しいけど。そんな事は出来ません。それにユイ姉さんは冬も嫌いでしょ」
「そんな事ないぞ!」
うん。そんな事は無いハズだ。冬。確か大好きだった。暑くないし。
カイは微妙な顔をしながら私の頭を撫でる。
「良いじゃない。暑くたってさ。季節ごとにその季節を楽しめば」
「むー」
私は口を尖らせたまま長椅子に座っているカイの横に寝転んだ。
カイの膝の上に頭を乗せ、足を組んだ状態で手すりの上に乗せる。
「寝る」
私はふてくされた様に天井を見たまま目を閉じる。
遠くに聞こえる鈴の音と、本を読みながらも団扇でささやかながら風をくれるカイに感謝しながら深く眠りに落ちた。
意識は夢の中に居るはずなのに、どこかで誰かの話し声が聞こえていた。
コレは、カイとアイの声だ。
「あれ? お姉ちゃん寝ちゃったんですか?」
「うん。最近ずっと暑いからね」
2人が声を抑えながら小さく笑っているのが分かる。
細く柔らかい指が私の顔にかかっていた髪を外へと逃がしてくれた。
「こうしてると、小さい子供みたいですね」
「そうなるとボクがお父さんでアイちゃんがお母さん?」
「ふふっ。カイ君がお父さんは無理ありますね。お母さんの方が似合いますよ」
「うーん。ボクってそんなに女の子っぽいかなぁ。もっと筋肉とか付けた方が良い?」
「見た目じゃ無いんですよね。凄く自然なんですよ。お姉ちゃんが寝ている横で団扇を扇いでいる姿とか」
「じゃあアイちゃんもお母さん?」
「いいえ。私は変わりませんよ。お姉ちゃんの妹です。いつも、いつまでも」
アイの穏やかだがハッキリとした声を聞きながら私はさらに眠りを深くしていく。
いつしか2人の声はどこか遠くなり、私の意識もどこか深いところへ沈んでいった。
再び私が意識を取り戻した時には既に窓の外は暗く、夜の闇が広がっていた。
眠り始めた昼間に比べると随分と温度が下がっていて、窓から冷たい風が吹いている。
私は眠る前よりもずっと軽くなった体で椅子から立ち上がり、周囲を見渡した。
椅子には本を脇に置いたまま背もたれに寄り掛かり小さな寝息を立てているカイ。
そしてそんなカイの正面でアイは一人用の椅子に座りながら肩膝を抱え、虚空をただ眺めていた。
私が起きている事にも気づいていないのか、ただ何も無い空間を見つめ続けている。
ここにはみんなが居るハズなのに、何故かアイは一人ぼっちでいるみたいだ。
そんなアイを見ていると私は胸が苦しくなる。私はここに居ると叫んで抱きしめたい。
でもアイはまるで世界の全てを拒絶しているようだった。
こんなに近くに私もカイも居るのに、アイは何でそんな表情をしているのだろう。
今にも泣き出してしまいそうな。迷子の子供の様な。
「アイ」
「あ、お姉ちゃん起きたんだ。おはよう」
アイは何事も無かった様に私の方を向いて微笑んだ。
可愛らしい。いつもの笑顔だ。でもやっぱりどこか影がある。
普段なら気づかなかったかもしれない。でも私は見てしまった。だから……。
「……っ、アイっ」
「あ、ユイ姉さん起きたんだ。外に行こうよ。何かキラキラ光ってるよ!」
いつの間にか椅子で眠り込んでいたカイが起き上がっていて、窓の外を指差しながら無邪気に笑う。
私とアイは顔を見合わせて、椅子から立ち上がり外へと向かうカイの後を追った。
外に出れば闇の中を踊るいくつかの淡い光が私たちの前に現れる。
「……きれい」
暗闇の中では表情はよく見えないが、アイの声は震えていた。
もしかして泣いているのだろうか。淡い光の中にぼんやりと浮かぶアイは両手を広げて光の中に佇んでいる。
そんなアイを私は後ろから抱きしめた。
「きゃっ! お姉ちゃん。どうしたの?」
「なんでもない」
なんだろう。部屋の中に居たときとは何かが違う。
アイがいつものアイに戻っている。それだけが今は凄く嬉しかった。
