The Deadly Pride ~不遇悪役貴族に転生した俺は大罪魔法『傲慢』で最強へ至る~ 作:嵐山田
地下への扉を持ち上げたそこには、地下へ向けて長く、暗い階段が続いていた。
明かり代わりに火属性の魔法を頭上に浮かせて、俺たちはその階段の先へ足を踏み入れる。
一歩踏み入れただけでも分かる。
つい一歩後ろの屋敷とはまるで違う、異質な雰囲気が漂い、刺すような冷たい魔力が満ち満ちている。
「何だか……嫌な場所ですわね」
扉一枚を挟んだ先にこんな魔力が存在していたと言うのに、開けるまで気が付かないとは……。
それを含めて、セレスティアの言う通りだと俺も思った。
「ファレス様、サンの気配は感じますか?」
クインに聞かれ、俺は一瞬目を閉じてサンの気配へ集中する。
しかし――
「いや、ここは魔力の通りが悪すぎる。さすがの俺もここからではサンの気配を掴むのは難しそうだ」
魔力の通りが悪い。
これは初めての感覚だった。
この世界における魔力は空気と同じように、通常ならば、その量や存在をいちいち気にする必要はない。
魔力的には誰だって俺と同規模の魔法を使うことが出来る。
しかしながら、人間の肺活量に個人差があるように魔力もその人が扱える量がある程度定まっているのだ。
これがこの世界における才能だ。
そして、そんな世界において俺の肺活量は最高クラス。
つまり才能がトップクラスに高い俺がこの空間では魔力を持て余す。
おそらく、そこにある魔力を使い切れないため、様々な魔法を普段通りに扱い切れていないのだろう。
大罪呪宝で魔力を増幅させた俺がこれならば、他の三人はもしかすると魔法をまともに使えないかもしれない。
「誰でもいい。この階段の先に全力で魔法を放ってみろ」
確認の意を込めて俺が言えば、すかさずサラが進み出てきた。
「行きます」
そう言うとともにサラが全力で『嫉妬』の魔法を放つ。
普段ならば、漆黒の大蛇のような魔力が対象に向けて勢いよく絡みつき、その身動きを封じるのだが、この場所ではそうはいかない。
その魔力は、サラの手元では普段通りの勢いを持っていたと言うのに、約一メートルほど進んだところで急速に失速し、灯りがなくとも何とか目視できる先である二メートルに到達するかどうかという所で霧散してしまった。
「これは……」
「ああ、ここでは体外へ魔力を放出するのがかなり難しいようだ。サラにセレスティア、二人は待っていた方が良いかもしれない」
先ほど、魔力を空気、そして肺活量に例えたが、これは決して分かりやすいから、というだけではない。
魔法使いが魔法を使えないというのは、まさに呼吸が出来ないのと相違ないほどに致命的だからである。
魔法が当たり前のこの世界では、様々なことに日常的に魔法を使っている。
身体を強化する魔法は特殊な無属性魔法だが、風の魔法や土の魔法で足の軽さや歩きやすさを調整し長距離歩行を可能としたり、飲み水としても扱える水魔法、しっかりと基礎を押さえていれば防寒着なしで火の魔法のみで雪山を闊歩することだって可能だ。
そしてそれは魔法に長ける貴族階級こそ顕著である。
だからこそ、この空間では想定外の危険が発生する場合も考えられる。
そう言う心配を込めて、二人に言ったのだが――
「ご心配はありがたく頂戴いたしますが……」
「私たちはどこまでもついていきますわ」
なぜか二人して胸を張りながら、言葉を分けて宣言する。
「それに、もし危険があっても、ファレス様が守ってくださるでしょう?」
挑戦的な笑みで俺を見据えるセレスティア。
俺の方が数段下にいるせいで、普段は見下ろしていた彼女の顔が上に見える。
そんな風に見上げた顔からは俺への絶対的な信頼が感じられた。
「フッ……誰にものを言っている。愛する者の三人程度、片手間にだって守って見せよう」
相変わらず俺を乗せるのが上手いセレスティアの言葉に、俺は先を進む背中で答える。
不安や緊張感は俺には不釣り合いな感情だ。
ただひたすらに強く、傲慢に、先を突き進む。
こうして俺たちは、先の見渡せない暗く長い階段を下りて行った。
◇◇◇
一方その頃――王都では。
「ルーカス・マーデン。これにて釈放とする。今回はグランダル家に操り駒にされていたということでこの程度で済んだものの、二度はない。これからの働きでその汚名を
先日の公開裁判にて、近衛騎士たちに取り押さえられ、取り調べのために一時勾留されていたルーカスが簡単な口頭注意によって釈放されていた。
