NoctilucaEpica/星海の叙事詩   作:阿島ぽんず

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Ep.2[闇夜の匂い(後編)]

第3区地下迷宮[D3:地底海]、それが今回の行き先でした。

 

“女神の微笑み亭”ギルド長(ヤーラ・エルティナーサ)からの招集を受け、ギルドホール奥の会議室に集った私達。

ギルド長が私達を見渡して、いつにない真剣な表情で状況を説明します。

 

 

「報告があったのは第3区の漁業ギルド(フィッシャーマンズ・ギルド)からです。

しばらく前から、港に戻らない漁船が増加。馴染みの冒険者に調査を依頼するも、その冒険者達も帰ってきませんでした。

そして昨日、調査へ赴いた冒険者のひとりがボロボロの船で漂っているところを漁師が発見したそうなのですが……」

 

ヤーラさんは言いづらそうに瞳を伏せました。

一度大きく息を吐いて、再び顔を上げて口を開きます。

 

「帰ってきた冒険者は、記憶を失っていました。遠洋で何を見たかはおろか、自分自身の記憶さえもです」

 

 

そうして事態の解決が困難であると判断した漁業ギルドが、大手ギルドに協力を要請したことで私達の元に情報が巡ってきたようです。

聞けば、解決に失敗した冒険者パーティは、私達よりずっとキャリアも経験も長く、今回の迷宮(D3:地底海)に慣れていたパーティだとか。

心優しいヤーラさんのことです。不確かな情報で誰かを送り出すことに、一抹の後ろめたさがあるのでしょう。

 

 

「ヤーラさんからもたらされた“記憶を失う”という情報。これは口伝に語られる、“夜を語る者”の特徴と合致する」

 

“朝の勇者”の末裔(オルデアさん)が、ヤーラさんの話を引き継ぎます。

その口伝を先日耳にしていた私達も、同じ結論に達しています。

 

“夜を語る者”の一柱が、地底海の何処かに潜んでいるのは間違いないでしょう。

 

 

現地での足(船と水夫)は漁業ギルドから提供されます。後は———」

「僕達がそれを受諾するか、だ」

 

言いづらそうなヤーラさんと、言葉を続けるラエモンドくん。

行かないと言えば、ヤーラさんもオルデアさんもきっと無理強いはしないでしょう。それでも———

 

「行かないという選択肢はありません。たとえ独りだとしても、私は行きます」

「そう、だな。行くしかないもんな」

「ま、なんとかなるだろ」

「……とのことです、ギルド長。僕達ならきっとやり遂げられる」

 

「改めて感謝を」と、オルデアさん。

そうと決まれば、後は往くのみです。珍しく真剣な表情を浮かべるギルド長に見送られて、私達は第3区の迷宮入口へ向かいました。

 

 

 

———————

—————

———

 

[D3:地底海]はグランゼール王国においても有数の歴史・広大さを誇る迷宮です。

グランゼール王国が建国され急拡大しつつあった時代(50年以上前)、今よりも食料自給が困難で、急増していく人口に対応出来ていない時期に発見されました。

 

見た目は悪いですが食用可能で、味もそこそこかつ、何より大量に獲れる醜面魚(グロテスク・フィッシュ)———醜面魚の干物はグランゼールの定番保存食ですが、進んで食べたいものではありません———をはじめ、様々な海産物が獲れたその迷宮に、王国は集中投資を行いました。

結果として誕生したのが迷宮内の地下港であり、迷宮の入口も広く整備されています。

 

 

地下へ向かってなだらかに下っていく迷宮入口は、さながら坑道やトンネルへの入口のようです。

異なる点があるとするなら、そこから漂ってくるのは埃っぽい土の臭いではなく、漁港のような生臭い魚介や磯の臭いだということでしょう。

 

多くの労働者や冒険者が行き交う迷宮入口を下りながら、魚介類を満載した大型輸送用魔動機(カーグナー系魔動機)とすれ違います。

ラエモンドくん曰く、[D7:魔動機遺構]から発見されて、ここまで運ばれてきて再利用されているものなのだとか。

 

類を見ない巨大な迷宮入口に、パシエルくんはきょろきょろと周囲を見回しながら着いてきます。

本当はこんな危険な場所に連れて行きたくないのですが、独りにしておけないというオルデアさんたっての希望もあり、同行することになったのです。

簡単に負けるつもりはありませんが、なおさら負けられない戦いとなりました。

 