問題は何も解決していないが、今は聞くときじゃないのかもしれない。
もしかしたらそこまで考えてカイは私の言葉を遮ったのだろうか。
闇の向こうで光と無邪気に遊ぶカイを見ながら、ここまで連れてきた本意を探る。
「蛍可愛いね! ほらアイちゃん! ユイ姉さん! って、や! 服の中に入った!?」
いや、本当に何も考えていなかったのかもしれない。
半泣きになりながらこちらに走ってくるカイを抱きとめる。
アイとカイを抱きしめながら私は口元に笑みを浮かべ、思う。
私の知らないところでアイは何かを思い悩んでいるのかもしれない。
でも、いつかアイがその悩みを話してくれる時がくるなら。私は全力でアイの力になろう。
<秋>
茹だる様な暑さの夏が過ぎ世界は過ごしやすい季節へと変わっていく。
気がつけば山は鮮やかな色をし始め、ご飯が美味しい季節になってきた。
今日もカイと共に山へと菜採りに出向く。これも夕ご飯の為。喜んで山を走り回ろう。
背中に籠を背負い、せっせと山菜を採っているとカイが話しかけてきた。
「ユイ姉さん。もうそろそろ日が暮れるから帰ろう」
「そうなのか? まだ大丈夫そうだけど」
向こうの山のすぐ上にギラギラと輝く太陽があった。
まだまだ沈む気配は無さそうだが。カイが言うならそうなのだろう。
私たちは山を下り始める。カイは私の横で両手を広げ、風を受けながら歩いていた。
そして木々の間から見える、先ほどよりもずっと低い値に移動した太陽を見て、小さく呟いた。
「秋の日は釣瓶落としだねぇ」
「つるべおとし?」
カイの呟いた言葉の意味を考え、私は腕を組みながら考える。
〝つるべおとし〟という単語をどこかで聞いた様な気がしていた。
確か、アイが夏にしていた怖い話だった気がする。
木から落ちてきて人を襲う妖怪だったハズ。
と、そこまで考えて私は上を向く。そこには数多の木々が。
やばい。と本能が告げる。ココに居ては逃げ場が無い。
私はすぐ横に居るカイを小脇に抱えると、一気に木の枝に飛び移った。
「え? えぇえぇ!? 何、何!?」
カイは動揺しているが、今はそんな事に構ってはいられない。
私は木の枝をしならせて、さらに遠くへと飛んだ。
紅色の葉を空に巻き上げながら空へと飛び立つ。
既に沈み始めた夕日で全身を赤く染めながら風を浴びる。
加速して飛び出した体はその速度を緩め、また再び山の木々へと向かい降りていく。
ふと小脇に抱えたカイを見ればいつの間にかぐったりとしている。私も気づかなかったが、〝つるべ落とし〟に襲われたのか?
急いで家に帰らなければいけない。家にさえ帰ればアイがなんとかしてくれるハズだ。
私は再び木の枝の上に着地すると、その枝が折れるよりも早く空へと飛んだ。そして少し離れた場所へと降り立つ。
それを何度か繰り返し、カイをさらにしっかりと抱きしめながら山から下りた。
「アイ! 大変だ、アイ!!」
家の近くに飛び降りた勢いのまま家まで走り、玄関を壊す様な勢いで開ける。
台所で料理をしていたアイはエプロンで両手を拭きながら駆け足でこちらへと向かってきた。
「どうしたのお姉ちゃん……って! カイ君!?」
私はカイを正面で抱きかかえると、床にゆっくりと下ろす。
カイはぐったりとして、眉を顰めながら苦しそうにしていた。
急いで逃げたつもりだったが、間に合わなかったのか。
私は事情をアイに話し始めた。しかし何故だろうか。途中まで話した所でアイはゆっくりと立ち上がり、台所まで行き濡れたタオルを持って帰ってきた。
「もう、お姉ちゃんは。しょうがないですね」
アイは小さく笑いながらタオルをカイの額に乗せ、荒く息を繰り返しているカイの頬を優しくなでた。
私はアイが言っている意味を考えるが、皆目見当が付かない。
はて、私は何か間違えたんだろうか?
