The Deadly Pride ~不遇悪役貴族に転生した俺は大罪魔法『傲慢』で最強へ至る~   作:嵐山田

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第百五十三話 皇帝たる資格⑩

「良い剣だったぞ。リューナス。まさか抜刀術から突きが来るとは思わなかった」

 

 俺は思ったことをそのままにリューナスに伝える。

 実際本当に危ないところだった。

 鞘に納めた段階で、抜刀後の一撃で決めに来ることは読めていた。

 だからこそ、身構えてそれを受けきろうと思ったわけだが……。

 

 リューナスが抜刀しようとしたその瞬間、彼女の魔法である音の魔力が動いたのが分かった。

 それも、尋常ではないほどに微細で圧倒的に凝縮された凄まじい精度の魔力が。

 

 よって俺は剣での防御を諦めた。

 そして、リューナスならば、武人としての彼女ならばこんなただの練習試合のような勝負でも、一切の遠慮なく、一撃で終わらせられる箇所を狙ってくると信じ、ありったけの『色欲』を咄嗟に左手に回し、見事、リューナスの突きを受け止めたという訳だ。

 

「それはこちらのセリフだファレス殿。まさか私の渾身の抜刀突きを左手の一つで受け止められてしまうとは……だが」

 

 満足げに笑って、言葉を止めたリューナス。

 しっかりと視線を合わせて口を開いた。

 

「少しは、気が晴れただろうか?」

 

「リューナス……」

 

 まさか、リューナスにまでお見通しだったとは。

 

「ああ、助かった。ここから先は俺の問題だ」

 

「うむ、私はその顔をしたファレス殿が好きだ。何に悩んでいるのかは知らないが、また迷いがあればいつでも受けて立つぞ!」

 

 晴れやかな笑顔でそう告げて、「では!」と言って去っていくリューナス。

 さて、ここまで気を使ってもらったんだ。

 これで成果が無いようではお笑い種というものだ。

 

 リューナスのおかげで取っ掛かりは掴めた。

 あとは己との対話で解決するしかない。

 

 リューナスが去っていき、人気の感じなくなった中庭。

 家の者たちも気を使ってか、それとも母上の計らいか、四方の窓から通りがかる者の視線がこちらへ向くことはない。

 ここにいるのは俺だけだ。

 

 そんな環境で俺は、先ほどの戦闘で研ぎ澄まされた精神に、言わば自分の内側へ集中していく。

 目指すのはあの日、『色欲』を初めて認識した時と同じ、己に宿りし魔力の核心。

 

 服が汚れてしまうのも厭わずに俺はその場に座り込む。

 湧き上がる雑念を排し、僅かな感覚さえもそのすべてを内側に向けていく。

 

『傲慢』が扱えない今でも『色欲』は問題なく扱えるのは何故か。

 どちらも同じ俺の魔力のはずで、俺の魔法のはずなのにどうして差があるのか。

『傲慢』が使えない中での戦闘を経験したおかげでようやく理解することが出来た。

 

 有り体に言ってしまえば、『傲慢』は本来俺の力ではないのだ。

 

 俺はファレス・アゼクオンだが、その精神はファレス・アゼクオンの物ではない。

 前世? というか、かつての記憶がないだけで本来俺は別の人間に宿っていたはずの人格。

 だが、この世界でファレス・アゼクオンとなったために、俺は度々自身のことを『傲慢』ファレス・アゼクオンだと意識し、自らに刷り込んできた。

 特に何かを決心するときや、自身を奮い立たせるときには強く、強くそうしてきた。

 

 おかげで俺はもう、ファレス・アゼクオンであることに疑いはないし、ファレス・アゼクオンこそが自分であるという確信を持っている。

 だがそれは意識のある間の話。

 

 無意識を認識で塗り替えるということはどうやらかなり難しいようだ。

 

 たどり着いた底はあの時と同じように空虚にどこまでも『傲慢』の魔力に満ちている。

 だが同時にそこには『色欲』の魔力が存在していた。

 そして、この二つはまるで互いを押し出そうとするようにせめぎ合っている。

 

 大罪魔法は使用者の最も強い性格に反応してその者へと宿る。

 ファフニールに言わせれば呪いの力だ。

 そんな強い力が一人の中に二つ存在する。

 

 一つでも人格に多大なる影響を与えるものが二つだ。

 普通なら器が耐えられるはずがない。

 しかし、俺は特殊だった。

 

 俺はファレス・アゼクオンでありながら、隔絶した己という自己を内側へ備えていた。

 

 全身に『色欲』の魔力を感じながら、重油のように重くドロドロとしている『傲慢』の魔力の方を見つめる。

 淀み、濁り切ったその魔力の先には、雁字搦(がんじがら)めに捕らえられ、それでも藻掻き暴れている俺と全く同じ容姿をした男の姿があった。

 

「ファレス・アゼクオン……」

 

 俺はその男に向かって話しかける。

 声に反応する様子はない。

 だが、構わずに俺は話し続けた。

 

