今話から原作描写が増えていくと思います。
あと視点や時間軸が変わるときの*の使い方を変えてます。
慣れてないので色々と試行錯誤して描写とかをちょいちょい変更するのでご不便をおかけするかもです。前もって謝罪しておきます。
梅雨が明け、空にはうっすらと夏の匂いが漂い始めた6月。蒸し暑さがじわじわと肌にまとわりついて、制服もそろそろ半袖の夏仕様にするべきか、歩きながらなんとなく考える。
空は雲ひとつないのに、地面に近い空気はどこかもわっとしていて、まだ梅雨の名残が残っているような気がする。
そんな季節の中、兄さんが帰ってきてから、大体2週間が経った。
日本の高校には通っていない兄さんは早起きする理由なんてないはずなのに、なぜか家族の誰よりも早く起きて、台所に立っている。家族の朝ごはんを用意し、ついでに私のお弁当まで手際よく作ってくれる兄さんの背中を、私はいつも寝ぼけ眼で眺めている。
留学から帰ってきてからも変わらず家族を大事にしてくれる姿勢にくすぐったいような気恥ずかしいような気分になる。
──もうすぐ兄さん誕生日だし、何か恩返しとか出来たら素敵かも
そんなことをぼんやり考えながら電車を降りると、隣で歩いている陽子がふと呟いた。
「そういえばこの前さ~、アリスみたいな金髪少女この辺で見たんだよな~」
「金髪少女!?その話、詳しく聞かせてください!」
その瞬間、シノが反応した。外国人、特に金髪美少女に目がない彼女は、目をきらきらと輝かせて、陽子の腕にぐいっと身を乗り出す。
確かに、最近は街を歩いていると前よりもよく外国の人を見かける気がする。もしかしたら、アリスが日本に来てから、私たちの中で“外国人”という存在が少し身近になったのかもしれない。
シノにせがまれて、陽子は「ん〜」としばらく考え込むように唸ったあと、少しずつ思い出すように話し始めた。
「背はあんまり高くなかったかな〜。でもユニオンジャックのパーカー着てて、髪はサラッサラの金髪で、目は灰色っぽかった」
「へえ〜」と私たちが相槌を打つと、ふと視線の先、駅前のベンチに腰かけている少女が目に入った。
………あれ?
ユニオンジャックのパーカー。
風にふわりとなびく、絹糸みたいな金髪。
そして、どこか透明感のある灰色の瞳。
………んん!?
「そうそう、ちょうどこんな感じで」
陽子が指差した先、まさにその子。
「ていうかその子、本人じゃないの!?」
思わず声を上げてしまった私に、シノもアリスも一斉に顔を向けた。
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「九条カレンと申すデース!」
元気よくそう名乗った彼女は、少し見覚えのある金髪の少女だった。
以前、アリスのアルバムを見させて貰ったときに、何枚も写っていた金髪の子。カレンという名前やアリスと幼馴染であるという関係性は聞いていたけど……まさか本人が、今こうして目の前に現れるとは思ってなかった。
聞けば、家族ごと日本に引っ越してきたらしい。
アリスがいつの間にか日本に留学に行っていて日本に興味を持ったから、という理由で。さらっと言ってたけど…いやいや、普通そんな簡単に海外移住できるものじゃないでしょう…?
