そよかぜのいえ   作:804豆腐

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第1章 第4話

「虹に願い事をすると叶う」

雨ばかりが続いたまだ夏の気配の遠い春のある日、窓の外を眺めながら先輩が突然言い始めた。

「いや、虹の下の竹藪の中には3億円がある。だったか」

顎に手を当てながらまだ妙な事を言っていた。

「いきなりどうしたんです?」

「いや、なんか虹に関する伝説的な事があった気がしたんだが」

虹の伝説?

何だろうか。虹。虹と言えば雨。雨といえば梅雨。梅雨と言えば今。

うん。さっぱり分からないな。

「虹の根本には宝物が埋まってる。ですよね」

台所で昼飯の後片づけをしていた管理人さんが笑顔でそう先輩に言う。

手を拭きながら笑顔で俺の横に座った。

俺は座布団の上にあぐらをかいていて、その足の上には杏ちゃんが座り込んでいた。

杏ちゃんは俺に寄りかかりながら、少し眠そうにうとうととしている。

葵ちゃんは近くで座布団を肘の下に敷き、うつ伏せでマンガを呼んでいた。

ここ最近雨が何日も続いているせいか俺は庭の掃除という仕事が出来ず、毎日時間を持て余している状況だ。

そしてそんな俺には現在悩みがいくつか。

1つ。あの日、光襲来事件からこっちあの子からの電話がひっきりなしに掛かってきているという事。

まぁ内容はだいたいいつも一緒で、早く家に帰ってこいだ。

2つ。内容としては1つ目と関係があるのだが、あの日から杏ちゃんがずっと俺の傍から離れようとしない事だ。

そして、葵ちゃんもやたらとこっちに気を向ける様になってきた。

さて、どうしたものかな。

正直、俺も1人で考えごとをしたい時くらいある。

まぁ具体的に言うならば、トイレと風呂は1人で過ごしたい。

現在、問題は深刻だ。

俺は台所の向こうで周囲を異常に見渡している1人の人物を見つけて

1つため息をついた。

いや、先の2つなどこの問題に比べたらまだ軽いものかもしれない。

先日の事だが、この家でお花見をやったのだ。

その時に、新しく二宮さんという人が入居してきた人が居たのだけれど。

最初の印象はメガネを掛けているどこか大人しい人だな。という印象だったのだが。

時折、やたら人目を気にしてこそこそ隠れているのだ。

何かよくない事をしているワケでは無いが。

そもそも元来から隠れるとか人目を気にするというのは何かやましい事があるからだ。

はたして彼女の〝隠し事〟とは何だろうか。

みんなに迷惑を掛けるような事で無ければ良いのだけれど。

それを確かめるワケにもいかず、どうしたら良いのか考えているのが現状だ。

つまり、問題山積み。

さて、何から片づければ良いものか。

「よし、ボードゲームで遊ぼう」

窓の外を見ていた先輩は満面の笑みで俺たちにそう宣言した。

ボードゲームと言われても、実は生まれてこの方やったことが無いわけですが。

「俺はルールも分かりませんけど」

「ま、ルールはやりながら覚えれば良いさ」

先輩がそう言うので、せっかくだしボードゲームをやってみる事にした。

そして一応二宮さんに声を掛けてみるが、どうやら部屋で大切な用事があるらしい。

しょうがないので俺と先輩、杏ちゃんと葵ちゃん、管理人さんでやる事になった。

大人数でも変わる事なく遊べるのがボードゲームの良いところらしい。

「このゲームはいわゆる〝人生〟を体感出来るゲームなのだ」

「人生を……体感できる……!?」

そんな凄いゲームだったのか。

ただの厚めの段ボールにプラスチックの建物が立ち並ぶだけのセットにそんな凄い意味が込められていたとは。

「そんな神の作ったかの様なこのゲームの名前を〝人生ゲーム〟と言う。人生とは喜びも悲しみもゲームのごとく。ととある偉人が呟いた事からそういう名前が付いたらしい。まぁその偉人の名前は言えないが、ほら、お前も財布の一万円を出して、後は言わなくても分かるな?」

