The Deadly Pride ~不遇悪役貴族に転生した俺は大罪魔法『傲慢』で最強へ至る~   作:嵐山田

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第九十八話 グラーツィアの皇子⑪

 苦痛などないかのように、穏やかな笑みのまま、俺の目の前で急速に生命の息吹を失っていくメーディアさん。

 俺は咄嗟に出血を止めようとして、もう彼女の身体では血液を流す機構が機能していないことを理解した。

 

「……っ」

 

 手の施しようがない。

 これは明確な……死。

 

 しかし、俺にはそれ以上の感情は湧いてこない。

 目の前で人が死ぬ光景を目にしても、変わらず思考は冷静だ。

 

 そしてそれは、どうやら殿下も同じようだ。

 

「……」

 

 メーディアさんを貫いた自分の腕を少しの間見つめて、その後一瞬メーディアさんに目をやったものの、すぐに腕についた血を振り払い、攻撃を再開する。

 

 ……なるほど、既に普通ではないのだな。

 俺はその一瞬の殿下の行動で、そう結論付ける。

 

 殿下の理性や人間性が少しでも残っていたのならば、この時点で様子が変わっても良い物だろうに。

 俺の知る殿下ならば、間違いなく変化があったはずだ。

 

 別に一月程度の付き合いしかない。

 だが、俺は自分の人を見る目を信じている。

 

 だからこそ、ファレスとして生きる俺だからこそ分かる。

 こいつはもう、ベリル・グラーツィア皇子殿下ではない。

 ベリルの皮を被った何かだ。

 

 視界の端では本気の構えを取る俺を抑えようとメホロス先生が魔法を発動しようとしているのが見える。

 だが、俺に見えている時点で既に遅い。

 

 ――俺の剣は時に縛られない。

 

 瞬閃。

 自分の認識さえ超越するようなその剣閃は、文字通り一瞬のうちに殿下の四肢を斬り捨てた。

 

 そして俺は即座に血液による失血死を避けるべく、斬り捨て身体から離れた腕にも血液を通わせる。

 

「ファレス君!」

 

 いくつもの感情の込められた声でメホロス先生が叫ぶ。

 

「殺してはいません。ですが、いくら王族でも貴族殺しは見過ごすことは出来ません」

 

 淡々と答えながら斬り飛ばされ仰向けに倒れ込んでいる殿下のような何かに歩み寄る。

 

「何を、するつもりだ……」

 

 メホロス先生は俺の顔を見て止めるのは諦めたのか、行動の意図についての説明を要求してくる。

 

「……今回の件の原因となったモノを確認します」

 

 この怪物との戦闘中、俺はずっとそれを確認していた。

 

 それは怪物の首に下げられたペンダント。

 あれだけの激しい動きをしていたと言うのに、このペンダントはまるで胸に張り付いてでもいるかの如く一切動いていなかったのだ。

 

 俺がそのペンダントトップに手を伸ばすと、既に意識を失っているはずの怪物がまるで避けるかのように体を捻ろうとする。

 しかし、腕も足もない体ではまともな身動きは取れない。

 俺はしっかりとペンダントトップを掴み、力の限りに引きはがした。

 

「……くっ」

 

 かなりの抵抗があったものの何とか引きはがしたそれはペンダント状なのは見てくれだけの、まるで従魔に取り付け、命令を聞かせるために用いられる指示宝珠のようなものだった。

 

 金貨より一回り小さいくらいのその宝石の裏には、一度つけたら外せないとでも言うような長く曲がった爪のようなものがついており、まさに指示宝珠のそれだった。

 

「それはっ……!」

 

 メホロス先生が俺が剥ぎ取った指示宝珠を見て、血相を変えて駆け寄ってくる。

 

「これをご存じなのですか?」

 

「……ああ、これは……」

 

 俺の質問にメホロス先生が答えようとその口を開きかけた時だった。

 

「これはこれは……一体何事ですかねぇ?」

 

 下卑た笑みを携えて一人の男が悠然と訓練室内に足を踏み入れた。

 

 これまで一度も会ったことはない。

 原作ファレスルートでも関わったことすらない。

 ただ、この状況と奴から放たれる強烈な嫌悪感がその人物の名前を告げてくる。

 

 コイツは……コイツがトールス・グランダル。

 

「……トールス君、一体君がどうしてここに?」

 

