悲しみのデータどっかいっちゃった事件が発生したので短めになりましたが前半部分だけ書き上げてなんとか意地の投稿です。
プルルルル
「はいもしもし」
夏も本番に入った7月のとある日。
むっとした空気が肌にまとわりつく夕方、照りつける日差しの下で用事を済ませ、ようやく帰宅したところだった。
玄関のドアを開けて靴を脱ぎかけたその瞬間、ポケットの中でスマホが震える。
画面に表示されたのは「カレン」の名前。
この時間に彼女からの電話は珍しい。何かあったのだろうかと、少しだけ身構えつつ通話ボタンを押す。
『もしもしエージ!今大丈夫デスか!?』
いきなりの元気いっぱいな声に、思わず耳から少しスマホを離す。
「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」
リビングに入ってソファに腰を下ろしながら応じると、カレンの声はさらに勢いを増した。
『夏休み、一緒に山行きまショ!』
「…山?それはいいけど…九条家と僕でかい?」
これまた急なお誘いである。
いつものことながら、唐突すぎてついていくのに少し間が必要になる。
もちろん、山の予定なんて何も聞いてないし、登山の準備すらしていない。だがカレンは、そんな僕の困惑を吹き飛ばすように明るく否定した。
『ノー!アヤヤとヨーコ、シノとアリスと私の5人と、あとパパデス!』
「……え、あのメンバーで山?」
予想外の名前に思わず素っ頓狂な声が漏れる。
賑やかな顔ぶれではあるが、登山に向いてそうなのは……せいぜいカレンと陽子ちゃんくらいで、あとはどう考えてもインドア寄りの人たちばかりだ。特に──。
そう考えかけたところで、電話の向こうからざわつく気配が伝わってきた。続いて、別の声が静かに入る。
『兄さんごめんね、カレンが急に電話して』
出たのは綾ちゃんだった。
やや申し訳なさそうな声色が、彼女の律儀な性格を表している。
「ん-ん、全然大丈夫だよ~。…それで、どういう経緯で山に行くことに…?」
カレンの思いつき、というわけではなさそうだ。
だとすれば、皆が納得するだけの理由があったはず。
『夏休みに皆で遊びに行こうって話してたんだけど、それが山になって…。カレンのお父さんが車出してくれるらしいし、それなら兄さんも誘おうって話になったの』
「ああ、なるほどね。そういう流れか」
確かに、九条さんが同行してくれるなら、移動も安心だ。
けれど、そこでふと、どうしても気になってしまうことが頭をよぎる。
「……綾ちゃん、すっごく失礼なこと言っていい?」
慎重に言葉を選びながらも、核心に迫る。
『……兄さんが言いたいこと、分かるわ……』
苦笑い混じりの綾ちゃんの声。
ああ、やっぱりな……とこちらもため息交じりに笑ってしまう。
「うん…綾ちゃん、山…大丈夫なのかい…?」
想像するだけでちょっと不安になる。
インドア派で運動はあまり得意じゃない綾ちゃんのことだ、途中どこかでバテてしまうんじゃないか、と。
『正直、かなり不安かも…』
電話越しにも、その困ったような顔が目に浮かぶ。
頬に手を当てて、小さく首を傾げている彼女の姿が目に浮かぶようだった。
「……よし、綾ちゃんも心配だし、付いて行こうかな。折角誘ってもらったしね」
そう言って、自分の中でもすっきりと気持ちが固まった。
皆で夏の思い出を作れるなら、それに越したことはない。
『ありがとう、兄さん』
安心したような、どこか嬉しげな綾ちゃんの声。
その背後からは、「エージ来れるって〜!」というカレンの明るい声も聞こえてきた。
いつものように賑やかな夏がもうすぐそこまで来ている気がした。
*
:
*
無事に迎えた夏休み。
待ちに待った長期休暇のはじまりに、空は朝からギラギラと太陽を照りつけていた。
今日は、皆で山へ行く当日。
九条家以外の5人は、駅前で集合することになっていた。
集合時間より少し早く到着した僕と綾ちゃんは、既に着いていた陽子ちゃんと共に、残る2人──忍ちゃんとアリスちゃんを待っていた。
「あっつい…」
麦わら帽子を深くかぶった綾ちゃんが、手で顔の前をパタパタと仰ぎながら、思わずぼやく。
日陰にいても容赦なく照り返すアスファルトの熱気。
見ているだけで暑そうだったので、リュックから保冷剤入りの冷やしタオルを取り出し、綾ちゃんに手渡す。