「ユイ、姉さん……」
私が腕を組みながら顎に手をあて考えているとカイが薄く目を開けゆっくりと上半身を起こした。
アイはそんなカイの背中を支えながら、額に当てていたタオルを手に持ち渡しに微笑んだ。
「カイ君は少し疲れただけみたいですね」
「ホントなのか? カイ」
「うん。ごめん」
カイは本当に申し訳無さそうに頭を下げた。
別にカイは悪くないのに、なんだかこっちの方が申し訳ない気持ちになる。
私はカイの傍に駆け寄り膝立ちになってカイの頬を撫でた。
「大丈夫か?」
「あはは。うん。大丈夫だよ。明日には元気になるから」
「本当か?」
カイは疲れた顔で笑っていて、明日元気になると言われても簡単には信じる事など出来ない。
私はカイの両頬に手を当て、視線を合わせる。
カイは私の右手を撫でながら微笑んだ。
「じゃあ、明日元気になったら一緒に紅葉狩りに行こうよ。アイちゃんも一緒にさ。お弁当作って」
「あ、それ良いですね」
アイはカイの体を支えたままカイと視線を合わせ、微笑んだ。
そしてカイもまたアイを見て、微笑む。2人は見詰め合った後、私の方を向き、反応を待っている。
私はそんな2人の様子に心の奥が暖かくなり、自然と笑みが浮かんだ。
「分かった。じゃあ明日は、その〝紅葉狩り〟に行こうか」
そう締めくくり、私は外に出て明日の準備を始めることにした。
〝紅葉狩り〟か。狩りというからには何かを狩りに行くのだろう。
考えながら家のすぐ横にある倉庫へと入り、後ろ手で扉を閉めた。
私は物置の奥にあった何の装飾もされていない剣を手に取る。それを頭上まで振りかぶり、剣の軌跡がまっすぐになるように振り下ろした。
何かを壊してしまってはまたカイやアイに怒られてしまう。私はその剣が地面に当たるよりも早くピタリと止めたハズだったのだが。
何故か閉め切っている倉庫の中で風が起こり、その風が近くの物を壁まで吹き飛ばした。
ヤバイ! と直感的に感じる。風が近くの物を吹き飛ばしたのも予想外だったし、その物が飛ぶときにやけに大きな音を立てながら飛んでいった事も私の心臓の鼓動を早くするには十分だった。
私は息をする音にすらも気を遣いながら、扉をジッと見つめ外の気配を伺った。
どうやらこちらに向かって来る人は居ない……と、思う。
少なくとも外から物置の中に掛けてくる声は無い。
私は少しの間息を潜めていたが、大きく息を吐き出し緊張を解いた。
右手に持っている剣を地面に刺し、腕を組みながら考える。
紅葉狩り、もみじか。山全体を覆っている紅葉の何を狩るんだろう。
ハッ! そうか。今の紅葉は山そのもの。つまり山狩りか。
山に居るありとあらゆる動物を狩りつくす!
そうか。コレは気合を入れなくてはいけないな。
私は右手を握り締めて、無意識に笑みを浮かべながら拳を前に突き出した。
先ほどと同じ様に正面の壁が風で大きな音を立てるが今度は気にしない。
明日は山の中でどんな奴に出会えるだろうか。また熊と戦う事になるかもしれない。
今日は明日に備えて早く寝よう。
<冬>
季節はいつの間にか肌を突き刺すような冷たさを感じる季節へとなっていた。
家の外を歩けばその冷たい風にまともに動く事も出来ないだろう。
だからこそ私はこの暖かさから逃げ出せないのだが。
「お姉ちゃん。こんなところで寝ると風邪ひいちゃいますよ」
アイが正面でみかんの皮を丁寧に剥きながら、笑顔で話しかけてくる。
私はコタツのテーブルの上に顎を乗せながら両腕をコタツの中に入れ、背中を丸める。
「うぅ。春になったら、でる」
「もうお姉ちゃんったら」
アイは困った様な顔で笑いながら、みかんをひと房口に入れる。
おいしそうだ。みかんは食べるまでが面倒だが、あの甘さは見ているだけで恋しくなる。
「はい。お姉ちゃん。あーん」
「あーん」
私がアイの方に視線を向けているとアイはひと房を指で摘みながら私の目の前まで連れてくる。
なんて優しい妹なのだろう。私は遠慮なく口を開けてみかん君の到来を待つ。
