「さて、ナナ達の気持ちが1つになったのは良いですが。ここで問題が1つ」
私たちは床に座り込んで、今後について話していた。
私はあぐらをかきながら足を手でつかみ、前後に揺れていた。
話し合いと言っても大半を話しているのはカイとナナだ。
私はどちらかと言うと戦うのが専門だからこういうのは苦手なんだよな。
「エミさんの遺産だっけ? それが手に入れば目的は達成なんだよね?」
「まぁそうなるですね。でも問題はそれがどこにあるのか分からないって事と、それを狙っている奴が他にも居るという事ですね」
エミの遺産か。それがどれだけ凄いのか分からないけど、誰かの力を借りて何かをなして満足なのかね。
何かを成し遂げたいなら自分の力でやってこそじゃないのか。
「ナナが独自に調べた事ですが、遺産は求める人間の元へ来るそうですよ?」
「遺産って物じゃないの? 自分から来る?」
「いや、別に歩いてくるというワケではなく、遺産を求める人はその遺産に導かれていつの間にか手にしているんだそうです。まぁ非科学的ですが」
望めば手に入るか。そんな簡単に凄い力が手に入るなんて逆に怖いな。
私だったら何か疑ってしまうが。そんな甘い話が転がっているハズもないだろうに。
「つまり僕たちも適当に世界を渡れば手に入る、と」
「まぁ眉唾ですが。現実に今どこに行こうという目的も無いですからね。とりあえず飛んでみます?」
「え? なんか今サラッと飛ぶとか言ってたけど、何? どういう事?」
カイが何か慌てているなぁ。そんなに慌てても良い答えは出ないぞ。
私は目を閉じて心を穏やかにする。そうこうやって心を落ち着かせれば、何か視界が開けるだろう。
「ちょっと!? ここ、どこ!? 空ぁ!?」
まったくカイは元気なのは良いことだが、少し落ち着きが無いのが問題だな。
私は落ち着いた心でゆっくりと目を開いた。
そして目の前に広がる無限の青。
「ん? ここは?」
「あぁ、サッと飛んでみたです」
ナナは何でもない事の様に言いながら長い髪を風に遊ばせている。
いや、髪だけじゃない。下から吹き上げている強風にその小さな体があちらこちらへと流されている。
私は何かを言うよりも早くどこかへ飛ばされてしまいそうなナナと茫然としているカイを捕まえる。
眼下に広がるのは広大な大地、そして数多の木々だ。
しかしそれらがかなり小さく見えるという事はここは相当高い位置なのだろう。
全身が引き裂かれそうな暴風の中で私は2人を強く抱きしめ、来るべき衝撃に備えた。
いや、こんな高さから落ちればどんなに備えても無意味か。
「ユイ。想像するんです。ここは夢の世界。どんな事でも想像できれば叶う世界です」
ナナが耳元で囁いている言葉を頭で理解するよりも早く私は行動に移していた。
空中で態勢を変え、地面に足を向ける。
「疑ってはダメです。自分の可能性を強く信じ、想像するんです。空を飛べる自分を。雲を掴める自分を。そしてこんな高さから落ちても無事に着地出来る自分を!」
「あぁ」
ナナに言われるよりも前から理解していた。
この世界はこういう世界なのだと。私は誰よりも知っている。
ここは、この世界は私が〝生まれた世界〟に限りなく近い世界だ。
だからむしろあちらよりも力が出せるかもしれない。
「もうすぐ地面です! ユイ大丈夫ですか!?」
「心配するな」
私はすぐ直下に迫った木々の枝を足で踏み、方向を微妙に変えていきながら広大な森の中心部へと降り立った。
本来であれば地面に触れた瞬間にバラバラになってしまう様な場所からの落下でも、私ならば、この世界ならば地面を抉り木々をなぎ倒しながら無傷で降り立ててしまう。
「驚きました。ユイはもうこの世界を理解しているのですね」
「まぁ私は、「な、なな」ナナ?」
「はい。ナナはナナです」
私は腕の中で両腕を垂らしながらこちらを見上げているナナと視線を交わす。
なんだろう。何か言ったような気がしたんだが、ナナも不思議そうな顔をしている。
「いや、ナナがナナなのは知っているんだが」
「貴方達、いったい何者なんですか!?」