「サラッと嘘を教えないで下さい。子供達も信じちゃうじゃないですか」

管理人さんの冷静なツッコミで一万円札をジッと見つめていた俺はそれが嘘だと思い知らされた。

とは言っても、どこからどこが嘘で、どこからどこが本当かは分からないが。

何にせよ軽くルールをレクチャーされ始めた〝人生ゲーム〟だったが、開始早々から波乱を迎えていた。

「人生を初めて早々に職業を決めるんですか? しかもこのルーレットで止まった所の職業にならなくてはいけない……!」

「ん、ああ。そうだな。人生とはギャンブルである。という言葉もあるくらいだからな」

俺はおそるおそるルーレットを回し、自分の未来を決める事にした。

出来れば生活の安定する職業に就きたいが、そもそも多種すぎる職の中ではどれが一番安定するかなど分からない。

かと言ってこのままフリーターという事になれば貯蓄も出来ず、結婚相手にも苦労をさせるだろう。子供が出来てしまえばその子の養育費はどうするのだ。金は沸いてくる物では無い。

「良いから早く回せ! 考え込みすぎだ!!」

俺はルーレットを握りしめたまま考え込んでいたらしい。

何とこのゲームは早さも求められるらしい。確かに人生で必要な事は素早く、正しい決断を下すことだからな。

「神よ!」

俺は気合いと共にルーレットを回し、職業を決めた。

どうやら教師らしい。そして先輩の話ではさらに奥には医者とかの給料の高い仕事があるらしいが、失敗するとフリーターになる。

俺は大人しく教師になる事にした。

教師という職業をバカにする事なかれ。

子供という人生で今後を決める一番大事な時期に勉強だけじゃなく、人生について大事な何かを教える職業だ。

「俺に出来るだろうか。教師」

「いや、そこまで考えこまなくても良いよ」

次に杏ちゃんがルーレットを回し、アイドルという職業に就いていた。

「やったー! アイドルだよ!」

「おめでとう杏ちゃん」

普段は大人しい杏ちゃんが随分とはしゃいでいた。

やはり女の子というのはアイドルに憧れるものなのだろうか。

ひとしきり喜んだ後、俺の足の上に座り、寄りかかる。

「あー先生、アイドルと密会ー!? イヤらしいんだー!」

「アイドルでもまだ学生だもん。ね、せんせい」

先輩が謎に俺に絡み、そしてどこか嬉しそうに杏ちゃんが俺に微笑み掛けた。

教師としてはどうするべきだろうか。

「司君。授業中は静かにするように」

「先生だけ贔屓だーひいきー」

わーぎゃー騒いでいると葵ちゃんが静かに手を挙げている事に気づいた。

「どうしたの、葵ちゃん」

「先生、お嫁さんという職業がありません!」

「それは、職業なんでしょうか?」

「ち、違うんですか!?」

俺が職業じゃ無いのではというツッコミを入れると、何故か管理人さんが一番驚いた顔をしていた。

いやいや、おかしいでしょ。

「残念ながらこの世界にはお嫁さんという職業は無いらしい」

先輩は震える両手で口元を隠しながら悲しげに告げる。

「ではどうすれば……?」

「ここに政治家という職業がありますね」

というかいきなり政治家という職には就けるんですね。

お嫁さんが無い事よりもそれがある事の方が驚きですが。

10代で市議会議員になったりするんだろうか。凄い世界だ。

「お母さん、私政治家になってお嫁さんになる!」

「葵……立派になったわね。お母さん嬉しいわ」

「お姉ちゃん。がんばって」

感動的な親子のシーンだ。これも人生か。

その後、努力はしたのだが、結局葵ちゃんは政治家にはなれず、医者になっていた。

職業としては最高の職らしい。

そして管理人さんは俺と同じ教師になった。

「私、昔から先生に憧れてたんですよね。女教師。ってなんか良い響きじゃないですか」

「俺はとても良いと思います」

女教師。実に良い響きだ。

何というか、心に、いや魂に響く。

とか考えていたら、口をとがらせた杏ちゃんに太股を抓られ悲鳴を上げていた。

「いたたたたたた」

「先生、よそ見はダメですよー」

杏ちゃんの満面の笑みに背筋が少し冷えた。

俺は無言で首を縦に振るとゲームに意識を戻す。

そして目の前では今、最高職を目指し、結果フリーターという奈落の底に落ちようとしている1人の男が。

「先輩……」

