ある冒険者と錬金術師と商人の互恵関係   作:サーモン

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1「辞める勇気」

 

 大昔、世界は魔獣に溢れていた。

 

 昔、大いなる魔術師は魔獣という驚異に脅える人間を憂い、世界中の魔獣を一つの巨大な穴に閉じ込めた。

 

 大いなる魔術師『アリス・ロクフォード』は人々に伝えた。

 

 ――二千年の時を経て封印は解かれる。それを拒むのならば迷宮の最深層へ辿り着け。

 

 それから千年。

 未だ迷宮の最深部へ到達した者はいない。

 

 

 ◆

 

 

「またその本を読んでいるのかい? グリア」

「ロイドか」

 

 音もなく俺の仕事部屋に入ってきた金髪の男。

 ロイド・ウィンセントは、俺の仕事仲間だ。

 

「原点を思い出すべきだろ? 俺たちは迷宮の探索を生業にしてるんだから」

「そうかもしれないね。それでグリア、これはどういうことなのかな?」

 

 俺が座る執務椅子の隣まで歩いて来たロイドは封筒を一通、机の上に置いた。

 それは、俺が書いた『辞表』だった。

 

「僕と君は二人で探索者になった。僕にとって君は初めての仲間だったし、君にとっても僕は初めての仲間だったはずだ。僕たちは常勝した。多くの偉業を成し遂げ、この街で一、二のギルドを作るに至った。君は今や数百人の団員を抱えるギルドの副マスターだ」

「……」

「もしかして副マスターっていうのが気に入らないのかい? だったら僕はいつだって君にこの座(ギルドマスター)を譲れるよ」

「違う、お前はこのギルドのマスターに相応しい人間だ。異論なんかあるわけない」

「だったらどうして?」

「ロイド……」

「うん」

「俺は、前に進みたいんだ。確かに俺たちはこの街で最上と呼ばれるギルドを作った。だけど、俺たちの迷宮探索は二年前から一階層たりとも進んでいない」

 

 俺の言葉を聞いて、ロイドは溜息を一つ吐く。

 

「僕らは負けたんだ。迷宮の最深、第八階層で僕と君は敗走した。だから仲間を増やしたんだ。だから仲間を育ててるんだ。だから武器や道具を集めるために金を集めてるんだ。僕らは前に進んでいるよ」

 

 こいつの言っていることは間違っているわけじゃない。

 むしろ迷宮探索者として当然の思考回路だ。

 

 だけど違うんだ。

 

 後輩の育成、装備の管理、金の管理、ギルドの広告、武具の宣伝、スポンサーとの付き合い、そんなことをするために俺は探索者になったんじゃない。

 

「なあロイド、大いなる魔術師は一人でこの世界から魔獣を消したんだ」

「……だからなんだよ。それが僕を裏切る理由か? グリア・ロクフォード(、、、、、、)! 君のご先祖様がどれだけの人間でも、君がそれを背負う必要なんてない。封印が解かれるのは千年も先の話だ」

「背負ってなんかねぇよ。ただ俺は知りたいんだ。迷宮の最奥に何があるのか」

「無理だ。独りで挑むなんて危険過ぎる。仲間と背中を合わせなければ全ての危機を乗り越えることなんてできない」

「俺もそう思ってた。だけど気が付いたんだ。俺はお前に甘えてたってことを」

 

 ロイドは優秀な人間だ。

 俺みたいな戦うことだけが取り柄の人間とは違う。

 賢くて、人望があって、人を導ける光みたいな奴だ。

 

「…………そうか、僕も君に甘えているんだろうね。分かったよ」

「悪い」

「これからどうするんだい?」

「独りで挑むよ。野垂れ死ぬんだとしても、それが俺の人生だから」

 

 俺はその日、貯金と武装の全てを置いて、ギルドを脱退した。

 

 

 ◆

 

 

「やっほ、相変わらず目の下の隈が深いわねメルカ。徹夜ばかりだと将来お肌ボロボロになっちゃうわよ?」

「別に構わないわ。そんなことで大いなる魔術師を越えられるなら」

「ほんとメルカって凄いよね。そんなこと本気で言ってる人、私メルカ以外に見たことない」

「私も私がこう言っても馬鹿にしたり無視しなかった人をミヤネ以外に見たことがないわ」

「それは昔の話でしょ? 今のメルカは天才の名を欲しいままにする錬金術師じゃん。私はただのその同僚だけど」

「私がいなければ貴方が一番よ」

「かもね……」

 