「え?」
私とナナは互いに顔を見合わせ声の聞こえた背後へと振り返った。
そこには現実にはあり得ない緑色の髪に先の鋭い耳を持った少女が居た。
いや、少女というのは正しくないのかもしれない。
今は慌てているからか多少幼く見えるが、服装も雰囲気もどちらかと言う大人の女性だ。
もしかしたら私よりも年上かもしれない。
「ナナ達は「いやー! し、死んでるー!?」」
その人は震える手で私を指さしている。私は別に死んでいないが。
しかしよく見ればその指は私よりも少しずれている。
そしてその指の指し示す先を見てみれば、小脇に抱えられたカイが。
なるほど、確かに気を失っているカイははたから見れば死んでいる様に見えなくもない。
「ひ、人殺し! まさか! 目撃者の私も……?」
彼女は両手を無意味に私たちに向け、見えない壁を作るかのように上下に動かす。
私は誤解を解こうと口を開くが、何やら1人で盛り上がっていてこちらの話を聞いていない。
何度かそれを繰り返し、私はカイをゆっくりと地面に寝かせこちらを見てもいないその人へと向かっていく。
ナナが一瞬私を止めようとするが、私の進む速さの方が遥かに早い。
「なあ、あんた」
「ひゃ!」
「話を聞いてくれ。私たちは別に人殺しでも強盗でも何でもない。ただの旅人だ」
「え? でもその人は……」
「寝てるだけだ」
まだ納得できていない女性の肩を掴み、真剣に事情を説明する。
しかしすぐには納得されず結局カイに息がある事を確認させた。
「そういえば貴女の名前はなんていうんだ」
私たちは今いる場所から移動する為に周囲に散らばった荷物を集めていた。
とは言っても大した数の荷物はないが、落下の衝撃で小さなモノが辺りに散らばってしまった。
それらを拾い集めている最中に私はふと思いついた様に彼女に尋ねる。
「私ですか? えっと、ま……いやアリアですよ」
「何か今言いかけたです?」
アリアは頬に手を当てながらおっとりと名乗った。が、しかし確かにナナの言う通り何かを言いかけていたが、何を言いかけていたのだろう。私も少し気になる。
名前に何かあるんだろうか。しかし出会ったばかりの私たちに偽名を名乗る理由が分からない。
「いえ。自分の名前が何だったか一瞬忘れてしまいまして」
「どんだけポケポケしてるですか」
「そんなに褒められても困ってしまいます」
「別に褒めてないですよ! まったくボケばかりでナナは疲れるです」
どうやら思っていたよりもずっとのんびりとした気質らしい。カイと波長が合いそうだ。
私はそんな事を考えながらカイを見て小さく笑う。確かに少し前までは私たちも穏やかな暮らしをしていたのだ。しかし今は。
私はカイから視線を外し、周囲に意識を集中させる。
「ナナ。剣を出してくれ。なるべく早く」
「え? どうしたですか?」
「ナナちゃん? 言う通りにしてあげて下さい」
私の言葉にナナは疑問符を浮かべていたが、アリアの言葉に首を傾げながら右手を前に出し剣を生成する。
私はそれを掴みながら木々の奥を見つめた。
それはもうすぐそこまで迫っていた。
「こっちか!?」
「あぁ! 見つけたぜ。こんなところによぉ!」
何人かのゴロツキだろうか。ある程度だけ体を守る軽装に細身の剣を右手に持っている。
どうやら悪意ある存在らしい。見ただけで分かる。
しかし、ただそれだけだ。
「おい! 荷物を全部置いていきな! 金目の物は全部だ!」
「へへ! いやいやこんなに美人揃いだぜ? 当然体もお持ち帰りだろ」
「ぎゃははは! そりゃそうだ!」
聞くに堪えない。これが欲望だけで生きている奴らの居る外の世界か。
やはりカイやアイが生きていくには厳しい世界だ。
こんな汚い奴らを視界に入れるだけであの子たちの綺麗な世界が汚れてしまう。そんな気すらする。
「お? そっちのお嬢さんは何か武器を持ってるぜ?」
「勇ましいねぇ! でも残念だけど俺たちには勝てないぜ? だから商品が傷つく前にその剣を捨ててくれないか?」
「ま! 商品は君なんだけどな!」
何がそんなに可笑しいのだろう。先ほどから下品な笑いを続けている。
