The Deadly Pride ~不遇悪役貴族に転生した俺は大罪魔法『傲慢』で最強へ至る~ 作:嵐山田
すっかり更けた夜空の元で、皇帝モラク・ルー・グラーツィアは王城のバルコニーに一段高く作られた演説台へ上がる。
その手には皇帝の象徴たる錫杖が握られ、頭上には輝かしい冠が月を反射して存在感を放っている。
そんな皇帝の後ろ姿を見て、メホロスはやはり確信する。
このお方こそ、皇帝たるべくとして皇帝になった者であると。
「余の民よ! 静まり、耳を傾けよ!」
そんなメホロスの視線を背中に受けながら、皇帝モラクは未だ尚、ファレスの勝利宣言及びに鬨の声に熱狂する王都の民たちに向けて声を上げる。
すると、皇帝の頭上ではその王冠が溢れんばかりに輝きだし、国宝としての力を発揮する。
この王冠は王冠でありながら、国宝の魔道具でもある。
その力は正しく王冠にふさわしいもの。
皇帝の声に徐々に王都の熱気は冷めていき、どころか帝国全体が静まり返ったような気さえしてくる。
だが、それは錯覚ではない。
この王冠の魔道具としての力は、被っている者の声をどこまでも届かせるというものなのだ。
つまり、ファレスの声が王都全域に響き渡っていたように、皇帝の声は現在帝国の全土に届いているということになる。
「まずは帝国侯爵が一アゼクオン侯爵家、ファレス・アゼクオン! その手腕、余に正面から向かってくる気概、封印の巨竜を従える力、総じて見事の一言に尽きよう。お前は余の生涯においても、最も優れた野心家であることは間違いない。その野心への褒美として、望みの通り、勝負を受けてやろう!」
当然帝国中から返るは熱狂を超えた大熱狂。
皇帝がファレスの立場を肯定したことで、先ほどまで表立って流れに乗れていなかった王都の貴族たちも巻き込んだその声は今日一番の大歓声となった。
一方、皇帝の意図はあくまで皇帝として、深すぎるほどの度量を示しながら、改めてファレスが挑戦者であるということを全国民へ刷り込んでいくという点にある。
これによってファレス優位になりかけていた情勢は再び元通り。
圧倒的な皇帝が勢いづいたファレスを迎え撃つという構造に戻る。
「勝負の日時は明後日正午。無論、お前ほどの実力者であれば、余の息子ベリルを倒した程度では疲れはしないであろう。だが、万が一があっては面白くない。万全を期して余に挑むが良い!」
続けて、勝負の日取りを決めたモラクは少し間をおいてさらに言葉を紡ぐ。
「それから、各貴族家に告ぐ。現時点を持って、ファレスに肩入れをしている貴族家を除き、その他の全貴族家に今回の勝負への介入を禁ずる。当然、余の方への肩入れも禁止だ。余の設けた時間で大きく情勢が変化してしまっては面白くない。良いな!」
これにはつい先ほどまで熱狂に踊り、大歓声を上げていた帝国民も反応に困る様で、帝国は困惑の沈黙に包まれる。
今回の争点、勝負、と、皇帝は言っているがこれは正しく帝位争いであり、帝国民、特に貴族家にとってはかなり大きな意味を持つ。
皇帝モラクがもし敗北を喫するようなことがあれば、帝国の体勢が全く別物へと変わる可能性も考えられる。
また、モラクが勝利を収めたとしても、ファレスと共に皇帝に挑んだ家は仮に処分が下らなくとも敗北した貴族家としての名がついて回ることとなり、影響力の変化が生じることは間違いない。
よって、この帝位争いへの関わり方は今後の進退を左右する一大事であるはずだったのだ。
耳の速い貴族家や行動力のある家は既に行動を始めていたかもしれない。
だが、今の皇帝の一言によってそれらすべては徒労に終わった。
つまり皇帝は、暗にこう言っているのだ。
この時点で動けていない貴族には、今回の帝位争いにて上を求める資格がないと。
渦中の貴族家以外からすればあまりに豪胆な発言。
だが、これを言えるからこそモラク・ルー・グラーツィアは皇帝なのだ。
「それではファレスよ。明後日の正午、この王城が玉座の間にてお前たちの到着を待つとしよう」
動揺の冷めやらんままに、モラクはそれだけを言い残すと王冠への魔力供給を停止し、演説台を降りた。
「お疲れ様にございます、陛下」
「フッ、珍しく晴れやかな表情ではないかメホロスよ」
「主を舐められたままで胸中を穏やかに過ごすことは難しいですから。はっきりと陛下の威光を示していただけて満足なだけです」
「ハッ、お前の主は余ではなく皇帝であろうに。学園では調子も良くなったようだな」
「まさか、この老体は陛下に忠誠を誓っております」
「ほう。だが、心の内ではどうだ?」
「……」
「ハッハッハ! どうやら正直な性格は変わっていないようだな。まあ、忠誠の先などどうでも良かろう。この国は皇帝である余の物なのだからな!」
「ええ、その通りですな」
再び玉座へ腰を掛けた皇帝はその片腕と共に笑う。
かつてすべてを手に入れた男とその片腕として、高らかに、楽し気に、満足げに。
新たな世代の誕生を喜ぶように笑い合うのだった。
◇◇◇
「明後日か……」
演習場を出た先で皇帝の演説を聞いていた俺はそう独り言ちる。
