NoctilucaEpica/星海の叙事詩   作:阿島ぽんず

7 / 8
“其れ”は個を溶かし、街を溶かし、世界を沈黙に包み込む

“声”が溶けて “記憶”が溶けて
“言葉”が溶けて “気持ち”が溶けて

終いに(みぃんな) 自我が溶ける


“夜を語る者”達が目覚めていく
全てが目覚めた、その先に

原初の夜(ウル・ノクス)が目覚めるだろう

———“あさのゆうしゃ”の一族に伝わる口伝より”


Ep.2[闇夜の匂い(前編)]

 

グランゼール王国 第12区[下町区]へ向かうその道中にて。

この日、私達は"あさのゆうしゃの末裔"(オルデアさん)のご自宅にお招きいただきました。

教えてもらった場所へ向かって、数日前に再会して冒険を共にした3人と共に、朝の街を歩きました。

 

背中の鞘に収まるのは、オルデアさんに委ねられた御伽噺に伝わる剣(ルクス・ソラリス)

遥か悠久の古代(3000年以上昔)の魔法文明デュランディル時代に失われた技術(ロストテクノロジー)

冒険者なら誰もが一度は憧れるであろう古代の遺剣(アーティファクト)を手にしているのに。この時の(ルセア)の心は高揚に躍るでもなく、与えられた責務の重圧に押し潰されそうになっていました。

 

 

私《ルセア》と同様に、それぞれ遺物を託された仲間達。

みんなも重圧(プレッシャー)を感じているかもしれないと、気遣って———ほんとは自分の心にかかる重圧を共有したいと無意識的に思って———話しかけます。

 

「レディアちゃん、体はもうなんともないの?」

「ああ、問題ないぞ。あのまま砕かれたら死んじまってたけどな」

「まったく、石化の魔眼(カトブレパス)はしばらく見たくないな」

 

一度は完全に石化させられた炎のような鱗の竜人(レディア・キールストン)

問題ないと口にして、身にまとう重厚な金属鎧(フルプレートメイル)をガチャガチャと音を立てながら肩を回しています。

やれやれと頭を振る有毛種竜人の神官(ラエモンド・ラミアス)と、渋い顔で同意を示す魔動機師(ドリー)

 

石化させられるときは、なにも一瞬で石になるわけではありません。

大体、何度か軽く石化をかけられて、動きが鈍ったところを一気に射抜かれて完全に石にされてしまうパターンがほとんどです。

だから、魔法的なものに対する対抗力もそうだけど、多少石化しても身体を動かし続けられる素の敏捷性も重要になるのです。

 

その点においては、敏捷性に欠ける竜人《リルドラケン》は石化を苦手としており、竜人が2人いる私達のパーティにとって石化の魔眼(カトブレパス)はまさに天敵でした。

 

 

そんなことを話しながら第12区(下町区)に入り、ギルド長(ヤーラさん)経由で伝えられた建物までたどり着きます。

そこは太古の英雄(“あさのゆうしゃ”)の末裔に似つかわしくない、どこにでもある古ぼけた集合住宅でした。

 

戸を叩けば、快く出迎えてくれるオルデアさん。

パシエルくん(ナイトメア(?)の少年)もその後ろにいて、慣れていない緊張した様子で出迎えてくれました。

緊張をほぐそうと、微笑みかけながら小さく手を振ってみるけれど目を逸らされてしまいます。

……嫌われてないといいのですが。

 

 

居室に通されて、勧められるがままに年季の入った木机を囲みます。

狭い室内に大人が5人と子供が1人。しかもそのうち2人が大柄な竜人となれば、さすがに手狭です。

レディアちゃんの角が何度か天井に当たりそうになって、何故か私がそわそわしてしまいます。

 

挨拶もほどほどに、オルデアさんがお茶を入れに炊事場へ行きました。

何やら塩か砂糖かわからない様子で無謀な賭け(ギャンブル)をしようとしていて、慌てた様子のラエモンドくんとドリーくんが口を出しています。

……しょっぱいお茶はあんまり飲みたくないけれど、そんなことより今は居心地が悪そうにしているパシエルくんです。

 

「そうだ、これお土産です」

「あ、ありがとう……?」

 

背負い袋から小さな包みを取り出して、目線を合わせながらパシエルくんへ手渡しました。

包みの中身は、パティスリー・ル・クレールの焼き菓子。なんでも、最近第3区[西港街区]の[大食漢市場(ファットマンズ・マーケット)]に開店した新進気鋭のお菓子屋さんらしいです。

新作が出れば、流行に聡いグランゼール女子達が連日長蛇の列を作り出すのだとかなんとか……。

 

もちろん、これは流行に疎い私が直接買ったものではありません。

昨日たまたま人夫が集まらず困っていた貨物船の女船長と出会い、荷積みを手伝ったお礼にと貰ったものです。

冒険中の行動食にしようと思っていたのですけど、この場のみんなで楽しむ方が作った人も喜んでくれる……はずです。

 

 

おずおずと包みを受け取ったパシエルくんが、とことことオルデアさんの元へ持って行きました。

その背中を見送ってからしばらく待てば、良い香りが漂う人数分のカップと小さなお皿に盛られた焼き菓子が木机に並びます。

お茶の良し悪しはわからないけれど、温かい飲み物はそれだけで心と身体を癒してくれます。

 

十数年前までのグランゼール王国ではお茶も高級品だったが、[西港街区]の発展に伴い物流も増え、庶民も嗜好品に手を出せるようになってきたのだ———なんて語るラエモンドくんの話を聞きながら、また一口。

うん、やっぱりラエモンドくんは物知りです。

 

 

「それで、今日はどのような用向きで?」

 