 私は自分が天才であることを自覚している。

 私は私が誰よりも努力していることを自覚している。

 そうでなければ辿り着けない夢を、私は追っているからだ。

 

 大いなる魔術師。

 

 それは世界中に存在した全ての魔獣をたった一人で封印して見せた。

 魔術は使用者の死後も機能しない。

 ということは大いなる魔術師が造り上げた迷宮は魔術ではなく『魔道具』だ。

 

 私の夢は、それを越えるモノを創ることだ。

 

「メルカってさ、パトロンさんとの会食とか苦手でしょ」

「意味を感じないだけよ」

「だけど研究資金を出してくれてる人たちだよ? 機嫌を取っておかないと、って所長はいっつも言ってるよ」

「だから最低限は行っているでしょ?」

「私の五分の一以下だけどね」

「苦手なのよ。非生産的な行動が」

 

 人付き合いなんてしたくない。

 一日の全てを研究に捧げる生活こそが私にとって一番幸せな人生だ。

 

「ねぇメルカ、この研究所から出て行ってよ」

 

 少し低くなったミヤネの声に、私は作業をする手を止めて振り返った。

 

「メルカが居なければ私が一番。メルカが居なければパトロンから苦情が来ることもない。私には稀代の発明はできないかもしれないけど、メルカより上手くやれる。要するに邪魔なの。妬ましいの。嫉妬してるの。だから居なくなって?」

 

 この研究所に居るメリットは研究資金が出ること。

 

 デメリットは利益率の高い研究が優先されること。

 パトロンや官僚との無駄な会話をしないといけないこと。

 他の所員から嫉妬されること。

 研究に没頭できないこと。

 

「分かった。出て行くわ」

「……うん、そうして」

 

 椅子から立ち上がった私は、ミヤネに近付き手を伸ばす。

 私が怒っているとでも思ったのか、脅えるようにミヤネはギュッと目を瞑った。

 安心させるように私はその頭を撫でる。

 

「ミヤネ、ありがとう」

 

 何も言わず、ミヤネは目を開いて私を見上げた。

 小柄で可愛い女の子。

 こんな私の唯一の友達。

 

「うん……」

 

 ミヤネの眼は酷く潤んでいた。

 一筋の雫が頬を伝ったのを切っ掛けに、目尻の涙は決壊した。

 

「ミヤネ、私が出て行っても友達で居てくれる?」

「っく、うん。ずっと友達でいるよ! っん、嫌な子になれなくてごめんねぇぇ……!」

「いいえ、私を送り出してくれてありがとう。貴方が言ってくれたから私は勇気を出せた」

「うわぁぁぁ!」

 

 私に抱き付いてきたミヤネの頭を撫でる。

 ミヤネはこんな私と一緒に居てくれる、誰よりも優しい女の子だ。

 最初から分かり切っている。

 ミヤネは私をこの研究所から解放してくれようとしている。

 

 私は心の底から思う。

 

「貴方が友達で良かった」

 

 毎日研究だけでいい、なんていうのは嘘だった。

 ミヤネと会うためなら少しくらい研究を休んでもいい。

 今はそう思う。

 

「ミヤネ、貰って欲しいものがあるの」

「え?」

 

 ずっとこうしようと思っていた。

 だけど決心ができなかった。

 だからこの書類はずっと鞄の中にあった。

 

 それを取り出してミヤネに見せる。

 

「なに、これどういうこと?」

 

 それは私個人が持つ全特許権利を委譲するための契約書だ。

 私が造って個人利用するだけなら使用料は発生しないが、それ以外の権利は全てミヤネに委譲することになっている。

 

 要するに、今後これらの特許の使用料が発生した場合、そのお金は全てミヤネに入るということだ。

 

「サインしてくれる?」

「できるわけないでしょ! これはメルカが発明したメルカの偉業だよ」

「お願い。ゼロから始めたいの。何もないまっさらな状態から」

 

 ここを辞めるということは、給料がなくなるということだ。

 今まで貰った給料や特許使用料は全て研究のために資金になって消えた。

 貯金なんてない。

 

 来月の家賃を払えるかも分からない。

 

 だけど、何もないからこそ本気になれると思うから。

 

「ミヤネになら私の今までの人生を上げられる」

「……何かあったら絶対言ってね。このお金、絶対使わずとっとくから」

「えぇ、ありがとう」

 

 その日中に私は研究所を辞め、ミヤネにサインして貰った書類を国に提出した。

 

 

 ◆

 

 

「今日来た子たちはどうだった?」

「ダメですね。一人は暴力沙汰を起こしてクビ、一人は別国の産業スパイ、最後の一人に至っては交際相手が二十人います」

 

