The Deadly Pride ~不遇悪役貴族に転生した俺は大罪魔法『傲慢』で最強へ至る~ 作:嵐山田
痛みから解放されたままに視線を上げれば、そこにはどこから現れたのか帝国の英雄にして祖父であるスレイド・ファルシアンの姿があった。
「お祖父様!?」
驚きそのまま声を上げれば、再び祖父の手が俺の頭に乗せられ、ガシガシと頭を撫でられる。
その手には祖父の『忠義』の魔力が込められており、俺の『傲慢』とぶつかっては対消滅を繰り返している。
それによって、サンに掛けられた『傲慢』による『怠惰』の影響も少しは小さくなったようで、俺の痛みが引いていくと共にサンも少しづつ穏やかな顔をするようになった。
「さて、そこのお嬢ちゃんたち、儂は孫を一足先に連れて帰る。お嬢ちゃんたちは残りの二人と一緒にゆっくり帰ってくると良いぞ」
そんな祖父はひとしきり俺の頭を撫でたかと思えば今度は俺を抱きかかえ、クインとサンの方を見てそう言った。
「え、あの……」
「では、あとで会おう!」
すると、呆気にとられたままのクインを置き去りに、いつしかの如く俺を抱え上げ――跳んだ。
俺はファフニールの背からではなく見る上空からの王都を眺めながら、思わず胸をなでおろす。
今の暴走は本当に危なかった。
あの場に祖父が居なかったらと思うと……流石の俺もゾッとしてしまう。
だが、一体原因は何だ?
どうして突然『傲慢』の制御が効かなくなったんだ?
ファルシアンで同じように空を跳んだ時とは違い、すぐに見えて来た目的地、アゼクオン別邸を見つめながら自問する。
つい先ほどまでは問題なく扱えていたはずだ。
確かに何か妙な違和感を覚えてはいたが、それは魔法に対してではなく、クインの態度に起因するものだった。
だと言うのに、一体なぜ?
「ファレス、着地は出来るな?」
「――はい」
なんて考え事をしていた俺に落下軌道に入った祖父が声を掛けてくる。
反射的に返事をすれば、すぐに祖父が俺の手を離し、俺は自由落下の状態になる。
だが、この程度何の問題もない……いつも通り『傲慢』で風魔法を――と思い魔法を発動しようとした時だった。
……まずい、何を当たり前に『傲慢』を使えると思っているんだ俺は。
祖父に対処をしてもらったおかげで暴走こそ収まっているが、その現状が重油のように重く、自由に扱えなくなっていることは変わっていない。
「――チッ」
刻一刻と迫る地面。
俺はそのギリギリのところで『色欲』による身体強化を発動した。
――響く轟音、えぐれる地面。
ああ、クソ。
なんて無様な着地なんだ。
幸い、祖父が別邸の庭に落ちれるように手を離してくれたおかげで家屋への目立った被害はないが、別邸の庭に小規模な隕石でも落ちたかのようなクレーターが出来てしまった。
『傲慢』が使えないと、俺はここまで無能に落ちるのか……。
俺はえぐれた地面を見つめながら、情けない自分を嘲笑する。
そんなことをしていれば、突如響き渡った轟音に屋敷の者たちがぞろぞろとこちらへ向かってくる。
「一体何事……あ、あなたは!」
だが、そんな屋敷の騎士や侍従たちは祖父の姿を見て何かを察したようですぐに敬礼のポーズをとっているのが、えぐれた地面からでも僅かに見えた。
「敵襲かっ!」
しかし、それで止まらない者もいたらしい。
どこか聞き覚えのある特徴的な口調で、捉えづらい足音で俺の頭上に現れた彼女。
貴族だと言うのに剣を使う、奇特なその少女はリューナスだった。
「わが友の屋敷に土足で足を踏み入れようとは! 恥を知るが……ム? 貴殿……」
飛び上がり、一直線に刀を振り下ろしながら俺のことをようやく認知したらしいリューナスの表情がみるみるうちに変わっていく。
だが、表情は変えられても重量による落下軌道を身体能力のみで変えることは流石のリューナスにもできない。
「ふぁ、ファレス殿!? 避けてくれ!」
そう叫ぶことしかできないリューナス。
俺はその一刀を剣によって受け止めた。
「この俺に避けろとは。言うようになったではないか、リューナス」
剣を抜き放とうとした際に若干の違和感を覚えた気がしたが、俺はそのことは気にせずに飛び掛かってくるリューナスを受け止めながら返事をした。
「確かにそうであったな! 貴殿ほどの使い手ならば私の剣を避ける必要もなかったな」
攻撃の意図はなかったおかげかあっさりと受け止められたリューナスと向き合って握手をしあう。
「それよりも、どうしてお前がここにいる? 皇帝の条件では今回の件にこれから参加するのは禁じられていたはずだが」
俺がそう聞けば、その返事は目の前ではなく頭上から返って来た。
「陛下が条件を出す少し前にリューナスちゃんは来たのよ。そして私が受け入れた。それなら問題ないでしょ? ファレスちゃん」
「そう言うことでしたか、母上」
「ええ、おかえりなさいファレス。随分と派手な帰還だったわね」
「……はい。情けのないことに」
「ふふっ、良いのよ。でも……」
いつも通りな様子の母さんが少し言葉を区切る。
すると、どうしてか少しだけ厳しい視線をこちらへ向けた。
「今のままで皇帝になれると思ってはいないでしょうね?」
「……っ、もちろん、です」
「そう。なら、サラたちが戻ってくる前に何とかなさい。私のファレスなら、出来るわ」
「……はい」
きっぱりと言ってのける母上に、俺は力なく返事をするしかなかった。
さすがは母上だ。
一目見ただけでも、俺の現状を見抜いたらしい。
あの感じを見るに、見る前から分かっていたのだろうか?