「笑えよ。結局フタを開いてみれば、お前は教師、俺はフリーターだぜ」

「何言ってるんですか。人生って言うのはどんな職に就いたかじゃ無い。そうでしょう?」

「明。お前……」

先輩はフリーターと書かれたカードを手に感動している様だった。

まぁ現在の先輩は働いていないし。それよりはずっと上ですから。

とは思ったが、口には出さなかった。

そして続くゲーム。

「さて、就職が決まり、次は結婚マスか!」

「早い! まだ就職してすぐですよ!? 杏ちゃんなんてまだ学生アイドル。スキャンダルなんてレベルじゃないでしょ!?」

「ま、確かに一理あるな。がそれはあくまでお前の中の常識だ。他の誰かの常識じゃない。人の数だけ人生がある。そうだろう?」

た、確かに……。

言いながら先輩は誰よりも早く結婚マスに止まり結婚していた。

「先輩、流石にフリーターで結婚っていうのは……」

「明……。人を幸せにするのは、金じゃねぇ。一緒に居たいっていう気持ちだよ」

先輩はそう言いながらピンク色の棒を車の助手席に差した。

そしてそっと右手を俺に向かって突き出す。

「ま、とは言っても金は必要なので、2000ドルだ。祝え」

「結婚式で渡すお金なのに割り切れる金、ですよ?」

「細かい奴だな。ドルを円換算しろよ。それで割り切れなくなるから。まだ割り切れるならユーロで計算しろ」

先輩は何が何でも2000ドル欲しいらしい。

俺はとりあえず所持金から2000ドルを抜き出し先輩に渡した。

そしてどうやらそれは俺だけじゃなく他のメンバーも全員らしい。

まぁ先輩だけフリーターなのに真っ先に結婚したし、2000ドルでも恵まないと可哀想か。

そして2番目に葵ちゃんが結婚マスに止まった。

「やったー!」

「おめでとう葵ちゃん」

「明にぃ」

俺は先輩から聞いていた祝い金を葵ちゃんに渡す。

どうやら2番目の人には1000ドルらしい。

なりたいと言っていたお嫁さんになれたんだ。このくらいは安いだろう。

しかし葵ちゃんは俺からの1000ドルを受け取ろうとしない。

「どうしたんだい?」

「別に、一緒の車に乗るからお金要らないかなって」

「ん? どういう意味だい?」

葵ちゃんは赤くなり俯いたまま俺の車を手に取り、そして自分の車からピンク色の棒を抜くと俺の車の助手席に差した。

「良いかな?」

「先輩、良いんですか?」

「いや、ルールが崩壊する」

先輩は冷静に首を振りながら手を顔の前でクロスさせバツを作っていた。

まぁそうですよね。

「葵ちゃん。駄目だって」

「私、電車で明にぃの話聞いてからずっと思ってたの。明にぃには家族が必要なんだって。だから……」

「お姉ちゃん」

杏ちゃんは葵ちゃんをジッと見つめながら何かを言いたそうな顔をしている。

そして少し涙を瞳に浮かべていた葵ちゃんも杏ちゃんを見る。

見つめ合う二人。

いつまでも続くと思われていた沈黙は唇を尖らせ、眉をひそめた杏ちゃんによって終わりを迎えた。

「バカ!」

「なっ、お姉ちゃんにバカって何よぅ」

杏ちゃんは葵ちゃんを怒鳴りつけた後、俺のシャツを強く握りしめる。

そしてそんな杏ちゃんの言葉に葵ちゃんは半泣きのまま杏ちゃんを伺う様に見た。

2人はそのまま動けない。

このまま場がまた沈黙に支配されるかと思われたが、そんな中で1人の声が場に落ちる。

「あぁ杏ちゃんの言うとおりだな」

「そうですね」

先輩と管理人さんだ。

2人は微かに笑いながら俺を1回見た後、葵ちゃんを優しく見つめる。

あぁ、そういう事か。と俺は察した。

「なんだ、寂しいな葵ちゃん」

「え? どういう事?」

葵ちゃんは訳も分からず半泣きでキョロキョロと周りを見渡している。

そんな葵ちゃんに俺はゆっくりと言葉を紡いだ。

「俺はもうてっきり家族だと思ってたんだけどな。先輩と杏ちゃんと管理人さんと、そして葵ちゃんと。葵ちゃんは違ったのかい?」

「あ……」

葵ちゃんは俺の言葉に呆然としていた。

そしてその頬に一粒の涙が流れる。

それはきっとキッカケだったのだろう。それから葵ちゃんの頬を次から次へと透明な滴が頬を濡らしていく。

そんな葵ちゃんを管理人さんは優しく抱きしめ、この日の人生ゲームは途中で中断になった。

 