 メホロス先生が若干の警戒を滲ませながら、トールスに聞いた。

 

「いえ、偶然この辺りから不穏な魔力を感じましてね。少し足を向けてみればこの通り。……ふむ、状況から察するに、休学中だったはずの殿下が突然授業に訪れたかと思えば、ホーミカ先生の腹部を貫き、その後学生のだれかとの戦闘中にそこに倒れている僕の婚約者アナレの妹までを手にかけ、遂に物理的に拘束された。という所でしょうか?」

 

 まるで名探偵の如く、見て来たかのように状況を言いあてるトールス。

 だがそれは逆に、自分が事の首謀者だと宣言しているようなものだ。

 当然、ここにいる全員がそう思っただろう。

 

 しかし、そんな当然分かり切っている事実を証明するための証拠を持ち合わせている人間は、既にこの場には残っていなかった。

 

 ……まさか、メーディアさんを殺すことまでがコイツのシナリオだったとでもいうのか?

 だとしたら、トールスがここに来た目的は――

 

 俺がその答えにたどり着くより一足先にトールスはメーディアさんの元へたどり着いた。

 メーディアさんにはいつの間にかホーミカ先生の処置をクインに任せたサラがついて、何とか蘇生できないかと手を尽くしていた。

 

 トールスはそんなサラを大仰な仕草で止めて語りだす。

 

「ああ! なんて、なんて悲惨なことだ! 殿下のことを慕い、互いに思い合っていたはずの二人がこんな最後を迎えるとは! それに、彼女は僕の婚約者の妹。……メホロス先生、彼女の遺体は僕が家族として責任を持って弔います」

 

 ……間違いない。

 トールスの目的は、証拠隠滅。

 間違いなくこの一件に関わっていたメーディアさんが何かの間違いで蘇っては全ての計画が水の泡だ。

 だからこうして奴自身が赴き、家族と言う最も身近で、最も確からしい理由を振りかざし、証拠隠滅にやって来たのだ。

 

「トールス君の気持ちは痛いほど分かる。だが、ここは学園だ。再発防止に努めるためにも十分な調査をしてから出ないと……」

 

 メホロス先生がそう言って諫めようとするも、トールスは止まらない。

 

「メホロス先生! この彼女の姿を見ても本当にそんなことが言えるのですか!? ああ、きっと彼女は殿下の手で誰かを傷つけさせたくないと思い身を挺したのでしょう。そんな英雄をこのような残酷なままにしておくのですかっ!?」

 

 トールスの言はめちゃくちゃだ。

 理は当然メホロス先生にある。

 しかし、暗殺や無言の帰宅が現実としてまだまだ多く存在するこの世界では、トールスのような感情を抱く人も少なくない。

 

 そして、ダメ押しの如くトールスの最後の一手が指された。

 

「め、メーディアっっ!!!!」

 

 トールスに遅れて、何故か三年の訓練室にやって来た一人の女性がメーディアさんの姿を目にするや否や血相を変えて彼女に駆け寄る。

 

「メーディア、メーディア! 嘘よ、ねぇ、メーディア! お願い、返事を……返事をしてよ」

 

 大粒の涙を零しながら、メーディアさんの名前を呼んでいるのはおそらくトールスの婚約者であるアナレと言う人物だろう。

 

「……この通りです、先生。どうか私たち家族に最後の平穏を頂けませんか?」

 

 目を伏せながら、さも悲し気にものを言うトールスにこれ以上ない嫌悪感を覚えるも、この状況ではいくら俺でも……。

 

 ……いや、このままトールスの手で踊らされるだけでいいのか?

 閉ざされかけていた俺の思考に一筋の光が射す。

 

 否、このまま躍らされるなど断じて否である。

 

 俺は『傲慢』ファレス・アゼクオン。

 この俺に不可能などない。

 

 俺は倒れ伏したメーディアさんへ手を伸ばし、魔法を発動する。

 俺の使った魔法は水と風の複合属性、氷の魔法だ。

 

「「何をっ!」」

 

 トールスとメホロス先生の声が重なる。

 良いだろう、何とでも言うが良い。

 だが、お前の思い通りにだけはさせないぞ。

 トールス・グランダル。

 

「私の勝手をお許しください。トールスさん、メホロス先生」

 

