The Deadly Pride ~不遇悪役貴族に転生した俺は大罪魔法『傲慢』で最強へ至る~   作:嵐山田

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第六十八話 学園入学③

 翌朝、目が覚めればもうそこにはサラの姿はなかった。

 ベッドシーツや俺のバスローブにも乱れは見られず、まるで昨晩の出来事は幻想だったかのように、その痕跡は残されていなかった。

 

 そしていつも通りの時刻。

 少し大きめなノックの音と共に部屋の外から声が掛けられる。

 

「おはようございますファレス様。失礼いたします」

 

「ああ」

 

 いつも通りの調子で俺を起こしにやって来たサラ。

 その表情や振る舞いにも全く違和感がない。

 

「本日のご予定はいかがなさいますか?」

 

「そうだな……。今日は商業地区の方へ行くとするか」

 

「かしこまりました。馬車の手配をさせておきます」

 

「ああ、頼んだ」

 

 それだけ言うとそそくさと部屋を出て行くサラ。

 そんな姿に俺は少しの違和感を覚えた。

 どうやら完全にいつも通りという訳ではなさそうだ。

 しっかりと観察してみればサラの耳が紅潮しているのも分かる。

 

「サラ!」

 

 俺はその背後に声を掛けた。

 

「……はい、なんでしょうか?」

 

 若干頬を朱に染めながら控えめに振り返るサラ。

 

「今日はメイド服ではなくドレスでついて来るように」

 

「……!? どうし……いえ、承知いたしました」

 

 一瞬、動揺を見せるもすぐに俺の意図を察し、嬉しそうにはにかみながら了承した。

 今日はサラの誕生日だからな。

 王都観光デートと洒落込もうではないか。

 

 少々順番が逆行してしまった感も否めないが、まあいいだろう。

 

 俺は脳内でエスコートプランを練りながら、シャワーを浴びに浴室へ向かった。

 

 ◇◇◇

 

 服装については若干悩んだが、いつも通りの服装に外套を羽織らないスタイルで行くことにした。

 でかでかとした家紋や外套を羽織るなら、恐らくつけないと面倒ごとになりそうな皇帝の徽章などは明らかに私用の今日には似合わない。

 ただ、だからと言っていつもと大した違いがあるわけではないのだが……。

 

 そもそもこの世界に来てからというもの、服を選んだことがない気がする。

 まあ、この世界観におけるデート服を知らないので、迷わないという点では優秀なのは間違いない……。

 

 昼前に入口でサラを待っていると、周りの侍従たちの息を呑むような声が聞えて俺もそちらを振り返った。

 そして思わず俺も息を呑む。

 

「お待たせしてしまいましたか?」

 

 片側の肩を露出させたアシンメトリーなドレススタイルで過ぎ行く人の視線を攫う。

 しかし、オフショルダー以外はドレス自体には少し控えめな印象を受けるベージュ色。

 だが、加えて明らかに俺を意識した鮮烈な赤のコサージュが惹きつけた視線を釘づけにして離さない。

 全体として完成された魅力、ワンポイントに頼らない総合芸術とでも言いたくなるような美しさだ。

 

「いや、待っていない。では、行こうか」

 

「はい」

 

 この世界は美形が多い。

 というかあえて美形以外に設定された人物以外は皆、美形なのだろう。

 ただ、今日のサラは美醜だとかそう言う俗人的な相対評価を抜きにした美しさが感じられた。

 

「綺麗だな。良く似合っているぞサラ」

 

「ありがとうございます」

 

 俺にエスコートされるサラはいつもより少しだけぎこちない。

 ただ正直に言えばそれは俺も同じだった。

 

 御者に行先を告げてからいつもとは逆の順番で馬車に乗り込む。

 

「さて、はじめは軽く昼食を取ろうと思うのだが、いいか?」

 

「はい」

 

 こうして普段とは違い、若干のぎこちなさを感じる空気のまま、サラの誕生日デートは始まった。

 