あぁ。気分が悪い。正面から見ているだけでも苦痛だ。私は思わず地面へと視線を向ける。
胃がムカムカして、吐き気がする。
「お? お嬢ちゃん俯いちゃったぜ? 怖がらせすぎたかな?」
「ひゃははは! そりゃ強がってたんだから当然だろうぜ!」
こんなに気持ち悪いのは早く何とかしないといけない。
誰かが私の頭の中で騒いでいる。排除しろ、と。自分の大切なモノを汚そうとする奴らを排除しろと。
しかし、もう1人の声も聞こえる。そんな事をしてはいけない、と。人を傷つけてはいけないと。
頭の中で2つの声がガンガン響き頭が割れそうに痛い。吐きそうだ。
あぁどうにかしてこの苦しみを取り除けないだろうか。
『そんなの簡単だよ』
頭の外から別の誰かの声が聞こえた。何だろう。いつも聞きなれている声だ。
その声以外の全ての声が聞こえなくなる。そして頭痛がだんだん消えていき、頭がクリアになってきた。
『頭痛の原因は分かっているんだろう?』
「あぁ。そうだな」
『ならそれを排除すれば良い。あんな汚い奴らを君の聖域に近づけるな』
その声を聴き終わるのが早かっただろうか。いや、私が足を踏み出し、突然の出来事に唖然としている男の手に持っている武器を砕いた方が早かっただろうか。
「な、何だコイツ!」
武器を砕いた勢いのままソイツを蹴り飛ばし、木々の向こうへと蹴り飛ばす。
足の裏で骨の砕ける感触がしたから既に戦闘不能だろう。
そしてその勢いのまま剣の柄を反応出来ずにいるもう1人の胸に向かって叩き込む。
トドメを刺そうと剣を逆手から順手に持ち替え振り下ろそうとした。
「コイツ!」
しかし最後に残した1人が私に向かって右手の剣を振り下ろしていた。
私は目の前でゆっくりと倒れている男を無視し、剣で目の前に振り下ろされている剣を砕く。
そして茫然として回避も防御も出来ていない男に向かって剣の切っ先を向けて真っ直ぐに突き出す。
反応する事も出来ない男の胸に私の右手にある剣が突き刺さればソイツを完全に排除する事が出来る。
私は思わず口元を歪めながら笑う。
これで私は。
「ユイ姉さん!!」
しかし私は頭の中でもなく、どこかで聞いたような声でもなく、身を引き裂かれたようなカイの悲鳴に似た声に体の動きを無理やりに変える。
男を突き刺す為に向けていた剣は男のすぐ横にある木に深く刺さり、私は剣から手を離した。
私が少し離れると男はへたり込み、ワケの分からない事を言い始める。
しかし、今の私はそんな奴に構っている余裕などない。
やってしまった。そんな想いでいっぱいだった。
カイは怒っているだろうか。ナナとの事で怒られたばかりだと言うのに。
「お、おい、あんた……」
「うるさい。邪魔だ。うせろ」
「ひっ、ひぃぃいい!」
私は半身を起しているカイの元へ下を向いたまま向かう。
あぁ私はなんでこんな事をやってしまったんだろう。反省したハズなのに。
私はカイの目の前までたどり着くと膝を付き、カイに怒られる体勢になった。
アイやカイに怒られすぎて何かあると自然とこの体勢になってしまう。
「姉さん」
「はい」
「ごめんね」
私は弾かれた様に顔を上げた。なぜならカイの声が震えていたからだ。
泣きそうな声だったからだ。
カイが謝る事など何もないのに。謝っているからだ。
「カイ!」
「それと。ありがとう」
カイは私の頭を掴むと穏やかな声で礼を言う。
違う。違うんだ。私は守りたかったから戦ったんじゃ無いんだ。
ただ、あいつらを排除する為に戦ったんだ。
そう言いたいのに。卑怯な私はカイに嫌われるのが怖くて何も言えないのだ。
皆は私の事を強いと言うが、私は別に強くなんかない。いつだって怖がってばかりだ。
「へぇ意外だったな。あんたが敵を見逃すなんて」
カイの手を自然に外し、私はカイを背に守りながら声のした方を向いた。
そこには腕を組みながらこちらを見る1人の女。
明るい茶の髪に意志の強そうな瞳をして、森の中では違和感を感じるほどの軽装だ。
「誰だ!」
「誰だって。忘れたのかよ」