「葵ちゃんの様子はどうですか?」

「ま、元気は元気だよ。ただ明に会うのは難しいと思う」

「お姉ちゃんのバカ……」

俺は膝の上に俯く杏ちゃんを乗せながら、壁に寄りかかり先輩の話を聞く。

先輩がこちらに来たという事は管理人さんは葵ちゃんに付いているのだろう。

さて、どうするべきだろうか。

葵ちゃんは俺に言われた言葉がショックだったのでは無く、ただ俺にその言葉を言わせてしまった事がショックだったのだろう。

「他の言い方もありましたかね」

「ま、どう言っても結局はこうなったと俺は思うが」

俺と先輩はどこかのんびりとしながら状況を考えていた。

既に終わった事なのに何か改善策があったのでは、と考えてしまう。

「まぁ、葵ちゃんに今度会えたら謝らないと駄目ですね」

「ちょっとあの流れは可哀想だったしな」

「私、お姉ちゃんに嫌われちゃったのかな」

膝の上に乗っている杏ちゃんが小さく震えていた。

俯いていて、表情は見えないが、少なくとも笑ってはいないだろう。

そんな杏ちゃんを俺はそっと抱きしめる。

「きっとまた仲直りできるさ」

「……うん」

先輩が杏ちゃんに視線を合わせて微笑みながら言った言葉に杏ちゃんは泣きそうな声と共に頷いた。

俺は何か杏ちゃんを慰める方法はないか考える。

そして葵ちゃんが元気になる方法もだ。

「そうだ、虹」

「虹がどうしたんだ?」

「先輩話してたでしょ? 虹に願い事をすると叶うって」

そう、ぼんやりと窓の外を見ながら話していた話だ。

しかし、それは管理人さんによって違う事は分かった。

だが、今必要なのはその話なのだ。

俺は先輩にアイコンタクトを送る。

「……。そう、だな。確かそういう話があったな」

俺は先輩のその言葉を聞き、顔を上げた杏ちゃんを立たせながら視線を合わせる。

「杏ちゃん。一緒に虹を探そう」

「お願い、叶えてくれるかな?」

「当然! 杏ちゃんの願いは絶対に叶うさ」

俺は強く頷き、杏ちゃんの手を取って、外へと向かう為に靴を履いた。

傘を差し、雨の中を歩き始める。

たとえ土砂降りの雨だって、晴れるだろう。きっと。

 

傘を差しながら家を出て、行く当ても無く歩く。

空を見れば一面灰色の空だ。

「雲が切れてる場所があれば良いんだけど」

道を歩きながら四方の空を見る。

杏ちゃんもキョロキョロと見回しているが、結果は変わらず重苦しい雲が空を覆いつくしていた。

後どれくらい時間が経てばこの雲は消えるのだろうか。

俺は天気の事をそんなに詳しくは無いが、今空に広がっている雲は後1時間やそこらで消える様なモノには見えなかった。

風も殆どないし、太陽の光が殆ど届かない様な厚い雲はそんな些細な風では動かないだろう。

最初は空を見ていた杏ちゃんもだんだんと視線を下に落としていった。

そして今はもう地面を見ながら傘で表情を隠していた。

言葉も無く、動くのを止め立ち止まってしまった杏ちゃんを見て俺はどうしようもない無力感を感じていた。

杏ちゃんは別に葵ちゃんと仲直りが出来ないから落ち込んでいるわけではないだろう。

きっと杏ちゃんも怖いのだ。俺という家族が消えるかもしれないという現状が。

俺自身はここに居たいと言っているが、世界というのは誰かの気持ちだけを優先したりはしてくれないから。

色々な人の気持ちを混ぜ合わせて出てくる結果だけが現実なのだ。

それが世界の仕組みだって事は分かってる。でも、でもな!