 ◇◇◇

 

「……」

 

「……」

 

 互いに無言のまま、ナイフとフォークの微かな音だけが耳をつく。

 食事を終えてなお、サラはフォークを置く音さえ控えめにし、まっすぐ紅茶の表面を見つめていた。

 俺はそれを見て、言葉を選ぶことに臆している自分を悟る。

 

 よくよく考えて見れば、これまでの俺とサラは主人とメイドの関係。

 言わば主従関係だった。

 俺がサラをエスコートする機会はあっても、こうして二人で立場を気にせずに、と言う機会は俺の意識がハッキリとしてから一度もなかった。

 それに加えて昨晩の出来事……あれが気まずさに拍車をかけている。

 

 そのせいでお互い何を話せばいいか分からず、こんな空気になってしまっている。

 水族館とか映画館って凄まじく優秀な施設だったのだろう。

 こうして実際にデートをしてみれば、その効能がよくわかった。

 

「……サラ、この後に行きたい場所などはあるか?」

 

「……いえ、私はこうしてファレス様とのお時間を頂けるだけで幸せですから」

 

「そうか……」

 

 この通りだ。

 元々サラは自分の欲を曝け出さない性格だ。

 少々嫉妬深く、俺への執着は……俺が言うのもあれだが、かなりのもの。

 だが、それ以外は基本的に滅私奉公を地で行く、そんな性格。

 

 そのため、今の発言にも悪気はなく、完全な本心なのだろう。

 ただ、それだけでは俺が納得できない。

 

「この後、少し歩くことになっても構わないか?」

 

「はい。私は問題ありませんが」

 

 少し不思議そうな顔をしてこちらを見るサラ。

 

「偶には自分の足で街を歩くのも悪くないと思ってな」

 

 俺はある日のことを思いだしながらそう提案した。

 

「……そうですね!」

 

 すると少しの思考の後、ハッとした様子で顔をほころばせる。

 さすがはサラだ。

 俺の考えていることが本当によくわかっている。

 

 ◇◇◇

 

 店を出た俺たちは馬車の御者に目的地だけ告げて先行させ、二人で王都の街を歩きだした。

 街はまだまだ昼下がり。

 照り付ける日差しの中で人々の声や足音が賑やかだ。

 ここは貴族街で貴族やその従者以外はほとんど立ち入れない通りだが、道には老若男女多くの人が闊歩していた。

 

「懐かしいな」

 

「はい」

 

 そんな王都の街中を歩きながら、思い出したのは初めてスペーディア商会へ行った際のこと。

 あの日もこうしてサラと二人でアゼクオンの街を歩いた。

 

「何か欲しいものはないのか?」

 

 懐かしさにあてられてか、それとも賑やかさが口を軽くしたのか、食事中よりもスムーズに言葉が口を出る。

 

「それは……()()を欲してもよろしいと言うことでしょうか?」

 

 どうやらそれはサラも同じのようで、左の薬指を触りながら、冗談めかしてそんなことを言ってきた。

 

「……欲しいか?」

 

 おそらくサラもからかい半分なつもりだったのだろう。

 ただ、俺としては無責任なことをするつもりはない。

 そんな真剣な意味半分、やり返し半分な気持ちでそう答える。

 

「……! ……いえ、断腸の思いですが今日は止めておきます」

 

「そうか」

 

 すると本当に悔しそうな顔をしてサラがそう言った。

 指輪の意味を知っているのはおそらく俺とサラだけなのだから別にいいとは思うのだが、きっとサラの思考にも立場や諸々がチラつくのだろう。

 

 ただ、この先の未来がどうなろうと、サラだけは絶対に幸せになってほしい。

 それは俺が最強になるという目標と同じくらいに掲げている一つの行動の指針だ。

 

