サリー-アン・パークスの救済 作:ポリジュース
一九八八年。ホグワーツ入学の二年前、サリ─‐アンは漏れ鍋を訪れていた。
扉を開けると、古めかしいローブやマントを着た魔法使いや魔女たちが昼間っから酒を飲み、わいわいと盛り上がっている。カウンターで飲み物を作りながら客と談笑している、ハゲた中年男性。恐らく彼が店主のトムだろう。
____え、どうやって漏れ鍋に入ったかって? 愛じゃよ、ハリポタ愛。
漏れ鍋への簡単な道のりは『ハリー・ポッターと賢者の石』に書いてある。オタクの教科書は原作なので、もちろんサリ─‐アンは読み込んでいた。駅を出てすぐ、本屋、楽器店、ハンバーガー屋、映画館のある通りを過ぎ、本屋とレコード店の間にある汚いパブ。
サリ─‐アンは生粋のロンドンっ子だからその場所をすぐに探し当てられたし、映画で見た漏れ鍋を思い浮かべながら「確かにそこに漏れ鍋は存在する」と強くイメージしながら歩いて辿り着くことが出来た。グリモールド・プレイスとは違い、シンプルな認知阻害の魔法しかかかってないのだろう。案外簡単に入ることが出来た。
というわけで無事魔法の世界への第一歩、漏れ鍋に到着したのだが。
店の扉を開けた瞬間に客たちの視線がサリー‐アンへと突き刺さる。サリー‐アンがハリウッド子役顔負けの美少女だからではない。いや、それも少しはあると信じたいが。
ホグワーツ生にしては幼い見た目、保護者はいないうえに魔法使いらしくない服装。「マグルのガキが迷い込んでたのか?」「魔法省の役人を呼んだほうがいい」と思っているに違いない。
怪訝な顔をしたハゲ、つまりはトムが近づいてくる。
「ここはお嬢ちゃんが来るところじゃないよ」
「それは年齢的な意味? それともマグル的な意味で? 一応、ここにいる人たちがどんな人なのかは知ってるよ」
サリー‐アンがそう言うと、トムは怪訝な顔のまま「酒は出さねえぞ」と言ってカウンター席まで案内してくれた。
子供が座るには高い椅子によっこらせと腰を下ろすと、トムが黄色い飲み物を出してくれた。バタービールではないだろう、映画やUSJで見たのとは感じが違うし。
「お嬢ちゃんは何歳だ、随分小せえが」
「八歳だよ。それとも、十一歳未満立ち入り禁止だった?」
「いや、ここに来る子どもは大抵親か教師と一緒だからな」
「親はいないよ。それに、ホグワーツの入学許可証はまだ届いてない。でもあと数年で届くはず」
そう言ってサリー‐アンは飲み物を飲んだ。____はちみつジンジャーエールだ。USJのバタービールと同じくらい美味しい。
「今日はダイアゴン横丁に用事があってきたんだ。私、マグル生まれだから行き方が分からないんだ。煙突飛行粉だって使えないしね」
サリー‐アンはそう言って肩をすくめた。もちろん『ハリー・ポッターと賢者の石』には漏れ鍋からダイアゴン横丁への行き方が書いてあるが、あまり詳細ではないのだ。何番目のレンガを叩けばいいのかとか、杖や折れた杖が入った傘以外で叩いてもいいのかとか、そういうところが分からない。
「マグル生まれで入学許可証も届いてないんじゃ、ただのマグルかもしれねえだろ」
「でも、暖炉に火をつけたり宙に浮かんだことがあるよ。それに、ここの事もホグワーツも知ってる。そんなマグルいる?」
「だが、なんでマグル生まれの孤児がホグワーツやら煙突飛行粉のことを知ってんだ」
「予知能力だよ。いろいろ分かるんだ、たとえば一九九一年の八月一日にハリー・ポッターがここに来るとかね」
トムはちょっと考え込み、結局納得することにしたようだった。魔法省役人にオブリビエイトされるかもしれない、と少しだけ不安に思っていたサリー‐アンは安心した。原作知識を奪われてただのサリー‐アン・パークスにされるなんてごめんだ。
「じゃ、さっそくダイアゴン横丁に連れてってもらえる?」
「ああ、もちろん。だがな、お嬢ちゃん、この世にただなんてものは無いんだ……今から三時間給仕と清掃をした後で連れてってやるよ」
「児童労働反対!」