女は右手を自分の懐に突っ込み一丁の拳銃を取り出した。そしてそれをこちらに向ける。
「こうやって遊んだろ?」
そう言いながら女は右手の銃の引き金を引く。それは軽い破裂音と共に閃光を生み、私の頬を浅く切り裂いていった。
反応出来なかったわけじゃない。ただそれが威嚇だと分かったのだ。
「そういう目は昔と何も変わらないな。真っ直ぐに、自分は正しいと信じ込んでいる目だ」
ソイツは真っ直ぐにこちらに銃を向けながら視線を鋭くさせる。
今度は威嚇じゃない。真っ直ぐに当ててくるつもりだ。
私は前に転がる様な勢いで走り出して、剣を地面スレスレに走らせていく。
そして女の放った弾丸を避けながら右手の剣を斜めに振り上げる。
「ずいぶんとぬるくなった」
女は私の剣とほぼ同速度で体勢を倒すと、左手で足に付けたホルダーから銃を取り出しそれを私に向ける。
私が剣を自分の正面で止めたのと、左手の銃が火を噴いたのはほぼ同時だった。
その銃の弾により私は剣ごと後ろへと飛ばされる。
「カンは悪くないが、動きがぬる過ぎる」
私は体勢を立て直すために右足を引き、そして踏みしめ右腕を元に戻そうとした。
しかし、そんな私の動きを見透かしたかの様に女は私の腹を蹴り飛ばす。
「あんた、本当にあのユイか?」
「どのユイの話をしているか知らないが、私は生まれた時からユイだ」
私は剣を地面に突き立てながらヨロヨロと立ち上がる。
気を抜けば倒れてしまいそうだ。しかし、倒れてはいられない。
私の後ろには守るべき人が居るのだから。
どこかで誰かが何かを叫んでいるのが聞こえる。しかし遠い。目の前の女も何かを喋っているが聞こえない。何もかもが遠い場所へ消えた。
全身がボロボロだが、頭は冴えていた。何をすれば良いかを考えるまでもなく分かる。
「腰を低く、剣は低く構える」
自分ではない誰かに導かれる様に私は体を動かす。
そして目の前の女に向かって地を滑る様に走り始めた。
女の右手の銃が私の体に向けられる。それを走るラインを少し変えながら体を斜めにする事でかわし、足元を狙ってくる左手の銃を軽く飛ぶ事でかわす。
私との距離が縮まった事で女は後退し距離を取ろうとする、が逃がさない。
私はさらに加速し、地面を這わせる様に持っていた剣を女に向かって突き出した。
「でもそれは体をひねる事でかわされる」
女は空中で私の言葉通りにかわし少し離れた場所に右手を付きながら着地した。
それを見ながら私は自分でも無意識のうちに口元に笑みを浮かべていた。
こうでなくては面白くない。
向こうはまだ余裕がありそうだ。私は地面を強く蹴りながら女に向かって飛び込んだ。
今度は今までとは違い本気なのだろう。右手の銃と左手の銃をタイミングをずらしながら連射してくる。
頬を弾が掠めていこうと、腕のすぐ近くを通過しようと気にせず、私は急所に直撃する弾だけを正確に剣で逸らしていく。
そして左手に持っている銃を剣で弾き飛ばそうとしたが、女は銃を離さない。さらに反撃とばかりに右手の銃で私の肩を打ち抜いた。
一瞬痛みが走るが、私は気にしない。むしろようやく隙を見せたのだ。顔は歓喜の表情をしているだろう。
ようやく、ようやく私の攻撃範囲内に入った。
「右手に力を集め、それを剣に伝わせながら……振りぬく!」
言葉の通りに実行すると剣の先から光が生まれ、それは光の洪水となり女を飲み込んだ。
光の洪水は女だけではなく近くの木々を吹き飛ばしながら地面を削り取り、私の視界に見えるあらゆるモノを破壊していく。
数秒後、目の前には元の形を残しているモノなど何も残っていなかった。
あらゆるモノは壊されるか、この世界から消え去り、残っているのはそれらの残骸だけ。
見渡す限り女の姿はどこにもなかった。
私はカイたちが無事かを確認しようと振り返ろうとした。が、体はうまく動かず地面に倒れてしまう。
何とか目だけでも動かして見ようとしたが瞼が重く、目を開き続けている事も出来ない。
そのまま消えていく意識を保つ事が出来ず、私は意識を失った。
目覚めは悪くはなかった。
柔らかく暖かい布団の中に居たからだろうか。