他にも理由はあるらしいけど、行動力もそれを実現させる家族の懐もすごい。
しかも驚いたことに、うちの学校に編入してくるという。なんと隣のクラス。「同じクラスじゃないんですね…」とシノはちょっと残念そうにしてたけど、「お昼休みに会いに行きましょう」なんて話をしているうちに、あっという間にシノのテンションはいつも通りのものとなった。…いや、いつもより高いかもしれない。
4人でそんな話をしていると、廊下から今朝聞いたばかりの明るい声が聞こえてきた。
「アリス、キたー!」
その声の方向へ振り向くと、思った通りいたのはカレン。右腕をぶんぶん振って、軽い足取りで教室に入ってくる。
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「カレン、日本語上手になったね」
アリスが柔らかく微笑んで、対面にいるカレンを褒めた。
「毎日勉強頑張ったデスよ~。私もアリスみたいに喋りたいデス!」
得意げに胸を張るカレン。まだ少しカタコトではあるけれど、それでも十分に通じるし、普通にすごい。カレンの努力は、誰が見ても一目瞭然だった。
改めて思うけど、世界でもトップクラスに難しい言語って言われてる日本語をあんなに流暢に話してるアリスがすごすぎないかしら?カレンだって、ハーフとは言え日本に来たばかりとは思えないレベルでちゃんと喋れている。
少なくとも、私は外国人と英語でちゃんと会話できる自信ないから本当に尊敬する。
──というか、ネイティブと同じくらいのレベルで八ヶ国語以上話せる兄さんって冷静に考えてもやっぱりおかしいわよね。いろんな意味で。
そんなふうに言語の話で盛り上がっていると、今度はカレンが「名前を覚えるタイム」に突入した。
「ヨーコ、シノブに……」
あっ、しまった。まだ自己紹介してなかったわね。
「綾よ」
「アヤヤ?」
一文字増えた。
少し笑いながら、私は優しく言い直す。
「一文字多いわ。『綾』よ」
カレンは「ほう〜」と感心したように小さく息を吐くと、にっこりと笑って──
「……アヤヤ! アヤヤ〜!」
「アヤヤー!!」
追い打ちをかけるように、陽子がノリノリで便乗してきた。
「「アヤヤ! アヤヤ!」」
なにこの謎コール!?
別に呼び方はどうでもいいけど、なんだかコールみたいになってきて、すごく変な気分になる。周囲のテーブルからもちらほら視線を感じて、私は小さく身を縮めた。
「や、やめてぇ……!」
思わず抗議の声を上げると、二人ともようやく手を止めた。けれど、カレンの表情がふと真剣になって固まった。
「……ん ……アヤヤ……?」
「え? どしたの?」
さっきまでとは違う、何かを思い出すような顔。カレンが小さく首を傾げたあと──
「…………アヤチャン?」
「えっ!?」
びっくりしたのは私よりもアリスのほうだった。目を丸くして、思わず声を上げる。
多分、カレンって同級生のこと、基本みんな呼び捨てにしてそうなのに。今さら“ちゃん”付けってどういうこと?
これはさすがに、ただの言い間違いとは思えない。
「ど、どうしたのカレン!? 呼び捨てじゃないのって珍しいよ!」
「別にアヤヤでもアヤでも何でもいいから!気にしないで!」
私とアリス、二人して慌ててカレンに理由を尋ねると──
「ち、違うデース!そうじゃなくて、ちょっとビックリしただけデス!」
「……え? 何に?」
カレンはぱあっと顔を輝かせて、グッと親指を立てた。
「エージから、『妹のアヤチャンをよろしく』って言われてたデース!」
「………えっ!?」
今度は、私が固まる番だった。
*****
────2日前
最初は冗談か何かかと思ったが、念のためにカレンの父──九条さんにも確認を取ってみたところ、話はどうやら本当だった。カレンだけではなく、九条家全員がこのタイミングで日本に移住してきたという。…想像の斜め上を行く展開ではあるが、九条家の財力と行動力を考えると不思議な話では無かったかもしれない。
そして今日は、引っ越しが無事に完了したということで、九条家に招待されたのだった。
