The Deadly Pride ~不遇悪役貴族に転生した俺は大罪魔法『傲慢』で最強へ至る~   作:嵐山田

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第百五話 ネクシア聖教国の聖者⑦

 既に日付の変わった深夜、自室の天井を見上げながら、ふと物思いに耽る。

 半日で帰って、久しぶりの暇な時間に退屈を感じているはずだった昨日は、魔力の深奥に触れてみたり、屋敷中の侍従に心配をかけたりと、騒がしい日になってしまった。

 

 結局、あの知らない魔力は何だったのか?

 何となく思い出せるような気もするが、掴みかけていたあの瞬間の感覚は今となってはもう思い出せない。

 

「……ファレス様?」

 

 賢者のような渋い顔で物憂げな表情をしている俺を、隣りで艶やかな魅力を放つサラが、その魅力とは反対に不安そうな目をして見つめる。

 

「いや……何でもない。さて、明日には母さんからの返信も来るだろう。そろそろ休むか」

 

「はい」

 

 返事はするもののサラは動こうとしない。

 ……どうやら今日はこのままここで眠るつもりらしい。

 先ほどのことを余程心配させてしまったみたいだ。

 

 個人的には一向に構わないのだが、アゼクオンとしての俺とエバンスとしてのサラの今の関係は、いわばこの部屋の中でのシュレディンガーの猫状態。

 ……いや、深夜の個室に男女が揃っている分、シュレディンガーの猫の二分率よりは偏っているか。

 九十九パーセントの確証がドアの一枚によって、残り一パーセントの例外を生み、何とか曖昧になっているというのが正確な認識だろう。

 

「あの……ファレス様」

 

「どうした?」

 

 世間体や立場的なあれこれについていろいろと思考を巡らせていると、十分近い距離にいたサラがさらに距離を詰めてくる。

 

「エルシア様とリカルド様がご結婚された場合はどちらの家を継がれるのでしょうか?」

 

 何かと思えば、この状況で他人とは言え結婚の話か……。

 ……一度自分のことは置いておこう。

 

「そうだな……どちらも名家であるが、恐らくファルシアンを継ぐだろうな」

 

 俺はきっぱりとそう言い切る。

 

「それは……セレスティア様がいらっしゃるからですか?」

 

「ああ。子供がリカルド兄上一人しかいないファルシアン家とは違い、カーヴァリア家にはセレスティアがいるからな」

 

 俺がそう言うとサラは複雑な表情を浮かべる。

 

「……だとすると、セレスティア様は婿を取る必要があるということですよね?」

 

 その表情は安堵と共に同情するかのような色の滲むものだった。

 

「ああ、そうだな」

 

 ……ここまで聞けば、サラの言いたいことは何となく分かった。

 普段は嫉妬に独占欲にと感情を爆発させている割に意外なところを気にするのだなと思う。

 

「それでは……ファレス様とセレスティア様が、ご結婚されることは出来ない、ということなのでしょうか?」

 

 まるで絶対に認めたくない現実を無理やり口にさせられているように、重々しく紡がれた言葉は概ね俺の想像通りだった。

 

 サラの言う通り、慣例的に見ればアゼクオンの長男であり、唯一の子供である俺と姉がファルシアンに嫁いだセレスティアが結婚するというのは難しいことだ。

 しかしながら、それをまさかサラが気にするとは。

 

「まあ、そうだな。慣例的に考えればそうだ。ただ、この慣例はおそらく戦時下に染みついた物だろう? 現代はそうではない。ならば例外も在り得る」

 

 そもそも貴族家の嫡子が一人だけという状況自体、本来はかなり珍しいことなのだ。

 そんなことが普通として受け入れられているのは、ある程度急死の心配のない世の中だからだろう。

 

「例外、とおっしゃいますと?」

 

 サラは不思議そうな顔でこちらを見上げる。

 ……珍しいな。サラなら考えついても良いことだろうに。

 

「簡単な話だ。嫡子が皆他家に嫁いでしまったのならばもう一人産めばよい。無論、このように簡単に言うべきことではないだろうが、家の存続が貴族夫婦の役目だというのならば、これが最も簡単な解決法だ」

 

 裏での潰し合いは未だに残っているだろうが、戦争なんて今日日聞かない世界だ。

 魔物や魔獣、魔法生物の脅威こそあれど、奴らだって急に集団で攻めてくることはない。

 ならば、着実に、確実に子供を増やせばいいだけだ。

 幸い、と言うか、早婚早産のおかげで俺たちの親世代もまだ四十手前の人が多いからな。

 

「なるほど……ではつまり、エルシア様とリカルド様がご結婚されても、ファレス様のお相手候補からセレスティア様が脱落するということはない、と言う訳ですね?」

 

 安心したのか、それとも今後も遠慮をする必要はないと思ったのか、どちらかは分からないが、サラの口調にいつも通りの調子が戻る。

 

「……ああ、まあ、そうだな」

 

 ただ、この状況で他の人のことを言うというのは……非常に気が引けた。

 

「ファレス様……私はどのようなご選択をなされても、一生御傍に」

 

 言いながらサラの手が再び首に回される。

 

「……ああ」

 

