The Deadly Pride ~不遇悪役貴族に転生した俺は大罪魔法『傲慢』で最強へ至る~ 作:嵐山田
騒ぎが落ち着いてからは担当教諭らしき老紳士が教室に現れ、それぞれ簡単な自己紹介や今後の活動に向けたアイスブレイク的な時間が取られ、学園生活初日の入学式は存外あっさりと幕を閉じたのだった。
「正直、学園とはどんなものかと少し身構えていたのですが、大したことなさそうですわね」
アイスブレイクが終わり、閑散とした教室で隣に座るセレスティアが言った。
「グランダル家のエンペンとやら見て、肩を震わせていた者がよく言うな」
「……っ!? ファレス様っ! 淑女の恥を揶揄いに使うとは……少々、失礼なのではなくて?」
少し揶揄ってみれば、恥ずかしそうに頬を染めながら反論してくるセレスティア。
魔法披露宴の時も思ったが、本来はこんなに感情豊かなキャラだったんだな、セレスティアって。
原作であまり関わったことがなかったとはいえ、世間の評価ってものは当てにならないな。
「ファレス様。この後のご予定はいかがなさいますか?」
そんなことを考えていれば、俺とセレスティアのやり取りを聞いて面白くなさそうな顔のサラが身を乗り出して俺の顔を覗き込むように会話へ割り込んで来た。
「……そうだな。少しルーカスに話があったのだが……どうやら既に教室を出てしまっているようだし、今日はもう帰ると――」
「ファレス殿っ!! ファレス殿はまだいるだろうかっ!?」
いつものように予定を確認してくるサラに答えながら席を立ちかけたその時――俺の耳に飛び込んできたのは必死と言うより待望と言う方がふさわしい、そんな声。
教室内にまばらに残っていた学生全員がそちらを向く。
一拍遅れて俺も目を向ければ、そこには彼女、リューナス・クラービーの姿があった。
「リューナス……そうか、約束を果たしに来たという訳か」
湧き上がる感情を抑えきれず、思わず口元に笑みが浮かぶ。
「ファレス様? あちらは確か魔法披露宴でご一緒したリューナス嬢ですわよね? 何かご関係がございますの?」
「ああ。彼女には少し、期待しているんだ」
セレスティアの表情は目に入らない。
最近はレドとも打ち合えていなかったため、満足のいく訓練相手がいなかった。
サラもそこそこ、いや、年齢で見れば相当な腕にあるのだが、サラの剣は打ち合うための剣ではない。エバンス家という特殊な家の性質上、暗殺や襲撃を主目的とした太刀筋で、本気で打ち合うのには向いていないのだ。
「サラ、予定変更だ。この学園で模擬戦が出来る場所は?」
「はい。今日は入学式ですので訓練棟が空いているかと」
「よし、良いだろう。リューナス! 俺の前に現れたということは相応の自信があるのだろうな?」
「! ああ、ファレス殿! 必ずその期待に応えて見せると誓わせてもらう!」
良い、良いじゃないか。
自信に満ち溢れた目つき。
あの日、俺の魔法を見て他者とは違う目をしていたのは二人だけ。
大半の物は恐れを抱くだけだったのに対し、失意と諦め、それから強い興味を示して来たセレスティア。
そして純粋な憧れを一心に抱いてきたリューナス。
そんな目線が今では、俺に勝ちうるという強い自信で満ちている。
さすがは原作最強の一角。
さぁ、見せてもらおうじゃないか。
その自信の根拠たる、剣の腕を!
サラがどこからともなく取り出し渡して来た剣を受け取り、その柄に軽く触れる。
すっかり愛剣となったリジルも、どこか感情を躍らせるように震えているような気がした。
◇◇◇
「さすがはファレス殿。凄まじい人気だな」
サラについて訓練棟にまで足を運んだ俺たちの周りには、観客と言うよりは野次馬に近いような連中が学年を問わずついてきていた。
「気になるならば、サラに追い出させるが」
「いや、人がいた方がより実践的で集中出来るというもの! それに、これを機に剣へ向けられる目が変わるかもしれない」
「ほう。どうやら余程剣が気に入ったようだな」
そう。確かに初日から新入生がドンパチやろうということで野次馬に来た連中も少なくないだろうが、一番は剣への偏見からくる野次馬が多いのだ。
侯爵家出身である俺が剣を振る姿を弱みにしてやろう、剣を握るなんて情けないと笑いに来た連中だ。
この風潮は学園や身分に限った話ではなく、国全体の風潮としてのもの。
だが、リューナスはそれに抗おうとしているのだ。
「ああ、剣は良い物だ! 確かに魔法は便利だが、多くの魔法はその範囲、影響共に強すぎる。それに多くの魔法は大味だ。それに対して剣は深い。日に日に底へ沈んでいく感覚があると言うのに、どこまで行っても終わりが見えないんだ!」
まるで剣に憑りつかれてしまったかのようにその魅力を語るリューナス。
だが、それがいい。
高い志、自身の剣ならば世の風潮を変えることすら叶えられるという、ある種傲慢ともとれるその自信。
……素晴らしい。
本当に素晴らしいよリューナス。
「ふっ、どうやら大言壮語ではなさそうだ。さて、勝負の形式はどうする? 勝利条件は?」
「? 何を言うファレス殿。勝負の形式など一つだけだろう? もちろん死合。死の淵まで手を緩めないからこそ、剣の深奥に近づける」
そう語るリューナスの目にはおそらくもう周囲の人は映っていない。
それほどの極限状態。
俺の前に立っているこの女は、リューナス・クラービー男爵令嬢ではない。
武人リューナスだ。
「……ふっ。ハハハハハッ! ああ、そうだな。リューナス。お前の言う通りだ。それでこそ俺の相手にふさわしい!」
障害物のないまっさらな環境。
ここで行えるのは正真正銘の一騎打ちのみ。
魔法を使えば万に一度も負けはないだろう。
が、この戦いは剣一本。
今のリューナスならば、万が一が――
……いや、ない。
危うくリューナスの放つ空気に飲み込まれてしまう所だった。
この戦いは剣の勝負であり、己自身との戦い。
俺は誰だ?