「お前は強いよ。誰よりも貴族らしく、誇り高いプライドを備えている」

 

 僅かに男の身体の動きが落ち着いたように見える。

 

「だがそれは精神性の話。現実でのお前は弱かった」

 

 言葉が溢れてくる。

 だってこれは……。

 

「サラに当たってみたり、他の貴族令息令嬢を貶めてみたり、お前がやったのはそんな精神性とはかけ離れた行いばかり。だから不遇だった」

 

 原作プレイヤーとしての俺の本心だから。

 

「せっかく才能があるのに、環境に恵まれなかったことには同情できる。でも、それは俺がお前を知っているからで、他の人からしてみれば、理不尽に過ぎる行いだった」

 

「例え、それが『傲慢』によるものだったとはいえ、だ」

 

 俺と()の視線が真っすぐに交錯する。

 

「償えなんて言うつもりはない。ここにはそんな歴史はないからな。サラには謝り、侍従たちにも姿で誠意を示して来た。次はお前の番なんじゃないか? ファレス・アゼクオン」

 

 俺は『色欲』の魔力と『傲慢』の魔力がせめぎ合うその境目へと手を伸ばす。

 

「弱さを認めろ。お前の『傲慢』が本物ならば、それを認めたうえでもお前は……いや俺は『傲慢』であれるはずだ。『傲慢』がファレス・アゼクオンなのではない。ファレス・アゼクオンが『傲慢』なのだろう!」

 

 いつの間にか手だけではなく、全身で『傲慢』の魔力へ身を投げ出していた俺が、言い切ると同時に目を開けてみれば、そこには先ほどまで見えていた()の姿はない。

 

 それどころか、先ほどまでは重油のように重く、扱うことが出来なかった『傲慢』の魔力がいつも通り、息を吸うように扱うことが出来る。

 

「……なるほどな」

 

 今のは俺が自分自身で作り出した(ファレス)だったという訳か。

 完全に理解できたわけではないが、いくつか納得できたことがあった。

 

 まずは『色欲』の存在。

 これはおそらくファレスとしてではない()に与えられた大罪魔法。

 原作ではハーレムルートが死に直結していたことからも、この力が呪いであり、この世界では本来発現しえないものだったのだろう。

 だが、俺がファレスとなり、ファレスとして我が道を開拓していった結果、俺は『色欲』の発現条件を満たし、その魔法を習得した。

 

 最初は良かった。

 この俺の魔力の底ともいえる空間でも、色欲は球体上に独立したような魔力だった。

『傲慢』の中を漂う別の魔力程度の物だった。

 

 しかし、『色欲』とて大罪魔法の一つ。

 その力の大きさは本来『傲慢』と同等であるはず。

 そして、『色欲』は実際に凄まじい力を秘めていた。

 先ほど、『傲慢』と互いを押し合っていたほどだ。

 

 そして、その結果が『傲慢』の不自由という結果となって現れたのだろう。

 

 俺はファレスとして生きることを決めた。

 その決意は約四年前の夏、この中庭で父上たちの前ですべてを告白した時から変わっていない。

 だが、認識では無意識を変えられない。

 

 俺の深層心理の中に、まだ『ファレス』という存在を客観視する俺が残っていたのだろう。

 

 目的の達成を目前に控えたこの場面。

 ファレスならばともかく、本来の俺はただのプレイヤー。

 皇帝になるということがどれだけの重さかを実感したことで、俺の弱さが実体化してしまった。

 

 おそらくそんなところだろう。

 

 情けのない話だ。

 

 だが、俺はもう迷わない。

 

 もう一度己を定義しろ。

 今度はこんなことにならないように。

 自己統一をして、ブレない軸をしっかりと持て。

 

 もう何度目になるだろうか?

 この問いを自分へ投げかけるのは。

 

「俺は誰だ?」

 

 これまで何度も何度もこう問いかけては答えて来た。

 だが、今一度俺はそれを改める必要がある。

 

「俺はファレス・アゼクオン。『傲慢』であり、『色欲』をも手中に収める――」

 

 自己を肯定するための手っ取り早い手段とは他者に肯定してもらうことだ。

 だから、今一度、改めて名乗れ。

 

「俺は『煉獄』ファレス・アゼクオン」

 

 セレスティアによってつけられたこの二つ名こそ、()()()にはふさわしい。

 

 強く、そう言い切れば、未だにわずかな境界を残していた『傲慢』と『色欲』が渦になるように混ざり合っていく。

 ファレスを思わせる赤い『傲慢』とどこか僅かに青みがかった赤をしている『色欲』はやがて一つへとまとまり、俺の中へ広がっていく。

 

 そして俺の魔力はどこか貫禄さえ感じさせるような黒紫へ。

 所々に『傲慢』や『色欲』の片鱗を見せるグラデーションを残しながらも、互いに反発することなく俺を満たした。

 

「さて……まずはサンに謝らなければな」

 

 自身の内側から戻って来た俺はそう呟き、夜空の方へ手を伸ばす。

 そして――今まで一度も発動してこなかった、召喚の魔法を発動した。

 

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