The Deadly Pride ~不遇悪役貴族に転生した俺は大罪魔法『傲慢』で最強へ至る~   作:嵐山田

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第二章投稿していきます。


第六十六話 学園入学①

 

 時が過ぎるのは早いもので、あっという間に学園入学の年齢になってしまった。

 まぁ、凄まじく濃かった十一歳から十二歳の間に比べたら、基本的にはこんなものなのかもしれないが。

 

 魔法披露宴の後からは特に目立ったこともなく、日々を訓練と新アゼクオン領として正式に認められた旧ノウ領のさらなる復興に費やした。

 

 ただ、身体的にはかなり成長したようで、あの頃は母さんに抱きしめられると豊かな双丘に溺れそうになっていたのに、今は母さんを頭一つ分追い越すくらいの身長になっていた。

 剣の訓練も続けたおかげで、肉体的にもかなり引き締まったいわゆるアスリート体型と言うやつになったと思う。

 

「ファレス様、失礼いたします」

 

 窓の外を眺めながら物思いに耽っていた俺の部屋にサラが入ってくる。

 

「サラか。どうかしたか?」

 

「はい、出発のご準備が整ったと」

 

 だが、俺以上に変わったのはサラだろう。

 あの頃のあどけなさの残る幼い顔つきは見る影もなく、十六歳を目前にして既に美人秘書のような風格を纏っている。

 メイド業務の邪魔になるからと長くせずにいた金色の髪も、今となっては肩よりさらに下まで垂れ下がり、風に揺られてさらさらと煌めいている。

 

「……そうか。では、行くとするか」

 

 手袋の裾を掴み、改めて着けなおすと、腰にリジルを帯剣し、俺の準備も整った。

 改めて、部屋を見返す。

 ……うん、大丈夫だ。

 

 俺は今日、正真正銘俺の部屋だったここを出る。

 そして――

 

「はい」

 

 遂に始まるのだ。

 原作本編にして、これまでを超える関門になるであろう学園生活が。

 

 ◇◇◇

 

 屋敷の外に出てみれば、春の暖かな日差しと時折吹く冷たい風が程よく気を引き締めてくれる。

 

「本当に今日行くの? 明日でもいいんじゃないかしら?」

 

 三年が過ぎてもその容姿には一切の陰りが見えない母さんが、もう何度目になるか分からない反応をしてくる。

 

「母さん、そんなことをしてたらいつまでもいけなくなるよ。確かに距離はあるけど一日あればお互いに会いに行くことは出来る」

 

「でも……」

「スジェンナ」

 

 俺に諭されて、尚も引き下がろうとしない母さんを首をゆっくり横に振った父が宥める。

 

「……クロフォード」

 

 しばし見つめ合った二人の勝負は、母さんが父上にもたれかかるようにして体を預けることで決着した。

 うむ、夫婦仲はまだまだ良さそうでよかった。

 

「ファレス……いや、そうだな。好きにやりなさい。誰にも縛られないお前だけの道を行け」

 

 恐らく泣いている母に変わって父が慣れないことを口にする。

 俺たち家族の内、この三年間で一番変わったのはやはり父上だろう。

 なんとなく父親っぽくなった。

 風格はさらにいかつく、オーラのある感じになったが、口を開けばその端々から父親を感じる言動が増えたのだ。

 

「はい。……では、そろそろ」

 

「ああ」

 

 俺がそう言って馬車の方を振り向けば後ろからギュっと強く抱きしめられる。

 

「無茶はしちゃダメよ? いつでも帰ってきていいからね。……それと、大好きよ愛してるわファレス」

 

「ああ、俺もだよ母さん」

 

 俺は母さんの手をほどき、改めて向き合った。

 ……ほんと、あんなに大きいと思っていたのに、今じゃすっかり俺の方が大きくなってしまった。

 母さんの瞳には雫が今にも決壊しそうなほど溜まっている。

 こんなに自分のために涙を流してくれる存在なんて、きっと金輪際絶対に現れない。

 母親とはそういうもの、と言ってしまえばそれまでだが、こんな人を大切に出来ない自分にはなりたくない。

 

 そう思って今度は俺から母さんを抱きしめた。

 

「……!」

 

 母さんの驚いたような顔が目に浮かぶ。

 考えて見ればこれまで抱きしめられることは数あれど、俺が母さんを抱きしめたことはなかった。

 

「じゃあ、行ってきます母さん」

 

「……ええ、頑張ってね」

 

 俺が離れると母さんはスッと父上の横に戻り、まるで自分を縛り付けるかのように父上の腕を強く抱いた。

 

「では、今度こそ。行ってきます」

 

 俺はそう言ってアゼクオン邸に背を向ける。

 ふと周りへ目をやれば、見送りに来ていた侍従や騎士まで涙を流している。

 ……本音を言えば名残惜しい気持ちはある。

 だが、もう振り返らない。

 人生の道は先にしか続いていない。

 そんなどこかの格言を体現するかのように、強く、自分の足で地面を踏みしめる。

 