 

迷宮入口通路を抜けた私達を待っていたのは、地下の天蓋に広がる星明かりと、その光をきらきらと反射する穏やかな海面でした。

 

星明かりだけが瞬く、何処までも広がる常夜の海。

ラエモンドくん曰く、天井の岩盤一面に生息しているヒカリゴケが光源となり、迷宮全体を照らしているのだとか。

おかげで、昼間のように明るくはなくとも、光源を用意せずに行動できるくらいの明るさは保たれています。

 

 

漁業ギルド(フィッシャーマンズ・ギルド)が手配した船は桟橋に停まっていました。船長兼航海士兼操舵士さんと水夫さんのお二人が、忙しなく出港準備をしています。

地底海の港近辺に広がる岩礁地帯は大型船の通行を不可能としており、地底海には最大でも10人乗りほどの小型船しか存在しないのだそうです。

 

私達4人にオルデアさんとパシエルくん、水夫さんが2人の計8人が乗り込めるこの船[星々の落涙(ラクリマエ・シデレーアエ)号]はかなり大きい部類でしょう。

事態解決へ向けた漁業ギルドの本気も伺えるというものです。

 

 

「パシエルくん、こっちに……よっと」

「はいよ、受け取ったぜルセア」

「わわっ……!?」

 

パシエルくんの両脇に手を差し入れ、そのまま持ち上げて船に乗り込んでいたレディアちゃんに受け渡します。

桟橋と船の隙間に落ちたら危ないのでそうしたのですが……事前に言っておくべきでしたね。

 

 

「目的地までは、この星明かりの道標(ルーメン)が導いてくれます。まだ遠いので不正確ですが、この針の方向に進めば“夜を語る者”がいるはずです」

 

オルデアさんが懐から取り出したのは、魔法の道具である[北向きの針]に似た道具でした。

円型の硝子蓋の中で、真ん中だけ固定された針が沖の方角を指し示しています。

曰く、これは“朝の勇者”の一族に伝わる魔道具で、“夜を語る者”が存在する方角を指し示してくれるのだとか。

 

 

「よーし、出港ー!」

 

しばらくして出港準備が済むや、レディアちゃんが意気揚々と号令をかけました。

やれやれと言っているラエモンドくんも、いつも仏頂面のドリーくんも、心なしかどこか楽しげな、有り体に言えばわくわくしているような様子です。

……やっぱり、男の子はこういうのが好きなんでしょうか。

 

 

 

―――――――

―――――

―――

 

 

船旅はそれはもう大変なものでした。

 

ラエモンドくんが船酔いでへばったり、

水棲蛮族(タンノズ)に襲われたり、

ドリーくんがボトルに詰められた宝の地図を見つけたり、

小島に擬態する怪物(フェイクアングラー)に襲われたり、

水棲蛮族(タンノズ)に襲われたり、

水棲蛮族(タンノズ)の野営地を襲撃したり、

|宝の地図の場所でお宝を見つけたり。

 

……この海域、ちょっと危険すぎやしませんか?

漁師さん達は本当に危険な仕事をしているのですね……もっと感謝して醜面魚を食べようと心に決めた数日間でした。

たった数日で何度も蛮族と戦いを繰り広げながら、私達は目的地へ近づいていきました。

 

 

ふと、街の地下にこんなに広大な場所があるのかと、パシエルくんが不思議がりました。

もう一週間近く航海しているのですから、その疑問も当然でしょう。

本来だったら、魔導公国ユーシズへ到達していてもおかしくない距離を移動しているはずです。

 

それはだね、と具合が悪そうながらも答えてくれるのはラエモンドくん。

有毛種の竜人(リルドラケン希少種)の顔色はよくわかりませんが、目が据わっていることだけはわかります。

……本当に辛そうでしたが、私に出来ることは何かあったのでしょうか。

船長のドノバンさんは「こういう時は嬢ちゃんが膝枕でもしてやるといい」と教えてくださいましたが、人間(ヒューマン)は守備範囲外と断られてしまいました。

守備範囲ってどういう意味だったのでしょうか。今でも謎です。

 

 