……いや、こんなことを考えていても仕方がない。
皇帝との戦いが明後日に控えていると言うのに『傲慢』が使えないのでは、いくら『色欲』があっても結果は目に見えている。
『傲慢』とほぼ同様の力を持つであろう『強欲』に対抗するには確実に『傲慢』が必要だ。
それに加えて、母上はサラたちが帰って来るより早く何とかするように言ってきた。
それはつまり、それが重要であり、俺に出来ることでもあるという訳だ。
現状では皆目見当もつかないが、考えるしかない。
「ファレス殿? 貴殿がしおらしいとは珍しい。だが、我々は剣士。悩みもなにも剣を振っていれば吹っ切れるというもの! ここは久しぶりに私と一勝負どうだろうか?」
そんな俺の内心を知ってか、クレーターから一足先に上がったリューナスがそんな提案をして来た。
「……ああ、そうだな」
俺はその提案をありがたく受けさせてもらう。
うじうじと悩み、考えるのは性に合わない。
一度、さっぱりと思考を切り替えてしまった方が良いだろう。
「おお! さすがはファレス殿。……だが、場所が厳しいだろうか?」
俺が了承すれば、嬉しそうにするリューナス。
だが、どうやらどこで勝負をするのかについては全く考えていなかったらしく、今更になって辺りをきょろきょろと見回している。
「……ついて来い。中庭ならば十分なスペースがある」
そんな友人を見ていれば、何だかずっと重かった心の内も軽くなっていく気がする。
「そうか!」
こうして俺はリューナスを連れて、別邸の中庭へ移動した。
◇◇◇
リューナスと二人で中庭へとやってくれば、丁度月明かりが差し込む完璧なシチュエーションで、サラやセレスティア、クインやサンたちと来ていれば喜ばれそうだと思う。
だが、今俺の隣にいるのは――
「あれから私もさらに修練を積んだからな! 今度こそ勝たせてもらうぞ! ファレス殿!」
美しく整えられた庭になど一切目もくれず、ただ剣と剣士としての俺を見つめる武人。
「フッ、言うではないか! では、その実力、見せてもらおう」
だが、今はそれが、とても気楽で居心地が良かった。
俺たちは三メートルほど距離を取り合い、お互いに剣を抜いてから向かい合う。
いつの間にか、俺の手が剣を抜くのに違和感を感じることはなくなっていた。
「では、行くぞ! ファレス殿!」
「ああ、かかって来い! リューナス!」
俺たちは迷いなく、ただ目の前の相手から一本を取ることだけを考えて斬り結ぶ。
向かってくるは何の変哲もないただの上段斬り。
だが、リューナスの人並み外れた膂力から繰り出されるそれは普通の人間からすれば十分に必殺の一撃となり得る。
速さ、鋭さ、力強さ。
三点を揃えた完璧な一太刀を俺は感覚だけでタイミングを合わせ、横へ逸らす。
リューナスとの戦闘では五感に頼っていては間に合わない。
もはや目を閉じようかというレベルで俺は目には見えない第六感へ集中していた。
リューナスの剣閃を逸らしたことで、生まれた僅かな態勢の乱れ。
俺はそこを突くように今度は俺が一太刀を振るう。
しかし、そこは読んでいたリューナス。
その怪物染みた身体能力に物を言わせ、無理やりに隙を潰すと、俺の一撃を躱した悪い体制のまま足払いを掛けてくる。
それには軽く飛び退いて対処し、再び距離を詰め合い、斬り結ぶ。
以前のような派手な技の応酬ではなく、今、行われているのは地味な技術の比べ合いだった。
「ハハッ! 楽しいな! ファレス殿!」
「……フッ、そうだな」
正真正銘真剣勝負。
だと言うのに、何故か俺たちはお互いに笑い合っている。
「しかし、このままでは時間が溶けてしまう。あの日のように次の一撃で決めるというのはどうだろうか?」
だが、時間は有限。
それに、俺には母さんに与えられたタイムリミットがあった。
それを気にしてか、リューナスがそんな提案をしてくる。
「ああ、そうだな。そうしよう」
未だに『傲慢』は使えない。
となれば、レドの時穿剣もまた、使えないということ。
だが、今の俺に迷いはなかった。
「では、行くぞファレス殿!」
「来い!」
すると、リューナスが剣を一度鞘へ納める。
そして、体勢を低くしたかと思えば次の瞬間――
一瞬だけ刃が月光を反射する。
リューナスが放ったそれは音速を超えた光速の抜刀術だった。
当然、目には見えない。
だが、俺は武人としてのリューナスを信頼していた。
刃と何がぶつかるような鈍い音が木霊する。
「どうやら今度も俺の勝ちのようだな」
「まさか……剣ではなく、素手とは。さすがの私も驚かされた」
視線を少し下げる。
そこには寸分の狂いもなく俺の心臓を貫かんとしていたリューナスの刀とそれを寸でのところで受け止めた俺の左手があった。