The Deadly Pride ~不遇悪役貴族に転生した俺は大罪魔法『傲慢』で最強へ至る~   作:嵐山田

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第百四十七話 皇帝たる資格④

 帝国の空を黒竜が駆ける。

 その竜の影は月明かりを遮り、地上には一瞬の戸惑いが訪れる。

 しかし、その上部では――

 

「すごーい! 速い速い!!」

 

「カカッ! カカカッ! そうであろうそうであろう! どれ、こんなことも出来るぞ」

 

 一瞬の間に過行く街並みや森の木々を見て喜ぶサンと、そのことに気をよくしてぐるりと回って見せたり、高度を上げ下げしてみたりするファフニール(親バカな父)の姿があった。

 

「それにしてもベリル殿下も思い切りましたわね」

 

 そんな竜たちの戯れを横目に見ながら、独立して落ち着いたファレスの空間の中でサラの淹れた紅茶を片手にセレスティアが呟いた。

 

「本当ですよね。確かにあの日、ファレス様に継承権を譲渡するとおっしゃられていましたが、まさかこのような大胆な方法を取られる方だとはとても……」

 

「ファレス様の言を無視してこのようなことをしでかすほどの度胸があるとは思いませんでしたね」

 

 セレスティアの言葉に慎重に、言葉を選んでオブラートに包みながら話すクインと、ファレス以外には基本敵対的で毒舌なサラ。

 だが、両者思っていることは同じようだ。

 

「そうだな。……それに、先ほどの光景のベリルの背後におそらくルーカスの姿があった。ベリルは確かに俺の指導によって多少は強くなったが、それでもまだルーカスに及ぶほどではないはず……。一体ベリルに何があったのか」

 

 実際にベリルは貴族殺しと口にしていたし、恐らくベリルがやったのだろう。

 だが、だとしたらどうやって?

 

 俺たちの学年はここにいるサラやセレスティア、あとは原作最強の一角であるリューナスの存在などによって霞んでしまっているが、ルーカスもかなりの使い手である。

 それに加えて、グランダル領で見つかった数々の証拠からルーカスが『原作』を知っているであろうことは自明だ。

 そんなあいつがベリルに負ける状況が思い当たらない。

 

「ですが、何があろうとファレス様の敵ではないのでしょう?」

 

「無論、当然だ。ベリルを踏み台に俺はこれから帝位を取るのだから」

 

 いつものように俺に火をつけるような言い回しをするセレスティア。

 その言葉に俺が無論だと反応すれば、「ならば気にする必要もないでしょう」と、相変わらず優雅な態度を崩さない。

 

「……私も、もちろんファレス様の勝利を信じているのですが、その……皇帝陛下のお力のほどが分からず……」

 

 一方でクインはセレスティアとは反対に少し弱気だ。

 俺が目先の目標(ベリル)だけでなく帝位のことを口にしたことで、あの捉えどころの無い皇帝を強く意識してしまったのだろう。

 だが――

 

「クインさん。ファレス様の勝利を信じているのならば、その相手のことなど気にする必要はありません。セレスティアさんも言っていたでしょう? 何があろうとファレス様の敵はいないと」

 

 セレスティアの言葉を所々都合よく改変したサラがクインを諭す。

 いや、諭すというよりこれはもはや洗脳では……?

 

 だが、今回に限りこの洗脳にも似た行為は重要な意味を持つ。

 実際、サラやセレスティアの言う通りなのだ。

 皇帝を目指すということはつまり、すべてに打ち勝つ自信が、実力があるということ。

 相手のことを考えて、いちいち不安になっている時間はない。

 

「そうだな。クイン、お前は祝いの準備をしておいてくれればそれで良い。皇帝になるのだ。それはそれは盛大なものを頼むぞ」

 

「――! はいっ! お任せくださいっ!」

 

 クインの主戦場は戦闘ではない。

 魔法が使えるが彼女の本文は商人だ。

 そんなクインが戦闘に怯えるのならば、視線を逸らしてやれば良い。

 彼女はその分野において、誰にも負けないだけの才能を持っているのだから。

 

「ファレスよ。見えて来たぞ」

 

 そんな会話をしていれば、先ほどまでサンと戯れていたはずのファフニールが少し真面目な声でそう告げた。

 

 ファフニールの言う通り、俺たちの視線の先にはグラーツィア領、そしてその中心に広がる帝国最大の都市である王都が見えて来た。

 

「上から見る王都は……うむ。中々に壮観だな」

 

 ぐんぐんと王都へ近づいていく中で、俺は立ち上がりその全貌を眺める。

 その後で王都から視線を上げて、帝国の全土を見渡した。

 

 皇帝になるということは王都の王、支配者になるということではない。

 この国のすべての支配者になるのだ。

 他貴族が治めているすべての領地も元を返せば、帝国の、皇帝のものである。

 そんな存在に俺は今……なろうとしている。

 

 心臓が高鳴り、早鐘を打つ。

 思わず握り締めた拳は震え、口元にはわずかながらに笑みが浮かんだ。

 