送られてきた住所を頼りに訪れたのは、この辺りでもひときわ高級なビル群が建ち並ぶ住宅エリア。整然とした並木道と、重厚な入り口がいかにも“違う世界”を思わせる。
指定されたタワーマンションの前に着いたとき、遠くから聞き慣れた声が響いた。
「エ~ジ~!」
入り口の方から、両腕を大きく振りながら駆けてくる金髪の少女──九条カレンが姿を現した。相変わらず、いや、前よりもさらに明るさに磨きがかかったようにも見える。
軽く手を振り返すと、カレンの表情がさらにぱっと華やいだ。
「久しぶりデース!半年ぶり?」
「うん、久しぶり。日本語の発音、上手くなってるね」
「まだカンペキじゃないけど…頑張っタ!」
ふんす、と胸を張って得意げなカレン。
九条さんは家でも普段から英語を喋っているため、カレンは日本語を話すことは出来なかった。一時期日本語の基礎を教えていたこともあるが、その頃は単語を覚えるのがやっとで、会話なんてとてもじゃなかった。
それが今はこうして、自然な受け答えができているのだから、本当に努力したんだろう。
「案内するデース!」
そう言って、カレンは嬉しそうに先頭を歩き出す。僕も後に続いて、エントランスを抜けた。
中に入ると、広々としたロビーに静かなクラシック音楽が流れていて、高級ホテルのような空気が漂っていた。エレベーターで上階に上がり、さらに自動ロック付きの専用ドアを通り抜ける。案内されたのは、まるで1部屋どころかワンフロアを占有しているかのような広さの部屋。
──というか、実際は一棟まるごと九条家のものらしい。
さすがは世界有数の資産家。現実離れしたスケール感には、毎度ながら軽く眩暈を覚える。
「とりあえず、リビングに行くデース!」
カレンに手を引かれるまま通されたリビングは、広さも調度品の質も日本の一般家庭では絶対に見れない品物しかない。
その中に立っていたのは、数ヶ月ぶりに顔を合わせるカレンの父、九条さんだ。
「エイジくん、久しぶりだね」
「お久しぶりです九条さん。帰国の際にはお世話になりました」
「いやいや、彼もかなり君のことを気に入っていたからね。お安い御用さ」
挨拶も終わり、全員が席について場が落ち着いたタイミングで、改めて気になっていたことを口にする。
「…それで、なんで九条さんたちは日本に来ることになったんです?カレンはイギリスの学校に進学する予定だったよね?」
すると、横にいたカレンがぴょんと一歩前に出て、勢いよく手を挙げた。
「それは私から説明するデス!」
カレンの話によると──事の発端は、僕とアリスだったらしい。
海外旅行から帰国した際、アリスへのお土産を持って彼女の家を訪ねたところ、日本に留学していると知った。
さらに、イギリスに留学していた僕も卒業を機に帰国。親しい人が全員日本に行ってしまったことで、カレンの中に「日本」という国への興味が芽生えたのだという。
それを両親に相談したところ、話はとんとん拍子に進み、家族ぐるみでの日本移住が決まったというわけだ。
しかし驚いた。まさかアリスちゃんとカレンが、昔からの幼馴染だったとは。
どこか他人事のように聞いていたが、これはもう世間が狭いとかいうレベルではない。
たしかに、親しい友人が二人とも海の向こうに行ってしまえば、寂しくなるのも当然なのかもしれない。でもだからって、家族ごと日本に移住してしまうのは…さすが九条家。行動力もスケールも桁が違う。
──本当に、ポンッと家族で国ごと移動できてしまうあたり、“お金持ち”という次元を軽く越えてるよな…。
「いやぁ、カレンが改めて日本に興味を持ってくれて嬉しいよ。昔、エイジ君と出会ったあの年から日本には来ていなかったからね。この機会も丁度良かったよ」
「そういうことデス!」
九条さんとカレン、親子揃って同じように笑う姿は、どこか微笑ましい。肩肘張らない温かさが、この家の空気を作っている気がする。
そのとき、リビングの奥からもうひとりの人物が姿を見せた。
落ち着いた服装に、優雅な身のこなし。
カレンのお母さん──通称「カレンマム」である。
『用意が遅くなってごめんなさいね。エイジ、今日は来てくれてありがとう』
『カレンマムもお久しぶりです。こちらこそ、お招きいただき光栄です』