 そうこうしているうちに街の景色は段々と変わっていく。

 賑やかだった声や足音は段々と聞こえなくなり、人通りの少ない路地へ、貴族街でなければ治安が悪くなってもおかしくないような通りを俺たちは進んでいた。

 

「あの、ファレス様。今は一体どちらに向かわれているのでしょうか?」

 

 普段はメイドをしているとはいえ、伯爵家の娘でもあるサラからしてみればこんな通りを歩くことなどあったはずがない。

 潜在的な恐怖心からか少し俺の腕を掴む力が強くなった。

 

「着けばわかる」

 

 ただ、俺はあえてその不安を解消させるのではなくそのままにして尚も先を進む。

 そして突き当りまで、歩くとそこにひっそりと見えたのはアンティークな雰囲気が漂う一軒の建物。

 

「……ここは?」

 

 少し警戒した様子のサラが控えめにそう聞いてくる。

 

「貴族御用達の隠れ家、と言ったところか」

 

「隠れ家、ですか?」

 

「まあ、入るぞ」

 

 ただ、俺は尚も言葉を濁し、ドアベルもついていないその扉を開き中へ入った。

 

 そこはまるでこじんまりとした民家の一部屋のような空間。

 とてもじゃないがここだけでは貴族の隠れ家と言う言葉は理解できないだろう。

 

 だが、俺は気にせずに入口の横で新聞を読む妙齢の老人に数枚の金貨を差し出した。

 すると老人がこちらを一瞥し、スッと無言で鍵を差し出して来る。

 

「あ、あの、ファレス様」

 

 俺も無言でそれを受け取ると、戸惑うサラの手を引いて鍵の部屋に向かう。

 

 特に変わり映えのしない、ごく普通の扉を開いた先の部屋。

 その部屋はまるで高級宿の一室のような趣を感じさせる。

 店先の外装からは想像できない内装をしていた。

 

 呆然と立ち尽くすサラを置いて俺はおもむろにソファに座る。

 

 ここまでくる間のサラは、今朝の俺が求めた通り、俺と対等であるように努めていたように感じられた。

 ほんの些細なことだが、何となく頑張ってくれているように思えたのだ。

 

 しかし、俺は誕生日にサラを連れ出してまで肩肘を張らせたかったわけではない。

 

「サラの紅茶が飲みたい。淹れてくれるか?」

 

 備え付けられたキッチンの方に目をやりながらそう言う。

 

「……! はい!」

 

 すると、ようやく状況を察したサラが嬉しそうな顔で紅茶を淹れに向かった。

 

 ここはいわゆる連れ込み宿と言うやつだ。

 ファレスルートではあまり縁がなかったが、貴族たちの秘密の逢瀬に使われていたということは知っている。

 

 今日はサラ・エバンスの誕生日だ。

 だから俺はサラではなく、サラ・エバンスをデートに誘った。

 しかし、それがサラにとって楽でないというのなら、主人とメイドの秘密の逢瀬と言うのも悪くはないだろう。

 

「お待たせいたしました」

 

 コトっと小気味いい音を立てて紅茶の入ったティーカップが置かれる。

 いつもの香りが緊張した精神を解きほぐすのを感じる。

 カップを傾ければ、程よい温かさの紅茶の香りがふわりと広がり、ジンと体の芯を温めてリラックスさせてくれた。

 

「ああ、美味いな」

 

「ありがとうございます」

 

 俺がそう言うと、少し懐かしささえ感じるあどけない微笑みを見せるサラ。

 やはりサラには屈託のない笑みが一番似合う。

 

「サラも座れ。時間はある。偶にはゆっくりと話でもしよう」

 

「はい」

 

 俺は傲慢だ。

 だが、サラはそんな傲慢に付き従うことを好む。

 楽しませてもらうのではなく、楽しんでいる俺を見て楽しむタイプと言うのだろうか。

 

 連れ込み宿の本来の用途とはかけ離れているだろうが、俺たちにはこの形が一番だった。

 

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