「さぁ、勝負と行こうか! ベリル、モラク! 貴様たちを打倒し、俺が頂点へ立つ!」

 

 掲げた拳に月光がそそぐ。

 それは最高の(とき)の声として俺の中に響いた。

 

 ◇◇◇

 

「今日、なんか暗くないか?」

「言われてみれば確かに……」

「さっき殿下? の宣戦布告もあったし、一体どうしたのかしら」

 

 王都では夜も更け始めたこの時間でも多くの人が街中を闊歩している。

 だが、今日は皆、どこか不安そうな表情を隠しきれていなかった。

 

 先ほどのベリルによる記録の透板を用いた宣戦布告が、元から騒がれていたファレス推進派たちの声にさらに勢いをつけ、至るところで彼の名前が叫ばれている。

 そんな異常な状況に、普段は政治に関心のない者も何かが起こるのではないかと、そわそわとせずにはいられないのだろう。

 

「それにしても本当に今日は暗いわね。雨でも降るのかしら……」

 

 立ち話に興じていた一人の女性が空模様の確認をしようと手のひらを空へと向けながら、上空を見上げる。

 すると、会話をしていた相手もその行動を真似て空を見上げた。

 

「「きゃぁぁぁぁぁぁ!?」」

「な、なんだあのデカいの!?」

 

 途端、二人は悲鳴を上げて腰を抜かす。

 そしてその悲鳴は同様の行動を伴って、あたり一帯へと伝播していき、王都の街中で人々が腰を抜かす大惨事が起きてしまった。

 

 だが、それも仕方のないことだろう。

 彼らが見上げた上空には空は広がっていなかったのだから。

 

 その視界に広がっていたのは、見たことのないほどに大きな漆黒の翼を広げ王城の方へ向かっていく竜の姿。

 心臓の弱い人が見れば、ショック死してもおかしくない程度には衝撃的な光景だ。

 当然、立ち上がれるものは一目散に走り逃げだし、そうでないものも腰を抜かしたまま後ずさる。

 その目にはまるで王都の滅亡を目の当たりにしてしまったとでも言うような絶望が宿っていた。

 

 しかし、ここでもファレス推進派は他の人々とは違う反応を見せた。

 それは、いつの日かファレスに喧嘩を仲裁された男の言葉。

 

「ファレス様だ」

 

 小さく呟かれた真偽も全く分からない、根拠のない発言。

 だが、現在の帝国でファレスを推す者たちにとっては根拠など必要なかった。

 彼らの中では既にファレスは一種の神格のような存在となっていたのだ。

 

「ああ! ファレス様だ!」

「ファレス様が竜を従えて御帰還なされた!!」

 

 全くの無責任な発言。

 だと言うのに今回に限ってはそのすべてが正しい。

 

「おおおおおお!!! ファレス様万歳! ファレス様万歳!!!」

 

 人は危機的状況に立たされると、思っても見ない力を発揮したり、予想外の行動を起こしたりする。

 そして今、多くの人々が絶望に暮れる状況。

 そんな中では――

 

「あれがファレス様、なのか?」

「もう何でもいい! ファレス様万歳!」

「縋れるものがあるならなんだっていいわよ! ファレス様万歳!!」

 

 信仰の伝播が起こった。

 

 いつしか悲鳴に呑まれていた王都全域からは「ファレス様万歳!」のコールだけが聞こえるようになる。

 そして、それはもちろん、学園でファレスを待つベリルの元へも届いていた。

 

「……本当に君は規格外なんだね」

 

 周りを観戦席に囲まれて、その状況は確認できない。

 それでもベリルたちも王都の街の人々と同じように、その空を見上げていた。

 

 その傍に立つメーディアやグレイグも唖然とした様子で上空を見上げている。

 

「最後に聞くよ」

 

 そんな彼らにベリルは今一度向き直り確認する。

 

「僕の、僕たちの相手はアレだ。正直に言えば百回どころか千回戦ったところで勝ちの見える戦いではないよ。それでも、僕と一緒に戦ってくれるかい?」

 

 ベリルの言葉に空へ視線を取られていた騎士たちは今一度彼の顔を見た。

 だが、そんな騎士たちより先にメーディアがベリルの手をギュッと掴む。

 

「もちろんです。最後までベリル様と共に。ですよね皆さん」

 

 その手を胸に抱えながらメーディアは騎士たちの方を振り返った。

 

「もちろん。理不尽に抗いましょう、共に」

 

 メーディアの号令にグレイグが答えれば周りの騎士たちもそれに続く。

 

「メーディア……皆、ありがとう」

 

 ベリルは最大の感謝を込めて、お礼を口にした。

 そして――

 

「数日ぶりだな。ベリル・グラーツィア」

 

 ゆっくりとこちらへ降下してくるファレスを見上げる。

 

「ああ、この前は情けない姿を見せて悪かったね」

 

 こうして、ベリルにとっては最初で最後の大一番であり、ファレスにとっては帝位への最初の一歩である戦いの舞台が整った。

 

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