「はい、冷やしタオル。陽子ちゃんも使う?」
「だいじょぶ~。アタシは暑さに強いから!」
陽子ちゃんはいつもの調子でニカッと笑って、元気よく返してくる。
額には汗がにじんでいたけれど、それを気にする様子もない。相変わらずの体育会系だ。
「忘れ物も無い?」
「おう!水筒、雨具、虫よけスプレー!」
胸を張って陽子ちゃんが答えるが、次の瞬間、思い出したように肩を落とした。
「……あ、でも水着は置いてきましタ……」
そのままがっくりとうなだれる陽子ちゃん。
そういえば、あの電話の後に聞いたことだが──彼女は元々海に行きたかったらしい。……が、紆余曲折あって、結局カレンが提案した「山」に行くことに決まったのだとか。
「まぁまぁ、海は行けなくてもプールなら付き合ってあげるから…」
「マジで!?サンキュー綾!」
綾ちゃんが少し照れくさそうに、でも優しく声をかけると、陽子ちゃんが一気に元気を取り戻して、綾ちゃんに顔を近づける。
それに綾ちゃんが少し顔を赤めたけれど、言葉は言わなかった。
そんなやりとりの最中──
「お待たせしました~!ハァッ…ハァッ…」
遠くから聞こえてきた、息を切らした声。
全員が振り返ると、少し駆け足でこちらに向かってくる2人の姿が見えた。
「「「えぇ!?」」」
声を揃えて驚きの声を上げたのは、僕を含む3人。
そこに現れたのは忍ちゃんとアリスちゃん……なのだが──目を引いたのは、忍ちゃんの恰好だった。
白のレースがふんだんにあしらわれたガーリーなワンピース。
頭には同系色のフリル付きヘッドドレスをのせ、足元はレース付きのショートソックスと白のパンプス。
要するに、「ロリータファッション」。
以前デパートで会った時に着ていた黒のゴスロリもなかなか衝撃だったが、今回はさらにインパクトが強い。
───今日行くのって山だよね…?
「シノ!?暑くないの!?」
「どう見ても山に行く恰好じゃないぞ!?」
「何かのコスプレ…?」
綾ちゃんと陽子ちゃんが即座にツッコミを入れ、僕も思わずそう漏らしてしまった。
だが、滲み出る汗の量は、どう見ても“森の精霊”ではなく“都会の妖精、夏の洗礼を受ける”といったところだろう。
本人はというと、にっこりと笑って──
「森の精霊、ですよ~…ハァッ…ハァッ…」
「シノ可愛いよ!妖精にしか見えないよ~」
忍ちゃんは呼吸が追いついていないが、その隣にいるアリスちゃんはきらきらとした表情でそう賞賛する。
「へへ、そうですか~?…ハァッ…ハァッ…」
忍ちゃんが照れくさそうに笑うも、すでに呼吸は限界寸前。
その頬には汗が玉になって流れ、頬紅なのか暑さのせいなのか判別がつかない。
「…こんな苦しそうな妖精いやだ」
陽子ちゃんがため息まじりにぼやく。その言葉にも納得せざるを得ない。
忍ちゃんの頬を伝う汗は止まる気配もなく、白のワンピースはすでに若干くたびれてきていた。
「忍ちゃん、せっかくだけど……登山って、想像以上に汗かくよ? これからもっと暑くなるし、もう少し動きやすい格好のほうがいいんじゃないかな……」
やんわりと忠告するつもりだった。汗だくで苦しそうな忍ちゃんを見て、さすがに心配になったのだが──
「女の子は、オシャレのためならどんな我慢も厭わないのですよ~!お姉ちゃんが言ってました!」
胸を張って堂々と主張する姿は、もはや清々しいほどの頑固さだった。
「まぁ忍ちゃんが良いなら何も言わないけど…大宮さんの言葉ってそういう意味なのかなぁ…?」
思わず苦笑しながら、リュックからもう一枚冷やしタオルを取り出す。
忍ちゃんの額にそっと当ててやると、「あぁ~…生き返るぅ~…」とふわふわとした声が漏れた。
「とりあえず、熱中症には気を付けてね」
「はいぃ…」
力のない返事。
これでもう少し説得が効けばいいんだけど、そこは忍ちゃん。ファッション優先の精神は意外と強い。
そんな忍ちゃんの様子をちらりと見やりつつ、綾ちゃんが時計に目を落として小さくつぶやいた。
「それにしても…カレン、遅いわね」
その声に全員が時計を見る。
確かに、集合時間からもう5分は過ぎていた。
「パパと来る筈だけど…あ、きた!」
アリスちゃんがぱっと顔を上げて、駅前の道を指さした。
全員の視線がそちらに向かうと、そこには信じがたいサイズの“乗り物”。
──でかっ!
