禪院真希は妹の真依と共に、獣医を目指している。
別に、呪術師の仕事が嫌だとか、そういう理由ではない。
むしろ逆だ。
上の命令なのである。
それも五条家、禪院家、加茂家、総監部、ついでに家入からの肝煎だ。
ポンコツ上司から仕事を奪うのが真希達のお仕事である。
これは呪術界の悲願で、真希が幼稚園児の時から始まるスペシャルプロジェクトなのだ。
第一段階として、ポンコツ上司の暫定助手に収まった真希と真依。そしてひと足先に助手になっていた、同じ任務についている乙骨憂太の婚約者の里香。
任務の為なら、どのような泥も被るつもりだ。
だが、その日はついついポンコツ上司に物申してしまった。
あまりのポンコツっぷりに堪忍袋の尾が切れたのである。
椿の散歩ついでに買い物をして、帰って。
部屋で自分と鉢合わせた。
「悪戯か? 違うな。誰だお前」
「お前が誰だよ」
控えめに言って大騒ぎになった。
五条家当主が出てきて、真希は不機嫌になった。また面倒な事になる。
「驚いた。どっちが真希か、六眼で見てもわからない。ま、ペット飼ってる方が偽物なのはわかるけどね。潜入捜査にペットは連れないだろうし、君が呪詛師ではないと進言はしてあげるよ。心当たりはある?」
真希は心を落ち着ける為に、ペットの椿を撫でながら答えた。
「あー。せんせー叱ったから、嫌がらせされたんだと思う。あ、私は当然のこと言っただけだからな! 怒られる筋合いねーし! 悟はせんせー甘やかせすぎなんだよ!」
「先生って誰の事?」
戸惑っているようで、本当に心当たりはなさそうである。
「獣医の夏油せんせー」
「夏油? もしかして、夏油傑? 術師の?」
「獣医の。動物見るお医者さんの。こっちじゃ夏油先生、獣医じゃないの?」
「そもそもなんで獣医?」
「あいつに言ってやって」
食い気味に答えると、五条は押されたようだった。
「そ、そう……。なんで叱ったの?」
「いつもの。患畜が死んで、まーたメソメソしてて、家入先生が気にして、悟も仕事切り上げて帰るって言い出したから」
「えっと、それは傑がミスかなんかでいつも患畜を死なせちゃってるって事?」
「ミスじゃない。殉職。対呪霊用の……こっちじゃいねーの? 人間の代わりに呪霊と戦う動物。術師を庇って、攻撃食らったらしくて。まだ小さかったからな」
「もしかしてこの子? そっちの傑はその犬種のお世話してるって事ね」
「そう。獣医兼調教師。私も総監部にその仕事手伝えって言われてる。もっと言えば、あのポンコツから仕事奪えって言われてる。今はせんせーからこいつの調教の宿題出てて……。二級術師クラスに育てないといけない。こいつも今回の嫌がらせ、気づいてくれたら良かったんだけど、まだ小さいしな……。ほんと役立たねぇ。どうしようかな……。先生が私がいなくなった事に傷ついて涙の一つでもこぼしてくれれば慌てて戻してくれると思うんだけど、あいつ、悟や家入先生の為ならともかく、私の為に泣くかなー」
ちょっと途方に暮れる。
ポンコツ上司が人間を選んでくれるなら、ここまで揉めてない。
ペットのやらかしに気付いてないとしたら帰還は絶望的である。
「二級クラス? その子犬が? 嘘でしょ? 将来的に転移とかそういうことできるようになるわけ?」
「個体差激しいからな。こいつはそこまでは無理。ただ、ちゃんと育てれば二級はイケるはずだって。二級術師クラスで良、三級術師クラスで可。なんも考えず普通に育てても、三級呪霊を倒せる所まではいけるはずだから、一年卒業までに三級呪霊を一体狩らせるのが目標。今はまだ蠅頭を狩るのが精一杯だけどな」
「すご。戦ってるとこみたい! 伊地知、蠅頭持ってきて!」
「行け! 椿!」
「ガウッ」
椿は体当たりをする。すると蠅頭は消えてしまった。
「凄いね! やるじゃん椿!」
「キャン!」
ほめろと言わんばかりに胸を張る。
「イーブイだ! イーブイ!? イーブイ!!」
乙骨は大興奮だ。
「うっわ、近寄るなよ、乙骨先輩。婚約者に勘違いされるだろ。こいつ、こっちじゃイーブイって言うのか? 私のところでは虹狼種って言われてる」
「ポケモンのイーブイにそっくりだなぁって!」
「ポケモンだからな」
「ええっ どういう事ですか? 他にもポケモンいるんですか? 写真見たい!」
乙骨にせがまれ、真希は写真を見せた。
「はわわわ……! か、可愛すぎる……!」
【憂太ぁ】
「向こうの里香ちゃんだよ! 向こうでは大人になれたんだね。とっても可愛いね」
【里香、可愛い?】
「凄く可愛いよ!」