するとそれほどしないで私の口にやってきたみかん君を味わう為に口を動かした。
あぁ、至福。何もする気は起きないけれど。こんな瞬間が楽しい。
「お姉ちゃん可愛い」
「可愛いのはアイだろう?」
「私なんて可愛くないですよ」
私はテーブルの上に頬をつけながらアイに視線を向ける。
アイは両手で自分の頬を包むようにしながら私を見ていた。
小動物の様な可愛さを持つアイは誰がなんと言おうと可愛いのだ。
視線を合わせれば吸い込まれそうな夜の海の様な深い青の瞳に、夜の空を切り取ったかのようなクールなアイによく似合う黒髪。
体型は確かに起伏が少ないが、それがどうしたというのだ。
アイを抱きしめた時の甘い香りとその抱き心地だけで良い。無駄な胸など要らないだろう。
こうしてうつ伏せになっていると自分の呼吸を圧迫してくる自分の胸の事を思うたびにアイが少し羨ましくなる。
それを言うとアイは酷く怒るので、もう口にはしないが。
「私なんかより、アイはずっと可愛いじゃないか」
「まぁ確かに普段のお姉ちゃんは可愛いという表現ではないですが。今のテーブルの上でくつろいでいるお姉ちゃんは普段の凛々しい姿からのギャップからか凄く可愛く見えるんですよ!」
アイは珍しく声を張り上げながら拳を握り、力説していた。
いったい何がそこまでアイを駆り立てるのか私には分からなかったが、まぁアイが楽しいなら別に良いか。
しかし、1つだけ譲れない事がある。
「いや、アイの方が可愛いね! 普段はクールなアイがみかんを1つ食べる度にほっこりと笑う姿なんて、思わず見惚れちゃうね!」
「何を言ってるんですか! それは贔屓目に見た家族だからですよ。お姉ちゃんの方が可愛いです」
「2人共楽しそうだね」
アイと言い争いをしていると台所からカイがお茶をお盆に載せて登場する。
人工の明かりの下でも変わらず輝く秋の稲穂の様な金色の柔らかそうな髪を短くまとめ、夏の森の様な深緑の瞳が優しく細められていた。
笑っている姿は穏やかで、雰囲気はまるで母のようだ。
そんなカイを見て、私とアイは驚愕に震え互いに無言で見つめあった。
「どうしたの?」
カイはそれぞれにお茶を配った後、コタツに入り、お茶を飲む。
私とアイはその姿を見て、互いに見つめあい、そしてまたカイを見る。
「あぁそうか。みかん食べたいんだね。しょうがないなぁ」
カイは私を見て柔らかく微笑んだ後、テーブルの中央に置いてあったみかんを手に取り剥き始めた。
鼻歌を歌いながらみかんをバラバラにしたカイは私の口にソレを放り込む。
そして私が食べるのを見て、微笑んだ。
その後、アイにも食べさせ、微笑む。
「カイ。君が優勝だよ」
「何の事?」
「カイ君が1番です」
私とアイはカイの頭を撫でながら笑う。
カイは何を言われているのか分からない顔でキョロキョロとしていた。
そんな姿も可愛い。流石カイ。
私たちはコタツでのんびりとしながら言葉もなく、夜を迎えていた。
途中にコタツから抜け出せなくなった私とアイの代わりにご飯を作ってくれた。
カイの作ったご飯は驚くほど美味しいというワケでは無いが、安心できる味だ。
何度食べても飽きることが無い。
そして食べ終わった後のお茶がまた美味しい。ホッとする味だ。
私は床に寝転がり、天井を眺める。
そんな私をカイとアイは小言を言うが、私は手を軽く振るだけで起き上がらない。
2人は私の反応に笑いながらため息をつく。
部屋の中の空気は冷たいのに、どこか暖かい。
私はこの空気が好きだ。何も喋らずとも通じ合える場所。
家族が共にいる事ができる、この空間を大切にしたい。
いつまでもこの時が止まった様な世界を願い続ける事を願い、そのままゆっくりと眠りについた。
「あ! 雪だよ。雪が降ってる! ユイ姉さん? もう寝ちゃったの?」
遠くなる意識の向こうでカイが騒いでいるのが聞こえたが、私は沼に沈むように浮上しない意識を抱えたまま夢の中へと沈んでいった。