現在ここにいるのは俺とクイン、サンだけだ。
サラは駆けつけたアゼクオンの騎士にベリルたちを引き渡しに行ってくれており、セレスティアもカーヴァリアの騎士を動かしてくれている。
普段は誰と一緒にいても気まずさを感じることはない。
だが……今日は、いや、今はなぜかこの二人と一緒にいることに気まずさを感じている俺がいる。
クインについてはおそらく先ほどの聞きそびれた内容が原因だろう。
だが、サンについてはまるで訳が分からない。
どうしてか、睨まれているような、そんな気がする。
……こうして気をもんでいても仕方がない。
とりあえず確かめてみよう。
そう考えた俺は無造作にサンの頭の方へ手を伸ばしてみた。
普段通りならば、サンは自ら頭を差し出してあざと可愛く撫でてくれとせがんでくるのだが……。
だが、今日のサンは俺の手をひょいと躱すとクインの背中に周り、再度こちらを睨みつける。
「サン? どうか、したか?」
「……今のおにい……ファレスさんは何かイヤ。――っ。嫌いな感じがする」
手を躱されたことに少しショックを受けながら、その意図を聞いてみればサンは苦痛に顔を歪めながらそう答えた。
あの苦痛はおそらく『怠惰』によるものだ。
ということはつまり、今のサンの態度は本心から、俺に悪意を持っているということだろう。
「ちょっと、サン!? 一体どうしたの? ファレス様はファレス様でしょう」
そんなサンの態度に心底驚いた様子のクインは自身の影に隠れたサンに向かって言う。
だが――
「お姉ちゃんだって気付いているでしょ。今のおにい……ファレスさんは違う。今のファレスさんは――っ!!」
サンは『怠惰』による苦痛を恐れずに、自身の感情を示す。
だが、想像以上の苦痛に耐えかねてか、膝を付いてしまった。
「サンっ!」
クインが咄嗟にしゃがみ込む。
だが、だが俺は……なぜか体が動かない。
……そう言えば、普段の俺ならサンに「ファレスさん」なんて急に他人行儀に呼ばれた日にはショック過ぎて意識を失う自信すらあったのに、今は、今の今までそのことにすら気がついていなかった。
なんだ?
一体何が起きている?
自身の手を見つめる。
そこに在るのはいつも通りの俺の手。
そのまま視線を下げて足先から胸までを眺めた所で変化は見られない。
「――っ、今のファレスさん……は、私の……お兄ちゃん、じゃない」
そんな俺に向けて膝を付いたままのサンはそう言った。
再び俺を「ファレスさん」と呼び、それどころかお兄ちゃんではないとまで言ってのける。
だと言うのに俺の身体は……何の反応も示さなかった。
「な、なぁ、クイン! 俺は誰だ?」
俺は理解のできない恐怖を覚えながら、その存在を肯定してもらうだけのためにクインに手を伸ばし声を掛ける。
だが――
「きゃっ」
俺の伸ばした手はクインの肩に触れるだけでは止まらずに、彼女を無理やりこちらに振り向かせるように力が込められていたようで、サンを抱き寄せるようにしていたクインはそのまま体勢を崩し、転んでしまう。
――瞬間、俺に向かって水が弾けた。
「お姉ちゃんに酷いことをしないで――っ!!!」
攻撃にも満たないせいぜい水鉄砲程度の魔法。
だが、それは明確に攻撃の意志を持ったサンによって、俺に向けて放たれた魔法だった。
当然そんなことをしてしまえば……。
「さ、サンっ!」
クインの腕の中で苦しそうに目を閉じるサン。
『怠惰』の禁を破ったことによる戒が発動してしまう。
「ファレス様! サンを!」
クインが俺に助けを求めるような顔を向ける。
無論、俺もすぐに『怠惰』の影響を弱めようと『傲慢』を発動しようとして――
「なぜだ? なぜ『傲慢』が俺の言うことを聞かない!」
俺にはできなかった。
手足より自在に動かせていたはずの俺の『傲慢』がまるで俺の物ではないかのように動かせない。
そこに確かに在るはずなのに、まるで流れる水が突然重油に変わってしまったかのように『傲慢』は言うことを聞かなくなっていた。
クインは『慈愛』の魔法を持って、サンを癒しているがそれでは間に合わない。
一度動き出した『怠惰』の戒はサン自身が考えを改めるか、俺が止めるまで止まることはない。
つまり、今の状態では……サンが死ぬまで『怠惰』を止められない。
「ファレス様……!」
クインの必死の表情が向けられる。
分かっている。俺だって今すぐにでもサンを助けてやりたい。
それが本心のはずなのに……。
「なんなんだこれは! ――っ!」
そう叫んだ途端急激な頭痛に見舞われ、サンに続いて俺も頭を抱えてうずくまる。
ガンガンと脳髄を叩くような重く鋭い痛み。
……これは、『傲慢』の暴走!?
気が付けば、俺の中で『傲慢』の魔力が暴れ回っている。
まるでそうあることが正しいとでも言うかのように、何かを取り返そうとするかのように。
全身の血管を突き破ってしまうと思うほどの激痛が俺に降りかかった。
だが……
「儂の助けが必要なようだな。孫よ」
酷く安心する声と共に俺の頭へその力強い手が乗せられる。
すると――まるで霧散していくかのように暴れていた『傲慢』は散っていき、俺は痛みから解放された。