嫉妬して出てきた里香は、おとなしく引っ込んだ。並行世界の自分の写真ならば仕方ないね。
そう、スマホにあったのはピチューに囲まれた里香と夏油のツーショットだった。
普通、婚約者が他の男とツーショットとなると嫉妬心が湧き上がりそうなものだが、ピチューをそれぞれの手に乗せて、ピチューに囲まれた2人には幼女味があって微笑ましくも可愛らしい。
「えっ 里香先輩、こっちじゃ呪霊なのか?」
「そうなんだ。子供の頃に事故死しちゃって……。ところで、隣の男は……?」
ジャラシーの炎がメラリ。
前言撤回。しっかり嫉妬心は湧き上がっていたらしい。
「こいつが夏油傑。里香先輩は、どうしても乙骨先輩の力になりたいって。呪力は全然ねーけど見えるし、ポケモン育成は出来るからな。ポケモンコースってことで入学した。ポケモンコースは術師コースでやってけなそうな奴で勉強できる奴が入れる。今の所、私と真依と里香先輩の3人な。希望者は多いから、これからすげー増えると思う。術師の家の呪力なしとか、女とか」
「里香ちゃん……!」
里香ちゃんの大いなる愛と献身に、乙骨は感動である。
「仕事奪えってのは、ポケモンを総監部のものにしたいから?」
「あー。せんせーはさ。番犬もできる愛玩犬にしたいんだよ。いっぱい愛されて、大事にされて、飼い主の良き友でありパートナーで、戦闘はするとしてもあくまで補助。でも、呪術界は違うんだよ。警察犬とか闘犬とか狩猟犬みたいな感じのエリートを量産して、積極的に呪霊を狩らせたい。式神使いみたいな感じで扱いたいし、モルモットみたいな実験もしたい。ポケモンさえいれば、殉職率も下がるだろうって」
「なるほど。傑だけ甘いこと言ってる感じなのね」
「ポケモン死ぬたびにせんせー泣くし落ち込むから、家入先生や悟はもうちょっと負担の少ない仕事の方がいいんじゃないかって。愛玩用ポケモンの世話とか……とにかくポケモンが死んでも泣かないで済むポジション。今はポケモン関係はせんせー1人でやってるし。ただし、直接それ言ったらせんせーが傷つくから、私が立派に跡を継いで役割分担する形で自発的にさせろって。五条家としても、せんせーが泣くたびに当主が任務切り上げて帰っちゃうから、なんとかしたがってるし」
「そんな理由? 僕と硝子も傑に甘すぎない? 傑ももういい年した大人なんだろ」
「加茂家は、ポケモンの生態や体の仕組みとか、色々調べたいから、モルモット的な扱いに反対するせんせーは邪魔なんだと」
「あー。確かにね。実験全然するなとか、僕も言えないかな」
「禪院家……うちは、とにかくポケモン鍛えて実戦で使いたいって」
「凄く真っ当だよね」
「総監部は、ポケモン利権も確かに欲しいけど、その前にポケモンが死んでせんせーが泣いて家入先生と五条先生が慰める為に仕事の手を止めるのもポケモンの扱いについてモンペの2人からクレームが入るのも凄く嫌で」
「それはそうね。っていうかマジなのそれ?」
「一般術師は可愛くて強いポケモンが早く配られて欲しいから、育成の人手増やして欲しいし」
「それはそうね」
「大体、人間がどんどん殉職してる環境で、役立つ動物が現れて、それを活用しないとかないだろ。人好きで、交戦的で、賢くて、ちゃんと育てれば二級呪霊も倒せる動物だぞ」
「うーん、逆になんで傑が1人で取り仕切ってるの?」
「せんせーが幼い時に特級呪霊的な何かから下賜された生き物だから。それが原因で五条家に引き取られてるし、そいつの守護があるから蔑ろにするつもりはないんだよ。今でも定期的に幼体を下賜されてるし、幼体の育成に呪霊操術は凄く有効だし、ポケモンとの意思疎通に関して凄いものがあるし。完全に外すってのはあり得ない。でも1匹死ぬ毎に大泣きするのはさぁ……。困るだろ、本格的に運用したいのに。幼体と保育園してて後は我関せずになってくれればそれでいいんだよ」
「傑はどうなの?」
「ポケモンの為に頑張るって張り切ってる……」
呪術界全体 VS 夏油 傑である。
だが、誰が話を聞いても、夏油の分は悪そうだ。
ケーキを食べられるのは、パンが食べられる状態が前提にあってこそなのである。
夏油の理想は、パンがないのにケーキを欲するかのよう。
それはともかく、真希は帰れるあてもないので、イーブイを育てつつ、呪術高専に世話になる事になった。
そして、真希以上に育成に燃える男、乙骨は早速イーブイに技を仕込み始めるのだった。
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