「今だけはこの子の気持ちを優先させてくれよ」

俺は空を睨みつけながら誰に聞かせるわけでもなく呟いた。

ただ俺たちの願いはいつだって1つだけだ。

家族が笑ってあの家で日常を送る事が出来ればいい。それだけだ。

だからなんてことは無い。みんな少しの勇気が欲しいのだ。

こんな事でみんながバラバラになるなんて嫌だ。そんな事は無いと分かっていても不安は消えない。

人の気持ちなんて分からないし、現実はいつだって人の気持ちを置き去りにしていく。

俺は昔の事を思い出しながら杏ちゃんの横で立ちつくし、祈るような気持ちで空を見た。

そういえば、あの日もこんな雨が降っていた。

祖父が亡くなり、世界の全てが壊れてしまった日。

あの日は祖父が眠りにつくのと同じ様なタイミングで雨が降り始めた。

俺は祖父に言われた言葉を理解しようとしながら必死に祖父に縋りついていた。

何故か不安が心に押し寄せてきていたから。

俺と祖父が一緒に暮らしていた部屋で俺の声しかしない。

毎日の様に訪ねてきていた祖父の友人の〝はじめ〟と〝つかさ〟もこの日はまだ来ていなかった。

どんなに祖父を呼んでも彼は目を覚ます事は無い。

そんな俺の声で大人が部屋に入り、俺を祖父から引き離した。

俺は必死にその拘束を振り払い祖父に触れたかったが、その力は強固で俺には動かす事すら出来なかった。

何故、どうして。祖父は目を覚まさないのだ。

昨日まで俺の頭を撫でてくれた。一緒に笑っていた。

さっきまで俺に話しかけてくれていたのに。

俺は、祖父と、もっと、もっと一緒に居たかったのに。

やがて祖父の体に触っていた男が首を静かに振った。

それがどういう意味なのか俺には分からなかったが、それからどんどん大人が集まり、祖父の物を勝手に触り、動かしていく。

そして祖父の顔に白い布を被せた。

そんなモノを被せたら苦しいじゃないか! 祖父に何の恨みがあるんだ!