そう、『傲慢』ファレス・アゼクオンだ。
相手が誰であろうと、その上を行き打ち破る。
それが、俺だ!
「リューナス、準備は良いな?」
「無論!」
互いに剣を抜き、構える。
俺の剣はもちろん、十二歳の誕生日に貰った魔剣リジル。
派手な装飾などはほとんどないが、その剣身は薄っすらと深い赤みを帯びており、どこか不気味ささえ感じさせる。
一方リューナスが抜き放ったのは、この世界には似つかわしくない。
そして、俺には見慣れた剣だった。
いや、剣ではないな。あれは……刀だ。
リジルよりもっと地味で、だが刀身は鋭く、磨き、鍛え抜かれた鋼が一閃の光を思わせる。
視線が交錯する。
そして――瞬きの間もないようなその刹那。
耳を裂くような金属のぶつかる音が訓練棟の一室に響き渡った。
「……っ!」
「ふっ!」
数度の斬り合い、打ち合いですぐに分かったことがあった。
俺とリューナスの太刀筋は型は違えどその目的は近しいと言うことだ。
そもそも刀という物は一刀両断という熟語があるように、一太刀の重さに念を置いた剣であると俺は考えている。
そして、この考え方は俺の剣。
つまりはレドの太刀筋に通じるものがあった。
レドはその魔法の特性上、継戦能力より、一撃必殺に重きを置く方が理に適っているというのは自明の理。
よって、その太刀筋鋭く研ぎ澄まされたものになっている。
もう何度目のぶつかり合いかは分からない。
ただ、素晴らしいこの時間にも終わりが見えて来た。
リューナスの太刀筋に鈍りが見える。
三年間おそらく独学でその腕を鍛え続けたリューナスと、この世界において剣の腕では右に出る者のいない、剣聖を師に持つ俺。
そもそも訓練相手もろくにいないであろうリューナスがここまで俺と打ち合えている状況の方が異常と言えるだろう。
「ファレス殿……どうやらこの勝負、結末はもう見えてしまったようだ」
お互いに一度距離を取ったタイミングでリューナスが口を開いた。
「ああ、そのようだな」
リューナスの手元は震え、刀を握る手に限界の近さを感じる。
「だが、これは死合。こんな体たらくを見せる私が言えたことではないが……次の一太刀に全てを駆けるというのはどうだろうか?」
「ほう……」
俺はリューナスの提案の意味を正確に理解した。
この提案はリューナス自身が不利になったから、という訳ではない。
死合と言った自身の発言を違えぬよう、今の自分にできる最大限の有言実行をなそうという訳だ。
「良いだろう。見せてみよ。お前の三年間の結晶を! 次の一太刀に全てを賭けよ!」
「っああ! 感謝する!」
俺たちの間合いは三、四メートルほど。
斬り結ぶには数歩、踏み込みが必要だ。
ただ――
剣を一度鞘に納め、振り抜きの構え。
奇しくもリューナスも同じ構えを取っていた。
目を閉じ、剣の世界に入り込む。
音も光りも必要ない。
頼れるのは……己の感覚のみ。
――この一太刀は間合いを超越する。
俺とリューナスは再び同時に眼を開き、そのタイミングでお互い剣を抜き放った。
傍から見れば到底届くはずのない距離。
しかし、魔法を介さないはずのこの一太刀は、まるで斬撃が魔法を放たれたかのように飛んでいく。
その斬撃は俺たちの間で激しい風圧とけたたましい音を響かせながら競り合い、やがて……
スッとリューナスの半歩左側の地面を一閃の太刀筋が通り抜けた。
リューナスが刃を地面に突き立て、体を支える。
「さすがはファレス殿……まだ貴殿の壁は……高いようだ」
それでも支えきれず、遂にリューナスが膝を付いた。
「ふっ……独力でそこまでの境地にたどり着く、その貪欲さには俺も驚かされた」
剣を納め、リューナスの元へ歩み寄ると手を差し出す。
リューナスは震えながらもまっすぐに俺を見つめ、その手を取った。
「今後も励め」
「……っ! ああ!」
いつの間にか食い入るようにこちらを見つめ、静かになっていた野次馬たちから大きな歓声が上がる。
どうやらリューナスの思惑は狙い通りに作用したようだった。