声には出さずとも、全員の頭にその言葉が浮かんだ。
目の前に現れたのは、巨大なキャンピングカー。
いや、もはやバスのようなサイズ。全長10メートル近くあるだろうか。
「なんだなんだ!?」
陽子ちゃんが思わず声をあげたのも無理はない。
その場にいた全員…いや、慣れているのかアリスちゃん以外の4人が、日本ではあまり見ることが無い目の前の車体に圧倒されていた。
ゴウン…と低くエンジンが唸り、助手席の窓がスッと開く。
顔を出したのは、涼しげなノースリーブのトップスを着たカレン。
まるでリゾート地のセレブみたいな姿に、忍ちゃんとは正反対の快適ファッションが眩しい。
「ハーイ!みんなー、乗ってクダサーイ!」
にこにこ手を振るカレンの後ろには、ハンドルを握る九条さんの姿も見える。
運転している姿すら、なぜかサマになっていた。
「お前何者だ!?」
「お嬢様…」
陽子ちゃんの叫びと綾ちゃんがぽつりと呟いた一言に、カレンはただウィンクしてみせる。
……なんとなく想像していたが、これから始まる“山の一日”はラグジュアリーな始まりだった。
*
:
*
「やーまデース!!!」
澄みきった青空の下、カレンが先頭を切って山道を元気よく駆けていく。
その背中を追うように、女子高生4人が汗を拭いながら、やや遅れ気味に歩いていた。
──そしてそのまた後ろ、日差しの強さと緩やかな傾斜にやや息を弾ませながら、僕と九条さんがクーラーボックスを持ってゆっくりとついていく。
登山といっても初心者向けのハイキングコースで、道幅も広く傾斜も緩い。
それでも、夏の真昼の熱気は、容赦なく体力を奪ってくる。
「…カレン、いつも以上に元気ですね。九条さんは大丈夫ですか?」
汗を拭きながら、横を歩く九条さんに声をかける。
木漏れ日がちらつく中、落ち着いた足取りのまま、彼は微笑を浮かべて答えた。
「カレンは前々から山に来たがっていたからね…ただ僕は年齢的にキツイのは否めないかな…」
その言葉通り、額に汗は浮かんでいたが、ペースを崩さないところは流石だった。
姿勢も歩き方も、まるで映画のワンシーンのように落ち着いている。
頭上の木の枝でさえずる鳥の姿が目に入った。
小ぶりな体に鮮やかな青い羽を持つカケスのような鳥が、こちらをじっと見ている。
僕はそっと足を止めて、軽く手を振る。
「案内ありがとね~」
「チュン!(おやすいごよ~)」
鳥がくちばしを少し開きながら、明瞭に答える。
他の人間にはただの鳴き声にしか聞こえないが、僕にははっきりと言葉として届く。
「チュン!(きょーはほかににんげんいなーい)」
「あほんと?じゃあゆっくり出来そうだ」
鳥は楽しげに枝から枝へと飛び移った。
小さく羽ばたいたあと、こちらにひとつだけ、控えめなさえずりを残して飛び去っていく。
「ありがと。またね」
ほんのわずかな交流だけれど、山に入るときにはこうして“先住者”たちに一言挨拶するのが僕の中での礼儀だった。
前を見ると、5人が分かれ道で止まっているのが見えた。
ふと前方を見ると、カレンたち5人が分かれ道の前で足を止めている。
その場所には、2本の道を示す木製の案内板が立っていた。
「…あれ、山頂行かないの?」
右方向に矢印が向いている道標には“山頂”と書かれていた。
せっかく来たなら登り切るのかと思ったが、カレンは首を横に振り──そして、にっこり笑ってこう言った。
「今回はこっちデース!」
彼女が元気よく指さしたのは、もう一方の矢印、“渓流”と書かれた道標だった。
しばらく歩くと──
さらさら…と、耳に涼やかな音が届いた。
視界の先に、日差しを反射してきらきらと光る水面が見える。
「わぁ…」
誰からともなく感嘆の声をもらす。
そこには、山の奥を流れる清流が、澄みきったまま広がっていた。
水はまるで氷のように透明で、底に転がる丸い石や、泳ぐ小魚まで見える。
流れは穏やかで、その音は風鈴のように耳に優しく響く。
「すごくいい場所だねぇ」
ぽつりとつぶやく。
深呼吸すると、鼻先には草と水と土の混じった、夏の山の香りがした。
──こうして、僕たちの夏の始まりは、涼やかな渓流の音とともに静かに幕を開けたのだった。
後半は出来るなら今週のどこかであげたいと思います。
みんなの元気をオラに分けてくれ…!