「____マグルの子供が迷い込んできたから、魔法省に連絡を……」
「ここで働かせてください!」
★
____ここがダイアゴン横丁。
サリー‐アンは感動で今にも泣きだしそうだった。建物はたいてい斜めっていて、通り過ぎる人たちは「ドラゴンの肝が」とか「ユニコーンのたてがみが」なんて話している。
「大丈夫か?」ぼけっとしてるサリー‐アンに、トムが心配そうに声をかける。
「いや、本当に魔法の世界だなって。建物が全部斜めってる」
「俺からすりゃ、全部まっすぐに建ってるほうが変だがな……で、どこへ行きたいんだ。やっぱり杖か?」
サリー‐アンは首を横に振った。もちろん今すぐにでも魔法を使いたいが、杖を買うという大々的なイベントは一九九一年まで取っておかないと。
「まずは本屋かな。予習もしときたいし」
「ずいぶん優等生さんなこった」そう言ってトムがサリー‐アンの頭に手を乗せた。骨ばっていて固いし、イケメンならまだしもハゲたおっさんからの頭ポンポンはあまりうれしくないので、すぐさま払いのけた。
途中、大鍋の店や箒の店に興味を惹かれつつ、サリー‐アンたちはフリッツ・アンド・ブロッツ書店に向かった。本が信じられない高さまで積みあがっていて、暴れだしそうな本なんかも置いてある。
近くにあった本を手に取ると、挿絵が動き始めた。
『ビッグ・フットの最後の反乱』『近代魔法史』『マッドなマグル、マーチン・ミグズの冒険 第七巻』『キャノンズと飛ぼう』___もちろん全部買いたいが、孤児院のお小遣い貯金程度ではせいぜい三冊がいいところだ。厳選しなくては。
一つはすでに決まっている。薬草学の本だ。
『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』で悪魔の罠を送られた患者が死んだ例や、マクゴナガル先生の夫が有毒食虫蔓に嚙みつかれて死亡した例がある。薬草学を学ぶことは死亡フラグをへし折るにつながるのだ。
サリー‐アンは『有害植物による死亡事件百選』『擬態する植物たち』を手に取った。
「ねえ、他はどれにしたら良いと思う?」
「『幻の動物とその生息地』とかじゃねえか、ずーっとホグワーツの教科書に指定されとるし」
トムが心底興味なさそうに言った。手にはいくつかの料理本がある。
「教科書に指定されてるのはダメだよ」
「料理本とかはどうだ? ミセス・クックのシリーズはなかなかええぞ」
「勉強の役に立たないのは興味ないんだよ」
「可愛くねえガキだな」
トムは勉強には全く興味がないようだ。サリー‐アンはトムにアドバイスを求めるのを諦め、一人で奥の棚を見に行った。どうやら、闇の魔術に関する書籍はこちらに置いてあるらしい。『闇の魔術入門』やら、『サラザール・スリザリンの闇に満ちた生涯』なんかが置いてある。もっとも、あくまで学生も読めるレベルであって、ホグワーツの禁書の棚よりもよっぽどかわいいものばかりだが。
『開心術 ー人の心の闇を暴くー』『禁じられた魔法生物たち』『呪い襲い殺す』……そんな物騒な本が並ぶ棚の隅に、一冊、ぽつんとシンプルなタイトルの本が置いてある。
『スクイブでもスラスラ! 蛇語入門』
____まあ、二年目には確実に秘密の部屋事件が起きるし、蛇語を理解できて損はない。
ちょっと胡散臭いけど、ロンはハリーの物まねで蛇語を話せていたし、ダンブルドアも後天的に蛇語を理解できるようになったというし、完全に嘘ってわけではないだろう。何より、パーセルマウスってかっこいい!
というわけでサリー‐アンはレジに向かったのだが……ポンドしかない。グリンゴッツで両替するのをすっかり忘れていた。
「トム、申し訳ないんだけどさ……」サリー‐アンは申し訳なさそうにトムを見上げてそう言ったが、トムは何も言わずに、サリー‐アンの本を取ってレジに置き、お金を払った。
「給料前払いだ。これからも漏れ鍋で働いてもらうからな」
その日、サリー‐アンは初めて、ハゲた中年男性をかっこいいと思った。