閑話休題(それはさておき)

 

この迷宮(D3:地底海)について多くが解明されているわけではありませんが、学者達の間では、入口から迷宮内に入るまでに、知らぬ間に奈落の魔域(シャロウ・アビス)や転移門を通り抜けているというのが通説になっているそうです。

 

ちょうど、第3区:西港街区と第7区:東港街区を繋ぐボドロフ地下街と同じ理屈ですね。

ボドロフ地下街も、両区の間に存在するボドロフ湖の水深より浅いところを通っているらしいのです。

普通であれば水中に沈んでいるはずなのに、問題なく通り抜けられてしまうボドロフ地下街もまた、知らぬ間に奈落の魔域を通り抜けている説が主流なのだとかなんとか。

 

この説が正しいとするならば、私達はグランゼール王国の地下どころか、どんな未知の場所を船で進んでいるとも知れません。

……そう考えると不思議な気持ちになるのと同時に、突然その[奈落の魔域]や転移門が閉じてしまったらどうなるのかと、嫌なことに思い至ってしまいます。

実はもう門は閉じていてここに閉じ込められていたり、なんて……

パシエルくんを無駄に怖がらせてしまいそうなので、黙っておきましょうか。

 

ともあれ、普段はそんなことを想像もしないくらい、いくつもある地下迷宮は私達にとっての当たり前であり、グランゼール市民にとっての日常なのです。

 

 

―――――――

―――――

―――

 

その翌日。私達は“道標”(ルーメン)が指し示す小島にたどり着きました。

その島の様子は、まさに異様のひとことです。

 

島にいた原生生物が、蛮族が、ありとあるゆる生命が。

力のない呆けた表情で、何をするでもなくただただその場で佇んでいるのです。

虚ろな瞳はどこかを見つめているようで何も映しておらず。

口の端から涎を垂らして、枝垂れ柳のように風に揺られています。

 

そして、その中心で“それ”は蠢いていました。

 

 

 

 

黒いインクのような影にどっぷりと覆われた体躯。

ずんぐりした胴体から伸びる無数の触手。

幾本もの触手が束となったかのような鋭い剣状器官。

 

そして、全て吸い込まれてしまいそうな虚ろな穴がふたつ。

“奴”が頭部のようなナニカを、関節を感じさせない動きでぐるりとこちらに向いた。

頭を覆う触手の狭間(はざま)から、ふたつの穴はこちらを“観て”いた。

 

―――まずい!

 

そう感じる間もなく、私の中から抜き取られていくナニカ。

ナニカを引っ張り合って、全部は持っていかれなかった。

けれど、剣を抜いて戸惑いを覚える。

剣士にとって己の半身とも言えるそれ()を手にして感じる違和感。

 

数え切れないほど振ってきたはずのそれ()なのに、私には振り方がわからなかった。

 

 

「気を付けて! 奴は記憶を喰らう!」

 

鬼気迫るオルデアさんの声と、直後に響く発砲音。

あの虚穴がある頭部が能力の起点と即断したのだろう。

魔動機師(ドリーくん)が一対の銃を抜いて、こちらを向く頭部に躊躇いなく斉射する。

 

しかし、()()()()()()()銃ではその頭部を捉えることは出来ず。

臓腑を震わせるような不気味な低音が聞こえて、それが魔法文明語の詠唱だと神官であり学者(ラエモンドくん)が警告を発したその刹那。

膨大な熱量を秘めた光槍が四本。暗闇を切り裂いて、私達に迫っていた。

 

咄嗟に右腕(利き腕)を庇って、剣と左腕を交差させて光槍を受ける。

貫かれこそしなかったものの、左腕が焼け爛れて苦悶の声が漏れる。

目の奥で白点が明滅して、砕けんばかりに歯を食いしばって意識を保つ。

 

けれど、背後から聞こえてくるのは、ドリーの名を呼ぶラエモンドくんの悲鳴のような声。

視界の端で捉えた(ドリー)の姿は、胴体を光槍に貫かれ、まさに地面に崩れ落ちるところだった。

 

たった一撃。

それだけで、私達は仲間のひとりを倒された。

 

 

「てめェ!」

 

レディアちゃんの怒号と共に、森羅魔法が行使される。

その援護を受けて、弾かれた矢の如く駆け出して剣を見舞う。

 