それとも目覚めてすぐ横を見ればカイが私の布団にうつ伏せで寝ていたからだろうか。
少し疲れているみただが、元気そうでよかった。
私はカイの頭を撫で、くすぐったいのか少し困った顔をしているカイを見て笑う。
「目が覚めたみたいですね」
ドアを開きながら入ってきたアリアが窓を開き、椅子に座って笑いかけた。
ドアから入ってきたアリアはベッドのすぐ横の窓を開けながらカイのすぐ横に椅子を置き、座る。
「傷はどうですか? 治せる部分は治したのですが」
「ん? あぁ。特には。むしろ何か怪我していたのか?」
私の言葉にアリアは少し困った様に自分の頬に手を当てながら戸惑った表情を浮かべた。
そんなに妙な事を言っただろうか。
「左肩、脇腹に一発ずつ弾丸を受け、肋骨にヒビ。全身に小さな傷が数えられないほど。ユイさんは丸三日意識が戻らなかったんですよ?」
少し怒り気味なのは気のせいだろうか。
思わず謝罪してしまいそうになる、この雰囲気は前にもあった気がする。
「確かにあの時は他に手段が無かったかも知れませんけど、もっと自分を大切にして下さい! 聞いてますか!?」
アリアは身を乗り出しながら私に迫る。
そんなアリアの雰囲気に押されて私は壁に追い詰められながら謝罪した。
「ご、ごめんなさい」
「分かれば良いんです。後でカイさんやナナちゃんにも言うんですよ」
アリアはさっきまでの怒気はどこへやら、また再び笑顔に戻ると、ベッドにうつ伏せで寝ているカイを優しく見つめる。
あぁ、そうか。アリアはアイに似ているんだ。何ていうか雰囲気が。
「アリアは、何で私たちを助けてくれたんだ?」
「んー。何ででしょうか。放って置けなかったから。ですかね」
「でもアリアが良くても、周りの人間が嫌がるんじゃないのか?」
「私は一人で暮らしてますから。誰も迷惑だ。なんて言う人は居ませんよ」
アリアは笑顔でそんな事を言うが、私にはアリアが本当に心から言っているとは思えなかった。
だからだろうか。聞いてはいけないと思いながらも聞いてしまう。
「家族は……?」
「昔は居たんですけど。何処かへ行ったまま帰って来なかったり、天国へ逝ってしまったりですね」
やはり、アリアは笑顔のまま語る。
その笑顔の裏にどんな感情があるのか私には分からないが、決して楽しいモノでは無いだろう。
「やっぱりユイさんたちは優しいですね」
アリアは私の手を握りながら目を閉じる。
「優しい?」
「知り合ったばかりの私の事を気づかってくれる。優しい人でなければ出来ませんよ」
こういう時、アイなら気が利いた事を言えるのだろう。
カイならアリアの気持ちを理解出来たかもしれない。
でも私はそういう事はよく分からなくて、ただ黙っている事しか出来なかった。
「うーん。こうやって黙っていてもしょうがないですし。ここで一つ話題転換をかねて」
「なんだ?」
「ユイさん。私も旅に付いていっても良いですか?」
「随分と唐突だな」
「そうですね」
「目的は何だ?」
アリアには助けられたし、世話にもなった。
しかしだからと言って、はいそうですか。と連れていくワケにはいかない。
特にアリアが良いやつだと分かっているからこそ、これ以上巻き込むワケにはいかなかった。
「ただ、付いていきたいから。では駄目ですか?」
「駄目だな。前に森で起こった様な戦いがいつ起こるかも分からないんだ。足手まといはいらない」
厳しい言い方かも知れないが中途半端は逆に駄目だ。
しかし、アリアの目は揺らがない。
「私は確かに戦う事は出来ません。しかし、傷ついたユイさんの体を癒す事が出来ます。先日の事がこれからも起こるのなら私は必要になりませんか?」
「元から負わなくても良い傷もある」
「理由を言わないと駄目みたいですね」
私は無言でアリアを見つめる。
アリアが理由を言っても連れて行きたくないのだけど、どう言えばアリアは納得するだろうか。
「ユイさん。貴女たちの旅の目的をナナちゃんに聞きました。その上で言います。私はエミちゃんに会いたいんです」
「なに?」
アリアがエミを探している?