 僕は秘書から本日やってきた入社希望者の書類を受け取り一通り眺める。

 これは入社希望者が自分で提出したものじゃない。

 僕の秘書であり副会長でもある彼女、ティアが調査した結果だ。

 

 よく調べられている。

 とは言え90点ってところかな。

 

「ちなみに一人目はうちに元カノが居て復縁を迫ろうとしてる。二人目は別国じゃなくて別の商会からの刺客。最後の人の恋人は二十人じゃなくて二十二人、一昨日二人増えてる」

「申し訳ございません。私の落ち度です」

「問題はないよ、採用基準を満たせてるかどうかは調べられてるし」

 

 このレベルの調査ができるなら任せるには十分だ。

 

「この仕事をしてるとは外より内の敵の方が怖いからね。中に入れる人の調査は絶対に怠っちゃいけないよ。病気や毒は気が付いてからじゃ遅いんだ」

「いつもご指導いただきありがとうございます。会長」

「会長はもうやめてよ。今日で終わりなんだから」

「ウィン様、本当にその地位から退くおつもりですか?」

「あぁ」

 

 人を知れば知るほど、人は醜い生き物だと理解させられた。

 人は容易く嘘を吐く、人は容易く他者を裏切る、人の意見は簡単に変わる。

 人間って生き物は小説の登場人物とは違う。

 

 そこには一貫性なんてなくて、そこには信念なんてなくて、そこにはただ生き汚い獣が居るだけだ。

 

 僕は必要な人に必要な物を届けるために商人になった。

 それは成功した。それは巨大になった。僕の商会はこの街で一番と言われるものになった。

 

 そして僕の仕事は内に入ってこようとする癌細胞を未然に発見し弾くこととなった。

 

「言っておいた通りこの商会の全てを君に渡す。君ならきっと上手くやれるよ」

「ですが私は入社希望者の身辺調査すら満足にできない不出来者です」

「ティアもあざとくなったよね」

「え?」

「本当は僕が言ったことも全部知ってて、でも敢えて間違った情報を僕に教えたよね? 僕を引き留める必要はないよ。君にはちゃんと実力がある」

「貴方はなんでも知っているんですね……」

 

 ティアは優秀な秘書で副会長だ。

 誰よりも近くに居る彼女のことを僕は誰よりも知っている。

 本当に自分で自分が気持ち悪い。

 

 だから辞める。

 

「これからどうするんですか?」

「個人商店でもやるよ」

「もったいなさ過ぎます。たった一人でこの街の頂点まで上り詰めた最強の商人がそんなこと……」

「僕は身内じゃなくて、お客の顔を見ながら商売がしたいんだ」

 

 ティアは視線を床へ向けて小さく「そうですか」と呟いた。

 

「もしかして僕の後を継ぐのは嫌?」

「いえ、とても光栄なことです。任されたからには絶対に上手くやって見せます」

「うん、ティアならできるよ」

「ウィン様、貴方は私のこの感情も知っているのでしょう?」

「……何のことかな?」

「…………貴方が好きです。結婚してください」

 

 僕の正面に立ったティアは、執務机の上にある僕の手の上に自分の手を重ねた。

 

「知らなかったよ。本当に。隠すのが上手いね」

「私は本気です」

「これでも僕三十五だよ? 君より十個も上だ」

「関係ないです。貴方を人として好ましく思ってるんです」

 

 本気を伝えるように、彼女は僕の手を握りしめた。

 これ以上話を逸らすのは無理だった。

 

「ごめんね、ティア」

「……はい。ごめんなさい」

「君は大商会の会長で、僕はしがない一般市民。だけど取引は等価のもの同士で行われるべきだ。だから、少し待っていてくれるかな?」

「それって……」

 

 僕もまだまだ子供だな。

 可愛い女の子におだてられて火が付いてしまった。

 

「僕は僕の理想的なやり方で君を超える。その時は僕の方から交際を申し込ませて欲しい」

 

 我ながら身勝手な提案だ。

 なのに彼女は、

 

「分かりました。お待ちしています」

 

 その提案を受け入れてくれた。

 

 だから僕も決心した。

 本気でやろう。

 

 必死になろう。本気になろう。

 

 この街でトップを取るためには、やはり『迷宮』を使うしかない。

 千年前、大いなる魔術師が残した遺産。

 そこに発生する魔獣や希少な素材を扱うべきだ。

 

 だから探そう。

 

 僕が後ろに立ちたいと思える冒険者と錬金術師を――

 




次回「出会い」
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