 サラが開けてくれた馬車に乗り込み、座席に腰を下ろす。

 最終確認を終え、次いで乗り込んだサラが馬車の扉を閉めるとほどなくして馬車は動き出した。

 

「……温かい、ですね」

 

 不意にサラが呟く。

 

「そうだな」

 

 頬杖をついて、流れていくアゼクオン領を眺めながら、俺は郷愁に胸を温めた。

 

 ◇◇◇

 

「ファレス……ちゃん」

 

 走り出した馬車の後姿はもう見えない。

 それでもスジェンナはまだ部屋の中には戻れなかった。

 戻ってももう、そこにファレスはいない。

 本来、息子の成長を感じ嬉しく思うのかもしれない。

 ただ――

 

「……スジェンナ」

 

「……おかしいのクロフォード。どうしてか、涙が……止まらないわ」

 

 スッと腰に手が回される。

 普段は無口な夫の優しさが身に染みるのを感じると同時に、その手が微かに震えていることも分かった。

 

「……そう。そうよね、私たちはあの子の親だものね」

 

「……ああ、そうだな」

 

 子供の巣立ちを喜ばない親がいるだろうか?

 子供が離れていくことに寂しさを感じない親がいるだろうか?

 ……もしかしたらいるのかもしれないが、少なくとも私たちは違う。

 嬉しいし、寂しいのだ。

 

「ねぇ、クロフォード。あなたファレスちゃんの部屋に入ったことある?」

 

 ふと、そんなことを思いついた。

 

「……大昔以来、覚えがないな」

 

「私もよ。……ちょっと悪い気もするけど見に行かない?」

 

 涙を拭いながら悪戯っぽく夫を誘う。

 すると、短い葛藤のあと――

 

「……そうだな」

 

 色々な感情を飲み込んだ夫は私の誘いに乗って来た。

 

 

 屋敷の二階。

 東側の最も日当たりの良い部屋。

 そこがファレスの部屋だ。

 

 ドアノブに手を伸ばし、扉を開ければその扉は自分の記憶よりずっと軽く感じる。

 その事実が歴史を物語っている。

 

「こんな……部屋だったわね」

 

「……ああ」

 

 毎日、同じ家にいたと言うのに懐かしさを感じるとは不思議なものだ。

 蘇るのは幼いファレスとの日々。

 しかし、最近のファレスがこの部屋でどのように過ごしていたのかが、私には手に取るように分かる。

 

 ……グッと、目に力を入れて涙腺の崩壊をこらえる。

 すると、先に一歩、部屋の中へ足を踏み入れたクロフォードが何かを見つけたように呟いた。

 

「ん? これは……」

 

「どうかしたの? もしかして忘れ物?」

 

 その一点を見つめて固まってしまったクロフォードの元に私も進む。

 すると、そこには――

 

「ありがとう」

 

 そんな一言が綴られたメッセージカードと一つの箱が置いてあった。

 

 クロフォードは目頭を押さえて上を向いてしまう。

 私の涙腺はとっくに二度目の決壊を迎えていた。

 

 震える手でその箱を開く。

 中に入っていたのは二つの指輪。

 ……いや、正確には三つあった内の残りの二つ。

 

「あっ……あぁ……」

「………………っ」

 

 堪え切れず声が漏れてしまう。

 

 それはファレスから両親への初めての贈り物。

 三本の線が離れ、半周でまた一つになっているだけのシンプルな意匠の指輪だった。

 

 涙で掠れる目を拭いながら、もう一度メッセージカードに目を落とせば、箱が重なっていた部分に小さく、「左手の薬指に」と言う文言が見つかる。

 

「あなた」

「……ああ」

 

 私とクロフォードはお互いにその指輪を通し合う。

 

「……ふふっ」

「ふっ……」

 

 離れたと思っていた何かが、再びつながったかのような感覚を覚える。

 

「こんなこと、どこで覚えて来たのかしら」

「……将来の相手選びは苦労しそうだな」

 

 主が旅立ったその部屋に一陣の風が吹き抜ける。

 その風は涙を攫い、代わりに家族へ笑顔を届けたのだった。

 

 ◇◇◇

 

 馬車に揺られながら俺は無意識に右手の薬指を触っていた。

 

「そう言えばファレス様。一つ気になったことがあるのですが」

 

「なんだ?」

 

 もう遠慮なく同じ馬車で俺の隣に座るようになったサラへ視線を向ける。

 

「どうしてメッセージには左手の薬指と書かれたのですか?」

 

 含意のない純粋な興味の色を宿した瞳でサラはそう聞いてきた。

 

「ああ、それはな……」

 

 俺は再び視線を外に向ける。

 

「親子でも介入できない絆があるんだ。愛し合う二人だけのな」

 

 こんなセリフ、恥ずかしくて面と向かって言えるわけがない。

 だが、それは俺の都合。

 

 すぐにサラがこちらを覗き込む。

 

「では、私は空けておきますね」

 

「……ああ」

 

 本当に強かになったよサラは。

 手袋の上から右手の薬指に触れながら、俺はそう思うのだった。

 

 

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