カップが半分空になった頃、ラエモンドくんが切り出しました。

オルデアさんがゆっくりと口を開きます。

曰く、伝承の武具と影の群体は、あの御伽噺の真実性を証明するものである。

曰く、“よるのおうさま”の眷属が現れたのは、王の封印が解けかかっているためである。

曰く、担い手となり共に戦って欲しい。

 

……と、そこまでは先日の話のおさらい。本題はその先です。

オルデアさんは木箱から何かを取り出して、木机に置きました。

見覚えのあるそれは、先日の遺跡で倒した影の群体の、その残滓から現れた物体でした。

 

 

「これは、“夜の遺子”というものです。“夜の王”を再度封印するためには、これを集めて“朝の勇者”の一族に伝わる封印の儀を行う他ありません」

「すると、僕達はかの王の眷属を探し出して討伐していくわけか」

「ご明察の通りです。ただ眷属の居場所は———」

 

話を進めるラエモンドくんとオルデアさん。

ラエモンドくんが話しているなら、あっちは任せておいて大丈夫でしょう。

そう判断して、小難しい話においていかれてるパシエルくんに小声で話しかけました。

 

「オルデアさんって、パシエルくんのお姉さんだったり?」

「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……」

「そっか、てっきりご家族かと……大変だったね、パシエルくん」

 

思わず手が伸びて、彼の頭を撫でていました。

生まれながらにその身に“穢れ”を宿す突然変異種(ナイトメア)は、同じく穢れを持つ蛮族と同一視されがちで、酷い境遇に置かれることも多いのです。

その上、生来の角のせいで、出産時に母体を傷付けて死に至らしめることも多く、家族にすら迫害を受けることも多々あると聞きます。

 

彼が実の家族ではなく、オルデアさんと共に暮らしているのもそういう事情があるのかもしれません。

そしてなにより、同じく家族を失って独りで生きてきた自分(ルセア)の過去に重ね合わせていたのでしょう。

そう思い至ってしまえば、自然と手が伸びていたのです。

 

 

「すぅ……」

 

しばらくそうしていたところに聞こえてきた、安らかな息吹。

ちらりと視線を送ってみれば、両目を閉じて沈黙する赤い鱗の竜人(レディアちゃん)

これは間違いありません。魔法文明史の講義で散々見た“難しい話が終わったら起こしてくれ”の構えですね。

 

(レディアちゃん起きて)

 

小声で声をかけながら、隣に座るレディアちゃんの脇腹をつつきます。

その向こう側では、ドリーくんが反対側の脇腹を銃口でぐりぐりしていました。

(んあ?終わった?)とでも言いたげに、レディアちゃんは薄っすらと目を開けます。

そしてすぐにまた瞼を閉じようとしたから、脇腹をくすぐっておきます。

 

(おいばかやめろって!わかったわかった起きるから!)

 

レディアちゃんの身体がびくりと跳ねて、木机を膝で揺らしました。

みんなからの視線が集まるけれど、本人はどこ吹く風で椅子に座り直しています。

あの顔は間違いなく「報酬は?とか言いづらい雰囲気だなぁ」とか考えてる顔でした。

まったくもう……レディアちゃんは……

 

 

———————

—————

———

 

日も傾き始めた頃。打ち合わせも済み、お開きの流れとなりました。

結局こちらから眷属を探し出す方法は無く、“女神の微笑み亭”に情報が入り次第こちらへ回してもらう手筈です。

 

ふたりに見送られて、集合住宅を後にします。

明日からは依頼に行くわけにもいきません。眷属の情報が入るまで街で待機している必要があるからです。

 

などと考えていたところで感じた、周囲の視線。

こちらを盗み見る近隣住民のひそひそ声に耳を澄ませてみれば、囁かれているのはナイトメアとそれに関わるものを蔑む声でした。

どこにでもあるナイトメア差別。グランゼールでは比較的少ないと思っていたのに、ここでも……

 

「おうおうオメーら、言いたいことがあるなら聞くぞ」

 

レディアちゃんが進み出ると、周囲の人達は蜘蛛の子を散らすように去っていきました。

粗野だったり無神経みたいなイメージを持たれがちな彼女ですが、そんなものはレディアちゃんをよく知らない人が勝手に思ってるだけに過ぎません。

数少ない人だけが知る友達の一面に、何故か少し誇らしい気分になります。

 

明日からどうせ街にいるなら、少しでもパシエルくんと一緒にいることにしましょう。

ナイトメア差別もあるでしょうし、なるべく一緒に過ごして守ってあげないと、です。

そうだ、どうせ行くならまたお土産も買って行くことにしましょう。

 

 

……なんて。この時の私は、のんきにもそんなことを考えていました。

彼がどういう目に遭っているか、知りもせずに。




街が橙に染まる夕暮れ時。
おつかいを済ませた角付の少年(パシエル)は、ひとり街を歩いていた。

(あの人(ルセア)、いい人……かな? でも僕のことわかってなさそう……バレたら、どうせまた……)

自身(パシエル)穢れ付きの人族(ナイトメア)であるという誤解。
ルセアからの好意はその誤解に基づくものに過ぎず、自身の正体が蛮族(ドレイク種)であると知れれば好意はきっと裏返る。
期待をしたら惨めなだけと、少年(パシエル)は最初から期待を持たないようにしていた。


「おい見ろよ、穢れ付きだぜ!」
「街から出てけよ蛮族野郎!」

下町区に住む他の子供達から投げられる、差別的な言葉や石にゴミ。
周りの大人達も、それを止めるでもなく黙認している。
何度も何度も繰り返されてきた、少年にとっての当たり前(日常)

それは、彼が周囲に期待をすることを諦めるのに、十分すぎるものだった。
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