 俺は氷の魔法を用いてメーディアさんの身体を完全に氷の中に閉じ込めた。

 いわば氷の棺を作ったのである。

 

「そう思うのならばすぐに魔法を解除しろ!」

 

 トールスが声を荒げる。

 だが、当然そんなものに応じる俺ではない。

 

「申し訳ございませんが、それについては拒否させていただきます。彼女はまだ死んでいない。あの状態にしておけば、まだ、聖者による聖魔法が間に合うかもしれません」

 

「――!?」

 

 訓練室中に衝撃が走る。

 だが、そんな中で真っ先に口を開いたのはメーディアさんの姉、アナレさんだった。

 

「そ、それは本当ですかっ!?」

 

 嘘や偽りの感じられない、純粋で必死の眼差しで俺を見る。

 

「ええ、私にお任せいただければ、間に合わせて見せましょう。もちろん、氷のままの状態で良ければ、こちらの準備が整うまで彼女の身柄もお渡しいたします」

 

「あ、あぁ、ありがとう……ありがとうございます」

 

 ……この人もトールス側の人間だろうと警戒していたのだが、この反応を見るにどうにもそういう訳ではなさそうだ。

 何か事情があるのだろうか?

 それとも……?

 

「あ、アナレっ! 妹の遺体を弄ばれているかもしれないのだぞっ!」

 

 焦った様子でトールスがアナレさんを怒鳴りつける。

 

「はい……ですが、トールス様。それでも私は妹のメーディアの蘇る可能性に賭けたいと……」

 

 慈しむ様な目線でメーディアを見つめるアナレさんにトールスは何を思ったか、拳を振り上げた。

 しかし――

 

「婦女暴行はいただけませんトールス様。拳をお下げください」

 

 すぐそばにいたサラが冷酷な眼差しを向けながらその拳を双剣の柄で受け止めていた。

 

「……くっ」

 

 サラに凄まれて思わず怯んでしまうトールス。

 

「では、アナレさん。そちらを持ち帰り聖者の到着時にまた連れてくるというのはメーディアさんの負担になってしまうかもしれないですし、学園側で安置できるお部屋とアナレさんが生活できる空間を整えますので、今日からしばらくそちらで過ごしていただいても構いませんか?」

 

 トールスが怯んだ隙を見逃さずメホロス先生がアナレさんに向かって提案する。

 

「……何から何まで、ありがとう、ございます。よろしくお願いします」

 

 トールスは何かを言いたげにしていたが、暴行未遂を起こしている今、余計な行動は出来ないと押し黙っていた。

 

「……いいでしょう。ですが、この件は皇子殿下が引き起こした重大事件に変わりはありません。グランダル家の名を持ってグラーツィア家には正式に抗議させていただきますが、それは構いませんね?」

 

 ……そう言う魂胆か。

 トールスの言葉を聞いてようやく奴の意図を正確に理解した。

 

 トールスが目論んでいるのは帝国内での不和、及びに帝国への不満を引き起こすこと。

 さらに加えれば、それに乗じて帝位の座を変わろうと、簒奪しようとしているのだろう。

 

「それについては、我々の口出しできる部分ではありません」

 

「……いいでしょう」

 

 トールスはメホロス先生の言葉を聞き終えると即座にその場を後にした。

 

 メホロス先生は俺の方を見て何かを言いたげにしていたが、それよりこの場所を収めるのが先だと判断し、慌ただしく訓練室を出て行った。

 

「……皆、よく聞け。この件はすぐに噂になるだろう。しかし、騒ぎ立てるようなことはするな。良いな? 間違いなくこの件は帝国を揺るがす。だが、お前たちは見たはずだ。普通ではない殿下の様子を。その普通ではない理由が明らかになるまで余計なことを吹聴することのないようにせよ」

 

 俺は魔力をわざと溢れさせて場を制しながらそう言い含める。

 皆がコクコクと首を動かすのを確認してから、俺は氷の棺と俺が斬った殿下のような化け物を見る。

 

 さて、トールスの悪事にケリをつける前にやるべきことが出来てしまったな……。

 しかし、大見栄を切った手前やり切るしかない。

 聖者……か。

 メーディアさんの心臓はどうやっても潰れていた。

 そんな状態からメーディアさんを蘇生できる聖者となると……。

 

 とりあえず可能な限りの人脈と金を尽くすしかない。

 

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