だが、浅い。振るわれた斬撃は触手のような影を幾本か斬り飛ばしたけれど、その芯を捉えるに至らなかった。

“夜を語る者”が見た目以上に敏捷なのもあるが、やはり()()()()()いる。

記憶と共に技を奪われた結果、身体が覚えている動きと、頭の中で構築できる動きが噛み合わなくなって剣筋がズレている。

けれど、()()()()()

 

仮想装填(イマギナリウス)黎明の光矢(ディルクリム・ラディアンティス)!」

 

身を翻して飛び退いた直後、影の化け物の頭部に殺到する四条の光矢。

命中と共に炸裂した光の矢は、蠢く触手を弾き飛ばして頭部を大きく削り取った。

 

ラエモンド・ラミアスの背後には、薄明のような光で構築された四本の弓。

その腕に嵌まる腕輪(星軌弓)が構築・展開する、“夜を終わらせる武具”の真の姿。

未だ全てを発揮できずとも、その力は絶大だった。

 

 

ラエモンドに殺到すべく動き出した触手に、レディアの操気に操られる大剣が飛翔する。

しかし、実体を持たない影をただの大剣(非魔法武器)が通じるはずもなく。

レディアの手に引き戻される大剣と入れ替わるように、影の進路上に割り込んだ。

 

十全でないとはいえ、この剣(ルクス・ソラリス)あの弓(星軌弓)と同じ出自を持つもの。

剣を振るえば、厭がるように剣を避けてこちらに剣状の触手を向けてくる。

剣を跳ね上げて剣状触手を弾き上げれば、がら空きの頭部に再び光の矢が炸裂した。

 

 

―――()った!

 

そう確信するに足る、絶死の一刀。

袈裟懸けに頭部を両断するはずだった剣はしかし、風切音のみを残して空を切った。

周囲に影の姿はない。

まるでその場で()()()()()()()()()()()()かのように、“影の化け物”は消失していた。

 

 

「ルセア、下だ!」

 

同時に聞こえてきたラエモンドとレディアの声。

ほとんど反射的に身を捩って、全力でその場から飛び退く。

 

けれど、そんなもので避けられるような一撃ではなかった。

私自身の影に潜んでいた“影の化け物”から、幾本にも分かたれた剣状触手が(ルセア)を目掛けて殺到する。

腹を、足を、肩を、左腕を、身体中を捉えて、肉を引き裂いて鮮血を飛び散らせる。

喉の奥から熱いものがせり上がってきて、口の端から溢れ落ちた。

 

 

されど、そのどれもが致命傷にまで達していない。

レディアが持つ燦然たる守護者の盾(イージス・ノクティス)

その同胞を守護する加護(トゥテラ・フェルマーナ)の光が私を包み込んで、剣戟の勢いを止めていた。

 

 

仮想顕現(レヴェラティオ)―――」

 

レディアとラエモンドが作り出した千載一遇の隙。

逃すわけにいかないと、剣を掲げて全ての魔力を注ぎ込む。

魔力に呼応して柄の水晶体が煌めいて、朝焼けのような光が刀身を染めていく。

 

「―――闇宵裂きし暁光の刃(ルクス・エンシス)!!」

 

振るわれるは、曙光を束ねて凝縮した輝きを放つ光の刃。

()漆黒(触手)を切り裂いて、異形の頭から胴までを両断する。

硝子にヒビが入るような硬質の音。

動きを止めた“影”の身体がぼろぼろと崩れ落ちて、地面に吸い込まれるように溶けていった。

 

 

その最後の一片まで消滅するのを見届けて、残心を解く。

大きく息を吐けば身体中から力が抜け落ちて、地面に突き立てた剣を支えにどうにか立っているような有様でした。

あちらでは、意識の無いドリーくんにラエモンドくんが回復魔法を行使しています。

回復魔法とはいえ死者には効き目がありませんから、回復魔法を使っているということはまだ息があるということでしょう。

そう思ったら安心して、今度こそ安心してその場に座り込んでしまいました。

 

“影の怪物”が溶け落ちた場所から、その残滓たる“夜の遺子”をオルデアさんが回収します。

これでやっとふたつ目。

 

私達の戦いは、まだまだ始まったばかりでした。

 

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