The Deadly Pride ~不遇悪役貴族に転生した俺は大罪魔法『傲慢』で最強へ至る~ 作:嵐山田
それまでは並どころか、貴族としては一般的以下の魔力量しか持たず、魔法の力も大したことのなかったベリルが急激に強い魔力を放出し始める。
だがその魔力は先ほどまで土の魔法を放っていた物とは似ても似つかない。
まるで触れてはならないものに触ってしまったかのように、警戒心を煽るような目が痛くなる赤色の魔力。
「なんだ? その力は……? ベリル・グラーツィア……無能な第一皇子のお前に与えられた魔法は俺と同じ土魔法のはずだろう!」
突如、吹き出した得体のしれない圧倒的な力を前に、ルーカスは困惑を隠しきれない。
そんなルーカスにベリルは言い放つ。
「メーディアを狙うことは、絶対に許さない。彼女は、彼女だけは……君だろうが父だろうが……ファレスにだって渡すつもりはない! 彼女のことは僕に唯一残された自尊心。無能な僕がただ一つ守り抜くと誓った存在だ! 言葉だけでも君如きが侮辱して良い存在ではないっ!」
ベリルを突き動かすのはたった一つ、怒気のみ。
愛する者を害することを仄めかされたことに対する怒気でベリルはその魔法の覚醒に至った。
「お前……その力は……まさかっ!?」
原作を知っているルーカスはその可能性に気が付き息を呑む。
その衝撃はルーカスの精神を酷く揺さぶった。
「そんな……あり得なっ……」
「あり得ることだろう? 君が何に驚いているかは分からないけど、僕の中に君というイレギュラーが発生したんだから。誰がどこでイレギュラーな存在になったところで君に驚く資格はないと思うよ」
そして、その精神の揺らぎは彼の内側に追い込まれていたルーカスが狙っていた好機だった。
状況は最悪。
身体の支配権を奪い返したところで、目の前には激昂し、何らかの魔法を覚醒したであろうベリル殿下がいる。
それでもルーカスは自身の身体を取り戻すことを最優先に動いた。
「ずいぶんと好き勝手してくれたね。そろそろ返してもらうよ。ここは君の居場所じゃない!」
「なぁっ!? お前! お前ぇっ!! 俺が、俺がどれだけお前の役に立ってやったと……」
「確かに、役立つ面もあったけどさ。それ以上に君は貴族を分かっていなさすぎる。それにこの状況……はぁ……最悪だね」
短い間に自身の内側でそんなやり取りを繰り広げたルーカスは、改めて正面に立つベリル・グラーツィアと向き合った。
その目の前に立つのは本当に自分の知っている殿下なのだろうか?
そう思ってしまうほどには、様変わりして見える。
魔力とは、それだけの影響力を持った力なのだとルーカスは改めて実感した。
「ルーカス・マーデン。僕は君を許さない。だから僕は……ここで君を殺すよ」
冷たく、淡々と死刑執行人のように告げるベリル。
そんなベリルの力を、先ほど抑え込んだもう一人が機械的に教えてくれた。
『あの力は大罪魔法『憤怒』だ。俺たちの『暴食』と並ぶ魔法の一つだ』
へぇ、と、そんな内側の声に一瞬だけ耳を傾けて、再度目の前に集中する。
どうせ教えるならその魔法の詳細を教えて欲しいものだが、また身体を乗っ取られても面倒だ。
「ベリル・グラーツィア殿下。先ほどまでのことは謝罪します。そのうえで、謝罪の一回如きでは殿下の憂いが晴れないであろうことも理解しています。……ですので」
利き足を少し引く。
「その勝負、お受けいたします!」
そして、言い切ると同時にベリルの足元の地面を一気に隆起させた。
不意を突いた攻撃にベリルの身体が宙へと投げ出される。
その隙を逃さず、宙へと投げ出されたベリルよりも高く飛び上がったルーカスは叩きつけるようにベリルへ土の魔法を放つ。
ダメ押しにベリルを叩きつける先の地面は鋭く尖らせていた。
「……」
空中で魔法を放つところまでは完璧だった。
完全に不意を突かれたベリルはルーカスの動きに翻弄され、その姿さえ見失っていたはずだった。
だが……予想外は吹き飛ばした先、鋭利に尖らせた地面で起こされた。
「うん……痛いね。でも、僕に腹を貫かれたメーディアに比べれば、何でもない」
背中から鋭くせり出した地面へ落下したはずのベリル。
腹部に大穴を開けるつもりで放った本気の魔法がベリルに与えた影響は……少なくとも外傷は見られない程度の物でしかなかった。
それどころか口では痛がってみせるものの、ベリルは着地してからもこちらの魔法を避けるそぶりを見せない。
まるでその痛みで自分を罰しているようにすら見えるその行為……だが、立て続けに数発魔法を放った後で気が付いた。
「……魔力が、増している?」
一歩、また一歩とこちらへ近づいてくるベリルの存在感が、魔法を受ければ受けるほどに大きくなっている。
……この力は、そう言うことか。
奇しくも、似たような力を扱っていたルーカスは直感的に理解した。