カレンマムは日本語が話せないため、イギリス英語で話しかけてくれる。
礼をすると、カレンマムは嬉しそうに微笑み返した。
*
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*
『エイジくんは日本の大学に進学する予定なんだね?』
リビングの会話が一段落した頃、ふと九条さんがこちらに視線を向け、話題を変えた。
カレンマムが合流してからは自然と会話が英語に切り替わっており、当たり前だが九条さんの英語は発音も滑らかで、ネイティブと話している気分になる。
ふと視線を横にやると、ソファに座ったカレンがこちらに小さく視線を向けていた。無意識なのか、少し身を乗り出して僕の返答を待っているように見える。
『そうですね、W大学に国際系の有名な先生がいるみたいなので、そこに進学したいなと』
大学名を口にすると、九条さんは小さく頷いた。以前も同じことをメールで聞かれたときに同様の返答をしたため、疑問は特に無いであろう反応だった。
『そうか…まぁ君ならどこでも大丈夫だろうさ』
その声には心からの信頼が込められていた。以前から何かと気にかけてくれていた九条さんらしい温かさだ。
『恐縮です』
少し照れながらそう返すと、横からふいに小さく息を飲む音が聞こえた。
目をやると、カレンがぱっと顔を明るくしていた。大きな瞳がこちらをまっすぐ見つめて、嬉しそうに笑っている。
『やった!それじゃあこれからはエージとも沢山遊べるね!』
その声には、飾らない喜びが満ちていた。
まるで、心からホッとしたような、純粋に嬉しい気持ちがこぼれたような反応だった。
カレンにとって、アリスちゃんと僕──長年親しくしてきた幼馴染と知り合いの日本人が日本にいるという事実は、それだけで十分な喜びなのだろう。
『あ、カレンももえぎ高に編入するんだよね?』
少し話題を変えるように聞くと、カレンは嬉しそうに胸を張った。
『うん!アリスと同じ高校!』
『それじゃ、その高校に妹がいるからさ、仲良くしてくれると嬉しいな』
『……あ、エージがよく話してたアヤチャン!もちろん、任せて!』
『よろしくね』
カレンは以前僕が話していた綾ちゃんのことを思い出したのか目を丸くし、すぐにぱっと笑顔を浮かべ、グッと親指を立てた。
そのあとは、カレンマムが用意してくれていた手料理をご馳走になりながら、近況をゆっくりと語り合い、食後には、カレンと一緒に少し町を歩きながら、新しい暮らしの始まりを感じさせるような穏やかな時間を過ごした。
別れ際、カレンは最後まで笑顔を絶やさず、「また遊ぶデース!」と日本語を話して明るく手を振ってくれた。
夏の気配が少しずつ濃くなっていく中で、またひとつ、日常の風景に新しくも馴染のある金色の気配も加わることを確認できた日となった。
*****
「………という感じで、アヤヤのことをお願いされたデスよ!」
私のことをアヤチャンと呼んだ経緯をカレンは話し終え、どこか満足そうである。私以外の3人はへぇ~と両手で拍手をしていた。
どこで兄さんと知り合ったの?とか兄さんとどういう関係なの?とか色々聞きたいことはあるけど、今はそれよりも、「アヤチャン」と呼ばれた理由が兄さん絡みとはいえ、気を使わせたものじゃなかったと分かって、ひとまず安心した。
「なるほど、事情は分かったわ。…でもとりあえず、兄さんのことは関係なく、私は私でカレンとは仲良くしたいもの。これからよろしくね」
「もちろんデース!」
カレンは嬉しそうにぱっと握手に応じてきた。
その手は細くて小さいけれど、カレンが今浮かべている表情と同じぐらい、明るい気持ちがお互いの手を通して伝わってきた。
手を離した瞬間、視線が合ったカレンがにっこりと笑った。
その笑顔に、なんだか私も釣られて微笑んでしまう。
──ほんとに、明るくてまっすぐな子なんでしょうね。
この先、どんなことがあっても、この子とはちゃんと向き合っていけそうな気がする。
そう思わせてくれる、そんな握手だった。
うーん書きたいことがありすぎて結果的に視点がごっちゃになってる気がする…。
まだまだ精進が足らんなぁと思いつつの更新でした。