俺は叫びだしたい気持ちでいっぱいだった。でも体は動かなくて、ただ雨音だけが俺の耳にいつまでも響いていた。

そして俺は知ったのだ。世界は簡単に壊れてしまう。

昨日まで平和に過ぎていた日常は次の日には無くなってしまうかもしれないのだ。

どうしようもない事がいつ来ても良い様に、今出来る事をしたい。

俺は地面を見つめる杏ちゃんを横目でチラッと見た後、再び重苦しい灰色の空を見た。

何か方法は無いかと考える。しかし、そんな方法があれば苦労はしないし、既にやっている。

心の中で暗い空を眺めながら毒づくが、空は何も変わらず雨水を吐き出していた。

諦めに似た気持ちでため息が出そうになった時、空の向こうに何かが光ったのを見た。

それは遠い位置に居るのかやけに小さい光だった。

よく見れば、それは凄い速さで左右に動きながらこちらに近づいてきている。

飛行機だろうか? いや、それにしては動きが速すぎて、しかもあり得ない動きをしていた。

どちらかと言えばUFOだろうか。

そんなモノが実在しているのかは分からないが、何か違う気がする。

そしてソイツは随分と俺たちに近いところで止まった。

近いと言ってもソイツは遥か上空に居るのだからソイツがどんな形をしているのかすら分からない。

そう分からないはずなのだが。何故か俺にはソイツが人間に見えた。

そしてソイツを中心にして町の上空に広がっていた雲に青白い電流が走る。

直後、電流は雷となり、雲は荒れ狂う嵐となった。

杏ちゃんが小さな悲鳴と共に俺に抱きついてくる。

俺は杏ちゃんを抱きしめながらも空のソイツから目を離す事が出来なかった。

そして、世界を覆いつくすかの様な閃光に周囲が包まれた後、俺たちに一筋の光が差し込む。

それは天からの光だった。

雨雲に隠れ、見えなかった太陽の光だ。

呆然と空を見上げる俺の目の前にはだんだんと崩れ、消えていく雨雲が見えた。

「うそ……だろ」

いくつかに分かれた黒々とした雨雲は突然吹き始めた風の影響でどこかへ霧散していく。

そして隙間の出来た空から差し込む光は町を照らしていた。

まだ空に残る霧の様な雨が光を反射させて空をいつもよりも輝かせていた。

「なんだ、あれは」

俺は空に浮かんでいるソイツから目を離す事が出来ずにいた。

ソイツは悠然と空に浮かんでいる。しかしまだどこかへ動く事は無いようだ。

そして俺はソイツの横に見えたモノを見て、本来の目的を思い出した。

「虹だ……杏ちゃん! 空を見てごらん。虹が出ている!」

「にじ?」

俺に抱きつき震えていた杏ちゃんは恐る恐るといった様子で空を見上げた。

そして空と同じ様に曇っていた表情が晴れ渡る。

俺は虹を見上げながら1つ心に願う。

そして俺は目を開け、ふと歩いてきた道を見た。

どうやら願い事はもう叶ってしまったらしい。

「あんずー!! 明にぃー!!」

「お姉ちゃん」

杏ちゃんは相当驚いているのか、呆然とその川沿いを走ってくる葵ちゃんを見つめていた。

そして葵ちゃんは走ってきた勢いのまま杏ちゃんに抱きつき、そのまま俺にも抱きついた。

「ごめんなさい!」

それは誰の言葉だったか分からない。俺にも分からない。

ただそれはみんなの共通した気持ちだったのだろう。

だから誰が言った言葉でも良いのだ。良いのだと思う。

遠くからゆっくりと管理人さんと先輩が歩いてくるのが見えた。

「よう。問題は解決か?」

「そう、ですね。色々と不思議な事がありましたが」

「世界って奴はまだまだ分からない事の方が多いんだ。そういう事もあらぁな」

先輩はこの異常気象の事も特に気にしていない様子だった。

流石は大物と言うべきだろうか。いや、管理人さんも動じていない。

この2人が特殊なのか、俺が単に細かい事を気にしすぎなのか。

まぁ今はどちらでも良いか。と俺は空を動かないソイツを見ながら思う。

どこの何かは知らないが1つ借りが出来てしまったか。

「しかし流石は俺のロリレーダー。どんな場所に居ても幼女、少女を探してしまう。俺の才能が恐ろしい」

「あら、じゃあ杏は司君にストーカーされたら逃げられないわね」

先輩はどこか苦悩そうな表情を作りながら言い、それに困った様子も無く、頬に手を当て微笑んでいる管理人さん。

いつもの光景だ。何も変わらない。

そして俺の後ろでは葵ちゃんと杏ちゃんが2人きりで話し合っている。

何を話しているのかを探るほど俺は野暮じゃあない。

俺は心の中で今回の功労者に礼を言おうと空を見上げた。

相変わらずそこに浮かんでいるナニカ。

そしてそのナニカがゆっくりと移動していく。なんとなくその方向を視線で追えばそれは『そよかぜのいえ』の方向だ。

いや、偶然だろう。しかし、なんだ。これを偶然で片付けてはいけないという思いが俺の足を無意識に動かしていく。

「あ、おい! どうしたんだ明!」

「ちょっとすいません。気になる事が!」

俺は困惑している先輩に軽く返事をして、そのままナニカを追いかけた。

幸い見失う事も無く、ソイツの後を追い、そしてソイツが『そよかぜのいえ』の屋根に降り立ったのを見た。

それを見た時、正直信じられない気持ちでいっぱいだったが、俺は急いで『そよかぜのいえ』の中に入る。

そして2階へ駆け上る。

どうやらナニカは新しく入った二宮さんの部屋の中に侵入したようだ。

確かに俺たちは今日あのナニカのやった事で問題を解決した。

しかし、それと新しく家族になったかもしれない二宮さんに手を出そうとするのは話が違う。

よくよく考えてみればアイツは雲を一瞬で吹き飛ばす謎の力を持った存在だ。

何かがあってからでは遅い。俺は二宮さんの部屋のドアを激しくノックする。

「大丈夫ですか!?」

「え? ちょ、ちょっとまっ」

まずい。既に手遅れだったのか。中から人が倒れる様な音と、ガラスが割れる音がした。

既に襲われている。そう確信した俺は何も武器を持たないまま、ドアを開き中へと突入した。

「無事ですか!?」

「いたたた。酒瓶早く片付けないとなぁ」

俺の目の前にはピンクのフリフリの衣装を着て、何かファンシーな棒を持った1人の女性が床に転がっている光景が広がっていた。

そしてどうやら俺の見間違いでなければその杏ちゃんが見ていた朝の小さい女の子が主人公のなんとかという番組の格好にそっくりだった。

確か、その姿をした女の子の事を先輩がこう呼んでいたのを俺は覚えている。

そう……。

「魔法少女……」

俺の言葉に場は凍りつき、誰も動けずに居た。

どうやら新しい住人もまた一癖ありそうな人間だったようだ。

 

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