『暴食』が喰らい飲み込む力ならば、『憤怒』は食らい溜め込む力なのだと。
「ハッ……なんだよ、それ。相性最悪じゃないか」
「最後の言葉はそれでいいのかい?」
冷たく凍り付きそうな笑みを浮かべながらベリルの拳に魔力が宿っていく。
「……まあ、最後くらい力を合わせようか」
そんなベリルを前にしたルーカスは諦めながらも、一応は抗おうと先ほど抑え込んだもう一人の自分の力を解放した。
ルーカスの全力の魔法を受けきった『憤怒』と魔力を飲み込む力である『暴食』がぶつかる。
さすがは大罪魔法同士のぶつかり合い。
その余波は大きく、強固に作られているはずの演習場の壁に亀裂が走る。
ベリルの拳は寸でのところでルーカスの『暴食』に食い止められている。
だが――じりじりとその均衡は崩れていく。
「グッ……」
『暴食』はベリルの拳の魔力を喰らう。
だが、それを超えるスピードで、終わりを告げるその拳がルーカスへと到達した。
ベリルの拳がルーカスの顎を貫く。
瞬時にその衝撃は脳へと走り、幸か不幸かルーカスは自身の骨が砕けていく感覚を知らぬ間に気を失った。
「……ふぅ。ハハッ、ハハハハハッ! これで、これで今度こそ僕は正真正銘の悪だ。皇族であろうと貴族殺しは犯罪。……でもきっと、きっと君はこれでも認めるつもりはないのだろう?」
殴り飛ばされ、演習場の壁に打ち付けられたルーカスには既に興味はないと言わんばかりに振り返り、そこにはいない彼に向けてベリルは話しかける。
「だから、だから僕はここで宣言するよ。ファレス・アゼクオン! 君が戻った時、その日が決戦だ。僕が勝てば君には僕の命令に従ってもらう。君が勝てば、問答無用で君が次の皇帝だ!」
両の手を広げ、ベリルは高らかに宣言する。
「君が帝位を目指すというのなら、父を超えるというのなら、まずはこの僕を、無能と蔑まれた僕を超えていけっ!」
すべてを言い終わったところでベリルはその手を叩いた。
すると、どこからともなく一人の騎士が現れる。
「……殿下、本当にこれでよろしいのですか?」
「ああ、これが最適解だよ。グレイグ」
その騎士とは、本来皇帝を直接護衛しているはずの近衛騎士隊長グレイグだった。
「では、こちらの公開も?」
「ああ……悪いね。グレイグにはこんなことに付き合ってもらってしまって」
ベリルはグレイグの握った長方形の透明な板のような物へ視線を落としながら、謝罪を口にする。
「いえ、私は皇族を守る近衛騎士の隊長。それに陛下の護衛は父へ引き継ぎましたので。なにより私は外敵の来ない王城で名ばかりの護衛をするより、危険に飛び込み、最前線で戦う方が性に合っています」
「ハハッ、そっか。じゃあ、あと数日付き合ってもらうよ。行先は……地獄……かな?」
「ハッハッハ! 良いではありませんか! すべてを見通されているような皇帝陛下の傍に控えているよりは先の見えない地獄の方が面白味がありそうです」
「ハハッ、ずいぶんと遠慮がなくなったようだね」
「それはこちらのセリフですよ、殿下」
演習場の中心で、グラーツィア帝国第一皇子ベリル・グラーツィアと、帝国近衛騎士隊隊長グレイグは二人して空を見上げる。
既に空には無数の星が降っており、辺りは暗闇に呑まれている。
「さて、それを割ったらいくら僕でも怒られるかな」
「持ち出して、利用した時点で大問題ですよ。なにせ、国宝ですからね」
言いながらグレイグは手に持っていた透明な長方形の板をベリルへ手渡した。
その魔道具の名前は記録の透板。
その板越しに移っていた光景、音、そのすべてを記録できる魔道具。
しかし、その記録を見返すことが出来るのは一度きり。
それも指定した箇所のみとなる。
帝国ではかつて使用された一枚を除き、三つと発見されていない魔道具であり、希少性はあっても利便性はなく、だからこそ有事の切り札として国宝認定されていたもの。
通例としてこの魔道具の管理は近衛騎士隊長に任されていた。
ベリルが透板を受け取り、先の自分の宣言の箇所を指定する。
この魔道具で記録を見返す方法は二通りだ。
一つはこのまま、魔力を流して魔道具を発動させること。
そして、もう一つは――
「これが失敗したらお笑い草だね」
「私と殿下以外は知らない故、そのようなことにはならないでしょうが……虚しいことに変わりはありませんな」
――この板を叩き割ることだ。
それがこの板が国宝たる所以ともいえる力。
この板は魔力を流したものが、板をその手で破壊した場合に限り、破壊者の指定した範囲内にいる全ての人間に記録を共有することが出来る。
「じゃあ、行くよ」
「ええ、どこまでもお供いたします」
再び空を見上げるグレイグを倣ってベリルも星の輝く夜空へと目を向けた。
そして、その手から記録の透板を夜空に向けて投げ放つと――使い慣れた土の魔法でその板を粉々に破壊した。