 俺はそんなサラの手を受け入れながら、控えめな相槌だけを返した。

 

 ◇◇◇

 

 ――同時刻、学園にて。

 

 そこは急遽整えられたメーディア・フルタスとアナレ・フルタスのための部屋だった。

 学園は休学になったとはいえ、メーディアの氷棺を外に持ち出すわけにもいかず、かと言って、憔悴した様子のアナレを引きはがすわけにもいかず、最低限の人間しか残っていない学園にアナレは宿泊していた。

 

「……ごめんね。ごめんねメーディア。私がしっかりとしていれば……」

 

 既に夜は更け、日の出を待とうという時間になっても、アナレの口からは贖罪が止まらない。

 その氷棺に頬や額をこすりつけるようにして謝罪を口にするその姿は、誰の目からも哀れとしか表現しようのない物だった。

 

 そう、その様子を外から伺う彼の目からもだ。

 

「……さっさと眠ってほしいところだな」

 

 人目が少ないことをいいことに、堂々と土魔法で足場を造りわずかなカーテンの隙間からアナレの様子を窺っていたのはフード付きのローブを目深に被ったルーカス・マーデンだった。

 

 彼の目は機を窺う暗殺者のようであり、しかし、暗殺者と言うには少し目立ちすぎるような紅玉の指輪が手元で光っている。

 

「この指輪の威力も分かっていない以上、時間なんてあるに越したことはない――っと」

 

 自分の一刺し指に付いたその指輪に一瞬視線を落としていると、丁度アナレが氷棺の部屋から隣の寝室に移るところが見えた。

 

 するとルーカスはさらに十五分程その場で息を潜め、アナレが部屋から出てこないことを確認すると、得意の土魔法で上手く窓の鍵だけを破壊し、音を殺しながらその部屋に侵入した。

 

 そうして、メーディアの眠る氷棺の前に立つと、それに向けて指輪のついている手をかざす。

 魔力を通してみればルーカスの手元には拳よりも一回りほど大きく、それでいてかなりのエネルギーを内包しているであろう炎塊が現れた。

 

「……なるほど、これはなかなか」

 

 トールスのことは嫌いなルーカスだが、グランダル家が生みだした魔道具の数々はそれなりに有能であることを認めている。

 この指輪はそんな彼が今まで扱ってきた魔道具の中で一、二を争うほどに性能の良い物だった。

 

 念のため、不完全ながらも特訓で広げられるようになった風の結界で音が漏れないようにしてから、氷棺に向かってルーカスは炎塊を放った。

 

 放つ瞬間に凄まじい熱を全身で感じる。

 これだけの高温なら……!

 

 任務の成功を確信し、引き返そうとしたルーカスはふと、とあることに気が付いた。

 

「……どうしてこの部屋は寒くなかったんだ?」

 

 目の前には人を一人のみ込んでいる大きな氷の塊が確かに存在している。

 しかし、その氷からは冷気どころか全くの温度が感じられない。

 

 そして、ルーカスが放った炎塊は――氷棺にぶつかった瞬間に霧散してしまった。

 

「一体、何がどうなっている!?」

 

 ルーカスは考えられない現象を前に思わず声を上げてしまう。

 それと同時に魔法の制御が甘くなり、風の結界が揺らいだ。

 

「……メーディア? 起きたの?」

 

 隣の部屋からアナレが起き上がる音が聞こえる。

 

「……チッ」

 

 さすがにこの状況を見つかってはまずい。

 現在学園には最低限の人員しかいないものの、ルーカスより腕のある近衛騎士が派遣されている。

 

 そう判断したルーカスは慎重にそれでいてなるべく早く、侵入した窓から撤退した。

 

 ◇◇◇

 

 延長戦の後、既に眠ってしまったサラの顔をぼうっと眺めながら自分も睡魔に身を委ねようとしていると、突然、その衝撃はやって来た。

 

「……いつか来るだろうと思って、魔法を発動させたままにしておいたのがどうやら功を奏したな」

 

 俺が感じた衝撃は俺の発動している魔法に対する干渉だった。

 そう……俺はメーディアさんを氷棺に眠らせて以降、ずっと氷魔法を維持していた。

 

 現在、俺たちの明確な弱点はメーディアさんを失うこと。

 彼女の日記はかなり大きな証拠となるだろうが、証人を消されるとさらにグランダル家側をつけあがらせる隙を与えてしまうことになる。

 

 おそらく近日中にトールス側から何か仕掛けてくるだろうと、そう考えた俺は魔法の特性、(魔法によって生み出された物質は操作から離れるまではただの現象であるというもの)を利用して、ずっと氷魔法を操作下に置いておいたのだ。

 

 こうすれば俺と同じレベルの魔力量を持つ魔法でもぶつけられない限り、あの氷棺が壊されることはないし、魔力量に関して言えば、おそらく俺の右に出る者はいない。

 

「ただ、流石に疲れたな……」

 

 氷棺に加わった衝撃はかなりの物だった。

 それに加え、一日の疲れが一気に体を襲ってくる。

 

「まあ……これで当分は仕掛けて来ないだろう」

 

 俺は氷棺に裂く魔力を最小限に絞り、今度こそ睡魔に身を任せた。

 

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