聞き間違えただろうか。いや、間違いなくアリアはそう言った。
「エミちゃんは私の親友なんです。だから変な事に巻き込まれているなら、力になりたいんです。こんな事をユイさん達に言うのはおかしいのは分かっています。それでも、お願いします。決して迷惑はかけません」
「ユイ。別に良いんじゃないですか? 今更一人増えてもあまり変わらないですよ」
ドアの向こうからナナが眠そうにあくびをしながら入ってきた。
どこに持っていたのか、ナナにぴったりのサイズのイルカ柄はのパジャマを着ている。
「しかし」
「足手まといは要らないならカイも置いていかないとダメです。でもそんな事は出来ない。なら変わらないです。それにユイにはナナが居るじゃないですか!」
そう呑気に言い放つナナを見ていると、何故だろう。そんなに大変な事では無いように思える。
私は心配そうにこちらを見ているアリアを見て、小さく頷いた。
「そうだな。二人も三人も変わらないか」
「じゃ、じゃあ」
「あぁ、危険な旅になるかもしれないぞ?」
「覚悟は出来てます」
「なら、私から言う事はもう無い」
「ありがとうございます!」
アリアは私に抱きつきながら全身で喜びを表現する。
そんなアリアに私は気恥ずかしくなりアリアから窓の外へ視線を逃がした。
「あれ? ユイ、照れてるです?」
「照れてない」
「えー? でも顔赤いですよ? ふーん。ユイも照れるんですねぇ」
ナナは手を口元に当てながらクシシと笑う。
私は何も言わずナナを抱き上げると後ろから抱き締めた。
これで私の方を見る事は出来ないだろう。
「ユイ! 離すです! ナナは、子供じゃないです!」
「ナナも少し恥ずかしい思いをしろ」
「おーぼーです! ぐぬぬ。力では勝てない! 考えるですナナ! 世界で最も優秀なAIであるナナが! 力任せしか脳の無いユイに負けるハズが! ないです!」
私は腕の中でジタバタと暴れるナナの頭にまだ熱い顔を埋め、冷静になろうと心を落ち着かせる。
しかし、一度熱を持った頬はなかなか冷めず、結局ナナの暴れる音にカイが目を覚ますまで私はナナから離れる事は出来なかった。
「カイ! カイ! 聞いてください、ユイは意地悪なんですよ?」
「うんうん。どうしたの?」
カイが起きて、私がナナを離すとナナは稲妻の様な速さで私から離れ、カイに抱きついた。
何とも言えない光景だ。母親に泣きつく子供にしか見えない。
しかし、それを言えば今度は二人に何をされるか。
私は二人に責められる自分を想像し、無言で二人の姿を見守った。
「もう、姉さんはしょうがないなぁ。ほら、ナナちゃんに謝って」
「う、ごめんなさい」
「はい。ナナちゃんも」
「ナナは何も悪くないです!」
カイはナナから離れ、目線を合わせながら怒った顔をする。
「最初にナナちゃんがからかったのも、ダメなんだよ? どんな些細な事だと思ったって向こうにはどうしても許せない事かもしれないでしょ? ナナちゃんは大人だから分かるよね?」
「う、うー、ユイ、ごめんなさいです。もしかして傷ついたですか?」
「いや、大丈夫だ」
ナナはカイに抱きつきながら恐る恐る私を見る。
そんなナナの様子に私はやっぱりさっき考えた事は絶対に口にしないようにしようと心に誓うのだった。
「はい。じゃあ仲直りの握手」
カイはそう言いながら私とナナの手を握らせる。
私はナナの手が離れた後も手に残る熱を握りしめ、決意を新たにする。
カイ、ナナ、アリア。
必ず守ってみせる。そして何処かに居るアイを必ず見つけ出す。
「じゃあ仲直りも出来たみたいですし。皆さんで温泉に行きませんか?」
「あ、それなら僕はここで夕飯の準備でもしてるね」
「何言ってるですか。カイも一緒に行くですよ」
「いや、ナナちゃんこそ何言ってるの。僕は男だよ? 一緒にお風呂なんて皆が嫌でしょ」
カイは笑顔のまま私とアリアを見る。
しかし、私もアリアも「別に」と首をふった。
するとどうだろう。カイは少し悲しそうな顔をしながら、まだ終わりじゃないと言わんばかりに語気を強くする。
「待って! 待ってよ! どうなってるのさ、みんなの倫理観! いくらここが夢の中みたいな世界だとしてもさ! 守らなきゃいけない最後の一線みたいのってあるでしょ!?」
「まあ。カイだし」
「カイさんなら別に」
「いつまで駄々こねてるですか」
結局カイが何を言っても意見が変わる事はなく、カイはナナに抱き締められたまま温泉へ連行された。