「ええ、帝国貴族として、皇帝陛下のために尽力することをここに」
ルーカスは取り調べを担当した近衛騎士へそう言うと、足取り軽く外へ出る。
(……引き際は誤ったが、あのバカな国賊のおかげで俺の関わりが有耶無耶になったのは大きいな。クゾームの『怠惰』を失ったのは痛手だが、まだ手はある)
ルーカスは王都の北側、学園などの施設のほかに、犯罪者や被疑者を収監しておくその拘留所を出た先の人気のない裏路地で胸ポケットに入っていた笛を吹く。
その笛は音を響かせることもなく、一見すれば何をしているかは分からない。
しかし、すぐに影からヌッと
「この紋は変えなくてはな」
ルーカスはそう呟くと再び笛を口元にあて、今度は長めに息を吹き込む。
当然の如く音はならないが、次の瞬間にはグランダル家の紋が入っていたその馬車が、よくある乗合馬車よりは少し高級めの馬車へと姿を変えた。
「トールス・グランダルはバカだったが、魔道具製作についてはそこそこ見どころのある男だったな」
馬車へと乗り込みながらルーカスは面倒そうな表情を浮かべる。
「それよりも問題はファレス・アゼクオンか。まさかあの黒竜をも一刀両断とは……本来ならばとっくに自爆していて良い頃だろうに……一先ず、早いうちにグランダル領へ、エンペンに贈ったアレと魔導器を回収しなくては。その前にベリル殿下と接触すべきか? ……いや、何より情報収集からか。グランダルの情報網が使えないのは不便だが、それも必要経費だったとしよう」
動き出した馬車の中で独り言ちるルーカスの表情は野心に満ちていた。
しかし、そんな気分も長くは続かない。
「何っ!?」
一度自宅へ戻ったルーカスは拘留されていた数日の間に王都で起きた出来事の報告に思わず声を荒げてしまった。
「民衆にファレスが指示されて皇家と対立関係へなりかけている構図は良いだろう。だが、ファレスがグランダル領へ向かったというのは本当なのか!?」
「はい。公にはされていませんが、この数日でファレス・アゼクオン及び、その周囲の人物であるセレスティア・カーヴァリアやクイン・スペーディアの姿を見た者もいません。おそらく間違いないかと」
「アゼクオン領に帰っている可能性だってあるだろう!」
「いえ、王都アゼクオン邸にはスジェンナ・アゼクオンが残っております。その可能性は低いでしょう」
スジェンナのファレスへの入れ込みは帝国貴族の中では周知の事実。
そんなスジェンナが自分を置いてファレスたちを自領へ返すとは到底思えなかった。
ルーカスは想定外の事態に爪を噛む。
「……ベリルは、ベリル・グラーツィアはどうなっている!?」
「ベリル殿下に置かれましては、先日リヴァーシンズ大司教の聖魔法によってご快復されたとの触れが回ってきております」
「快復だと!? あの傷だぞ? 四肢を斬り落とされたのだぞ!?」
「はい。ですが、王城でもその足で歩かれているところを目撃されています」
「聖魔法……まさかそこまでとは……」
ルーカスは公開裁判にてガルドールの使った蘇生魔法は『怠惰』の支配下にあったために見ていない。そのため、聖魔法がそこまで有能であることは知らなかった。
何より、原作『マーチス・クロニクル』におけるルーカスルートでは聖魔法は名前以外が登場しないのだ。
「いかがされますか?」
部下の質問一つだけで今は腹が立つ。
しかし、ここで衝動に任せて部下を叱りつけた所で状況が改善しないことをルーカスは分かっていた。
「ベリル殿下へ手紙を送れ。ご快復見舞いと改めて謝罪に伺いたいという旨のな。……何としてもファレスが王都に戻る前にもう一度あの皇子を操り駒にする」
「……かしこまりました」
少し間のある返事を残して下がっていくルーカスの部下。
その瞳は何を捕らえているのだろうか。
だが、命令を下してすぐに思考の海へ潜っていたルーカスはそんな部下の視線に気づかない。
「……ここまで来たら、正面からあのファレス・アゼクオンを打ち破るしか方法はない」
「いや、あのファレス・アゼクオンに勝てるのか? いくら俺に……俺たちにあの魔法があるからって」
ルーカスの身体から、少し幼い、いや、身体的には何となく合致した、もう一人の声がする。
「黙れ! お前は俺に従っていれば良いのだ」
一瞬だけ、ルーカスの輪郭がブレる。
だが、次の瞬間にはいつも通り、悪い笑みを浮かべたルーカス・マーデンがそこにいた。